第187話 部活紹介 野球部
結局学校紹介動画は無難なものが使用され、香苗がノリで作った方は文化祭での提示ということになった。
武藤の恋人たちの芸能界デビューについてもまずは様子見で、美紀の撮影についていき、どういうものかを体験してから決めるということで落ち着いたのであった。
「これだけというのも何だから各部活の紹介とか撮ろうか」
「紹介っていったってどうするの?」
「各部を美紀が体験入部するんだよ」
「あーしだけ?」
「私達の中で顔出ししていいのは美紀だけじゃないか」
「一応言っておくとクリスも大丈夫だよ」
そういって洋子がカバンから雑誌を取り出す。
「あっ!? クリス!?」
その女性雑誌の表紙にはクリスが映っていた。
「できたての見本誌貰ってきたの。これでクリスもモデルデビューね」
「どう? タケシ?」
そういってニヤニヤと笑うクリス。武藤に対してのサプライズだったようである。
「ん? いつもと違うのか?」
「え?」
「クリスはいつも可愛いだろ?」
「!?」
お世辞でもなんでもなく、武藤は素で言っている為、それがわかるクリスは顔が真っ赤になってしまう。
「またこいつは……」
「でもこれ化粧してないよね?」
「そうなのよ。1流の雑誌よ? そのスタイリストが化粧した方がじゃまになるって言い切るってクリスどんだけ可愛いのよ」
そういって洋子は呆れていた。
「じゃあ美紀とクリスが顔出しってことで、後のメンバーは顔は映さないようにしておこうか」
「あっ私お面したい!!」
「ああ、なるほどね。残りのメンバーはみんなお面かぶろうか。私は狐のお面ね」
「……え?」
「あっずるい!! 狐は私がかぶろうと思ってたのに!!」
「いいね、御主人様とおそろいね」
「じゃあ武もかぶるってこと?」
「いいんじゃない? どうせメガネにマスクと変わらないでしょ」
何故か美紀とクリス以外のスタッフはお面をかぶることとなった。
「今日は野球部に来ています!!」
翌日。配信部は野球部に来ていた。美紀や香苗の行動力は早く、あっという間に取材の許可を取り付けたのだ。ちなみに何故野球部かといえば、地区予選で決勝までいったことがある為、現在中央高校で一番有名だからである。そして現在、武藤がサッカー部に近寄るのが危険なこともあって、野球部が選ばれた。
「今日は2年生で次期エースと名高い牧原くんにお越しいただきました。もうすぐ夏の予選ですが今年はどうですか?」
「3年生最後の大会ということもあって、みんな気合が入ってます。今年こそは甲子園に行きたいですね」
「おお、それはぜひとも頑張って欲しいところです。頑張る男の人ってかっこいいですよね」
「!? MIKIさん好きです!! 付き合ってください!!」
「あっごめん私彼氏いるから」
美紀は暴走した牧原の告白を秒で断り、牧原その場に崩れ落ちた。
「そ、それならせめてマネージャーになってください!!」
「忙しいんで無理」
「そんなあ」
「あっ良いこと考えた。うちの黒子くんと勝負して勝ったら考えてあげる」
「黒子くん?」
ちなみに武藤のことである。武藤はカメラマンをしているが、その格好は制服に頭部だけ黒子の格好であった。
「3打席勝負ね」
そういってウィンクする美紀に牧原は悶絶しそうな表情で体を震わせていた。
「野郎ども気合いれろおおおっ!!」
「打たれたらころすぞ牧原!!」
守備位置についた野球部員から絶叫のような声があがる。
「何故こんなことに……」
気がつけば3打席中1回でもヒット性のあたりがでたら武藤の勝ちという勝負をすることになっていた。
「美紀……」
「大丈夫よ。私は勝ったら考えるって言っただけだし」
マネージャーになるとは一言も言っていないのである。
「でもダーリンが勝つでしょ?」
そう言われ、武藤は何も言えなくなった。
「お前が誰かは知らんがマジでいかせてもらうぞ」
武藤は打席横に立つなり、キャッチャーからそう告げられる。しかし、武藤の野球経験といえば、中学の球技大会でやったくらいで後は子供の頃の話である。しかも硬球ともなれば初めてだ。
スバン、ズバンと球がミットに入る音が響く。現在投球練習中である。硬球初心者相手に完全にガチであった。
「プレイ!!」
審判をしている野球部顧問の数学教師が声をあげる。
「しっ!!」
まずは様子見なのか、ややアウトコース低めに直球が投げられた。
「ほいっ」
「!?」
140kmは超える速球はカンッという高い木の音と共に軽く外野を超えていき、道路にでないようにはられた高いネットの最上段にぶち当たった。推定飛距離120mである。
アウトコースとはいえ初めての硬球をしっかりと踏み込んで、右打席でライト方向にきれいに流したのである。どうやっても素人ができる芸当ではない。野球部員たちは驚きを隠せなかった。
「走ったほうが良い?」
武藤は後ろを振り向いて審判である教師に尋ねる。
「ま、まってくれ!! もう1回!! もう1回勝負させてくれ!!」
「結果変わらないのにやる意味あるの?」
「!?」
「ああ、また同じ結果になるって意味じゃなくて、勝負は3打席で1回でもヒット性のあたりで俺の勝ちだから、すでに勝ち確定してるでしょ?」
「あっ」
「……う」
「え?」
「練習!! 今の練習だから!! ノーカンだから!!」
「……」
未練がましいのに何故かいっそ潔いくらいにゴネる牧原にさすがの武藤も言葉がでなかった。
「すまんがもう1打席付き合ってやってくれんか?」
「先生?」
審判である教師にいきなりそういわれ、武藤は後ろを振り向く。
「あいつ最近ちょっと天狗になってるところがあるからな。ここらへんで一回わからせておいたほうが良い気がするんだ」
「なんにもこっちに利点がないのに、負けたらこっちだけリスクがあるのはさすがにどうかと思いますけど」
「もちろん勝負はお前の勝ちだから、負けた時に言うことなんて聞かなくて良い」
「じゃあ次打ったら野球部全員でここからフェンスまでのダッシュ100本にしましょう」
「はああああ!?」
話を聞いていたキャッチャーが叫んだ。ここからフェンスまでは軽く100m以上離れている。それをダッシュとなれば1本でも大変な運動量となる。
「いいだろう」
「先生!?」
「負けるのか? 素人に?」
「……わかりました」
そういうとキャッチャーはマウンドに向かい、外野も内野も選手を全員集めた。
「はああ!? なんで!?」
「マジでか」
「はあ、牧野お前打たれたら責任取れよ」
負けたらダッシュ100本の話を聞いて選手たちはそれぞれの意見を述べる。
「大丈夫だ。さっきのは油断しただけだ。今度こそ本気で行く」
牧野のその言葉を聞き、選手は守備位置に戻っていった。
「お前野球の経験あるのか?」
守備位置に戻ったキャッチャーが武藤に尋ねる。
「小学生の頃に子ども会で日曜だけやってたくらいで、中学の時は球技大会で1回だけやったな。軟式だけど」
「!? 嘘だろ……」
「そんな嘘ついても俺になんの特もないでしょ」
油断させるためなら1打席目の前に言うはずである。打った後にそんな事を言ったところで意味はない。むしろシニアで4番だったとか、そういう情報のほうが警戒させるという意味では意味があるだろう。
(やばいぞ牧原。こいつバケモンだ)
キャッチャーは武藤の異常性を警戒した。嘘を言っていないことを感じ取ったからだ。
(140は出てる初めての硬球を流し打ちでフェンスまで運ぶとか、甲子園に出てくる学校の4番だって難しいぞ)
まぐれではない。しっかりと踏み込んで、全くバランスを崩すことなく振り切っていた。同じ真似ができる野球部員がはたして何人いるのだろうか。
(ヒット性のあたりで負け。ならフォアボールは負けじゃない。卑怯と言われようがまともに勝負しちゃ駄目だ)
キャッチャーは最悪3四球で終わらせるつもりでいた。既に負けているが、それで1勝1敗にすれば最悪引き分けられるのだ。
実戦さながらにキャッチャーとピッチャーはサイン交換をする。どうみても公式試合より真剣である。
(まっすぐはダメだ。あのコースをあそこまで完璧に打たれるならアウトコースにまっすぐは無理。ならアウトコースは変化球の見せ球にして、勝負はインコース)
初級。先程と全く同じアウトコースに今度は外れるようにスライダーが投げ込まれる。しかし武藤はそれを全く微動だにせず見送った。
(手がでなかったのか? それとも選球眼がいいのか?)
当然ボールとなったが、キャッチャーとしては武藤の判断がわからなかった。
2球目。今度は同じコースにさらに急速の遅いカーブを投げる。だがまたしても武藤は動かない。
そして3球目。インコースの低めへフォーシームが投げ込まれた。やや内側に外れたそれをまたしても武藤は微動だにせず見送った。
(振る気すら見えない。そうか、1打席目は様子見か)
通常、投手と打者の関係は投手有利とされている。3割打てるバッターが優秀と言われるのはその為だ。つまり3回に1回打てるだけでいいのである。ならば1番バッターの役目はなにか? 相手の情報を得ることである。今日の球は走っているか? 変化球のキレは? キャッチャーのリードは? あらゆる情報を得ることで後続の打者、チームメイトに情報を渡すのである。
野球はチームスポーツである。たとえ10割バッターが1人いても、絶対に打たれないピッチャーが1人いてもそれだけではゲームには勝てないのだ。バッターなら敬遠されるし、ピッチャーは球を捕るキャッチャーが必要だからだ。
かつて怪獣と呼ばれた4番打者を有する高校も怪物と呼ばれたエースが居た高校も甲子園で優勝していない。怪獣と呼ばれたバッターは敬遠され、怪物と呼ばれた投手は味方の援護がなかった為だ。0点というのは負けはないが勝ちもないのである。故に点をとる為に相手の情報を収集するという行為は非常に重要なことであった。
(なら球種を見せるのももったいない。臭いところでカウントをとるか)
キャッチャーはインコースのボールからゾーンに入るようにスライダーを要求する。
(よしっ仰け反れ!!)
自身の身体に硬球が向かってくるのである。素人なら必ず避けるはずだ。だがキャッチャーの思惑とは裏腹に武藤は全く動かなかった。そしてボールが曲がり、ミットに入ろうとしたその瞬間、ボールが消えさった。
「え?」
あまりのスイングスピードにバットにぶつかった音すら置き去りにしたその一撃はライナーで一直線に飛んでいき、再びフェンスに直撃する一発となった。
「走ったほうが良い?」
「……」
再びされた武藤の質問に審判である教師は何も言うことができなかった。
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