第199話 天才(サッカー11)
「くそっ止めろ!!」
後半開始早々中央高校は攻められまくっていた。原因はついに出てきた2年生エースである小野の存在である。早いパス回しから一気に前線を押し上げられ、小野に渡るやいなやドリブルで強引に中央突破されてしまうのである。
4壁も小野の早くて華麗なドリブルは2人がかりでも止めることができず、3人目が行こうとすると裏にパスを通されてしまうのである。小野の恐ろしいのはそれを予測して武藤がパス先に向かって踏み込むと、瞬時にシュートにいくのである。
武藤もそれを見越してフェイントをかけて踏み込むふりをして即座にそれをキャッチする。常人に足を踏み入れることが出来ない、まさに天才同士の攻防であった。
(おもしろい!! 2回入れたフェイクに全く引っかからなかった。こんな化け物キーパー全国でも見たことねえ!!)
それまで天才の名をほしいがままにしてきた小野だが、ここまで止められたことは1度としてなかった。そもそも小野はユースからも声がかかっている逸材である。何故行かなかったといえば、面倒くさいからである。ユースは本当にサッカーのみにすべてを捧げるような超エリートが行く場所である。そもそもセレクションがあり、それを突破しなければ入ることすら許されないのだ。
サッカーで自分に敵うものは居ないと思っている小野としては、別に部活であろうとユースであろうとどっちでもいいと思っている。
通常、ユースと部活動は同時に所属できない。そしてそれぞれが公式で試合することもない。野球で言うなら甲子園が2つあるようなものである。一般的にプロ予備軍とも言われるユースチームのほうがレベルが高い。なにせプロチームの育成メソッドで元プロが育てるのである。強くないはずがない。小野はそんなユースの各クラブチームからたくさんの誘いがあったのである。部活レベルからすれば逸脱しているのも当然だ。その小野をして武藤は化け物と言われている。もはやそのレベルは部活のメンバーからでは想像しえない程であった。
(こいつやべえ。打つ瞬間足首だけで方向を切り替えてやがる)
一方小野側も武藤をしてやばいやつ認定されていた。ボールを蹴る瞬間に足首だけで上にボールをふわりと打ち上げたり、アウトサイドで反対に蹴ったりと、全く同じフォームから全然違う軌道でボールが飛んでくるのだ。武藤の尋常でない反応速度でなければ既に5点はとられている。
((天才っているんだな))
奇しくもふたりとも全く同じことを考えていた。
そこからは完全に小野VS武藤の戦いといっても過言ではなかった。東方は小野にボールを集めるが、中央高校のDF陣では小野を止めることができない。結果、小野のシュートを武藤が止めるという図式が続くことになる。
武藤としては命がけの戦いでもないのに、非常に神経をすり減らす戦いであった。なにせ武藤をして、一瞬の判断の遅れで点を取られるのである。オーラも魔法も使わず、己の身体能力のみとはいえ、武藤がここまで苦戦されられたのは、地球に来て初めてのことであった。
小野の方はといえば、まさに歓喜の一言であった。ユースですら誰も相手にならないと思っていたのだ。まさか同年代にこんなにすごいやつがいたのかと、小野は初めてライバルと呼べる男に出会えて非常に興奮していた。自分がシュートを打てば
(ああ、全く思い通りにならないこの感覚……これがサッカーか)
それは常にフィールドの中では自分の思い描く世界を作り出してきた小野というファンタジスタが、初めて見せた表情であった。
その壮絶な笑みに周りの選手たちは寒気を感じていた。サッカープレイヤーとしての本能が恐怖を感じているのである。
初めての好敵手についに怠けていた天才が本気になった。
「くっ!?」
今までずっとペナルティーエリアの外からシュートを打っていた小野が、ついにドリブルでエリア内に侵入してくるようになった。何が何でもゴールをしようとしてきたのである。
こうなると武藤としても前に飛び出さざるを得ない。なぜならシュートコースが広すぎる為、前に出て狭めないとコースによっては物理的にボールに追いつけないのである。サイドから上げられたり、コーナーキックで上に上げられた場合は、武藤なら見てから移動して余裕で間に合うのだが、すぐ近くまでドリブルされて小野のシュート速度で打たれると武藤をして追いつけないのだ。
「!?」
ダッシュして小野の眼の前に立った武藤だが小野の足元からボールが消えていた。瞬時に足元の影を見て上にあると見破ったが、そのままジャンプしても届かないと判断した武藤は斜め後ろにジャンプし、ぎりぎりでボールに触れるとそれをゴールバーに向けて押し込んだ。バー当てのスペシャリストである武藤はバーのどこにどう当てればどうはねかるのかを完璧に理解している。その結果、バーに当たったボールはほぼ武藤の真上にあがり、武藤はすぐさま垂直に飛んでリバウンドをとるかのようにボールを高い位置でキャッチした。
小野としてもさすがに武藤の跳躍力でしかも手を使われてはヘディングで押し込むなどもできず、ただそれを見送ることしか出来なかった。
『と、止めたああああああ!! 一瞬での信じられない攻防!! 一体何がどうなったのかわかりませんが武藤選手が止めたことだけはわかります!! 大野さん今のは一体?』
『ヒールリフトですね』
『ヒール、かかとですか?』
『ええ。踵で背中からボールを浮かせて相手の頭上を超えさせたんです。あんなにきれいに決まったの初めてみましたよ』
『そ、そんなことしてたんですか!? あの一瞬で!? ドリブルしながら!?』
『ええ。しかも武藤選手はそれを一瞬で見破り、しかも届かないと見るや後ろからボールを押してバーに当てたんです』
『外に出すのではなく?』
『外に出すとコーナーキックですからね。そこから小野選手がどういう行動に出るのかわかりませんから、それを嫌ったんでしょう。とはいえ普通はしませんよそんな危ないこと。バー当ての天才だからこその判断でしょう。まさに天才同士の信じられない攻防でした。いやあ震えましたね。見てください。私の腕。鳥肌立ってますよ』
『まさに若き天才同士の信じられない攻防でした!! これが高校生の、しかも地区予選の試合でしょうか!! 一体誰がこんな試合を予想できたでしょう!! まさに竜虎相搏つ、譲れない天才同士の戦いです!!』
(あっぶな!! こいつ化け物すぎるだろ。ボールを見失うとか、初めてなんだが。どうやったのかもわからんぞ)
(アレを止めるのか!? 人類の反応速度じゃねえ!!)
武藤はすぐにボールをディフェンダーに投げ渡していたが、小野はすぐに守備には戻らず、その場で武藤と笑顔で睨み合っていた。
「絶対お前からゴールしてやる」
「できるならやってみろ」
不敵に笑う天才達は無意識にお互いを認め合っていた。これが後の世で、日本代表最高の10番、アジアの生んだ世界最高のファンタジスタとしてアジア人で唯一バロンドールを受賞することになる小野英二と天才、武藤武との初めての出会いであった。
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