第201話 戦いが終わって
「すげえなあいつ」
「相変わらずすごいよね武藤くん」
「いや、相手の方」
「え?」
後半に入り、武藤と小野の対決を見守る中、石川原がボソッと呟いた。そのすごいという言葉が武藤がすごいと言っていると思っていたのが、実は対戦相手の方だと聞いて石川原の彼女である松尾は驚く。
「怪我もしてないのにあのムトがマジになってる」
「武があそこまで本気になってるのは久々に見たな」
石川原の言葉に貝沼も同意する。
「バスケの全国決勝の最後くらいだな。本気になってたのは」
同じ幼馴染である稲村も同じ意見のようだ。
「あいつは無意識に相手のレベルに合わせて手加減するのが癖みたいになってるんだけど、今のあいつは手加減どころかマジになってる。サッカーはよくしらんけどあの相手が相当やばいってのだけはわかる」
幼馴染である貝沼の言葉に稲村も頷いていた。やはり幼馴染だけあって武藤のことをよく理解している2人であった。
「驚いた。武くんが苦戦してるねえ」
「え? ずっと防いでるのに?」
「あのシュート。あれボールがほとんど回転していないようだねえ。かなり軌道が不規則になってる。むしろよく止められるものだと感心するねえ」
「そんなにすごいボールなの?」
「蹴った本人すらどこに飛ぶかわからないんだよ? しかも野球と違って手の届く範囲ってわけじゃないんだ。そんなの捕れるほうがおかしいねえ」
「武捕ってるみたいだけど?」
「だからよく捕れるねえっていってるんだよ。例えば百合はピンポン玉を5つ同時に投げられて、そのうち印のついた1つだけを捕れって言われてできるかい?」
「スピードと印の大きさによるけど、難しいかな」
「それをコンマ数秒以下の時間の中で判断して、完璧に正解を当て続けているのが今の武くんっていったら凄さがわかるかねえ」
「えっすごっ!?」
「むしろそこまで武くんを追い込んでる相手がすごいねえ。サッカーという球技だけに限定するなら武くんに匹敵する天才かもしれないねえ」
武藤の凄さを知っているがゆえにそれと互角に戦う小野の評価は、むしろ武藤関係者の中で爆上がりであった。
「おい」
「なんだよ」
「小野先輩があんなに止められてるの見たことあるか?」
「……あるわけねえだろ。全国だって誰も止められなかったってのに。しかも当時1年だぞ? それを……」
東方高校応援席に座る2軍以下のメンバーは全員驚愕していた。武藤のあまりのスペックに。
「あれ小野先輩のナックルだろ? 正キーパーの山岡先輩が偶然正面に飛んだ時にしか止められなかった……」
「そもそもフリーの小野先輩をキーパーが1対1で抑えられるってのがおかしいだろ」
小野は公式戦において、1対1で負けたことがなかったのだ。この試合までは。
「あれが……理外の怪物」
東方高校サイドでは武藤の評価があがっていた。
関係者の感想は主に2つ。武藤も人並みに苦戦するんだ。あいつも人間だったのか。と思う者と、あの人外の武藤が苦戦するって相手はどれだけ化け物なんだ。という2つである。前者は武藤をよく知らない者であり、後者は武藤を良く知っている者である。
武藤をよく知っていれば居るほど、例えサッカーを知らなくても小野という存在が如何に規格外なのかが理解できしまう。武藤の指標としての才能が飛び抜けているのことの証明であった。
そして試合が終わり、礼を終えると小野が武藤に声をかけてきた。
「武藤」
「……誰?」
「おまっ!? 俺を知らねえのかよ!?」
「知らん」
「!? まあいいや。東方2年の小野だ。負けちまったけどすげえ楽しかったぜ。またやろうな!!」
敗北して意気消沈している東方高校のメンバーの中、小野ただ1人だけが嬉しそうにしていた。そしてそれは中央高校も同じで勝ったというのに武藤以外のメンバーは東方高校メンバーと同じくその表情に陰を落としていた。
「なんか勝ったのにあまりうれしそうに見えないね」
「そりゃあそうだろうねえ」
「え? なんで?」
「イッシーくん」
「え? 俺?」
「百合に説明してあげてくれないかねえ。多分私よりも説得力があるだろうからねえ」
「……悔しいんだと思うぞ」
「え? 勝ったのに?」
「ムトの力でな」
「あっ」
「だから唯一、ムトの力についていけたあの相手の10番だけが笑ってるんだ。他のやつは誰一人その戦いについていけず、戦いの舞台にすら立てなかったから」
石川原もかつて同じ思いをしたことがあるからよくわかるのだ。隔絶した武藤の力についていけない不甲斐なさを。だが石川原はそれに負けず努力し続け、ついには武藤とダブルエースと呼ばれるほどにまで成長したのである。
「サッカー部はこれからが大変だろうねえ」
武藤がいる以上、否が応でも注目されるのである。これからの行動次第で人生が左右されると言っても過言ではないのだ。
「ムトについていくのは大変だけど、それ以上に楽しいんだ。だからきっと大丈夫さ。そういうやつが集まるところじゃないと彼奴はそもそも入らない。だからサッカー部はきっとうちのバスケ部に似てるところがあるんじゃないかな」
かつての戦友だけあり、石川原も武藤のことをよく理解していた。
「ちょっとだけ。
そういって笑う石川原は、かつて武藤と一緒に戦った日々に思いを馳せるのだった。
「すごかったな。あいつら」
表彰式も終わり、その後の記念撮影も終わって中央高校メンバーは控室で着替えていた。武藤はといえばあっという間に着替えて、気配を消して恋人たちの待つところへ移動している。取材だとか色々言われる前に逃げたのだ。
そんな中、残されたメンバーは勝ったにも関わらず、控室はお通夜のような状態であった。
「泣いてたなあいつら」
試合終了後、東方高校のメンバーは小野以外全員が泣いていた。
「武藤が言ってたな。これが名門の名門たる理由。覚悟だって」
東方高校レギュラーは部員たち総勢100名を超える思いを背負ってピッチに立っているのである。
「重いなあ。重さで潰れてしまいそうだ」
真壁は勝利したが故にその思いの重さも背負うべきだとわかっていた。だがその重圧たるや信じられないくらいであった。物理的に存在しないにも関わらず、想像するだけで足が動かなくなるほどなのだ。
「でもこのまま武藤におんぶにだっこで全国も戦ってたら、なにより俺自身が俺を許せねえ」
「……そうだな。練習するしかないな」
「たった一ヶ月で武藤に追いつけるとは思えないけど、それでもやらないでいるよりはいいだろ」
「理想はキーパーまでボールを運ばせないで勝つことだな」
そうすれば少なくとも武藤がいなくても結果が同じと言い切れるからだ。
「ベスト8までは俺達の力だけどそこから先は武藤のおかげだ。全国にいけるっていっても調子に乗らず、大会までできるだけ武藤の足を引っ張らないレベルまでいこう」
キャプテン真壁の言葉に全員が「おおっ!!」とそろった声で答えた。
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