第164話 魔王

「あれ? お兄様は?」


 気がつけば武藤はその場から逃げ出していた。この世界の人類でも上から数えたほうが早い実力者たちに囲まれながら、誰一人気づかれずにその場から脱出したのはさすがの一言である。

 



「パーティーには出席したし、お披露目の戦闘もした。これで城での役目は終わりってことで」


 一人空を飛びながら武藤は一人、魔王のいる大陸へと向かった。

 

「懐かしいな」


 武藤は魔王の住む迷宮の入口に立ち、魔王と戦っていたときを思い出していた。

 

 魔王とは迷宮の最下層に存在する。そこで迷宮が魔力を吸い続けることで魔王の弱体化、及び魔王復活の時間を稼ぐのだ。

 

「気配は感じないな」


 魔王が復活すればその圧倒的な存在感と魔力は迷宮の外に居ても感じられるほどである。だが現在、迷宮からは全く気配も魔力も感じない。だが武藤は妙な気配を感じ取っていた。迷宮の中ではなく外から。

 

「何か居――!?」


 すぐ近くに突然気配を感じ取った武藤はすぐさまその場を離れ、戦闘態勢をとる。

 

「――ヤ――――――」


 黒い靄がどんどん大きくなっていきその姿をどんどんと変えていく。

 

「ユウシャアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


「この気配……魔王!?」


 黒い靄は竜の体に尻尾は大蛇で、体の横から熊の腕のようなものを生やし、翼は竜ではなくペガサスやグリフォンのような翼が生えていた。この辺りの生物を混ぜ合わせたような正しくキメラと呼ぶにふさわしいものがそこにはあった。

 

「……随分と変わったな。イメチェンか? いや、もしかしたらお約束の第二形態ってやつか」


 以前は形態変化も何もなく、問答無用で消滅させた。しかし、昨今のRPGのお約束のように実は第二形態があったのかもしれない。それで、倒したけど倒していない状況の為、再び呼び出された。そういうことかと武藤は推測する。

 

「よくわからんけど、まあ倒せばいいんだろっ!!」


 軽口を叩きながら武藤は襲い来るブレスを避ける。ブレスの通過した場所が真っ黒になり、腐食して崩れ落ちていくのをみて武藤は冷や汗が流れ出る。

 

「こわっ!? 前そんなのなかったじゃん!!」


 前はどちらかというと如何にも魔王といった感じのドラゴンであり、ブレスもドラゴンらしい灼熱のブレスであった。

 

「でも気配は前より弱いんだよな。復活したてだからか?」


 武藤は冷静に退治している敵を分析する。

 

「じゃあ次はこっちから行くぞ」


 そういって武藤は一瞬で間合いを詰め、魔王の腹を強化した拳でぶん殴った。


 ズドンというおよそ生物が殴ったとは思えない重低音が鳴り響いたかと思った瞬間、魔王の巨体は軽々と吹き飛ばされ迷宮の入口へとぶつかっていた。

 

「へえ、勇者以外に無敵のダメージカットは健在か」


 全力で殴ったのに相わからず手応えが薄い。以前の戦いそのままであった。 

 

「残念だが今の俺は当時の百倍強いぞ」


 そういうと武藤は抑えていた魔力を開放する。以前は聖女である百合に体を直して貰いながら体の限界を超え続けて漸く倒せた相手だ。だが今の武藤は魔王討伐の旅のような過酷な状況ではなく、全盛期の肉体であり、しかも修行を続けていたことで当時よりも遥かに魔法を、魔力を使いこなすことができるようになっている。筋肉等の量は下がっていても魔力を使用した戦いに筋肉はもはや意味がない。つまり、武藤の人生において今の武藤が最強なのである。

 

「あーでもこのクラスの敵となるとそうそういないから、すぐ終わらせるのももったいないか。しばらく修行に付き合ってもあろう」


 そうして武藤と魔王との戦いが始まった。

 

 周りから魔力を吸収して肉体を回復させる魔王と、持っている魔力玉からリアルタイムで魔力を回復できる武藤との終わりのない凄まじい力の応酬が続く。

 

「いい修行になった。そろそろ嫁達が心配してるかもしれんからこれでお開きにさせてもらおう」 

 

 3日間続いた戦いだが、終始武藤が優勢であった。この戦いで武藤は圧倒的な力を完全に制御できるようになり、地球で魔力を全開放しても己の内に秘めることで、周りに影響を及ぼさないレベルにまでになっていた。

 

「ゲイザー!!」


 武藤は左手を地面に叩きつけた。すると魔王の真下から強烈な力の奔流が飛び出し、魔王を空中へと吹き飛ばした。

 

 浮き上がった魔王に武藤は以前倒した時と同じ魔力を圧縮したエネルギーを放った。魔力玉3つ分のそれは再び蘇った魔王を消滅させるには十分な威力であり、その光の奔流は地上から斜め上空に打ち出されたことにより、大地に影響を与えることなく、成層圏をも突き破りまさに空へ登る光の階段のようであった。

 

「ふう。終わっ――!?」


 魔王を倒したのと同時に武藤は知らない空間に飛ばされていた。

 

 

 

 

  

「ここは?」


「漸く会えましたね。勇者」


「!?」


 武藤は急な声に警戒して振り向く。今の武藤をして気づかれずに後ろを取るのは尋常な技量ではない。戦闘態勢をとりつつ警戒する。

 

「お前は?」


「そうですね。以前、貴方の恋人である聖女を導いた女神と呼ばれるものです」 

 

「!?」


 こいつが呪いをかけた張本人か。なぜか顔が見えない女神という存在を武藤はより一層警戒する。

 

「呪いとは酷いですね。まあそれはいいとして、色々と聞きたいこともあるでしょうから説明させていただきます。まず今回、この世界に呼ばれたのは私の力じゃありません」


「どういうことだ?」


「あの子。つまりあの星自身の意思です」


「は?」


「あの星は出来てから地球よりも遥かに長い年月が経っています。その中であの星は自分の意思を持つようになりました。それが星の精霊という存在になりました。でもその精霊はいわばまだ赤子のようなもので純粋な意思や興味で動いています」


「はあ」


「そこで今回のイレギュラーな魔王復活において、あの子は以前倒した貴方を呼べばまた倒してもらえる。そう思ったのでしょう。私の作った召喚陣を真似して貴方達を呼び寄せたのです」


「魔王って数百年は復活しないんじゃなかったの?」


「あれは貴方のせいです」


「え?」


「魔王は本来倒された場所で復活します。で・す・が!! 貴方、以前倒した時に迷宮の外に魔王を吹き飛ばしたでしょう?」


「あ……」


 武藤はそう言われて思い出した。魔王、あのドラゴンは腹の防御が一番弱いと判断し、真下から真上に吹き飛ばしたのだ。

 

「あの時、迷宮の床を全部突き破って外に飛び出して消滅したのです」


「それがなにか?」


「外に出たことにより迷宮が魔王の因子から魔力を吸い取ることができなくなったのです。そして地上で無尽蔵に魔力を集めだし、気がつけば復活していたというわけです」


「……俺のせい?」


「はい」


「そんな話し知らんもん!! そんなこと先に言ってくれよ!!」


「本来、勇者なら私からそういうお話をするのですが……」


「なら本物の勇者にやらせろよ」


「貴方です」


「え?」


「貴方が本物の勇者です」


「……違うよ?」


「いいえ、本当は貴方が勇者だったのです」

 

「……どういうこと?」


「私が人に授けた召喚陣は最初に聖女を探して召喚します。今回はその聖女を召喚した際、すぐ近くに勇者がいた為、一緒に召喚されました。が、本来貴方が召喚されるはずでしたが、その時聖女に触れていた男がいたのです」


「吉田か」


「そこで召喚陣がその男を勇者として召喚してしまいました。しかし、召喚陣が最初に勇者として判断した貴方も対象として召喚の範囲が定められていたため、貴方も一緒に召喚されることになりました」


「ってことは」


「はい。本来は貴方が正規の勇者です。勇者の力は貴方に継承されるはずでした。貴方には大変な苦労をさせてしまい申し訳ありませんでした」


「神様が謝罪とかしていいの?」


「元は私の召喚陣の誤作動が原因ですし。しかも勇者の力がないのにもかかわらず、あの世界を守ってもらえました。貴方には感謝の言葉しかありません。さすがは伝説の勇者の子供ですね」


「……なんて?」


「あれ? 知りませんでしたか? 貴方のお父上も勇者なのですよ?」


「はああああああ!?」


 武藤の頭の中にはレトロゲーで必死になり、ライダーの変身ポーズを決める陽気な父親の姿しか思うかばない。

 

「今はこことは違う世界で暮らしているようですが」


「まてい!! あいつ海外出張じゃないんか!?」


「貴方の世界では義務教育の子供が一人で生活なんて出来ないでしょう?」


「……確かに」

 

 絶対に児童相談所が飛んでくる案件だ。


「しかも何年も帰ってこずに小学生が一人暮らしをしていて、誰も不思議に思わないなんてことがあると思います?」


 そこまで言われて武藤は初めて違和感を持った。確かにそうだ。小学生の一人暮らしでなぜなんの問題もないのか。三者面談等でも武藤一人で出ており、教師すらなんの疑問も持っていなかったのである。

 

「私とは管轄が違いますが、違う世界の神の干渉により違和感を抱かなくされているようです」


「……そうだったのか。それで親父はどうしてるんだ?」


「貴方のお母様と一緒に幸せに暮らしているようです」


「はあああ!? 母さん生きてるの!?」


「元々はお母様が召喚されて、お父様はそれを追いかけていったようです」


「……それが交通事故と海外出張に置き換えられてるのか。じゃあ家の金はどうしてたんだ?」


「自動で毎月振り込まれるようになっているようです」


「神様そんな細かいことまでできんのか……」


 至れり尽くせりの神のサポートに半ば武藤も呆れていた。

 

「それで、俺達はどうなるんだ? 地球に戻れるのか?」


「あの子は貴方だけは戻すようにしていましたが、それを止めて今私が割り込んで話をしています。私の力で今回召喚された方々は元の場所に戻しましょう。ただ、以前のように魂だけを戻すという事はできませんので、今の状態のままになってしまいますが」


「それは仕方ないだろう。今回の件はあんたが悪いわけじゃないからな」


「ありがとうございます。ただ、お一人だけ既におなくなりになっておられますがどうしますか? 生き返らせることはできませんので、そのままお帰り頂くことになりますが」


「死んだ!? 誰が?」


「男子生徒といっしょにいた教師の方ですね」


「ああ、そいつはいいや、そのままにしておいて。ちなみに何で死んだの?」


「魔樹と呼ばれる木に取り込まれて栄養分となり、新しい木になりました。そのままでよければそうしておきますね。本当にこの度のことはもうしわけありませんでした。私から謝罪させていただきます。ですがあの子はまだ子供で善悪の判断がつかないのです。できたらあまり責めないであげてください」


「責めるだろ!! 何の情報も無しにいきなり誘拐されて、クリア方法もわからねえとか無理ゲーにも程があるだろが!!」


「それは本当に申し訳なく……」


「まあ、あんたを責めても仕方ないけど、もうこんなことさせないようにしてくれよ」


「あの子にはよく言って聞かせます。貴方には2度も世界を救って貰ったのになにも返せずに申し訳ありません。せめて私の加護をつけさせてもらいますね」


「えっ? いや、別にいらな――」


 武藤は最後まで言うことが出来ずその場から消え去った。

 

 

 

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