第207話 増員

 「くそっまたっ」

 

 「どこ蹴ってんだよ!!」

 

  何故かセパタクロー部になってしまったサッカー部の面々は、2人1組で対面してボールをお互いに蹴り合うキャッチボールのサッカー版のようなことをしていた。

  

「お前らよく続くな」


 武藤と小林の2人は既に慣れたもので、落とさずに延々とお互いにボールを蹴り合っていた。まるでバドミントンのようにダイレクトにボールを蹴り合う姿は傍から見たらかなり異様である。

 

 ちなみに2人が延々と続く理由は、武藤のコントロールが正確無比である為だ。どんなボールでもかならず小林の足元に吸い寄せられるように飛んでいくのである。周りでそれを見ている者も武藤の異常さに気がついていた。

 

「どんな体勢で蹴っても正確無比に飛んでいく。これが体幹が優れてるってことか」


「最初は2タッチでもいいんじゃないか? いきなりアレは無理だ」


 真壁の言葉で武藤達以外は1トラップした後に相手に返すようになった。それでも武藤達のようになかなかラリーが続かない。武藤たちのように平然と30回以上続けるのは想像を超える難易度であった。

 

「とりあえずこれは練習前の準備運動だから。普段からやれる人は休み時間でもやっとくといい。それじゃ俺が小野の真似するから、3年生は止めてみて」


「え?」



「くそっマジか!?」


 そこには完全に小野の動きをコピーした武藤がいた。それはまさに蹂躙であり、決勝戦でDF陣がやられた再現であった。

 

「あれ?」


 DF陣2人に挟まれた後、それを抜きざまに武藤は横にボールを流すと、ボールが誰もいないところをコロコロと転がった。

 

「どうしたんだ武藤? お前がミスするなんて」


「違う。あの時はそこに蹴ってたんだよ。ああ、そっか。本当なら味方が走り込んでるんだ」


「!?」


 小野の動きを完全再現しているが、味方の動きまでは再現しようもない。その為、本来はつながるはずのパスがただのミスとなってしまうのだ。

 

「そうか、そういうことか。俺達マークしてた2人は全くわからなかったけど、いきなりボールが消えたと思ったら足元に戻ってたのはワンツーしてたのか」


 小野は個人技もずば抜けているが、周りを使う術も超一流であった。

 

 そこで武藤(小野コピー)の動きを検証することで、中央高校メンバーは漸く東方がどのような動きをしていたのかを理解することができた。それにより攻撃陣は東方の動きを参考にしつつ戦術を練り直すことになる。

 

 守備陣はといえば、小野コピーの武藤に蹂躙され続けることとなった。ちなみにキーパーは補欠の1年をお飾りに置いてある。お飾りで大丈夫なのはキーパーの腕以前に武藤以外ではどうせ誰も止めることができない為、誰を置いても同じ結果になる為である。

 

 そこから中央高校サッカー部の練習はセパタクローに始まり、武藤(小野コピー)を止める守備陣、そしてその守備陣と戦う攻撃陣という形式になった。その都度、武藤からの指摘が入る。守備陣も攻撃陣も要求されるスペックが武藤基準になる為、非常に多くのダメ出しをされたが、文句1つ言わずに全員が武藤の要求水準に答えるべく努力をし続けた。

 

 通常、そんなものは一朝一夕でできるものではないのだが、隔絶した天才が加わるとその限りではない。サッカー部の面々は、リアルタイムに自身でわかるほど上達していくのを実感した。それは長年サッカーをしてきて初めての経験であった。要は……練習が楽しいのである。非常に辛いはずの練習が楽しくて仕方がないのだ。その結果、サッカー部の面々はとんでもない成長を遂げることとなる。

 

 本大会までの間、武藤が出場せず、お飾りの1年ゴールキーパーで毎週土日に何試合も練習試合を組んだ。最初はもちろん負けていたのだが、徐々に武藤を要せず勝てるようになり、夏休み直前には名門西和高校相手に武藤無しで勝利するまでに至っていた。

 武藤いわく、「もう俺無しで出ろよ」と言われる程には強くなっていた。だがメンバーからしたら明らかに周りから要求されるのは武藤という存在である為、武藤無しで出るのは針の筵にしかならないことはわかっている。木下妹まで動員して頼み込み、なんとか出場してもらうことになった。ちなみに木下妹は美味しくいただかれている。

 

 

 

 

 

「武、正座」 


「……はい」


 夏休み直前の昼休み。屋上でいつものメンバーに木下六花も加えての昼食だが、武藤は何故か百合に正座させられていた。

 

「武くん。六花ちゃん……食べちゃったんだってねえ」


「……はい」


「双方同意があるならまあ、構わないさ。だけどねえ……詳しいことを説明も何もせず、生でやった挙げ句中にだしてしかもそれを撮影したんだってねえ」


「……」 


「何にも知らない子にそんなことしたら不安になるに決まってるでしょう!!」


「六花ちゃんに相談されてねえ。危ない日だったからひょっとしたら……って」


「……誠に申し訳ありませんでした」


 武藤は正座から土下座に移行する。

 

「大丈夫だよ六花ちゃん。武くんはまあ、いうなれば男性用のピルみたいなものを使ってるから妊娠はしないんだ」


「え? そんなのがあるの?」 

 

「ああ、だから安心してもらっていい」


「そっか。よかった……子どもは欲しいんだけど、その……まだ学生だから……」


「うんうん、わかるよ!! たっくん酷いよね!! よしよし、お姉さんが慰めて上げる!!」


 何故か弥生が六花を抱きしめて頭を撫でくりまわす。完全にマスコット扱いである。

 

「さすがにこれは庇えないわ、ダーリン」


「でも珍しいわね。旦那様がそんなことするなんて」


「その……なんか誘惑に抗えませんでした」


 武藤は相手の好意がわかる。純粋に武藤のことを好きでいる六花が、普段の六花とは違う中学時代の武藤誘惑ポニーテルの再現をして誘惑してしまった為、武藤はタガが外れて襲ってしまったのである。ちなみに学校である。

  

「でもタカくん以外に武の中学時代のクラスメートが同じ学校にいるなんて知らなかったわ」 


「その……何人かいるけど、武藤くん目立つの嫌いみたいだったから行かないようにしてたの」


「へえ、さすがに武くんのことをよくわかっているねえ。ちなみに何組だい?」


「私は5組で友達は4組と5組にいます」


「ああ、なるほどね」


 異世界転移組には入らなかったようである。

 

「それで、確認なんだが、これからどうしたい?」


「どうって?」


「見たらわかるが、武くんはハーレムを作ってるんだ」


「ハーレム……」


「もちろん本人は全員責任をとるつもりだし、子どもも含めて老後は安心してもいいくらい稼ぎもある。あとは君の気持ち次第だ」


「私の?」


「ああ、何分一夫多妻だからねえ。でもわたしたちは寵を競うようなこともなければ、他のメンバーを蹴落としたりするようなことは一切ない。むしろ戦友のような感じなんだ」


 香苗の言葉に全員がうんうんと頷く。

 

「君がどのように抱かれたのかは知らないが、武くんはね……ここにいる全員を一晩で2周できる」


「……え?」


「その気になれば寝ずに次の日も丸々1日中抱き続けることだってできる」


「え? え??」


「この人数をして全員を快楽の海に溺れさせるほどの絶倫かつ超絶テクニックを持ち、精神的にも優しくて男らしくて尚且つ金銭的にも非常に優秀だ。これ以上の男はいないと断言できる。君が他の女を許容できるか? たったそれだけで君の人生の幸せは約束されるだろう。さあ、この手を取るかい?」


 そういって香苗は六花に手を差し出す。完全に悪魔の誘惑である。

 

「え、あ、あの……」


「気持ちよかっただろ?」


「!?」


「恋人になれば、どんなときだろうと、武くんは言えば抱いてくれるよ? 


「!?」


 初体験が学校だとバレている。六花は額に汗が流れるのがわかった。

 

「よ、よろしくおねがいします」


 そういって六花は恐る恐る香苗の手を握った。

 

「すばらしい!! ようこそ武藤ハーレムへ!! 歓迎しよう!! さあ自己紹介をどうぞ!!」


「い、1年5組木下六花です。武藤くんはその……小学生の頃から好きでした!!」


「ええっ!? じゃあうちらで一番最初にダーリンに目をつけてたのってりっちゃん!? 男を見る目あんじゃん!!」


「そのころのタケシの話聞きたいデス」


「確かにちょっと気になるわね」


 武藤を置き去りに女性陣は話が盛り上がっていた。武藤はと言えばそっと正座から脱出し、気配を消してひとり黙々と弁当を食べるのだった。

 

 

  

 

 放課後。サッカー部に顔をだした武藤は不意に誰かに肩を抱き寄せられる。

 

「昨日からさ。妹がおかしいんだ」


「……」


「虚空を見つめたと思ったら急に手を顔に当ててじたばたしたり、話しかけても上の空だったり」


「……」


「しかもさ……歩き方がちょっとおかしいんだ」


「……」


「責任。取ってくれるよね? 義弟おとうとよ」


「……も、もちろんですお義兄さん」


「よかったよかった。いい義弟ができて俺は嬉しいよ、でも妹泣かせたら……殺すから」


 殺す。小学生でもよく使う言葉だが、木下のそれはこれまで聞いてきた冗談の延長線上のような言葉ではなく、まるで生まれて初めて聞いた言葉のような本当の殺意が込められていた。

 

 こうして武藤ハーレムにまた1人メンバーが増えた。

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