第205話 恫喝の代償
それからも武藤は連日メディアを賑わせていたが、ただの1度も撮影も取材もされることがなかった。何故かといえば学校側は取材を拒否するし、メディアは武藤の姿を捉えることができなかったためである。実際、武藤はといえば姿と気配を隠して堂々と登下校している。ちなみに家を特定し、取材にきたメディアもいたのだが、もれなく猪瀬の黒服に追い返されることとなっていた。
またすぐに飽きるだろう。武藤はそう楽観視していた。燃料がなければ燃えることはないのだ。だがかつて香苗が言っていた作戦であるが、今回は話が違う。バスケの時はあれが露出する最後の試合だったのである。だから露出がアレ以上なければ話題が続くようなこともなかった。だが今回はこれからが本番なのだ。たとえ今収まったとしても1ヶ月後のインターハイ本戦で再び燃え上がることは間違いなかった。
「君が武藤くんか。私はアンダーカテゴリーすべての年代でゴールキーパーコーチを任されている蒔苗という。君を是非U16のトレセンに推薦したい。来てくれるね?」
「お断りします」
放課後。またもや来客と言われ、応接室に呼び出された武藤が対面したのはアンダーカテゴリーの日本代表チーム、全Gkコーチを務める蒔苗という男であった。開口一番、武藤をトレセンに招集したいとのたまった蒔苗に武藤はノータイムで断りをいれた。
「え?」
「お話がそれだけならこれで」
「ち、ちょっと待ちなさい!! 断るのかね?」
「はい」
「トレセンに選ばれるってことは将来の日本代表に選ばれる可能性が高いってことなんだよ?」
「へえ、そうなんですね。なりたくないからちょうどいいです」
「え? ああっ!! すまなかった。勘違いさせてしまったようだね」
「は?」
「もちろんいきなりだが、ナショナルトレセンに招集させてもらうよ。こんなこと前代未聞だよ?」
通常トレーニングセンター、通称トレセンは各市町村の地区トレセンから始まり、47都道府県トレセン、9地区トレセン、そしてナショナルトレセンと段階があがっていく。その各種トレセンで監督やコーチの目に留まり、上への推薦を受けて初めて上のランクのトレセンに参加することが可能なのだ。要は才能の上澄みの中の更に上澄みだけをどんどん抽出していくということである。ナショナルトレセンとはすなわち最終地点。つまり日本代表候補というわけだ。
「ナショナルトレセンていうのをよく知りませんけど、言葉から察するにどう考えてもサッカー素人の自分には分不相応の場所のようですから、他の方にチャンスをあげてください」
「……これだけ頼んでも駄目かね?」
「一体いつ頼んだのかはわかりませんが、辞退させていただきます」
「!? 私に逆らって、日本でサッカーができると思っているのか!?」
「日本のサッカー界って貴方の独裁だったんです?」
「私にもそれなりに権力がある。お前がサッカーをできなくしてやってもいいんだぞ?」
「できるんですか?」
「私にかかれば子ども1人の将来を潰すなんぞアリを潰すのと変わらん」
「そうやって何人潰してきたんです?」
「アリを踏み潰した数なんぞ数えとらんわ」
「わかりました」
「そうか、やっと理解――」
「貴方に恫喝されたので、僕は今回の大会を最後に貴方が生きている間はサッカーをしないことにします」
「え? ……本当だぞ? 冗談じゃないんだぞ? 本当にできなくするぞ?」
「どうぞ」
脅しに屈したかと思えば全く予想と違う反応に蒔苗は固まった。
(なんだこの小僧は……)
全く屈しない武藤に蒔苗もこんなはずではなかったと思わず顔をしかめる。いくらサッカーが上手いとはいえ、たかが高校1年生である。これからの将来を考えるなら日本代表になれるなんていう誘いに乗らないはずがない。だが蓋を開けてみれば武藤は全くと行っていいほど関心を持たなかった。脅せば言うことを聞くかと思えば、それすら柳に風である。とても高校1年生とは思えない威風堂々とした態度であった。
「それでは」
「……後悔するぞ」
「貴方がね」
そう言って武藤は部屋を出ていった。ちなみに蒔苗は教師を誰一人同席させなかった為、この話し合いは武藤と蒔苗のみで行われていた。
「糞がっ!!」
武藤が出ていった後、蒔苗は自分の思い通りにいかず、テーブルを乱暴に叩きつけた。
「あの小僧!! 絶対潰してやる!!」
蒔苗の目は憎悪に満ち溢れていた。誰を敵に回したのかも知らずに。
「武藤どうだったんだ? トレセンのコーチが来てたってきいたぞ」
「なんかナショナルトレセンに入れって言われた」
「ナショナル!? いきなり日本代表候補かよ!?」
「で、断ったらサッカーできなくしてやるって言われた」
「はあ!? 断ったの!?」
「日本を代表する奴らが入るんだろ? やる気のないぽっと出の素人が入っていい場所じゃねえだろ。もっと本気でサッカーやってるやつが行くべきだ」
武藤の言葉にサッカー部のメンバーは黙った。確かに武藤の言うことも一理あるからだ。だが自分なら断れるか? と考えた場合に絶対に無理だと言える為、簡単に断った武藤のすごさにサッカー部一同はただただ感心するのだった。
それからしばらくしてとんでもないことがサッカー協会から発表された。
「なんだこれは!!」
インターハイ本戦出場における規約にサッカー部に所属して3ヶ月以上という条件が追加されたのである。通常は入学と同時に入部する為、8月の本戦に出場するのになんの問題もない。出ていようがいまいが、所属さえしていればいいのだから。だが、武藤は仮で入部したばかりである。これは完全に武藤を狙い撃ちした条件であった。
「へえ、すごいね。あのおっさんここまでやるんだ。権力があるって言ってたのは本当だったみたい」
「感心してる場合か!! どうするんだ!! お前出られないんだぞ!!」
「俺はさ。売られた喧嘩は高値で買うことにしてるんだ」
「!?」
笑っているが全く目が笑っていない武藤を見て、小林は無意識に体が震えていた。
「何もしないなら見逃してやったのに……」
武藤はそういってスマホを取り出してどこかへ連絡するのだった。
「くっくっく、あの小僧、この私に逆らってただで済むと思っているのか」
蒔苗は一人高笑いをしていた。この男、威張るだけあって日本を牛耳る広告会社にもコネがあり、メディアをある程度抑えることもできる程の権力を持っていた。その力を使い、武藤を潰すように動いたのである。
「た、大変です蒔苗さん!!」
「どうした騒々しい」
「ね、ネットが大変なことになってます!!」
「ネットなんぞどうでもいい。日本人は冷めやすいからすぐ武藤なんぞという小僧のことなんて「違います!! 蒔苗さんが大炎上してるんです!!」」
「は?」
『私に逆らって、日本でサッカーができると思っているのか!?』
『へえ、日本のサッカー界って貴方の独裁だったんです?』
『私にもそれなりに権力がある。お前がサッカーをできなくしてやってもいいんだぞ?』
『できるんですか?』
『私にかかれば子ども1人の将来を潰すなんぞアリを潰すのと変わらん』
『そうやって何人潰してきたんです?』
『アリを踏み潰した数なんぞ数えとらんわ』
それは応接室での武藤とのやり取りであった。これがネットで動画公開されていた。
「ば、馬鹿な!!」
「協会に問い合わせが殺到してます!!」
実は中央高校は武藤が入学時に学校のあらゆる教室に隠しカメラが設置されていた。これは猪瀬の仕業であり、このカメラの存在を知っているのは校長と猪瀬関係者だけである。猪瀬は多額の寄付と引き換えにカメラの設置を内密に校長に認めさせたのだ。校長としてもあって困るものではないので、これを2つ返事で了承した。
そして学校の敷地内に地下中央制御室があり、そこで日夜カメラの監視を行っている猪瀬の職員も存在している。何かあった場合にはすぐさま洋子や武藤に連絡が入るのである。
ちなみにクラスごと異世界に飛ばされるまでは各教室にしか設置されていなかったカメラだが、現在では学校の死角となるような場所全てに設置されている。何故かと言われれば高橋の存在のせいである。万が一にも恋人達に危険が及ばないように体育準備室や倉庫、校舎の死角等、あらゆるところにカメラが設置されたのだ。ちなみに屋上でえっちなことをしている時は武藤は魔法で映らないようにしている。
「け、消せ!! 動画を全部消すんだ!!」
メディアは抑えられてもネットは抑えられない。情報は瞬く間に拡散され、蒔苗はあっという間にトレンドワード入りしてしまうほどであった。
「無理です!! 海外サーバーに複数のミラーが作られてます。もう拡散は止められませんよ!!」
動画は打ち合わせの全てが映っていた。蒔苗の自己紹介も恫喝も全てである。どうやっても完全に言い逃れができない物的証拠である。しかも削除依頼を出そうにも海外サーバーであり、なかなか消すことができない。そして消されようともいろいろな場所に再びアップされるのである。ちなみに猪瀬のネットワーク部隊の仕業である。
元々広がったのは中央高校公式SNSというアカウントのせいであった。MIKIがそこにリンクをはって紹介することで、本物であることは間違いないと思われた。そこに今回の顛末が詳しく書かれていたのだ。そしてそれを裏付けるかのように武藤だけをターゲットにしたような規約の追加である。もう疑いの余地がないほど完璧に蒔苗の仕業であると世間が思うのも無理はなかった。
ちなみにゴシップ大好きなメディアに武藤は嫌われていた。全く出演してくれないためだ。その為、以前バスケの時に悪意を持った放送をした放送局がいくつかあった。しかし、それを知った猪瀬のボスが激怒した。
「武藤はワシの息子になる男だ。お前ら誰に喧嘩売ったかわかってんのか?」
各局の番組プロデューサーが何人も首を切られる事件となった。それ以降、メディアは武藤を貶めることはできなくなったのである。その為、蒔苗の指示で武藤について放送しないというのはかなりギリギリのラインであった。
そしてここに来て蒔苗の失墜である。蒔苗と猪瀬を天秤にかけ、メディアは猪瀬を選択した。すなわちそれは徹底的な蒔苗糾弾につながるのである。肖像権の侵害等の申請は全て猪瀬の圧力によりもみ消されるので、蒔苗としてはどうしようもなかった。
「な、何故こんなことに……!?」
その時、蒔苗のスマホが鳴り響いた。
「会長!! もうしわ「今までご苦労だったね」え?」
「今話題の中心人物、しかも猪瀬の関係者に手を出すとはね……」
「会長!! なんとかなりませんか!?」
「ああ、猪瀬の会長から伝言を預かってる」
「はい?」
「潰されるアリになった気分はどうだ? だそうだ」
「!?」
蒔苗は言葉が出ず、ただスマホを握りしめるだけであった。
その後、蒔苗は緊急入院でなんとかやりすごそうとしたのだが、病院で何度か命を狙われることになる。それは武藤がいった言葉のせいであった。すなわち蒔苗が生きている間はサッカーはインターハイで終わりという言葉である。つまりアレだけの才能がありながら、蒔苗が生きている間はサッカーができない。サッカーを愛するものは案外いるもので、武藤がサッカーをやれるのならと蒔苗を殺そうとする者たちが日本だけにとどまらず、海外からも蒔苗の命を狙うものが現れたのである。それは武藤を海外にスカウトしようとする勢力であった。
政治家御用達の入院という緊急退避方法を奪われた蒔苗は安心して寝ることすらできなくなり、横領やら恐喝やら叩けば叩くほど埃が出る自身の罪を自白し、唯一安全だと思われる塀の向こうへ自ら行くことになるのだった。
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