第182話 不破迅雷流
柔道でも空手でもない。どちらかといえば合気道のように下が袴の道着姿の老人が武藤睨みつけ、腕を組んで仁王立ちしていた。
「……結愛?」
「……ごめんなさい武藤くん。お祖父様は言い出したら聞かないの」
「……はあ」
TシャツにGパン姿の武藤は靴下を脱いで裸足になり、道場の中央へと進んだ。
「逃げぬとはいい根性をしておる。それなりに見込みはあるようだな」
「おっと」
挨拶もなく老人は問答無用で間合いを詰めてきた。そして肘打ちをした後、受け止められた肘を梃子にし、そのまま顔面へと裏拳を放った。
「なぬ!?」
しかし、武藤はそれを察知し、肘打ちをそもそも体の正面で受け止めず、半身で避けて受け止めていた為、裏拳が当たることはなかった。
「すごいっ!! お祖父様の初撃を初見で避けるなんて!!」
老人の使う不破迅雷流は先手必勝の武術。高速の踏み込みと打撃を主にする武術であり、示現流のように初撃に重きを置き、最初の攻撃で相手を倒すことを軸にしている。
雲耀と呼ばれる初撃は、2撃目の裏拳までがセットであり、万が一肘を受け止められても次の裏拳で仕留めるという技になっており、それを初見で避けられたものは老人の人生の中でいなかった。
「……お主、只者ではないな」
「いやいや、見極める前に戦っちゃだめでしょ」
それは油断した状態で相手と戦闘に入るということにほかならない。それは反撃で死んでもおかしくない状況とも言えるのだ。
「お主……いや、今は詮索すまい。これほどの高ぶりはいつ以来か。全力でお相手しよう」
「む」
にこやかにしていた武藤が初めて真剣な表情になった。道場の端で騒がしく見学していた恋人達も武藤がただならぬ雰囲気になったのを感じ、辺りはシーンと静まり返った。
(武がこんな表情をしたのは魔王戦以来だわ)
唯一武藤の本気戦闘を見たことがある百合だけが、武藤が真剣になったことの異常性に気がついた。武藤は魔王以外、ドラゴンを相手にしたときでさえ、百合の前では余裕の表情を崩さなかったのである。それが恋人たちのいる前で老人相手に真剣になっているのである。あの圧倒的な強者である武藤が。
一方で武藤は眼の前の老人を警戒していた。
(オーラまとってるやん……)
不破迅雷流は表と裏があり、裏は気を用いた殺人術である。どうみても老人は武藤を殺そうとしているようにしか武藤には見えなかった。武藤が真剣な表情をしている理由は、どうやって反撃してもオーラを用いた場合殺してしまうため、どうやって殺さないように制圧しようかという悩み故のものであった。
「「!?」」
次の瞬間、お互いが驚いた。
不破迅雷流の奥義である移動術、縮地。足に気を纏い、足の指先だけで移動する技である。体の起こりを見せず、初速から最高速での移動であり、かつ相手の精神の隙間を縫うように意識の外から襲いかかる為、通常の人間では認識することはほぼ不可能である。
武藤も例に漏れず、全く意識の外からの攻撃には一瞬反応が遅れた。が、身体能力おばけの武藤はそれすら上回る反応速度でコンマ数秒以下で反応して相手を認識、そして反撃をしたのである。老人はさらにその反撃を避けて間合いをとった。それが一瞬の攻防で行われたのである。
(この爺さん化け物すぎるだろ。通常モードの師匠といい勝負じゃないか?)
(なんだこの小僧は!? 何故アレに反応できる!? 孫と同い年でこれほどの才……物の怪か!?)
「今何かあった?」
「なんにも見えなかったけど」
周りは一体何が起こったのか理解すらできていない。動いたことすら見えていないのだ。
「いいじゃろう、見せてやろう。不破迅雷流のすべてを」
そこからは一方的だった。武藤はただひたすら老人の技を受け止め、受け流しつづけ、老人は己の持つ全ての技を武藤にぶつけていた。
「ほっほっほっ滾る!! 滾るわい!! この歳でこれほど滾るとは思わなんだ!!」
「いい加減やめてほしいんだけど」
老人は人生で一番の喜びに満ち溢れていた。幼い頃から武術を習い、ただひたすらに稽古を続けた。この平和な日本で殺人術なんぞ使う機会などない。にもかかわらず、殺人術である裏の技まで己の人生をかけて修行した。試す機会もなく、ただ無聊な日々を過ごしてきた中、初めてその技を十全に使える相手に出会えたのだ。
「はあ、はあ、すべて防がれたか。面白い。不破の奥義を見せてやろう。これを受け止めればお主の勝ちだ」
「!?」
老人は再び縮地で間合いに入り、武藤の腹で両手を重ねた。初撃に気の衝撃があり、その後ワンテンポ置いて二撃目の衝撃が発生する。それは本来なら一撃目の衝撃が背中側にあたって反射し、体の中央で二撃目と当たって衝撃が全体に拡散するという技であった。ちなみに老人は実戦で使うのは初めてである。なにせ普通はこれを食らったら死ぬか、生き延びても2度と立ち上がれなくなる程の後遺症が残る禁断の殺人技だからだ。
武藤はそれを一瞬で見抜き、オーラで体をガードすることで衝撃を体の外に散らすことで防いでいた。
「むう、失敗か」
「失敗じゃねえよ!! 俺じゃなかったら死んでたわ!!」
「ほう、ならば双波衝は成功していたか。人相手に打ったのは初めてだったからな。そうか出来たか」
「出来たかじゃねえよ。間違いなく人を殺すまさに必殺技じゃねえか。孫の恋人に気軽に打つんじゃねえよ」
「お主だからだ。長い時をかけて修行し、漸く至った技を打つ機会もなく人生を終える。そんな虚しいことないだろう? お主ならそれをすべて受け止めてくれると思ったから打った。そしてお主は見事すべてを受け止めてくれた。感謝の気持ちしかないわ。お主こそ孫の婿にふさわしい!! 見事だ!!」
何故か老人は武藤を気に入ったようで、背中をバンバンと叩き、婿殿と気安く呼ぶようになった。
「まさかお祖父様に勝つなんて……」
それを見て驚いているのは結愛である。勇者とは知っていてもその戦闘を直接見たことがない結愛は、まさか祖父が負けるとは思っていなかったのだ。
「さすがは我が孫。男を見る目はたしかだ!! 不破迅雷流の後を継ぐにふさわしい男をよくぞ見つけたものよ!!」
「え? 俺、天覇雲雷流の正統なんだけど……」
「ほう。何かしらの技を修めておるとは思っておったが、やはりか。まあ2つとも受け継げばいいだろう。曾孫を2人以上つくって分ければええ」
「そんな気軽でいいの!?」
「武術の伝承なんぞそんなもんだ。技さえ受け継げば血なんぞ関係ないわい」
結構適当だった。
「それよりこの歳で全く勝てぬ相手に出会えるとはのう。血沸く、血沸く。儂にも不破の修羅の血が眠っていたようだ」
「沸かなくていいし、起きなくていいよ」
とは言っても武藤はその気持ちがわからないでもなかった。長い時をかけて修行した技程、どうしても使いたいくなるものである。たとえそれが人殺しの技であろうともだ。それをずっと使わずにいたこの老人の精神力は相当なものだと武藤は感心していた。
「それで、ここにいるのは全部婿殿のこれか?」
そういって老人は小指を立てる。
「全部俺の嫁予定」
「そうかそうか。さすがは婿殿。儂も若い頃は浮名を流したものよ。誰の子でもいいから、早く曾孫を見せて欲しいのう。婿殿の子なら儂の曾孫も同然だからな」
何故か武藤は老人、不破高幹に信じられないほど気に入られたようだった。
「お祖父様があんなに笑うなんて……」
それを見て結愛は再び驚きの表情を見せるのだった。
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