第211話 準決勝(サッカー14)
『準決勝第1試合、中央高校対上村学園、ここで前半を終えます。ここまで両者譲らず0対0のまま後半へと向かいます』
準決勝まで無難に勝ち上がってきた中央高校だが、ここまで2試合でハットトリックを決めている小林と菅野を完全に封じられて得点できずに苦戦していた。もちろん自分たちも得点させては居ないが。
「まさかここまで完璧にオペレーション・メテオ対策してくるとはな」
オペレーション・メテオはパントキックからのカウンターという性質上一旦高くボールが舞い上がる。そこからパサーに渡ってからの連携の為、パサーを特定されて直接防がれるとどうしても攻撃が止まってしまうのだ。そうなると中盤が後ろに下る時間ができてしまい結果、人数的な有利がなくなり、本来の人数有利からの奇襲という特性が活かせなくなるのである。
「……やるか?」
「まだ完璧とは行かないけどやるか」
「後半、合図したらいくぞ。オペレーション2。ライトニング・コンビネーションだ」
『さあ、後半が始まりました。ここまで両者互角。お互い優勝候補として負けられない戦い。大野さんここまでご覧になっていかがでしょう?』
『いや、両者ともすごいですね。上村学園は完全に中央高校の対策を取ってきてます。中央高校はあの武藤選手から始まるカウンターが主な得点源ですが、それを見事に防いでいます。対する中央高校は対策というよりも完全に自力でのDFで上村学園FW陣を抑えています。展開は互角ですが両者全く違う内容ですね』
『自力といいますと?』
『中央高校はどこを相手にしても同じように防げるということです。満遍なくどんな攻撃にも対処できますが、完全な対応とはなりませんので、どうしても出来てしまうファジーな部分を突かれて攻め込まれてしまう可能性があります。一方上村学園の方は完全に中央高校のみ特化したディフェンスですから、中央高校の攻撃はほぼ抑えられますが、それ以外のチームには意味がないといった感じですね』
『そうなりますとこの後の展開はどうなるでしょう?』
『このまま行くと上村学園が不利ですね』
『それは?』
『上村学園はカウンターを警戒して5:3:2という完全な守備特化のフォーメーションです。対して中央高校はオーソドックスな4:3:3ですが、カウンター時は4:1:5や3:2:5等と臨機応変に攻撃的に変化します。何故こうも極端な攻撃特化にシフトできるのかといえば、その鍵は武藤選手にあります』
『武藤選手ですか?』
『絶対の守護者がいるから、多少後ろが薄くなっても問題ないんですよ。そして攻撃陣が薄い上村学園ではそれすら突破ができません。その後待っているのは……』
『!? なるほど、PK戦ですか?』
『ええ。そうなると武藤選手の独壇場ですからね。それまでに上村学園はなんとしても先制する必要があります』
『とはいえ中央高校は武藤選手が出場し始めてから全試合無失点。武藤選手は連続無失点記録を未だに更新中です。果たして上村学園はどうやって武藤選手を、中央高校DFが陣を攻略するのか。後半注目です』
その後、後半はお互い全く決め手のないままに試合時間だけが過ぎていった。
崩せない。お互いの攻撃陣が全く同じことを思っていた。5バックにさらに中盤も下がり気味という徹底した守備シフトの上村学園と、4壁と言われる程の超高校級DF陣に守護神武藤を配する中央高校の戦いは、まさにどちらが先にその壁を壊せるかという戦いであった。
『あーーーっ倒された!! 長宗我部押してしまいました、イエローがでます。ここで上村学園フリーキック。まさに大チャンス到来です。大野さんどうでしょうこの展開?』
『上村学園にとっては最後かもしれないチャンスですね。ここまでお互い圧倒的な守備力でチャンスがありませんでしたから、ここがターニングポイントになるでしょう』
後半も差し迫った残り5分。中央高校DFの長宗我部が相手を倒してしまい、PKエリア付近から直接フリーキックを与えてしまう。
「ここがチャンスだ!! 絶対決めるぞ!!」
気合の入っている上村学園を背に中央高校は全く焦っておらず、アイコンタクトを取り合っていた。
『あーっとまたしても壁無し!! 中央高校武藤、予選と同じように壁を作りません!!』
『この距離ですと普通は無謀としか言えないんですが、武藤選手の場合、止めてる実績があるんですよねえ』
『そうなんです。武藤選手未だに無失点記録更新中なんですよね。果たしてどうなるのか。注目してみてみましょう』
現在の中央高校は武藤とDF陣だけでなく攻撃陣も小林を筆頭にかなりのレベルである。そのメンバーの猛攻を耐えていた上村高校は訪れた千載一遇のチャンスに浮足立っていた。いや、潜在的な恐怖、疲労から逃れようとしていた。
ここで点を獲れば勝てる。これまでの苦労が報われる。漸く地獄のようなプレッシャーから開放される。これまで襲われ続けてきた中央攻撃陣のプレッシャーは、上村学園に相当なストレスを与えていた。そしてここで決められなければ勝てないという事実。これまで下がり気味だった上村学園が上がり気味になるには十分な理由であった。
『さあ、ここで蹴るのはキャプテンの中田選手。ゆっくりとボールをセットします』
『落ち着いてますね』
『壁は上村学園の目隠しの3枚のみ、果たしてどう蹴るのか。中田選手助走をとり……シュート!! ああっと弾いた!! 武藤選手キャッチできずに前に落とした!! すかさず上村学園前に詰めてきますが!? ああっぜ、前方に蹴り出した!! 武藤選手溢れたボールを拾うなりあっと言う間に前方へ蹴り出しました!! しかもこれは!?』
武藤はわざとボールをキャッチせず、前にボールを落とすことで敵選手を前へと引き付けた。そして次の瞬間ボールととるなり低い弾道で前方へボールを蹴り出す。
『中央高校ボールを持っていない選手も全員走り出しています!! しかもこれは!?』
そして低い弾道で受けた中央高校メンバーはノートラップで互いにボールを繋いでいく。その場ではなく決められたポジションに蹴ることで圧倒的な速さでボールが足を離れていくのである。しかもただ決められた場所ではなく、瞬時に数あるコースの中から敵から離れた位置を選択するのだ。あまりの難易度に成功率が低いのも無理はない。
『だ、ダイレクト!? ノートラップでボールを繋いでいく!! これはなんという……』
思わず実況も言葉を失った。プロですらめったに見られない連携である。
『ここで小林ノーマーク!! キーパーと1対1!! う、浮かせたああああ!! ゴーーーーーーール!! 中央高校先制!! 小林ゴール右へ冷静にループシュート!! この土壇場でなんという冷静さ!! 昨年の小野選手を彷彿とさせる見事な個人技で値千金の先制ゴール!!』
『いやあ見事でしたね。もう脱帽としかいいようがないですよ』
『今の連携は一体?』
『おそらくですが、決められたプレイヤー、もしくは位置にノートラップでつなげることで高速の連携を生み出した。そんな感じがしましたね』
『そんなことできるんですか!?』
『やってますからねえ。いや、信じられませんが……ああ、なるほど、武藤選手のキャッチミスも、ひょっとしたらその前のファールから作戦だったのかもしれませんね』
『ええ!?』
『前半からプレッシャーを与え続ければ守備陣としてもチャンスには前に出たくなります。そこにフリーキックという餌で釣り出し、かつ武藤選手がこぼすことでさらに釣りだした。そこへ乾坤一擲のカウンター。見事ですね』
『ですが、今まで上村学園はカウンターを止めていましたが?』
『今回はそのカウンターの性質が全く違いますね。今までは決められたパサーに渡してそこを拠点に崩していたのですが、今回は誰にボールが来るか全くわからない連携でしたからね。しかも考える時間を与えないノートラップで続ける連携ですから、止めようがありませんね。まさに稲妻のような連携でした。本当に高校生ですか?』
武藤の猛特訓により超絶連携が可能となった中央攻撃陣のライトニング・コンビネーションは、決まればまさに必点といっても過言ではない超高校級連携であった。
『最後、小林選手のシュートも見事でした』
『実に見事でしたね。左に蹴っているのに足首だけでボールを右に浮かせてましたよ。あんなの止められるの武藤選手くらいですよ。しかもその前のパスがまた素晴らしかった。ピンポイントでゴール前にスペースを開けさせてそこにノートラップで落としましたからね。鈴木選手のアシストも見事としか言いようがありませんね』
『まさにチーム一丸となって獲った点ということですね』
『ええ、これで上村学園としても前に出ざるをえなくなりました。ますます試合が動きますよ』
大野の解説通り、上村高校は3:3:4という超攻撃的なフォーメーションをとり、中央高校に襲いかかってきた。が、それでも4壁を突破することが出来ず、逆に薄くなった守備陣では中央高校FW陣を抑えることが出来ず、残り3分でさらにダメ押しの追加点を許すと、そこで緊張の糸が切れてしまったかのように動きに繊細さがなくなり、最終的に3対0の圧勝で中央高校が決勝に進むこととなった。
「やったぞ決勝だ!!」
「あんなに上手くいったの初めてだな!!」
「鈴木のパスすごかったぞ!! ケビンみたいだった!!」
「小林のシュートもすごかった。正直見てて震えたもん」
「あざっす!! すげえ良いパスだったんで逆に冷静になれました」
「まさかフリーキックさせて相手を前に釣りだそうとかいって本当にやらせるとは思わんかったけど」
これは後半残り5分になった時、武藤から真壁に、そして真壁から長宗我部に対しての提案である。ここまで与えたプレッシャーならあえてフリーキックさせればDF陣を前に釣り出せる。武藤からの提案に真壁がGOサインを出し、長宗我部が相手のユニフォームを掴むことでフリーキックを与えたのである。
控えは居ないに等しい中央高校では諸刃の剣もいいところの作戦であったが、DFが1人減ったくらいで武藤から点を捕れるものではない。その安心感からこの作戦を実行したのである。
「まさか俺達がここまでこれるなんてな」
「これも、武藤のおかげだな」
「いや、何いってんだ。ここまでの試合全然俺目立ってないじゃん。おれんとこまで殆どボール来てないぞ」
「試合は確かにそうかもしれんけど、俺達がここまで戦えるようにしてくれたのは間違いなく武藤のおかげだろ」
真壁の言葉に全員が頷いていた。
「勝っても負けても俺達3年は明日の試合で最後だ。まさか一番最後の日まで現役引退が伸びるなんて思わなかったけど、ここまできたら最後は有終の美で終わらせたいところだな」
「もちろんですよ。優勝しましょうキャプテン!!」
「中央高校に伝説として残るな俺達」
「公立の進学校でインターハイ優勝なんて今までないだろ」
「あるにはあるだろ。絶対スポーツ特待があるとこだろうけど」
もちろん中央高校にはスポーツ推薦などというものは存在しない。
「このまま武藤を目立たせないまま優勝してやろうぜ」
「おおっ!!」
いつになく大きな声で揃った声を出すサッカー部員たちに武藤は苦笑するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます