第210話 圧倒的(サッカー13)

『まさかこんな展開になるなんて誰が予想したでしょう!!』


 試合が始まると、中央高校は優勝候補といわれている帝都長丘高校相手に前半だけで3対0とリードしていた。

 

『あっとまたもやカット!! 中央DF陣まさに鉄壁!! なんと今日1度もまともにシュートを打たせておりません』

 

 4壁は現在日本最強である小野を抑えるべく特訓を重ねてきたのである。そしてオフェンス陣はそのDFを陣を相手に特訓を重ねてきていた。さらに体幹やノートラップ訓練も混じり合い、気がつけば中央高校は優勝候補クラスになっていた。

 

 崩れない体幹と早いルックアップ。そして状況判断の早さによりもはやそれは東邦高校を上回るレベルである。普通はこんなに早く上達するようなことはないのだが、武藤が正確無比なアドバイスを行い、さらに詳しい手本まで見せることが可能な為、中央高校は信じられないレベルに到達していた。

 

 武藤の訓練は「できなければ死ね」と言わんばかりに厳しいのだが、部員たちは誰一人文句1つ言わずに従って訓練漬けの毎日を送り、試験期間中ですら自己練習に励んでいたほどだ。一応進学校であるため、赤点が1つでもあれば大会に出られなかったのだが、意外にもサッカー部は成績優秀者が多いため、その点は問題なかった。

 

 そして部員が少ないせいか交代するようなことも無い為、連携が非常にとれるようになっていた。誰か1人でも怪我をしたら終わりなのだが、怪我しそうな時は武藤がこっそり治すため、その心配もない。

 ちなみに補欠の1年2人は内申点目的でり、マネージャーのようなことをしている者が1人。そしてもう1人は初心者とは言わないまでも下手と呼んで差し支えないくらいのあまり部活に顔を出さないお飾り部員である。一応2人とも大会には来ており、万が一の補欠として登録されている。

 




 ちなみに小林だけはさらに特別な訓練を行っている。それは……憑依型体験である。


「俺は憑依して他人の体を操ることができる」


「何いってんだお前」


 唐突におかしなことを言い出した武藤にさしもの小林も素でツッコんでしまった。

 

「色々と条件があるがな。すぐ近くで相手が同意している場合のみ俺の霊体を憑依させることができるんだ。その間俺は動けなくて無防備になるけど」


「……まあそれができるとして、それがどうしたんだ?」


「お前を操って小野の動きをお前の体で体験させることができる」


「!?」


 疑心暗鬼ながらも小林は武藤の提案を受けて憑依させることになった。ちなみに憑依というのはもちろん嘘で、武藤が魔法で体を操っているだけである。だが状態としては憑依と似たようなものであり、武藤の精神が肉体に宿ったかのように操作が可能であった。

 

(これが……武藤が……小野が見てる世界!?)


 疑心暗鬼であったが、実際自身の身体が武藤の操る小野コピーの動きになり、小林は動けない精神だけのままその動きに戦慄する。いつ何処で周りを確認しているのか? ドリブル時にどこを見ているのか? ボールを持っている際の細かなタッチまでその全てを体験でき、小林は感動していた。たとえすぐにそれが再現出来なくても1度でも体験すれば肉体は覚えているのである。後はそれを思い出して再現するだけだ。武藤のとんでも訓練により、小林は劇的に上達、いや進化していた。

 

 

 

 

『またしても小林選手、ドリブルで中央を突破していく!! まるで東方の小野選手のようですね?』


『ええ、まだあそこまで洗練されていませんが、動き方がかなり似ていますね。随分と小野選手を参考にしているようです』 

 

 あの武藤ですら苦労した小野である。劣化とはいえそれを再現した小林を止めるのは、優勝候補とはいえ高校生の部活の範疇では非常に難易度が高かった。

 

『ここで一旦鈴木に渡――あっとすぐさま空いたスペースに出される!! ワンツーのような形になり小林、キーパーと1対1!! 決めたあああああああ!! ゴール左隅へ冷静に決めました!! 小林これで前半だけで2ゴール目!! まるで昨年の小野選手を思わせる活躍です!! なんという1年生だ!!』


『すごいですね。とても1年生とは思えない動きです。超高校級といっていいでしょう。それがFWとキーパーにそろっている中央高校は相当強いですね。しかも2人ともまだ1年ですよ? これは他校にとって脅威でしょう。部員わずか14人の公立高校とはとても思えない強さですね』


『そんなに部員すくないんですか!? そこに超高校級が2人ってどんな確率なんでしょう』


『中央高校といえば東大生も出してる進学校ですからね。2人とも学業もすごく優秀なようです』


『まさに文武両道ですね。そこまで才能があるってもう嫉妬すら湧きませんね』


『しかし、この大会で3年生が4人抜ける為、大会後は来年新入部員が入るまで試合ができなくなるそうです』


『え? それはもったいないですね。国立で2人の試合を是非見てみたかったのですが……』



そのまま4対0と中央高校圧倒的リードで前半が終了した。



「小林!! 絶好調じゃないか!!」


「ええ、なんか今日は相手の動きがよく見えるんです」


「いつも武藤が相手だからじゃないか?」


「え?」


 小林はDF陣との練習以外にも武藤相手に1対1の練習をよくしている。本来キーパーなのに武藤は手を使わずフィールドプレイヤーとして相手をしており、小林はそれに1度も勝てたことがない。武藤を抜くためには、武藤の思考の隙をつくか、人類の反応速度を超える必要があるのだ。

 

 では何故小野に苦戦していた武藤が、小野に近いフィジカルの小林に圧勝するのか? 単純に武藤がサッカーに慣れてきたのである。驚異的な学習能力を持つ武藤は、新たな動きをしないかぎり過去の経験から相手の動作を未来予知に近いレベルで予測可能なのだ。その為、小野に近いテクニックを持ちながらも想定範囲の動きしかできない小林は相手にならず、その場その場でリアルタイムに自分でゲームを作るファンタジスタの小野には苦戦するのである。

 




『試合終了おおおお!! 中央高校圧勝!! 優勝候補、帝都長丘高校に6対0!! こんな結末を誰が予想できたでしょう!!』


『いやあ、すごかったですね。まさか武藤選手が目立たないまま勝利するとは思いませんでした』


『1年生小林選手のハットトリックもすごかったですが、殆ど攻撃をさせないDF陣がすごかったですね』


『あれを突破するのは相当むずかしいですよ。DFライン2つが全く崩れませんでしたからね。4人のDFがまるで1つの生き物のように動いてました。プロ顔負けですよ』


『確かに。帝都長丘は苦し紛れのロングシュートかセンタリングしかできませんでしたね』


『あの小野選手がフリーですら決められなかった武藤選手ですからね。DFがラインが崩れないままの攻撃なんて入りませんよ』


『これで武藤選手は280分連続無失点記録更新中となりました』


『数字としてはまだ現実的な範囲なんですが、やばいのが間にPK戦が含まれてるってことですね』


『PK戦で3本止めてますからね。しかも昨年チャンピオンの東方高校相手に』


『武藤選手もすごいですが、今日の試合でこのチームそのものにも非常に興味が湧いてきましたね』


『と、いわれますと?』


『地方予選から1ヶ月で全員が信じられないほど上達しています。別人を疑うレベルですね』


『そこまでですか!?』


『それこそ体幹から全く違いますね。当たられても全く重心が崩れてませんから。それでいてルックアップと球離れの速さが以前とは比べ物にならないくらいに鍛えられてます。一流の名門校と比較しても遜色ないですよ』


『では初の優勝もありえると?』


『十分考えられますね。むしろ現在一番の優勝候補といっても過言ではないです』


『おおっ!? 大野さんが言い切りますか!?』


『特定のチームに肩入れはしませんけど、高校生がこのチームに勝てるビジョンが見えませんね。ユース連れてきても厳しいんじゃないかなあ』


『ユースチームでも!?』


『武藤選手にこのDF陣が加わったら点を取るのは難しいですよ』


『しかし、帝都長丘にここまでの圧勝となるとたしかに優勝候補と言ってもいいかもしれませんね』


『明日からの試合が楽しみですね。それでは他の試合の結果を――――――』



 中央高校は圧倒的な力で1回戦を突破し、そのまま気がつけば準決勝まで駒を進めていた。

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