第194話 覚悟(サッカー6)

『さあ、はじまりました。地区予選準決勝。中央福祉大付属対中央高校の1戦です。実況は坂本、解説は元Jリーガーの大野さんでお送りします。大野さんよろしくお願いします』


『よろしくおねがいします』


 そして試合が始まった。中央高校のメンバーは武藤以外は緊張しまくっており、動きが悪い。対する相手は全国本戦にも出場経験のある強豪校であり、大会にもなれているためか、さほど緊張はしていないようで動きは悪くなかった。

 

「くっ!? キャプテン!!」


「右に寄せろ!! 折は裏フォロー!!」


 開始早々からあっという間に自軍ゴール前まで攻め込まれると、センタリングからダイレクトにシュートを放たれた。

 

『ここでダイレクトボレーシュートっああっと、止めたあああああ!! キーパー武藤、ワンハンドキャッチ!! いやあ守護神の名は伊達ではないですね。大野さんどうご覧になられましたか?』  

 

『いや……言葉がでないですね。あのシュートを弾かずしかも片手でキャッチするなんて。しかも武藤選手はグローブもしていないんですよ? 信じられません。どんな握力しているんでしょう』


 武藤はキーパーグローブ、すなわちキーパー用の手袋をしていなかった。キーパーグローブはボールの衝撃を和らげ、そして滑り止めスプレーを使用することでボールを滑りにくくすることができる為、通常のキーパーには必須のアイテムである。しかし、武藤は手先の感覚が鈍るのが嫌でそれをしていない。武藤の手は今更ボールくらいでどうこうなるほどのものではないのだ。

 

(いい感じだな)


 武藤はゴールのすぐ後ろに2リットルコーラを持ってきていた。もちろん水分補給の為ではない。それで手を洗うのだ。そうすることで滑り止めの効果を持たせていた。そもそも滑り止めのスプレーとかそういった類のアイテムの存在等は知らないので、前日の試合で「なんかすべるな」と思った故の対策であった。

 

 試合は前日の焼き直しのように中央高校が一方的に攻められる展開となっていた。しかし武藤の壁は厚いというか厚すぎる為、相手も全く点をとることができない。


『また止めたああああ!! まさに難攻不落!! 鉄壁の防御は今日も健在です!! 大野さんここまでご覧になられてどうでしょう? ボールの支配率から見ると一方的な展開に見えるのですが?』


『8割は中央付属がボールを持っていますね。しかし、それがどれも得点に結びついていないのはキーパーの性質のせいでしょう』


『性質ですか? ちなみにここまでのシュートは中央高校が2本に対して付属は8本。中央付属が圧倒的です』


『通常得点というのは本当にきれいにシュートが決まることばかりじゃないんですよ。一番多いのがこぼれ球を押し込むといった感じの得点ですね。その為にはまずキーパーや守備がボールを弾くことが前提なんですが、武藤選手は弾かずにすべてキャッチしてしまうんです。普通はシュートをするとこぼれ球やコーナーキックといったチャンスが付随してくることが多いのですが、武藤選手を相手にするとそういったプレイが生まれず、シュート回数と同じだけのチャンスしか発生しません。プラスアルファが発生しないことを鑑みると、一般的なシュート回数ほどのチャンスは生まれていないことになります』


『確かに。昨日の試合も中央高校は被コーナーキックの回数は0でした。つまり1度もボールを弾いて外には出していないということですね』


『ここで重要なのがそれがシュートだけではないということです。ペナルティエリア内に迂闊なセンタリングがあがろうものならあっという間に武藤選手にキャッチされてしまいますから』


『判断速度も尋常無いほど早いですからね』


『気がつくとパスを受けようとしていた選手の眼の前にいてボールを掴んでいるんですよ。選手側からしたらあんなのどうしろって感じですね。よかったです、僕が現役の頃に相手に居なくて』


『海外リーグでもご活躍されていたいた大野さんでもそう思うのですか?』


『正直にいいますけど現役時代でも武藤選手から点を奪える自信ないです。まあ攻略法が無いわけではないのですが』


『攻略法があると!?』


『物事に絶対はないですからね。ただそれでも確実というわけではありません。ただ可能性がある……とだけ』


『その可能性が果たして今日見られるのか? それとも連続無失点記録が続いていくのか? まもなく前半戦終了です』




 結局お互い点をとることができないままハーフタイムを迎えた。ここまでは昨日と全く同じ展開である。

 

 

「はあ、はあ」


 控室では選手全員が疲れ切って息を乱していた。もちろん武藤を除いて……である。

 

「なんで……こんなに……」


 疲れているのか? といいたいのだろう。小林は予想以上の疲労度に困惑していた。

  

「初めての芝生。初めての強敵。初めての大勢の観客。初めてのベスト4。そりゃ緊張からいつもより疲労が増すのなんて当たり前だろ」


「!?」


 武藤の指摘にメンバー全員が納得した表情を見せる。

 

「武藤は全然そんなこと無いように見えるけど?」


「そりゃ負けたら世界が滅びるとかじゃないんだし、勝ち負けもどうでもいいんだから、緊張なんかするわけないだろ」


「!? ふっあははははさすがは武藤だ。確かにその通りだけど、普通そんな事考えるか? 魔王を倒しに行く勇者じゃあるまいし」


いきなり正体を当てられるも武藤は一切動揺を見せなかった。


「勇者うんぬんは置いといて、お前らは違うだろ?」


「どういうことだ?」


「ここまで勝ち抜いてきたってことは負けた奴らの思いも背負ってるってことだ。最初は違っただろうけど今じゃ学校側だって期待してる。つまり今のお前たちは人の期待を背負ってるってこと。それがお前らのプレッシャーの正体であり、今までお前たちが経験してこなかった強豪校の持つ強さの秘訣でもある」


「強豪校の……」


「人の期待を背負って、さらにその期待に答えるって相当きついってことだ。強豪校は慣れてるけどその重圧はお前らの比じゃないだろうな。それ以前に覚悟が違う」


 プロになりたいと思っているものもいるだろうし、特待生として入学しているものだっている。自分の人生をかけてきている者たちだ。ただの部活として来ている中央高校の生徒が持てる覚悟ではない。

 

「だけどな。それがどうした?」


「え?」


「負けたら死ぬ覚悟のやつに遊びでやってるやつが勝ったら駄目なのか? 違うだろ。戦いの場は平等だ。そこに至るまでの道筋が違うだけで、場は同じ。誰でも勝つ可能性があるし、負ける可能性がある。緊張なんてのはそのチャンスを自ら潰しているだけにすぎん。むしろ命をかけて挑んでくるやつに引導を渡してやるくらいのつもりでいけよ。相手は相手、お前らはお前らだろ。誰がどうとかよりも自分たちのことだけ考えろよ。学校の期待? 今までなんにもしてくれなかったやつらのことを今更気にする必要なんてあるわけねえだろ。お前らはただサッカーを楽しめば良い。それこそ実戦で練習するつもりくらいでいけよ」


「……あっははははそうだな。人の期待とか背負ったことなかったから妙なプレッシャー感じてたけど、元々期待なんてされてなかったな俺達は」


「そういやそうだな。あんな大勢の前で試合することなんてなかったから緊張しちまったわ」


「そうか、負けてもいいって思えばどうってことないな」


「全力を出しきらずに負けるのはさすがに助っ人を頼んだ武藤にも悪いしな」


 武藤の言葉に一瞬静かになった選手たちだったが、次第に武藤の言葉が頭に入ってくると吹っ切れたかのように明るくなった。

 

「それじゃ必殺の作戦をお前らに授けてやろう」


「作戦?」


「名付けて……オペレーション・メテオだ!!」


 今日も武藤はノリノリだった。

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