第219話 スティーブン

 武藤は職員の姿に変装し、無事にホテルに戻ることが出来た。

 

 その後、剛三に晴明の格好をした武藤はとある場所へと連れて行かれる。

 

『……君が奇跡の魔法使いか』


『本当にこんな怪しいやつが?』


 そこは大きな病院であり、武藤は特別なVIP用の部屋に案内された。中には複数のスーツ姿の男達が所狭しと並んでいた。

 

『はじめまして魔法使い。スティーブン・カレーラスだ』


 そういってベッドの上から挨拶してきたのは、非常にガタイのいい男であり、先程ラッキーから聞いたどこかで聞いたと思っていた名前であった。

 

『本当に治せるのか? 膝前十字靱帯の再断裂なんだぞ?』


 そもそも膝前十字靱帯断裂は選手生命を脅かす程の重症である。スティーブンは1度それで手術を受けており、術後1年のリハビリで奇跡の復活を遂げていた。今回それの再発である。30歳でそれは普通なら間違いなく引退を選ぶ案件であった。

 

「信じないならそれでいい。報酬は後払いなんだ。まだ貰ってないんだから何もしないで帰るだけだ」


『!? そうやって値段を釣り上げようとでもしてるのか?』


「はあ……お前らが示した報酬はいくらだ?」


『2000万ドルだ』


「ちょっと前に行った国で治療したときの報酬を教えてやろうか?」


『いくらだ?』


「1億ドルだ」


『いちっ!?』


 とある石油の国の王族の治療である。湯水のごとく金がある彼らの価値観は、武藤をして異常とも思えるものであった。

 

「お前らの報酬をちまちま値上げする必要がないことがわかったか? こっちは頼んでるわけじゃないんだ。お前らが頼んできたんだ。だからお前らがやらないというのならやらんで帰る。それだけだ」


『べつにやらないとはいっていない』


「信じないものにやらせるのか? 信じないってのはやらないと同義だぞ」


『くっ……』


『君は出ていきなさい』


『え?』


『君はここにふさわしくないから出て行けと言っているんだ。彼を信じていない者は全員出ていってくれないか? 治療の邪魔なんでね』


 スティーブンの傍らに立つ男に言われ、何人かの男達が渋々と病室から出ていった。

 

『すまないね。こちらから呼んだというのに』


「まあいいさ」


『ちょっと聞きたいのだが、先ほどの報酬の話が本当だとしたら値段の違いは何か理由があるのかい?』


「この件が知り合いからの頼みだから格安なんだよ」


 ちなみにアレックスからの頼みである。アレックスはカリフォルニア生まれであり、スティーブン・カレーラスのファンでもあり、彼の所属するゴールデン・ハンマーズの大ファンでもあった。そのアレックスがスティーブンの怪我を知り、ハンマーズの関係者に猪瀬を紹介したことで、今回の件が実現したのである。

 

『そうだったのか。あっと自己紹介がまだだったね。私はハンマーズのGMをしているダニエルという者だ。よろしく』


「晴明だ」


 そういってダニエルと武藤は握手を交わす。

 

『それで彼、スティーブンなんだが、どうだろう? 治せそうかい?』


「死んでなければなんとでもなる」


 そうは言っているが、死んだクリスを生き返らせた男である。死後一定時間が経過していなければ、死んでいてもなんとかしてしまうのだが、あえてそれを言う必要もないと言わなかった。生き返らせてくれと依頼が殺到しても困るからだ。

 

『すごい自信だな。試合中の俺より自信満々だ』


 スティーブンはそう言って笑っていた。

 

『こんな怪我、本当なら引退するのが普通だろうがな。今年はあと少しっていうところでリングを逃した。未だに夢に見るんだ。あのシュートを外さなければ。あそこでファールをしなければ。後から後から後悔が湧き上がるんだ』


『スティーブンはあらゆる賞をとっているが、唯一チャンピオンリングだけはとれていないんだよ』


 チャンピオンリングがとれない。つまりNBAファイナルで勝利していないということである。NBAファイナルとはウエスタンとイースタンの王者がアメリカ1位をかけて戦うNBA最後の祭りである。規模は違うが日本シリーズのバスケ版みたいなものだ。

 

『チャンピオンリングが取れるなら死んだっていい。この怪我が治るのならなんでもする。だから治せるなら治してくれないか?』


「今なんでもするっていった?」


『ああ』


「その言葉忘れるなよ」


 そういって武藤はおなじみのフェニックスこと朱雀、いわゆる火の鳥を顕現させる。ちなみに相変わらず見た目だけで全く意味のない魔法である。

 

『OMG!! フェニックス!?』


『オーマイガー!! オーマイガー!!』


 病室内は騒然である。そして朱雀が飛び、スティーブンの体の上に乗ると羽根を広げて輝いた。室内が眩しい閃光に包まれ、しばらくしてその光が収まった。

 

『ぐっ……いまのはなんだったんだ』


「足を動かしてみろ」


『え?』


 武藤にそう言われ、スティーブンは自分の足を恐る恐る動かした。

 

『動く……痛みもない……嘘だ……こんなことが……』


 確認するためにスティーブンはベッドから足を下ろし、地面に足をつける。

 

『歩ける……痛みもない』


 そして今度はその場で跳躍した。 

 

『おいっスティーブ!! むちゃするな!!』


 スティーブンはGMの驚いた声も全く聞こえないくらいに夢中に跳躍を繰り返した。

 

『痛くない……全く痛くないぞ……肩も腰も……体中がまるで新品になったみたいだ!!』


 いろいろなところにあった細かな怪我も慢性的な肉体の劣化も全て治したのである。実際新品になったようものであった。

 

『これで……バス……』 

 

 スティーブンは腰が抜けたようにベッドに座り、俯いて顔を両手で覆うと声なく肩を震わせていた。それを見ていた関係者達も同樣に手を目に当てながら横を向いていた。

 

 

 しばらくそのままにしていると、漸く涙がおさまったのか、スティーブが顔をあげた。


『すまない。今日は人生で一番うれしい日だ』


「まだだろ」


『え?』


「人生で一番良い日はチャンピオンリングをとった日だろう?」


『!? ふっふっふっあっはっはっは確かに!! 確かにそれはその通りだ!!』


「一応医者に見てもらっておけよ。完治のお墨付きは貰っておいたほうが安心だろう?」


『わかった。だが医者が驚いて倒れないかが心配だな』


「その時は病院に連れて行ってやれ」


 武藤のその言葉はその場にいたアメリカ人達を全員吹き出させたのであった。

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