第183話 伝説の馬
結愛の祖父の道場での戦闘後、武藤は恋人たちと別れて一人東京にいた。今日は仕事がある為だ。
「おう、晴明。来たか」
ここは東京で猪瀬が所持しているビルの1室。武藤はここに転移することで、首都圏での仕事時は移動時間を短縮していた。
武藤を迎え入れたのは猪瀬の社長である剛三であった。剛三は違う仕事で先に東京入りしており、武藤を待っていたのだ。時間的に余裕があれば、武藤も公共交通機関なり、車なりで一緒に移動している。
「どうしたんだ。急に呼び出すなんて」
本来今週は珍しく仕事がないはずであった。だが今朝、急遽電話がかかってきて仕事が入ったのである。
「急ぎの仕事だ。悪いな」
挨拶はそぞろに武藤はすぐに車に乗せられ、移動させられることになった。
「どこやねん」
車で2時間。武藤は辺境のような地に連れてこられていた。
「こっちだ」
「……馬?」
「ここは馬のトレーニングセンターだ」
武藤としては全く関心のない場所である。そもそも普通の高校生はなかなか馬と縁があるものではない。
「へえ、きれいな馬だな」
連れてこられたのはとある馬房。そこにいたのは非常にきれいな真っ白な毛をした馬であった。
「お前はニュースとか見ないのか? 無敗の2冠馬シルバイオーだぞ?」
「TV見ないからなあ」
そもそも競馬に興味のない者には馬のニュースなんぞ全く縁が無いのである。
「それがなんで吊られてるの?」
その無敗の2冠馬は上からワイヤーのようなもので吊られていた。
「馬ってのはな。足が折れたらおしまいなんだ。そのままだと自重を支えきれなくて足が腐っちまうし、足に異変があるとどうやっても馬はその足をぶつけたりしておかしくなっちまう。結局苦しんで死ぬことになるから、どうしようもない骨折の場合は、これ以上苦しめないように予後不良っていって安楽死させられるんだ」
「へえ」
「足が折れたくらいで殺すのかって思わないのか?」
「ん? ああ、多分だけど走らないと生きていけないんだろ? それに体重があるから寝かして治療したらそこから壊死するんじゃないか?」
「……お前すごいな。ひと目見ただけでよくわかるな」
「俺を誰だと思ってるんだ。で、これを治せと?」
「ああ。普通なら助からんけどお前ならできるだろう?」
「そうはいっても馬の正常な状態を知らんからなあ」
魔法はイメージである。人なら武藤は人体をこれ以上ないくらい正確に把握している為、どんな怪我や病気であっても治すことが可能である。しかし、それ以外の動物となればさすがに正確に肉体を理解していない。あくまでイメージだけで修復しなければならないため、相当の魔力を消費する割に正しく治るかどうかもわからないのである。
「猪瀬さん!!」
そんなことを話していると、向こうから人が走ってきた。剛三よりはかなり若そうである。
「おおっ大崎さん。晴明、こちらがオーナーの大崎さんだ」
「貴方が!? 頼む、シルを治してやってくれ!!」
そういって大崎と呼ばれた男はその場に土下座した。
「大崎さん……」
「こいつは俺の夢なんだ!! 殺さないで済むのならすぐに引退してもいい。子を残し、生涯を全うさせてやりたいんだ!! 頼む!!」
「大崎さんは俺の馬主友達でな。お互い重賞を1回も勝ったことがなかったんだ。こいつが生まれるまでは。いつかダービーの口取りに出たいってのがお互いの口癖みたいなものだった。まさか先を越された挙げ句にこんなことになるとはな。だから俺からも頼む」
そういって剛三は武藤に深くお辞儀した。
「はあ、仕方ないなあ」
ため息を付きながら武藤は馬を魔法で調べる。
「んげっ!? 粉々じゃねえか。粉砕骨折か」
「外から見ただけで何故わかるんだ……」
大崎は驚愕していた。武藤は馬房の外から馬を眺めているだけにしか見えないのだ。
(折れた右足と左前足を見比べて……左右対称に完全に同じ形にすればとりあえずいいか?)
武藤は足内に粉々に飛び散った骨をすべて一箇所に収束し、形を整えていく。まるでそれは粘土細工で遊んでいるかのようであったが、外からは何も見えない為、傍からは狐面の男がただ馬を睨んでいるようにしか見えなかった。
「これでいいだろ。そのギプスみたいなの外してみて」
「え? もう!?」
大崎は驚くも視線で厩務員に指示し、ワイヤーを取り外した。
「おおおおおおおっっ!!」
シルバイオーは普通に足を下ろし、ガシガシとまるで違和感を確かめるように折れたはずの右足で地面をかいた。そしてヒヒーンと大きな声でいななくと、武藤に頭を寄せ、マーキングするかのように顔を擦り付けた。
「随分人懐こい、頭のいい馬だな。馬ってこんなものなの?」
「いや、こいつはかなり人見知りするから、俺と厩務員以外懐いてるのは見たことがない。調教師にすら噛みつきに行くくらいだ」
「そいつもお前に助けられたことがわかるんだろう」
「シル……ありがとう!! 本当にありがとう!! なんてお礼を言ったらいいか……」
「報酬は弾んでくれよ」
「わかってる。いくら払えばいい?? 今までの獲得賞金全部やってもいい」
「……そうだな。金には困ってないから、3冠とやらをとった口取りとやらにこのおっさんを招待してやってくれ」
武藤は口取りとやらをよく知らなかったが、記念写真みたいなものだろうと予測していた。
「おいっ晴明!?」
「……わかった。勝てるかはわからないがとれたら……必ず……」
そういって大崎は涙を流し、それ以上言葉を紡ぐことはできなかった。
「全く……お前には借りばかりが増えていくな」
「まあ、お前は義理の父親になる男だからな。多少は気を使うさ」
帰りの車で晴明の格好をやめた武藤と剛三はそんなことを言い合う。
「いい男を捕まえたものだ。さすがは俺の娘だ。男を見る目がある」
「調子がいいな。それより馬持ってるのか?」
「ああ、趣味でな。まだ勝ったことないけど、牝馬でヨウコソヨウコっていうんだ」
「おまっ……よく洋子に怒られなかったな」
「知らないからな。あいつ馬に興味ないし」
「……バレて怒られても知らんぞ」
後日。武藤の懸念通り何故か洋子にバレ、剛三はしこたま娘に怒られたそうだ。
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