第200話 武藤大勝利! 希望の未来へレディ・ゴーッ!!(サッカー12)
武藤は苦戦を強いられていた。なぜならドリブルをちらつかせられたことにより、前後の動きも意識しなければいけなくなったからだ。今までは横の動きだけで止めることができたのが、前後まで考慮しなければいけなくなると、途端に動きの幅が大きくなるのである。それは思考においても同じで、とっさにドリブル、パス、シュートと3パターンに対応しなければならず、特にシュートを防ぐためには前に出る必要がある。だがその場から即座に打たれる可能性もあるため、単純に前に出るだけでは防げないのだ。その場合、横に対する反応が遅れる為、駆け引きに反応速度とあらゆるものをすべて駆使しなければ到底防ぐことができないのである。しかもそれを行ってくるのが天才小野である。武藤以外のキーパーならすでに10点は取られていてもおかしくない状態であった。
「くっ!?」
ドリブルしようとした小野を見て前に出ようとした瞬間、小野がシュートを放った。それは今までとは全く違う飛び方をしており、武藤をして全く予測できない軌道であった。
「うおおおお!!」
全試合を通じて初めて武藤が叫んだ。ゴール右上に飛んだそのボールに横っ飛びで飛びついた武藤は左手だけでなく、上から右手を被せることで強引にキャッチすることが出来た。
『と、止めたああああああ!! 両手です!! 武藤選手初めて両手でキャッチングしました!!』
『む、無回転です』
『え?』
『無回転シュートです。あそこまでブレるのはプロでもあまりみないですよ』
野球のナックルボールと同じく、回転を全くさせないことにより空気抵抗とボールの縫い目で蹴った本人ですらどういう変化をするのかわからないシュートである。
『普通キャッチングなんてできないんですよ。プロですら普通はパンチングで弾くんです。それをキャッチって……打つ方も打つ方なら捕る方も捕る方ですよ。なんて試合だ……』
(やべえ、たまたまブレ幅が少なかったから捕れたけど、もっと変化してたら捕れなかった。軌道が全く読めねえ)
ナックルボールですら簡単に打てる武藤が何故これほどまで苦戦しているのか? それは野球と違い範囲が大きいのである。野球はあくまでボールはホームベース上を通過する。つまり手の届く範囲である。そのため、反応できる武藤なら変化してから間に合ってしまうのである。だがサッカーは手の届かない場所まで変化する可能性があるのだ。しかも見てからだと間に合わない速度で、である。右に曲がった後に左に曲がったりと理不尽な軌道をされるとさしもの武藤といえど、防ぐのは難しいのだ。
(まだ若干回転してたか。もっとブレさせないとあいつからゴールは奪えないな)
それから小野の猛攻を武藤がなんとか防ぐという傍から見れば一方的な展開となっていた。ドリブルもパスも混ぜてくるため、単にシュートを警戒するだけにはいかず、不意に襲い来る無回転シュートは武藤をして神経をすり減らすほどの重圧であった。
(きたっ!! 軌道がおかしい!! ふざけんな!!)
やや離れた場所から不意に放たれた小野のロングシュートは大きく右に曲がった後左に曲がり、さらに右にぶれた。
「く、そ、がああああああ!!」
ついに武藤はキャッチできず、指先で弾いてゴールバーの上へとボールを反らした。
『ああああっとついに武藤選手キャッチできません!! 弾いてボールは外へ!! コーナーキックとなります!!』
『いやいや、アレを弾くだけでもすごいですからね? あんな軌道のボール止められる方がおかしいですよ。プロだって難しいですよ』
全く回転しないで右に左にボールが動くのである。そんなの止めようと思って止められるものではない。武藤の信じられないほどの学習能力と反応速度をして、それでも弾くのが精一杯の現状であった。ちなみに今このシュートをヨーロッパの1流プロリーグで打ったとしても3本に2本はゴールできるというレベルである。止めている武藤がおかしいのだ。
(やべえ、恋人たち全員が泊まったときより疲れてる)
武藤は疲労の度合いの例えがおかしかった。むしろそれ以外で疲れるようなことがないので、これしか表現方法が無いのだが。
結局、なんとか武藤は小野の猛攻をしのぎきり、お互い無得点のまま延長も終わり、ついにはPK戦へと決着は持ち越された。
(ふざけんな。なんだこの糞ルールは)
武藤は一人憤っていた。初めてのPKだが、木下にルールを聞いてそのあまりの理不尽さに憤慨しているのだ。
(蹴るまでゴールラインに足をかけていなきゃいけない? それって動くなってことだろ。蹴ったの見てから隅なんて間に合うわけないだろ!!)
小野の凄まじい速度のシュートを受けてきた武藤にとって、蹴る前に動いてはダメというルールで小野のシュートをペナルティーエリアから止められるわけがないと判断していた。
(蹴る前に飛ばないと間に合わないけど、左右に真ん中、そして上中下……9択なんぞ当てれるわけねえだろが!!)
現代においてPKは8割は決まると言われている。それもキッカーのミスを入れて、である。つまりキッカーがミスしなければほぼ入るのだ。
キッカーは空振りなどのフェイントは駄目だが、蹴るモーションをゆっくりにしたりタイミングをずらしたりというのは反則ではない。つまり意図的に遅らせることも可能なのである。F1のスタートのように1,2,3で蹴ってくれるのならまだ可能性があるが、先に飛ぶと遅い場合にどうしようもなくなる。9択にプラスタイミングずらしというどう考えてもキーパーからしたら糞ルールであった。
しかも駆け引きも何もなく、ゴール上隅に全力で蹴られたらある一定速度以上のスピードの場合、どうやっても捕れないのである。これが何度かPKを受けたことがある相手なら武藤は駆け引きから止めることができるだろう。だが、初対戦では駆け引きも何もあったものではない。完全に運まかせである。
そもそもペナルティーキックというのは点は直接与えられないけど、点を与えるのとほぼ同等のチャンスを与えるプレイである。バスケで言うフリースローのようなものだ。だからキッカー有利で当然なのだが、そんなことはキーパーからしたら知ったことではない。何故そんないじめのようなことをさせるんだ? と思うのも当然である。なぜならキーパーが反則して与えられることは殆どないのだ。ましてやPK戦なんてその最たるものである。理不尽極まりない不利なゲームをさせつづけられるのだ。
普通、PK戦はキーパーが止めることは期待しない。相手のミスを待つゲームなのだ。だが武藤はそんなことは知らない為、止めなければキーパーの責任だと思っている。故にあまりの理不尽さに怒っているのである。
『さあ、決勝戦はまさかのPK戦となりました。大野さんどうご覧になられますか?』
『PKというのは圧倒的に蹴る方が有利です。どんなキーパーだって止めるのは難しいんですよ。いくら武藤選手とはいえさすがにPKを全部止めるのは無理でしょう』
『さあ、果たしてどんな結末を迎えるのか。PK戦先行は中央高校、1人目のキッカーは菅野選手です』
「よっしゃああ!!」
『決まったああああ!! ゴール右上に見事に決まりました!!』
『冷静に決めましたね。緊張して外してもおかしくない場面でしたが……見事です』
『さあそして後攻、東方高校1人目は吉岡選手。対するはここまで無失点。鉄壁のゴールキーパー武藤選手。果たしてどんな守備を見せてくれるのか? 注目です』
武藤は冷静に相手を見ていた。重心の位置から利き足は右ということがわかる。視線はゴール左をずっと見ているが、一瞬だけ右を見たことに気がつく。
『さあ、1人目吉岡選手……と、止めたああああああ!! なんという反応速度!! 一瞬体がぶれたと思った瞬間反対方向に飛んでいました!! ゴール右を狙ったボールを見事に弾いた!! まさに鉄壁!!』
『いやあ、見事ですね。完全に読んでいましたね。さすがにキャッチはできませんでしたが、完璧に捉えていました』
『見事にブロック!! これで1対0、中央高校リードです!!』
そして中央高校は2人目の真壁も決め、2-0となった。
『さあ、東方高校2人目、辻選手です。これを止められると東方高校としてはかなり苦しくなりますね?』
『ええ。次の3人目を決められた場合、もう後は全部決めるしかなくなりますからね。しかも2人は止めることが前提ですから、かなり苦しくなるでしょう』
「頼むぞ武藤!!」
(簡単にいうけどさあ……)
武藤は小林の応援を受けるも無茶言うなと返したくて仕方がなかった。先ほどはなんとか運良く止めることが出来た。止められたのは読みとはいえ運が良かったに過ぎないのだ。
応援席を見れば必死に声を上げている恋人たちの姿が見える。
(まあなんとかしてみるか)
恋人たちにかっこいいところを見せたい。武藤の頭の中はただそれだけであった。
(利き足は左。でも蹴ってるところを見ていないから癖がわからん)
キッカーである辻は元がディフェンダーであるため、武藤の位置からはよくプレイが見えなかったのだ。
(限界まで集中しろ。左右どちらにも動けるように……)
武藤は無意識に左右にゆらゆらと揺れていた。意識してはいないのだが、それが相手にはプレッシャーとなって襲いかかっていた。
(左!!)
蹴った瞬間武藤は超速で反応した。だが飛びついた手にボールが触れることはなかった。
『ああっはずしたあああああ!! 東方高校2人目失敗!!』
ボールはバーに当たり跳ね返っていた。
(糞っ!! 一瞬遅れた!!)
ちなみに枠の中に入っていれば武藤は止められていたのだが、武藤からしたら止められなかったという事実だけが残っていた。普通相手が外したらキーパーからしたら勝ちのようなものである。喜ぶのが普通なのだが、武藤は普通に悔しがっていた。
『おおっと武藤選手地面を叩いて悔しがっていますね』
『止める自信があったのでしょうね。実際枠内に飛んでいたら止めていたと思いますよ。武藤選手からしたらそれでも止めたかったんでしょうね。おそらく外したらキーパーの勝ちとかそういう意識すらないのでしょう』
その後、中央高校は3人めの小林もゴールを決め、ついに3-0となり東方高校は後がなくなった。
『さあここで東方高校3人目。ここで決めなければ中央高校の優勝が決定します。ここ一番で出てくるのはやはりこの人、小野選手です』
『さすがに武藤選手でもこれは厳しいですね。小野選手は公式戦でPKを外したことないですから』
(俺のこの手が真っ赤に燃える)
武藤は集中していた。全神経を小野の一挙手一投足にすべて集中させる。それは今までにあった無駄をすべて省き、自然体でありながらどんな場面にも対応した、以前バスケの決勝で到達した
魔法はイメージ。魔法が使われていたらきっと武藤は黄金に輝いたあげくに背後には日輪が見えていただろう。
オーラも魔法も使わないと規制していたのだが、オーラを使用をしなければ止められないと武藤は無意識にそこの枷が外れていた。
(勝利を掴めと轟叫んだり輝いたり唸ったり大変なことになる!!)
両手をだらりとさげ、ゆらゆらと揺らしながら焦点の合わない目で武藤は不気味に待ち構える。
(なんだこれ!? 鳥肌!? 俺が恐れている!?)
PK戦は精神の勝負。いまだかつて負けたことがない小野が初めてそのプレッシャーに押しつぶされようとしていた。
(駆け引きしたところでこいつには止められる。なら絶対止められないシュートを打つしか無い)
小野は駆け引きを捨て、己のすべてを右足に込める。
(いっけええ!!)
小野が蹴った瞬間、武藤は超反応で既に飛んでいた。ゴール左上隅を狙ったそのシュートは、およそプロでも止められない完璧なコースと速度であった。だが、武藤はそれに完全に反応していた。
(ゴオオオオッドオオオフィンガアアアアアアアア!!)
それはコースといい速度といい完璧なシュートであった。ゴール左上隅を正確に狙ったそのシュートを武藤は横から無理やり鷲掴みにしてゴールポストに真横から叩きつけて止めていた。ボールはゴールラインを完全に超えなければゴールにはならない。叩きつけている時点で超えていることはありえないのである。
『と、止めたあああああああ!! し、信じられません!! あのシュートを片手でしかも横から鷲掴み!! 何と言う反応!! なんという握力!! まさに理外の怪物!! 中央高校優勝!! インターハイ本戦出場決定!!』
『いやあすごいですね。言葉がないですよ。アレを止めますか……』
『武藤選手のもとに中央高校の選手たちが集まります!! いやあ見事でしたね』
『打った小野選手も完璧と思えるシュートでしたけどね。あれは止めた武藤選手を褒めるしかないでしょう。あれを止められたらほんとキッカーはどうすりゃいいのって感じですよ』
『コースといい速度といいまさに完璧でしたからね。しかし終わってみればPKまで含めて武藤選手は3試合連続無失点。まさに鉄壁ですね』
『いやいや鉄どころじゃないでしょ。ダイヤモンドより硬いですよ。それこそ今すぐプロに行って通用するレベルじゃないですかこれ』
『これはインターハイ本戦が非常に楽しみですね』
『楽しみですね。間が約1ヶ月程ありますが、もう今から楽しみでしょうがないです』
こうして中央高校は武藤の活躍で地区予選を優勝した。
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