第213話 スカウト

「うちのサッカー部ってこんなに強かったの!?」


「全国優勝ってすごくない?」


 わざわざ会場まで応援に駆けつけていた中央高校の面々は、まさかの自校優勝に驚きを隠せないでいた。優勝して涙するサッカー部員を見て、もらい泣きする女子生徒達の姿も見える。


「小林くんかっこよかったね」


「真壁くんもかっこよかったよ」


「それをいうなら菅野くんだって!!」


 応援に来ていた女子生徒達はそれぞれに推しが出来たようであった。それもそのはずで、進学校で頭もよく、尚且つサッカーで全国優勝しており、かつ武藤が嫌っていないことから性格も良いもの達ばかりである。女子高生にとって中央高校サッカー部はこれ以上無いくらいの優良物件であった。








「彼らは我が校の誇りだ!!」


 ちなみに全国出場なんぞ中央高校始まって以来のことの為、校長を含め教師陣も応援に駆けつけていた。


「どうしますか校長? うちそんなに運動部に力入れてないんですが、どう考えても来年度からサッカー部目当ての入学希望者が増えそうなんですが……」

 

「うーむ、悩ましいところだな。スポーツ推進科を作るにしてもさすがに来年度は間に合わんぞ」


 武藤が関わっているため、予算は猪瀬を頼ればいいのだが、問題は教師陣やカリキュラム、設備などである。どうやっても半年では間に合わないのだ。しかもすでに夏休み。今から試験にしろ何にしろ間に合うはずがなかった。

 

「まあ、まぐれという可能性もありますし、すぐに動くのはやめておきましょう」


 教師たちのそんな思惑とは裏腹に、後に武藤が残した練習方法がサッカー部伝統となり、体幹トレーニング用にバランスボールを敷き詰めた小屋が立てられることとなる。そして気がつけば中央高校はサッカーの強豪と呼ばれるようになるのであった。

 

 

 

 

 

 

「小林くん、ユースに興味はないかい?」


「え?」


「真壁くん、進路について聞いてもいいかな?」


「はあ」


 表彰式も終わり、いざバスに乗り込もうとした際、中央高校メンバーはJリーグチームのスカウト包囲網につかまることとなった。

 

(あいつ……それで制服を!!)


 普通ホテルと試合会場間の移動は学校指定のジャージ姿である。だが武藤はただ一人、制服を持ってきていた。小林は何故かと疑問に思っていたが、ここに来て漸くその意味を知ることとなる。それはジャージ姿を明らかに狙う者たちの目をそらすためである。武藤はマスクにメガネ、そして制服姿で気配を消すことにより、見られても全く誰にも気づかれることなく、一人悠々とバスに乗り込んでいた。

 

 

 結局ほぼ全員が複数のスカウトから連絡先を渡され、開放されたのはバスに乗り込もうとしてからおよそ30分は過ぎてからであった。

 

「武藤!! お前こうなることを知ってたな!!」


「ん? よかったじゃん。スカウトされて」


「言いわけないだろ!! 俺達誰もプロになる気なんてねえんだよ!!」


 中央高校は進学校である。もちろん入るためにはそれなりにいい成績を修めていなければならない。どうしてわざわざ苦労して入るかと言えば、いい大学に行くためであり、その後の就職も見据えてのことである。 

 

 ではサッカーのプロになるのはどうか? プロのアスリートというのはいわば一攫千金である。現役期間の中で優秀な成績をコンスタントに残しつつ、怪我をせずに長く続ける必要があるのだ。終身雇用という幻想が消えつつある今、安定した大手のサラリーマンでさえ定年まで働けるかと言えば難しい昨今であるが、それでもアスリートよりは長く勤まる可能性が高いし、つぶしも効く。ましてや公務員ならその辺りは安定している為、中央高校を選ぶような安定した生活を求める生徒たちは基本的に目標は公務員だったりするのだ。つまりアスリートとは真逆の存在である。一攫千金を目指すよりは、細く長く生きたいと思う中央高校サッカー部の面々は、プロになろうなどという意識は毛頭なかった。

 


「プロサッカー選手なんてピンキリだしなあ」


「全く潰しも効かないしな」


「一流になれるのは一握りだし、怪我や病気で即死だからなあ」


 頭でっかちになりがちな進学校の生徒であるサッカー部員は、進路のことに非常にシビアであった。

 

「武藤や小野みたいなやつなら成功するんだろうけど、俺らみたいな一般人はなあ」


「リスクとリターンがあってないよな。リスクの方がでかすぎる」


 一般的にJリーグの引退年齢は平均25,6である。余程のトップ層でもない限り、まだ社会に出たてくらいの年齢で外に放り出されることになるのだ。しかもそこまでこれている人間ならまず、サッカー以外のことが出来ないのである。となれば行く先はサッカーのコーチや解説者くらいであるが、サッカーチームのコーチなんて、余程のところでも無い限りサラリーマンよりも安い給料である。つまり日本においてサッカーで一生食べていくというのは殆ど不可能に近いのである。

 

「J1ならまだワンチャンあるかもしれんけど、J2以下は悲惨らしいしな」


 J2の平均年収はサラリーマンの平均年収と変わらないし、J3以下になるとフリータークラスである。しかもプロ契約して居ないアマチュアも多く、アルバイトしながらという選手も多いのだ。

 

 子どもたちのなりたい職業1位に燦然と輝くサッカー選手であるが、その闇の部分にいち早く気づいて進路から除外したものこそ進学校に通う生徒なのである。故に部員たちはスカウトに一ミリも心を動かされることがなかった。

 


「そもそもサッカーやってるのも内申に多少はいいかもくらいの感じだしなあ」 

 

「サッカー好きだけど生活にできるかって言われたら無理だしな」


「そこまで覚悟のあるやつはユースに行くか東方とかに行ってるだろ」


 サッカーは好きだし本気でプレイしているが、それだけに人生をかけているわけではないのである。

 

「武藤はどうするんだ? お前なら絶対プロでも成功するだろ」


「誰かの命令を聞いてやるなんてやだよ。体育会系嫌いだし」


「あー確かにお前は監督やコーチにああしろこうしろって言われたら切れそう」


「普通に初日に監督殴ってやめそう」


「いや、それより練習サボって寝てそう」


「いやいや、試合サボって寝てるだろ」


 サッカー部員たちが武藤に抱く感想はだいたい似たようなものであった。言われたことを想像したら大体あってそうだった為、武藤は何も言えなかった。


 こうして武藤のサッカー生活は呆気なく幕を閉じた。

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