第212話 優勝(サッカー15)
『決まったあああああ!! これで3点目!!』
そうして始まった決勝戦。超満員の観客の中始まったそれは、前半が終わって既に3対0と中央高校がリードしていた。
(小林め……強化しすぎたか)
ゴール前で暇な武藤は一人でハマーン様ごっこを満喫していた。
(そのうちハマーン様ばんざーいっていいながら爆発しねえかな。そしたらなんの光いいいっていってやるのに。ラカン・ダカランておっさんなのに名前だけ聞くとなんかエロいよな)
あまりに暇すぎて現実からも逃避していた。
『これは予想外の展開になりましたね大野さん』
『これは作戦ミスというよりはチームの相性といってもいいですね』
『相性ですか?』
『小平高校はどちらかというと攻撃寄りのチームなんですが、中央高校は鉄壁のDF陣と守護神武藤選手を要するカウンター型のチームですからね。止められると逆に中央高校のチャンスに変わるんです。攻撃回数が多ければ多いほど逆に中央高校側のチャンスが増えるという悪循環になるんですね』
『確かに、得点は全てカウンターからの一撃でしたね』
『サッカーは点を取らないと勝ちは無いんです。PKになると圧倒的に不利になりますから、小平としてはその前にどうしても点が欲しい。中央高校の攻撃陣を0点に抑えるのは小平の守備陣では難しいので、どうせなら得意の攻撃で点をとりたいといったところでしょう。それが鉄壁の守備陣に阻まれて裏目に出ている。そんな感じですね』
『なるほど。昨日の上村学園のように守備に徹さないのは何故でしょう?』
『上村学園は元々守備主体のチームです。その守備力は全国でも屈指でしょう。その上村学園が5バックでしかも中盤まで下げて守備に徹して漸く抑える事ができるのが現在の中央高校の攻撃陣です。おそらくですが上村学園はPKの方がまだ可能性があると思っていたのかもしれません。そこまでした上村学園でも抑えきれなかったのですから、にわかに守備を固めたところで守りきれるものではないと小平高校は判断したのでしょう』
そのまま試合は続き、結局小平高校は中央高校の鉄壁の守備を最後まで崩すことが出来なかった。
『ここでホイッスル!! 試合終了!! 中央高校、インターハイ全国大会初出場で初優勝の快挙を成し遂げました!!』
『いやあ、お見事。それしか言いようがないですね』
『結局、終わってみれば武藤選手は全試合無失点。いやあ驚きました』
『中央高校DF陣も素晴らしかったですけどね。それでも武藤選手の圧倒的な信頼感あってこそでしょう』
『攻撃陣も素晴らしかったですね』
『ええ、エースの小林選手を筆頭にみんな素晴らしかったです。これで武藤選手も小林選手も1年生ですからね。これからが非常に楽しみですよ』
「やったぞおおおお!!」
「武藤……俺、俺サッカーやっ――」
試合が終わりベンチに戻ると武藤以外の全員が感極まって泣いていた。武藤はと言えば目立たなくて良かったという感想である。本大会は殆ど目立つことはなく、小林やDF陣の4壁が目立っていた為、武藤はそこまで目立った活躍をしていない……と本人は思っていた。実際はDF陣が抜かれた際でも、例え1対1になろうとも止めるという圧倒的なパフォーマンスを見せていた為、サッカー関係者の間では非常に目立っていた。むしろ武藤目当てに海外リーグのスカウトが来ていたりする。だが未だに武藤に対して接触出来ていない。何故かと言えば、まず武藤の家には固定電話がないのである。回線はあるが、電話を使用しない為、基本用事がある人はスマホで連絡をしてくるのである。連絡を受けるような人は携帯の番号を知っているのでなんら問題がないのだ。
もちろん学校にもスカウトの話は来ているのだが、武藤がサッカー協会との面会以降全て断っているため、接触が出来ない。そうなると自宅と登下校中の接触しか無いのだが、登下校中は武藤が見つからずに接触できず、自宅は住所が割れておらず、しかもわかったとしても黒服が守っている為、こちらも接触できないのである。
だが大会中はさすがにスカウトも接触を控えていた為、言うなれば大会が終わった今が最初で最後のチャンスである。スカウトは武藤が出てくるのを手ぐすね引いて待ち構えているのを武藤はまだ知らなかった。
ちなみに現在顧問の美術教師がTV局から取材を受けているが、この顧問サッカード素人である。たまたま空いていたから顧問をしているだけで、サッカーはなんとか簡単なルールを知っているだけである。その為、取材の受け答えも無難なことしか言わないのであるが、それは逆に聞いている側からすると素人であると判断ができない。その結果、どうなるかというと、無名の高校をいきなり全国優勝に導いた名将、ということになるのである。その後、この美術教師はサッカー雑誌の取材やら新聞の取材やらで大変な目に遭うことになる。
「それでは選手のみなさんにもインタビューしていきましょう。まずはキャプテンの真壁くん。今の心境をお聞かせください」
「高校生最後の大会で負けることなく、こうして有終の美を飾る事ができたのは非常に嬉しく思います。これも応援してくれた皆様のおかげであり、一緒に戦ってくれたチームメイトのおかげでもあります。本当にみんなに感謝しています」
「どの試合もとても素晴らしかったですが、中でも準決勝の1点目を獲ったあの連携。あれは大変素晴らしかったですが、あれはどういった作戦だったんでしょう?」
「ライトニング・コンビネーションです」
「え? らい?」
真壁の近くからは「ぶはっ」という吹き出す音が大量に聞こえてきた。ちなみに武藤以外全員吹き出している。
「ライトニング・コンビネーションです。ちなみに命名は武藤です」
「えっとそ、そうなんですか……」
微妙な顔をするアナウンサー。後ろでは「なんだよかっこいいだろうがあああああ!!」「落ち着け武藤!!」といった声が聞こえてくる。もちろん声は放送にのっている。
「武藤考案の連携ですが、形にするまでが大変でした。まだ未完成ですけどね」
「未完成なんですか!?」
「まだまだです。大変でしたけど、サッカーを始めてから初めてなんですよ。こんなにサッカーが楽しかったのは」
「楽しい……ですか?」
「ええ。日に日に自分がうまくなっていくのがわかるんです。練習は確かにきつかったですが、それを上回る楽しさに辛さなんて全部吹っ飛びますからね。それもこれも全部武藤のおかげです。彼には感謝しかありません」
「ありがとうございます。では最後に一言お願いします」
「今日で僕達3年生は引退ですが、こんなに悔いがなく終えることができるとは思いませんでした。この大会は僕達のこれからの長い人生の中でも決して忘れることが出来ないエピソードになるでしょう。これから先、辛いことがあってもあの大会の時の練習に比べればって思えばなんでも耐えられると思います。出来たら将来、子供にあの武藤と一緒にプレイしてたんだぞって自慢してやりたいですね」
「ありがとうございました。キャプテンの真壁選手でした。続きまして武藤選手――」
(しまった!!)
武藤はライトニング・コンビネーションを笑われたことに憤慨していた時にチームメイト達に捕まって抑えられていた為、逃げ損なっていた。
「あっ!! いました武藤くんお話をお聞かせください!!」
「……はい」
さすがにここまで来たら逃げることはできず、武藤は渋々とインタビューを受けることとなった。
「優勝おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「素晴らしい活躍でした」
「そうですか」
「武藤選手といえばバスケというイメージでしたが、サッカーも経験があったのでしょうか?」
「もちろんです」
「ですがジュニアユース等でお名前は聞いたことがなかったのですが?」
「ユース? 予選で初めて出た試合の何日か前が初めてですよ。授業以外でサッカーやったの」
「え?」
「だから今サッカー歴1ヶ月くらいですね」
「1ヶ月ですか!?」
「1ヶ月もやれば誰だってこれくらいできるでしょう?」
ちなみに武藤は本気でそう思っている。天然煽りマシーンは今日も健在だった。
「ふ、普通は無理だと思いますが……」
そういって女子アナがチームメイトの方に視線を向けるが、チームメイト達は無言で頷くばかりであった。
「この大会で一番印象に残っていることはなんでしょう?」
「準決勝でライトニング・コンビネーションが決まったことですかね。練習でもあんなに上手く行ったことないのに本番であんなにキレイに決まるとは思いませんでした」
「武藤くんが考案したと聞きましたが?」
「東方高校を倒すために編み出した連携ですね」
「東方高校ですか? 確か予選決勝で当たりましたね」
「あの時は得点できませんでしたからね。それに化け物もいましたし」
「化け物ですか?」
「小野っていう人です。バスケのときにもいませんでしたからね。初めてですよ、本気出して負けるかもって思った相手は。いやあ天才っているんですね」
「いや、武藤くんも間違いなく天才だと思いますが……」
「いやいや、そんなこといったら本当の天才に失礼ですよ。僕はただ運動能力が人よりちょっと高いだけです。彼のような後のサッカーの歴史に名を残すような天才と比べるのはおこがましいですよ」
武藤大絶賛である。これにより世間の小野に対する評価が相対的にかなりあがることとなり、スカウトの目に止まることとなる。
一方TVでインタビューを見ていた小野は武藤に認められていたと知ってテンション爆上がりであった。
武藤としては小野を持ち上げておけば世間の注目はそっちにそれるだろう。そんな思惑であった。もちろん初めてあった負けるかもしれないと思った天才というのも本当である。
「サッカー歴1ヶ月で全試合無失点は天才以外の何物でもない気がしますが?」
「うちのDF陣が優秀なだけですよ」
「そ、そうですか。では最後に何か皆様に向けて一言お願いします」
「短い間でしたが、非常に楽しい時間でした。応援ありがとうございました」
武藤としてはこれでサッカー最後のつもりの挨拶であったが、それが伝わったのはチームメイトと武藤をよく知っている面々だけであった。
その後、あっという間に武藤は姿をくらまし、スカウト達はついに武藤を捕まえることが出来ず絶叫するのであった。
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