第190話 借り(サッカー2 )
「本当にそんな格好で大丈夫なのか?」
翌日。武藤はサッカー部での練習にゴーグルとマスク、そして帽子を被った状態で現れた。ゴーグルがサングラスなら完全にアイドルのお忍びである。
「試してみたいんだ」
「わかった。いくぞ」
何故か今日も小林と二人で練習である。武藤の後ろにはもれなく女神たちの応援がついてくる為、他の生徒達から小林は非常に羨ましがられていた。
10分後。昨日の再現のように小林は地面にうなだれていた。案の定、1本もゴールを決めることが出来なかった為である。
「全然いけるな。これならスーパーグレートゴールキーパーを名乗れるかなあ」
昨日勉強と称して読んだサッカー漫画の影響である。
「名前だけで怪我するからやめておいたほうがいいねえ」
作者からチートすぎるから怪我させるしかなかったと言われた天才キーパーの称号である。何故か同じ漫画を読んでいた香苗としては、不吉な予感しかしなかった。
「ということで、この大会中だけの臨時キーパーとして武藤くんに来てもらった。これで土曜日の試合には出られるから安心して欲しい」
監督である美術教師の声に選手たちに安堵の声が漏れる。これで謎の助っ人として武藤の参加が正式に決定された。本校始まって以来の地区予選ベスト8ということもあり、学校側としても期待が高く、まさか怪我で出場辞退というわけにもいかない為、助っ人参加は致し方ないということで選手たちも納得せざるを得ない。
そもそも予備のキーパーすらいない弱小である。それがここまで勝ち進んだあげくに試合すらできずに敗退は悔いが残るどころではない。試合して負けるならともかく、それすらもしないで3年生終了はさすがに2年生以下の選手たちからしても酷すぎて選択の余地がなかった。
「はいっ質問!!」
「なんだ菅谷?」
「あのバー当ての動画って武藤なんですか?」
その言葉を聞き、教師はなんのことかわからず武藤に視線を向ける。
「そうです」
その言葉におおーという声が部員たちから漏れる。
「見せてもらっても?」
「動画みろ」
「え?」
「キーパーがやることじゃないだろ。お前らは練習しろ」
「!?」
にべもなく一刀両断にされ菅谷は驚愕しつつ武藤を睨んだ。武藤はあまりにアホな言い分に既にやる気がなくなり、先輩相手だろうが敬語がなくなった。
「一応言っておくけど、俺はそこのキャプテンに頼まれたから来たんだ。お前らが俺を信じる信じないはなんの意味もない。練習に参加はしないし、試合に出るだけだ。勝ち負けもどうでもいい」
「!?」
武藤の言葉にさすがに傍観していた他の選手たちも気色ばむ。
「今なら間に合うぞ。俺が嫌なら補欠のやつに頼めば良い。俺とは違ってキーパーの素人でもサッカーの素人ではないだろう?」
「無理だ」
「え? 木下!?」
声を挟んだのはギプスを付けた木下という男であった。元は正GKであり、骨折した当人でもある。
「素人がやったら試合にならない。おそらく今、この学校で即座に大会でキーパーができるのは武藤だけだ」
「……いや、俺キーパーなんてやったことないんだが?」
「すぐできるさ。野球部の紹介動画を取ってる時、偶然俺もあの場にいたんだ」
「え?」
「映像にはなかったけど、あの取材中、後ろから飛んできたファールボールをこいつは片手で受け止めたんだ。偶然じゃなくしっかりと音に反応してからとっていた。信じられない反射速度と思考速度だった。あんなマネ俺にもできん。あれができるならきっとキーパーもできる。だから武藤を誘って欲しいとキャプテンにお願いしたんだ」
実はキャプテンではなく怪我した当人からの依頼であった。
「本来キーパーっていうのは守備の1人であり、最後の要だ。声をだしてディフェンダーに指示を出して、連携してボールを止めるのが仕事だ。でもそんな連携を今からやっていたって間に合うわけがない。だったら連携なんてはじめから捨てて能力特化のやつに任せるのが一番いい」
それが試合3日前に急遽交代となった守護神の結論であった。
「あの黒子がなんで俺だと?」
「配信部唯一の男だろ? 気になって1年の教室を全部回って、直接見て確信した。アレはお前だと」
武藤レベルの肉体だと、体格と肉付きだけでわかる人にはわかってしまう。気配を消しても完全には消していない為、意識してずっと見られればさすがにバレる人にはバレるのである。
「正直俺も勝ち負けはどうでもいいんだ。だがいっちゃ悪いがこの場面でキーパーに選出されたら一生もののトラウマを負う可能性が高いと思う。それなら部活外からの助っ人のほうがダメージが少なくて済む」
「身も蓋もねえな。それ俺だけならどうなってもいいって話しだろが」
どう考えても武藤は生贄ポジションである。
「普通ならな。でもお前なら違うだろ?」
「どういうことだ?」
「こういった方がいいか。理外の怪物、武藤武」
「……」
「俺の妹が中学の時、お前と同級生だったらしくてな。よく話は聞いてたよ」
「木下……あっ」
そういえば木下と呼ばれていたクラスメイトが居たことを武藤は思い出した。
「あのバスケのときも実はド素人だったって聞いたときは本当に驚いたよ。妹からこの学校にいるとは聞いていたけど全く話を聞かないから嘘かと思ってたんだが……」
貝沼以外にも東中からこの学校に進学していた生徒は数人だが確かにいる。だが何故か情報が他に漏れることはなかった。しかし、中学の同級生になら話がいっていてもおかしくはない。この学校に進学した生徒から友人である木下に話が行き、さらにそこから木下の家族に話が伝わったのだろうと武藤は予測する。
「お前にはなんの得もない話だ。断ってくれても良い」
「断ったらどうするんだ?」
「折れた腕で俺が出るさ」
そういって笑う木下は顔は笑っているが、目が全く笑っていなかった。武藤は本気だと感じ取った。
「はあ、仕方ない」
「ん? いいのか?」
「木下さんには借りがあるからな。妹に感謝しろよ」
武藤は中学バスケの地方予選時、木下がわざわざ遠い会場まで自腹で応援に来ていたのを覚えていた。電車代だけで片道1000円は中学生にとってはかなりの出費である。にもかかわらずあまり関わりのないクラスメイト達が来てくれたことを武藤は今でも感謝しているのである。
「今度高いケーキでも買っていってやるとしよう」
木下兄はそういって苦笑した。
菅谷の言葉に出る気を無くしていた武藤だったが、木下の言葉で助っ人として出場することを決めた。試合もサッカー部もどうでもいいが、木下妹の恩に報いる為だけにである。なんだかんだと武藤は非常に義理堅い男なのだ。
「それでいつものフォーメーションは?」
「うちは4-3-3だな」
「4いらんな」
「え?」
「2-3-5とかにしない?」
「できるか!?」
サッカーのフォーメーションは基本自軍ゴールに近いほうから数える。4-3-3ならばディフェンダー4人、中盤3人、攻撃3人という内訳である。武藤からしたらディフェンダーは邪魔なだけなので、ぶっちゃけ0でも問題ないと思っている。
ちなみに武藤が話しているのは、昨日サッカーの動画や漫画、ゲームで得た知識前提である。シュートでコンクリートにボールがめり込んだり、分身したり火が出たりするが、武藤は自身ができることなので気にしていなかった。時間がなく、全部読みきることができなかったが、もう少し読み進めればボールに乗って移動したりして武藤が出来ないことも出てくる為、さすがにおかしいと武藤も気がついたかもしれない。だが現在の武藤の得た知識はゴールバーの上に乗って飛ぼうが、味方の背中を踏み台にして飛ぼうが問題ないとの認識なのである。
武藤を知っている人からすればキーパーで本当に良かったと安堵していることだろう。読んでいた作品がもうちょっとアレな方で武藤がフォワードだったりした場合、本当に試合中に死者が出ていてもおかしくないからだ。この男、ノッたら本当にやってしまいかねないのである。
だが今回の武藤はキーパーである。その為、守る以外のことをするつもりはない。そうすれば少なくとも点をとるという行為は自分たちで行わなければならない為、完全に武藤1人のチームとは言えないからだ。
サッカーは点をとられなければ負けないが、点をとらなければ勝つこともないのである。キーパーが点をとることはできるが、普通はそんなことはしない。高校野球で投手がホームランを打つのとはまたわけが違うのだ。それはつまり、勝ち上がるためにはフォワード陣が頑張る必要があり、そうなれば武藤一人の力で勝っているという目立つ状態にはならない。故にキーパーなら別にそう目立たないだろう。武藤はそう判断した。
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