第221話 プロ

『くっ!!』


『いかせん!!』


 オリバーとラッキーの攻防はまさに白熱した戦いとなり、最終的に10対9でラッキーが勝利した。これはオリバーにとって同学年との勝負で初めての敗北であった。


『俺が……負けた?』


 それがオリバーにとっては信じられない出来事であった。ラッキーが以前言っていたオリバーにだって負けないという発言をまさに有言実行した形である。

 

『まさかオリーが同学年に負けるとはな。これはすごい逸材がいたものだ。一体どこに隠れてたんだ』


『とてもハイスクールとは思えんレベルだな。これはお前が調整に呼ぶのもおかしくないぜ』


 ラッキーは憧れのNBAプレーヤー達に褒められ、気分は最高潮であった。

 

『負けたよ。初めてだ。同学年に負けたのは』


『強かったぜ。さすが高校ナンバーワンだな。試合だったら勝ち目ねえわ』


 そういって二人は握手した。


 1ON1の対決だからこそ勝利できたとラッキーは思っている。そもそも2m近い長身のオリバーは1ON1の対決よりもポストプレイやパスを受けてからの行動、そしてリバウンドなどのディフェンスが強みである。つまりプレイヤーとして1ON1が一番向いていないタイプなのである。それなのに無敗だったのは、その圧倒的なセンスと運動能力の賜である。

 

 従来大きめのプレイヤーは動作が緩慢で、小柄な選手はスピーディーという印象があったが、大柄な選手は別にのである。小柄な選手は後から大きくは成れないが、大柄な選手が早く動くことは訓練次第で十分可能なのだ。


 オリバーも昔は大きい肉体に筋力がついてこれず、動きが緩慢であったが、過酷なトレーニングによりそれを克服。今では小柄なプレイヤーにも十分太刀打ちできるスピードを手に入れていた。

 

 体が大きくて早い選手というのは、バスケというスポーツにおいて一言で表すと……手に負えない、である。だがスピード特化というわけでもないため、卓越したスピードを持つラッキーに追いつくのはさすがに無理であった。

 

 対してラッキーはと言えば、クイックネスとワンマンでの速攻等、オリバーとは逆に1ON1に特化したタイプのプレイヤーである。弱小チームでずっとプレイしている為、周りに頼ることができない。そうなれば自分で決めるしかなく、おのずと単独突破というスタイルになってしまうのである。

 

『君がD5のシングルAに居るなんて信じられない。君はうちに来るべきだ』


『うちは貧乏なんでな。私立や頭のいいとこは無理だ』


『ラッキーくんといったね。君は今1年でいいのかな?』


 オリバーとラッキーの会話に誰か知らない男が割り込んできた。

 

『はい』


『ちょうどよかった。今、丁度うちの推薦枠が1つ空いてるんだ。君さえ良ければ来月からうちに来ないか?』


『え?』


 うちとはここハンマーズが関わっているスポーツアカデミーであり、オリバーのいるところでもある。

 

『来月から2年だろ? ちょうどいいじゃないか』


『でも……俺……』


『お金のことは心配ない。奨学金も出るし、通うのがきついのなら寮での生活も可能だ』


『こいよラッキー。俺と一緒にリーグチャンピオン目指そう』


『わかった。母さんに相談してみる』


 そういってラッキーはスカウトらしき男と連絡先を交換していた。

 

「良かったな。ラッキー」


『ブラザー……お前のおかげだ。俺は……俺は……』


 そういって涙ぐむラッキーの肩を武藤はポンポンと慰めるように叩く。だが武藤は別のことを考えていた。


(来月から2年?)


 アメリカは9月に学校が始まるところが多い。そして州によって学校の扱いも異なるのだ。日本では小学校6,中学校3,高校3の6,3,3であるが、アメリカはこれが6,2,4やら6,6やら5,3,4、はたまた8,4等といろいろな形があるのである。

 そしてアメリカでは高校は4年制のところが多い。日本で中学3年にあたる歳に高校入学するのである。トータルで12年制なのは日本と同じであるが、高校までが義務教育である。つまり来月から高校2年とはいっても1年早く高校に入っているので、ラッキーは武藤と同い歳ということになる。


 

『ところで君は誰なんだい?』 


 武藤の思考が全く違うところにいっていると、急にオリバーに声をかけられ、現実に戻される。


「ただの見学だ」


 そういって、武藤はオリバーに肩を竦める。

 

『こいつは俺の親友にしてブラザー、ムトウだ。ジャパンのジュニアハイチャンプなんだぜ』


『へえ、ジャパンの……』


『馬鹿にするなよ? こいつと昨日1ON1やって俺は30対2で負けてるからな』


『はあ!? 君がか!?』


 先ほど自分が負けた相手である。それに圧勝していると聞いて、冷静なオリバーもさすがに声を荒げた。


『ああ。1時間以上やって1ゴールしか奪えなかった』 

 

 ラッキーのその言葉に、オリバーだけでなくスティーブンとブライアンどころか、スカウトの男まで武藤を見つめていた。

 

『面白い。俺と勝負してくれないか? ちょうど体も温まってきたんだ』


「面白そうだ」


 武藤はスポーツのプロというものを相手にしたことがなかった為、これ幸いにと二つ返事で了承した。

 

 

 



『君のボールからでいい』


 そういってスティーブンにボールを渡されると、武藤はゆっくりとドリブルを始めた。何故か緊張感が漂うコートにダムダムというボールの音だけが響き渡る。

 

『!?』


 次の瞬間、武藤は一瞬で加速し、スティーブンを抜いてレイアップシュートを決めた。

 

『マジか……』


『嘘だろ……』


「どうなったんだ?」


「さあ?」


 剛三と猪瀬の関係者だけは何が起こったかわからなかったが、その他はさすがにプロバスケの関係者だけあって、しっかりと何が起こったのか理解していた。

 

『あの小僧。一瞬だけ。そう、ほんの一瞬だけ左に抜くと見せかけて右に抜いたんだ。反応の早いプロにしか反応できないような速度で。素人なら何が起こったかわからないまま抜かれる。一流ならフェイントがわかる分、動こうとして動く前に抜かれる。超一流は反応してフェイントにかかって抜かれる』


 ブライアンの説明を通訳がしたことでようやく剛三も何が起こったのか理解できた。あの一瞬の刹那の攻防でこんなことが起きていたなど夢にも思っていないのである。

 

『あいつがここまでキレイに抜かれるのは、リーグでもあんまりお目にかかれないぜ』


 そういってブライアンは興味深そうに武藤を見つめるのだった。

 

『すごいな君は。ジャパンはいつからこんなにレベルが上ったんだい?』


「去年からだな。俺が参加したから」


 正確には去年だけである。武藤が参加したのがその時だけだからだ。だが相手はそうはとらない。

 

『日本もスカウトの対象にするべきかもしれないな』 


 スカウトの男がブツブツと呟く。このレベルが日本には普通にいると思ってしまったのである。

 

『次はこちらからいくぞ』


 そういってスティーブンは先程の武藤と同じようにゆっくりとドリブルを始めた。

 

 緩急をつけ、早くしたり遅くしたりとまるでボールを手になじませるように変幻自在のドリブルを行う。

 

『!?』


 そして先程の武藤がやったことと同じことをした。つまり一瞬だけ左に見せかけて右に抜いたのである。

 

『おおっ!!』


 しかし、武藤は追いついて見せた。そしてジャンプしたスティーブンに合わせて自分もジャンプする。 

 

「くっ!?」


 だがスティーブンのジャンプは予想以上に滞空時間が長く、なかなかボールを離さない。そして手を伸ばし、武藤の手の届かない位置からフック気味にシュートを放つと、それはキレイにリングを通過した。

 

『すげえ!! あのムトウからあっさりと!!』


 ただの1点だがそれがどれだけすごいのかをラッキーは身を持って知っていた。

 

『これで1対1だな』


 完成した肉体を持っている相手。すなわち身長的にも体格的にも武藤が叶わない相手が、こちらよりも長い手足を十分に用いた場合、物理的に届かない為、驚異的な身体能力を持つ武藤をしても止められないのである。

 

 能力が近しい場合、身体的な特徴が勝敗に大きく影響してくる。競技としての欠点とも言えそうだが、従来スポーツとはそういうものもある。バスケやバレーボールはその筆頭である。なにせ身長が強さに直結するのだから。背の高さも才能と言われるのも無理もない話しであった。

 

 武藤は175あるので、高校1年としては高い方であるが、スティーブンは195、およそ身長20センチの差がある。さすがに物理的に手が届かない相手にはどうしようもなかった。

 

『!?』


 武藤は初めて、こちらの世界で全力を出しても勝てない相手に遭遇し、ただ笑みを零した。それは心底うれしそうな、それでいて獰猛と感じるような恐怖にも似た感情を周り与える、そんな表情であった。

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