第220話 憧れ
『こんなとこに連れてきてどうするつもりだブラザー』
翌日。武藤はラッキーを連れてハンマーズの本拠地であるとある場所に来ていた。本来練習は違う場所で行っているらしいのだが、今日は特別な日なので使えるらしい。
「いいからいいから」
そういって渋るラッキーを連れて中へと入る。現在はシーズンオフなので人は入っていない。その為、普段は関係者しか入れないのだが、武藤は剛三と一緒であった為、顔パスで中へと通された。
『マジか……スティーブ!? 本物だ!!』
『君が晴明が言ってた人かい? 俺はスティーブン・カレーラス。よろしく』
「バスケをやっててあんたを知らないやつは居ないよ。ラッキー・グローブ。ハイスクール1年だ」
ラッキーは興奮した様子で両手でスティーブンと握手する。するとスティーブンの視線が武藤へと向けられた。
『君は?』
「晴明の知り合いの武藤だ。よろしく」
『……そうか。よろしくな』
何かを察したようだが、スティーブンは何も言わなかった。
「それで検査結果はどうだったんだ?」
『医者が驚いてたぜ。バスケの神様は悪魔に魂でも売ったのかってな』
武藤の隣りにいた剛三の言葉を通訳が訳すとスティーブンからはそう返ってきた。
選手生命終わりの怪我から一転、いきなりの完治である。医者の立場からするとそうとでも思わなければやってられないだろう。
『スティーブ!! おまえ……マジか……嘘だろ、なんで歩けるんだ?』
『ヘイ、相変わらず騒がしいなブライ。幸い、いい整備士がレストアしてくれたんで、ポンコツ同然だった俺が今じゃ新品同様だぜ』
スティーブが競技場のバスケットコートに入るところで、大柄の黒人男性が驚いたような声でスティーブンに声をかけてきた。チームメイトのブライアン・バイソンである。武藤はといえばブライと聞いてアリーナ姫とクリフトを探していた。もちろんいるわけがない。
『OMG!! 噂は本当だったのか……』
『噂?』
『スティーブが悪魔に魂を売って新しい体を手に入れたって』
『ああ、確かに言われたな。実際は悪魔じゃなくて魔法使いにあったんだが』
『魔法使い? マジック・ジョンソンがきたのか?』
『いや、本物の方だ。詳しくは言えんけどな。その人の魔法で治してもらったんだ』
『魔法使いって……おいおいエイプリルフールはとっくに終わってるぞ』
『別に信じなくもいいさ。ただ大事なのは1つだけ。また来年もお前とチャンピオンリングを目指せるってことさ』
『へっ今度こそとってやろうぜ』
そういって2人は拳を突き合わせた。
『それでこの小僧どもはなんだ?』
『ああ、その魔法使いからのお願いでな。見てほしいやつが居るって。なまってるから調整役にちょうどいいと思ってその頼みを聞いたんだ』
『いくらなまってるからってお前、NBAのスタープレーヤーがルーキー相手のなんて弱いものいじめなんてものじゃねえだろ』
『ちゃんと手加減はするさ。それに今はすぐにでも体を動かしてみたいんだ』
そういってスティーブンは念入りにアップを始めた。
『どういうことなんだムトウ?』
「お前憧れだっていってただろ? 伝手があったからお前との1ON1をお願いしたんだ」
『……はあ!? す、スティーブと!? 俺が!? 勝負になるわけないだろ!!』
「すでに昨日俺にボロ負けしてんだから、今更負けるのなんてどうってことないだろ」
『ぐっ!?』
痛いところを突かれてラッキーは黙り込む。それほどまでに武藤には完敗しているのだ。
『考えてみればこんな機会は二度と無いかもしれないな。よっしゃ、やれるとこまでやってみるか』
「切り替え早えな」
『叔父さん!!』
武藤がラッキーの切り替えの早さに呆れていると、新たにコートに入ってきた人物がいた。
『久しぶりだなオリー。すこし大きくなったか』
『あんまりかわってないよ。先月あったばかりじゃないか』
その男はスティーブと気安く話し合っていた。
『こいつは俺の甥だ。ついでだから練習相手に呼んだんだ』
『はじめまして俺は『オリバー・ローズ』……自己紹介必要なかったかな?』
『ここの高校リーグに出てて知らないやつはいねえよ。1年にして高校リーグ最高の選手って呼ばれてる男を』
そういってラッキーはオリバーを睨みつける。
『君は?』
『ラッキー・グローブ。お前と同い年だ。まあこっちはD5のシングルAだけどな』
『そうか。D5の君にも知られてるのなら多少は有名になったのかな。それで君はここで何をしているんだ?』
『お前と同じだ。俺の調整相手として呼んだんだ』
そういってスティーブンが会話に割り込む。
『……叔父さんが?』
オリバーはスティーブンを訝しげな表情で見つめる。
『まあな。さあ始めようか。まずはラッキー。君からだ』
そういってラッキーは憧れの男と対決することになった。
『おっやるねえ』
勝負を見ていたブライアンが唸る。ラッキーは鋭いカットインで普通にスティーブンから点を奪ったのだ。
『ドリブルの緩急も踏み込みも見事だ。とてもハイスクール1年とは思えんな』
『!? あ、ありがとうございます!!』
憧れの男に褒められラッキーは既に有頂天である。
『今度はこっちの番だな。いくぞ』
そういってカットイン……するふりをしてすぐさま急ブレーキをし、つられて後ろに下がったラッキーを尻目にスティーブンはそのままそこからシュートを放つ。ボールはキレイにリングを中央を貫き、これで1対1である。
『同点だな』
『お前大人気ねえなあ』
スティーブンの素人相手にも勝ちにこだわる姿勢に思わずブライアンがツッコんだ。
『いやいや、この子超上手いよ。油断したら負けるかも』
実際、スティーブンはそう思っていた。カットインの速度が高校生レベルではないのだ。もちろんそれを見ていたオリバーも驚いた表情でラッキーを見つめていた。
試合はそのまま一進一退の攻防が続いたが、互いに5点をとってから、ラッキーはスティーブンに抑えられ始め、気がつけば10対5でスティーブンの勝利となっていた。
『いやいや、なまっているとは言え5点も取られるとは思わなかった。これでD5は嘘だろ。うちのスカウトはなにやってんだ。俺の1年のときより上手いぞ』
お世辞でもなんでもなくスティーブンはそう評価していた。
『グローブ。次は僕とやらないか?』
『……いいぜ』
スティーブンの調整のために集まったはずなのに何故かオリバーとラッキーが戦うことになっていた。
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