第203話 鬼強襲

「あれで良かったかい?」


「ああ」


 昼休み。いつも通り屋上で昼食をとっている際の香苗と武藤の会話である。

 

「なあにそれ?」


「2人だけでわかりあってるのはずるいデス」


「おそらく小林くんのことじゃないかな」


 ここには同じ教室に何人もいたはずなのだが、瑠美だけが会話を理解していた。

 

「小林くんて誰?」


「昨日のサッカーの試合にも出てた1組の子だよ」


「ああ、そういえば1組と2組はダーリンのグループ以外、男子と女子が仲違いしてるんだっけ?」


「そう。それもあって武くんが小林くんと女子達との仲違いを止める気なのかなって」


「なんで?」


「私が男子たちのところに行った時、小林くんの近くにいた人達だけは辛そうな顔をしてたの。止めようとしてたけど、でもできない。そんな感じだったわ。私達と同じ。ただ勇気がでなかっただけなのかと思ってたの」


 自らを生贄に男子生徒たちを抑えようとした瑠美は男子生徒たちのことをしっかりと観察していた。


「私が高橋に胸を揉まれてるときも、辛そうな顔で目を瞑っていたいたし、一応良心はあるみたいだったわ」


「……」


「もう。私の全部は武くんのものでしょ」


 胸を揉まれたというセリフで武藤の機嫌が非常に悪くなったことに気づき、瑠美は武藤に抱きついてその豊満な胸をこれでもかと押し付けた。それだけで武藤の気分は一気に天国へと飛んでいった。

 

「悪巧みの中心は高橋と佐久間の2人みたいだったし、小林君は悪い人ではないと思っていたから、武くんからみて大丈夫そうな人なら許してもいいかなあって」


 ちなみに佐久間とは1組のイケメングループのリーダー的存在であり、県議会議員の息子で以前、魅了アイテムを持っていた男でもある。

 

「確かに大部分の男子が一部の男の巻き添えに近いからねえ。見捨てたことには変わりないが、まあ反省しているのならこれからの態度次第で許してやってもいいとは思っていたから、そのきっかけにはちょうどよかったかもねえ」


「見捨てた男を許すなんて。香苗さんは寛大ですわね」


「綺羅里。よく考えてみたまえ。普通の男が熊を相手に戦いなんぞ挑めると思うかい?」


「それはそうですが……」


「それに私達には関係ないだろう?」


「と、いいますと?」


「彼らがどういう人間かなんて、かかわらない私達にはなんの関係もないってことさ。わたしたちには素敵な旦那様がいるんだからね」


「……それもそうですわね」


「彼らが許されるも許されないも関係ないんだ。他人事だからね。ただこれで彼の心の憂いがとれて、活躍でもすれば多少は武くんへの注目もそれるかもしれないだろう? スケープゴートは多いほうがいいからねえ」


「あんた最初からそれが目的で……」


 香苗のえげつなさに思わず百合もドン引きである。

 

「私は常にどんなときも武くんの為に動くよ。当然だねえ」


 武藤の想像とは違ったが、結果としていい感じだったのでこれで良しとした。武藤としても別に小林が許されようが許されなかろうがどうでもよかったのである。ただ悪いやつではなさそうだったので、きっかけだけは作ってやった。それだけである。

 

 ちなみに瑠美はその後、武藤が美味しくいただきました。

 

 

 

 

 

 




「武藤、お前にお客さんだ」


 放課後。武藤はバズっていることから配信部でサッカー部を紹介しようとしていると、中林から呼び出された。

 

「んげっ!?」


 応接室に入るとそこには見覚えるのある顔があり、武藤は思わず声を出してしまう。

 

「武藤!! サッカーとはどういうことだ!! お前はバスケをやるために生まれてきた男だろ!!」


「生まれてねえよ!! なんだその限定された人生は!!」


 いきなり開幕から突っかかってくる室井に武藤は思わずツッコミ返してしまう。

 

「なんのためにワシがU16の日本代表監督になったと思ってるんだ!!」 

 

「え?」


「監督特権で無理やりお前を招集するつもりだったのに!! サッカーとはなんだ!!」


「……監督特権強すぎない?」


 通常は公募した後、選考会が何度かあり、それを突破して初めて代表メンバーに入れるのである。

  

「今年は野田、石川原、横田と粒ぞろいだ。後はお前さえくればアジア選手権にだって勝てる。来年はU-17ワールドカップで優勝することだって!!」


 そういって室井は拳を握りしめる。

 

「バスケにもワールドカップとかあるんだ」


「U-17は2年に1回ある。だが……」


「だが?」


「この大会が出来てから、アメリカしか優勝したことがない」


「……競技人口とかメジャー度からしてもそりゃそうなるでしょ」


 日本ではマイナースポーツ扱いのバスケだが、アメリカでは4大スポーツの1つと呼ばれる程人気がある。しかもメジャーリーグよりも人気があり、ぶっちぎり1位のアメフトの次に人気なのだ。それ故に競技人口も多く、世界最高峰のプロリーグもアメリカである。そもそも土台が違うのだ。勝てるわけがない。将棋で日本に挑むようなものである。

 

「そんなのワシだってわかっとる。だが、毎回毎回、遊び感覚で大会を蹂躙していくあいつらを1度でいいからギャフンと言わせてやりたいんだ」


「ぎゃふん」


「お前がいうな!!」


 師弟だけあって山岸と同じようなツッコミであった。



 

(確かに野田とイッシーと一緒なら楽しいかもしれないな。横田ってのが誰かわからんけど)


 横田という存在は完全に武藤の記憶から消えていた。ちなみに全中バスケの決勝で当たって武藤に潰された天才くんのことである。今現在は至って普通に選抜で選ばれ、失った自信が回復しつつあった。元々天才と呼ばれる程に才能はあるのである。

 たまたま全国大会という舞台で、武藤を路傍の石と思って躓いたと思ったら本体はその先にある巨大な岩で、それに当たって砕けた。それだけである。たちが悪いのが、ぶつかられた岩の方にはぶつかられたという意識すら無いことであった。

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