第202話 恩赦

「げえっ」


 翌日。武藤が登校しようとすると、案の定学校の前に大勢のマスコミらしき人達が溢れていた。

 

 先ほど聞いたクラスメイトの話では、大々的にTVが武藤の試合を放送しており、その凄さを語っていたということであった。

 しかも試合前のバー当ても放送されており、それの影響を受けてか中央高校の動画が軒並みバズっていた。あの全く面白みのない中央高校の学校紹介動画ですらだ。


 ここまでくれば誰もが想像がつくのである。あのバー当てをしていたのもとんでもないバッティングをしていた黒子も武藤だと。

 

 顔を出していないにもかかわらず、そのチートな身体能力は隠せることがなく、気がつけば武藤は現在日本で一番目立っていた。なにしろ日曜からずっとトレンドの1位が武藤武なのである。ちなみに武藤と互角に戦っていた東方高校の小野英二もあの武藤と互角の天才としてトレンド入りしていた。

 

「こんなはずでは……」


「後先考えないからだねえ」


 香苗からぐうの音も出ないほどの正論を叩きつけられ武藤は落ち込んだ。キーパーなら本気で目立たないと思っていたのである。美紀のためとはいえバー当てとかかっこつけてやるんじゃなかったと今頃になって後悔していた。どっちにしろバー当てをやろうがやるまいが目立っていたことに武藤は気がついていなかった。

 

 

 普通に気配を消してマスコミの目を逃れた武藤は教室に入るなり、多くの人が寄ってきた。ちなみに全員女子生徒である。

 

「武藤くんかっこよかったよ!!」


「昨日みんな応援にきてくれてたよね。ありがとう」


 武藤は応援席を確認して、クラスメイト達と1組女子生徒たちが全員来ていたことに気がついていた。本人に自覚はないがこういうところがモテるのである。

 

「1組の子達にもお礼いっとかないと。ちょっと行ってくる」


 武藤はそういって1組の教室へと向かった。

 

「!? 武藤くん!!」


 武藤が1組の教室に入ると当然のように騒然となった。

 

「昨日は応援ありがとうね。ちゃんと聞こえてたよ……最後の方は集中してて聞こえなかったけど」


「それはしょうがないよ。あんなすごい試合してたら」


「そうそう。会場だと全くわからなかったけど、TVで解説見てどんなすごいことしてたのかやっとわかったよ」


 TVでは若き天才同士の対決とそれはもう過剰に何度も同じ場面を流して2人を称賛していたのだ。いくらサッカーの素人といえど、ここまで褒められていれば、とてもすごいことをしていると理解できるほどであった。

 しかも2人の駆け引きなども元プロが詳しく解説していたため、東方攻撃陣がどれだけすごいのか。あの一瞬の中で2人がどれだけすごい応酬をしていたのかも知られていた。


「小林が点取ってくれればもうちょっと楽だったのに」


「ぐはっ!?」


 唐突に武藤からの流れ弾をくらい小林が倒れ込んだ。

 

「そ、それに関しては確かに申し訳なかったとしか言えねえ。でも全国ではちゃんと点を取ってやるから!!」


「期待しないで待ってるよ」


「しろよ!!」


 気さくに会話する2人に1組の女子生徒達の視線が重なる。

 

「武藤くんて小林くんと仲いいの?」


「良くないよ」


「良いだろ!! いつも一緒に練習してるじゃん!!」


「練習は仲良くなくてもできるだろ」


「それはそうだけど!! もうちょっとこう言い方あるだろ!!」


 軽口をたたきあう2人は仲のいい友人にしか見えなかった。

 

「あーと、そのー」


 女子達から視線を集める小林はしどろもどろになりながらも教室の前に行き、教卓の上で土下座した。

 

「女子達すまなかった!!」


「え?」


「あっちの世界でやったことは間違いなく男子が悪い。孤立するのが怖くて止められなかった!! 許してくれとは言わないが謝らせてくれ!!」


 そういって真摯に謝る小林に女子達の視線が集中する。

 

「武藤くんと仲がいいから許してもらえると?」


「許してくれなくて良い。ただ謝りたいだけだ」


「何に対してだい?」


「俺は……いや俺達は怖かったんだ。高橋達に反論して、何にも知らない世界で孤立するのが。でも武藤に言われて気が付かされたんだ。それは女子達の方も一緒だと。いや、そっちのほうがもっと大変だと。俺は武藤のように強くない。だからたとえ孤立してでも反対するなんてことができなかった。でも男ならそこで反対するべきだった。誰がなんというと女子側に立つべきだったんだ。そうすれば多少は状況が変わったかもしれない。変わらなかったかもしれないけど、それでも俺はそれができなかった自分が許せない。だからけじめとして謝らせて欲しい」


「まあ、いいんじゃないかねえ」


「間瀬さん?」


「打算で言ってるわけじゃなさそうだ。みんなすぐには許せないかもしれないけど、まあ、サッカーの応援くらいはしてもいいんじゃないかねえ」


「!? ありがとう」


「香苗がそんなこというなんて珍しいね」


「まあ、確かにあの状況は男子生徒達も追い込まれていただろうからねえ。そんな集団心理があったとしても全くそれに動かされない武くんや吉田くんたちのほうがマイノリティなのは間違いないだろうからねえ。まっ反省しているようだから私としては小林くんだけは1回だけは許してやってもいいねえ」


 自分たちも1度過ちを犯しており、武藤に許してもらっている為、香苗としても1回は許して良いと思っていた。おそらくそういうことだろうと武藤との視線のやり取りでなんとなく察したのである。


「まあ、間瀬さんがそういうなら……」


「今度何かしようとしたら、武藤くんがなんとかしてくれる?」


「ちゃんと潰すよ」


「ひいいっ!?」


 武藤の一言に小林は教卓の上から落ちて悲鳴をあげた。

 

「ならいっか。みんな何かあったら武藤くんに相談で!!」


「わかったー」


 教室中の女子生徒が賛同の声をあげ、小林は1組男子でただ1人許された。

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