第215話 スポーツ界隈
一方その頃、日本では各スポーツの重要人物達が集まり、会合を開いていた。」
「やはり武藤はサッカーをするべきだ。海外ではなく是非Jリーグでプレイしてもらいたい」
「何を言う、武藤はバスケをやるべきだ!! あいつは日本人で初のNBAファイナルでリングをとれる男だ!!」
「いや、動画を見る限り野球の才能もずば抜けてる。日本人はやっぱり野球だろう!!」
各スポーツの重鎮達が話し合っているのは武藤のことである。マスコミにも特集され、殆どTVの取材等を受けないにもかかわらず、信じられないような集客効果をもたらす男。容姿端麗で進学校で成績も優秀。そしてそのスポーツの才能は比べられるものが存在せず、まさに唯一無二の存在である。こんな男を呼び込めたら間違いなくそのスポーツはブームになるだろうことが約束されているのだ。故に各種スポーツ界の男達は武藤を巡って話し合いをしているのである。
「野球もサッカーも武藤に頼らずとも人気があるでしょう!! ここはやはり卓球を……」
「Tリーグなんて知ってるやつのほうが少ないだろうが!!」
「卓球にいっても経済効果なんか殆どないだろうが!!」
「頭もいい武藤ならカーリングこそ輝くに違いない」
「そんなドマイナー競技を武藤にさせんな!!」
「せめてオールシーズンできる競技にしろよ!!」
「ではカバティを――」
「せめて一般人がわかる競技にしろ!!」
ちなみにここはスポーツ庁が仕切っている会議である。ドマイナーな競技からメジャースポーツまであらゆるスポーツのお偉いさんが集まってきているのだ。何故かと言えば、武藤を巡ってこのままだと各スポーツ界が血で血を争う戦いをしかねなかった為である。
「人気のある者を使って裾野を広げ、競技人口を増やす。そのお気持ちはわかりますが、せめてプロリーグのあるスポーツでないと、そもそも経済効果がないのでは? あくまで今日の会議は今後の日本スポーツ界の為ということをお忘れなく」
スポーツ庁長官の一言で大多数の者が黙った。殆どのマイナースポーツからすれば、日本がどうなろうと関係ない。だがプロリーグもないスポーツとは、言い換えれば金が集まらないスポーツである。そんなものに武藤を呼び込むのは流石に気が引けるどころではない。武藤側から選んだのならただ嬉しいだけなのだが、そうそサッカーやバスケのような奇跡が起こるとは限らないのだ。
では何故そんな競技の代表者を呼んでいるのかと言えば、いわゆる根回しである。万が一にも武藤がマイナー競技に参戦なんぞしようものなら、日本スポーツ界の損失のほうが計り知れない。その為、そのスポーツをやめろとは言わないが、この打ち合わせで決まった競技に誘導、勧誘を行うという合議をするのがこの会である。その代わり、そのスポーツにはスポーツ庁とその競技の協会から便宜が図られるという、お互いにウィンウィンな話し合いであった。一番の問題は武藤に何一つ許可も確認もとっていないことである。
「武藤くんは今のところわかっているだけでも野球、バスケ、サッカーの3種目については間違いなく天才ということがわかっています。この中で日本における市場規模の最も大きいのは野球です。ですが3種目の中では唯一公式戦にでていません。実績もバスケは中学全国一、高校ではサッカー全国一という実績がありますが、野球は武藤くんと推測される動画だけです。この状態で野球を進めるのはどうでしょうか? 野球の専門家からの意見を聞いてみたいです」
「あいつは化け物だ」
「……かつて三冠を獲った貴方から見てもですか?」
かつてプロ野球で打率、打点、ホームランで年間全てトップといういわゆる三冠と呼ばれる記録を達成した元プロ野球選手がこの会議には呼ばれていた。プロ野球選手だけではない。各スポーツの超と呼ばれる者たちも意見を聞くために呼ばれている。
「専門的な部分は省くが、物理的にあり得ないスイング速度だ。あんなことされたらピッチャーはどうやっても抑えられん」
「というと?」
「わかりやすく言おうか。日本球界に打率10割っていう不滅の記録を持つバッターが生まれかねん」
「そこまでですか!?」
「人間だから打ち損じなんかもあるだろうから、10割は難しいかもしれんが、8割は超えるだろうな。高校野球だって地区予選でも無い限り8割打ってるやつはいない。しかも武藤はまだ1年生なんだぞ? 今から本格的に鍛えたら一体どんなことになるのか、考えただけでも恐ろしい」
「だがそうなると……」
「ああ、逆に問題が出てくる」
「どういった?」
「波乱が起きないスポーツは飽きられるんだよ。絶対打つバッターなんて、ちやほやされるのは最初だけだ。絶対打つのがわかってるやつなんて敬遠しかされないし、見てる方も全く波乱が起きない勝負なんてすぐに見飽きる。それによって何が起きるのかわかるだろ?」
「武藤くんの排除……ですか」
「こっちで勧誘して始めさせたあげくにこっちの都合でやめさせる。酷い大人もいたものだ。そうなるとどうなるかって言ったら武藤は間違いなく野球を辞めるだろうし、残った野球界もどんなバッターやピッチャーが出てきたとしても武藤がいたらってずっと言われ続けることになる。すでにいない相手とずっと比較され続けるんだ。やる気も何もあったものじゃない」
絶対に勝つのがわかっている勝負ほどつまらないものはない。グーしか出せない相手とジャンケンしつづけるのを傍からみてて面白いやつなどいないのだ。
「それだと絶対にゴールが決まらないサッカーも同じでは?」
「PKがある以上それはないといいたいんだが……あいつ実際PKまで全部止めてるんだよなあ」
そういって元Jリーガーで武藤の試合を解説していた大野は頭を抱えていた。
「その点バスケなら武藤1人で試合は決まらないし、いいのでは?」
「一応言わせてもらいますが」
「おおっ室井さん、何か意見が?」
「中学の時、武藤は手加減をしていました」
「え?」
「あいつが本気を出したら試合にならないからです」
「……冗談でしょ?」
珍しい室井の冗談かと思っていた長官だが、室井の目が全く笑っていなかったのを見て、長官の顔はただ引きつるばかりであった。
結局、武藤への強引な勧誘はやめて、本人の好きにさせるということで会議は終了した。もちろんこの会議にそんな権限は全くないのだが、根回しをしておかないと暴走する者が出てきかねない為、必要な打ち合わせであった。
ちなみに室井は1ミリも武藤の勧誘を諦めていなかった。
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