第193話 観客席(サッカー5)
翌日。日曜の朝から武藤達は電車とバスを乗り継ぎ、試合会場となるスタジアムに来ていた。公立校であり、しかも部活が弱小である中央高校に学校所有のバス等というものはない。移動は公共交通機関である。
「すげえ、でけえ」
準決勝からの舞台であるこの総合運動場はサッカー場が陸上競技のコースにまるっと囲われた形となっており、スタジアムには観客席もある為、今までただの運動場だった会場からは一変して、本格的なサッカー会場と呼べる場所であった。
無論、こんなところで試合なんてしたことのない中央高校の面々は萎縮していた。
「すげえ、ちゃんと芝生だ」
今までのグランドは基本土であった為、中央高校サッカー部は芝生で試合をするのは初めてである。
「き、緊張する」
傍から見たら完全なお上りさんであった。
「観客席ってこんなにグラウンドから離れてるのね」
「昨日の会場は近くても平地と人の壁で全く試合が見えなかったからね」
観客席の一区画に武藤の恋人たちは集まって陣取っていた。彼女達は試合全体を見る気はなく、ただ自軍ゴール近くで見られればよかったのだが、昨日はゴール後ろは観戦禁止になっており、今日はグラウンド中央横にある観客席からしか観戦ができなくなっていた。その為、一番前方の席を朝早くから並んで取得していたのである。
「サッカー初めてみるデス」
「昨日は殆ど見られなかったからね」
「でもご主人様はちょっと遠いね」
「昨日ケーブルTVで見た旦那様のプレイはすごかったからね。私ら会場にいたのに全然見られなくて後で漸く知ったもんね」
「しかも実況の人があんな絶叫してたなんて全然気が付かなかったよね」
実際昨日の試合をTVで見たのは洋子の家にいたメンバーのみである。百合達は居なかったため見ていない。
「今日は1試合だけなんでしょ? お昼どこで食べる? みんな作ってきたんでしょ?」
弥生の言葉に全員頷く。武藤の恋人たちは基本的に全員料理ができるのである。なぜなら弁当を作っていくと武藤が喜ぶからだ。どんな失敗料理であろうと武藤は必ず美味しそうに完食する為、恋人たちは次はもっと美味しく作ろうと手間暇をかけて料理をするため、気がつけば全員料理上手となっていた。
「すぐ近くに公園あるらしいからそこで食べようよ」
「いいねえ、ピクニックみたいだねえ」
「OH!! PICNIC!! 初めてデス!!」
病室ぐらしが長かったクリスにとってピクニックとは憧れであった。ちなみに異世界の生活はピクニックと言うよりはサバイバルとしてクリスには認識されていた。
「こんなこともあろうかと、レジャーシートもたくさん持ってきてるからねえ」
「こんなこともあろうかとって確か光瀬くんが生涯に1度は言ってみたいセリフだって言ってたね」
「そうかい? 私はよく言うけどねえ。武くんもよく言ってる気がするねえ」
香苗はいつも用意周到だから言えるのであって、武藤の場合は収納にあらゆる場面に想定したものが既に入っているから言える場面が多いと言うだけである。本当に想定して言っていることはほとんど無い。
「今日は私も作ってまいりましたわ!!」
お嬢様故、まともに料理なんて出来なかった綺羅里であるが、友人の知美と真凛のおかげでなんとか恥じないレベルにまで上達していた。
「その……大丈夫?」
「大変だったよ。一つまみっていった時に土俵入りの力士みたいに掴んで塩を入れそうになったときはどうしようかと……」
百合の問いに知美はそう答え、遠い空を見上げていた。
「向こうで岩重さんもうどん作った時に全く同じことしてたよね」
そういって真凜は笑った。
「懐かしいね。アレはしょっぱかったなあ。香苗のせいで大変な目にあったよ」
「おや、心外だねえ。公平な審判として任命しただけじゃないか」
「香苗は自分が助からないと思って私を巻き込んだんでしょうが!!」
「元はといえば武くんが私を巻き込んだせいだから、文句があるなら武くんに言ってほしいねえ」
「まったく、ああいえばこういうんだから……」
口喧嘩では百合は香苗に勝てる気がしなかった。いつも通りじゃれ合う2人を見て回りのメンバーも楽しそうに笑っていたのだった。
「おいっあそこみろ」
「!? なんだあの美人達は? 芸能人?」
「なんなんだあれ、全員レベル高すぎねえ!?」
「全員美人てありえなくね!? ってあれMIKIじゃないか?」
「マジ!? あの最近TVに出まくってるMIKI?」
その光景はあまりに異様であり、目立っていた。なにせこんな地方予選の準決勝である。いくら地元ケーブルTVが中継しているとはいえ、わざわざ芸能人が見に来るようなものではないのだ。
「こんな地方予選見に来てるってことはどっちかの学校の生徒ってことか?」
「私服だからどっちの生徒かわかんないな」
「なんとかお近づきになりたい」
観客席の端の為、偶然を装って近くを通り過ぎるということもできない。ならばと1人の男が意を決して一番近くの女性、朝陽に声をかけようとしたその時。
「!?」
男は近づくのをやめた。なぜなら洋子が手を上げて誰かを呼んでいたからだ。視線を向けるとそれは……どうみてもカタギではない黒服の男だった。
「お嬢、どうしやした?」
「この近くでこの人数で昼食を取れそうな公園調べて。あったら場所取りお願い」
「かしこまりました」
そういって黒服の男はスマホで誰かに連絡をとりながら上の通路へと戻っていった。
「……」
それをみて周りの男達は一気に熱が冷めた。よくよく辺りを見渡せば、明らかに同じ類と思われる黒服が一定間隔で立っているのが見える。これはやばい。男たちは武藤ハーレムに近づくことを断念した。
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