第163話 姦しい

「それでリイズ。お主なぜ黙っておった?」


「そもそも今回の件は色々と不自然なことが起こっているのよ」


「ふむ。どういうことじゃ?」


「魔王を倒した時、お兄様は一度元の世界に帰っているのよ」


「なんじゃと!?」


「召喚された時に戻されているから、魔王討伐にでていた時間は経過していない。その状態でつい最近最近また呼ばれたらしいのよ」


「……まさかまた魔王が?」


「それはわからないわ。今それを私達も調べているところよ」


「そうか。つまり勇者を倒したものであるが、今は勇者ではない。そういうことじゃな?」


「そうよ」


「ふむ。そういうことならば盟約については確かに違反していないとも言えるじゃろう」


「そ、そうで「じゃが」」


「お主、余を謀ろうとしたな?」


「……わ、私は何も言ってないわよ?」


「いくら我が男女の機微に疎いとはいえ、危うく引っかかるところじゃったわ」


(もう少しだったのに)


 リイズは舌打ちしたい気持ちを必死に抑えていた。リイズとしては既に懐妊している以上、別に武藤が他の女に手を出すことにそこまで忌避感があるわけではない。だが目の前のこの女に対してだけは、なぜか負けたくない気持ちが強い為、素直に認められないのである。

 

「大方、自分の相手として公に認めさせる為にあえて勇者と公表したのじゃろう? そもそも余が来ることを想定していなかったな?」 

 

「……」


「あれほどの戦闘を見せねば、誰も興味など惹かずにうまくことが運んだのじゃろうが……」


 魔力を開放しなければヒルデもアフトクラーティラもそこまで興味を示さなかったであろう。リイズとしても武藤が内包している魔力を把握しておらず、まさかそこまでとは思ってもいなかったのだ。しかも武藤は魔法が得意ではないと思っていた為、単純な物理的な戦闘力で圧倒するはずだと。そう思っていた。勇者の力を見せつけ、周りに認めさせて自分の王配とする。リイズの計画は武藤が本気を出した結果、脆くも崩れ去った。

 

「あれほどの強さを持ちながら、無駄に威張り散らさず、倒れたものを助け起こしておったのう。人としてもできておる。顔も好みじゃし……」


 そうしてヒルデは武藤の顔を見ながら舌なめずりする。

 

「!?」


 武藤はそれを見て思わず悪寒が走った。

 

「のう、勇者殿」


「な、なんでしょう?」


「余はこれでも国を統べる者でな。どうしても跡継ぎ問題がでてくるんじゃよ」


「大変ですねえ」


「そうじゃろう? じゃが相手がおらん。帝として生きておる以上、恋だの何だのと現を抜かしたりはしておらぬ。じゃが立場から見ても現状、余の国に相手となるやつがおらん」


 これがただの王女であればまだ相手がいた。だが現在は国を束ねる者である。と、なればリイズと同じくそうそう見合う相手なぞいないのだ。

 

「そこで勇者殿じゃ」


「え?」


「各国に認められ、強さも申し分なし。そして実績もある男前じゃ。余の相手にふさわしい」


「ちょっと!! お兄様は勇者の実績はあっても今は勇者じゃないわ!! 盟約の対象ではないはずよ!!」


「ならば勇者ではない平民をお主は夫とするつもりかえ?」


「ぐっ!?」


「くっふっふ、策に溺れたな。お主が夫として勇者殿を公に認めさせた時点で、他者も勇者殿の伴侶となる対象となる。詰めを見誤ったな」


 勇者でなければリイズの伴侶になれず、勇者だとリイズ以外とも婚姻が可能。結局、勝負は勇者に対して他の女が興味を示すかどうかだけであった。そして武藤はリイズにとって最悪の形で力を示してしまったのである。


「そもそもお主は既に孕んでいるじゃろうに、なぜそうも他者を排除する?」


「そ、それは……」


「まあ他国の強化につながるようなことをさせたくないのは、為政者であれば当然じゃが、お主のは違うじゃろう?」


「……」


「大方自信がないのじゃろう?」


「!?」


「と、なると勇者殿は女らしい体つきが好みということかのう」


「!?」


 的確に答えを出し続けられリイズは焦る。

 

「そうであれば、この無駄な肉にも意味があったということじゃな」


 そういってヒルデは豊満な己の胸を持ち上げる。

 

「!?」


 もちろん武藤はガン見である。恥も外聞もなく、たゆんたゆんと揺れるそれに釘付けであった。

 

「お兄様?」


「!? ……ちゃうねん」


「何が違うのよ!! おっぱい見てたでしょ!!」 

 

「……見てしまうのは男の性というものでそれは「お兄様?」ごめんなさい」


 武藤は素直に謝った。

 

「たかが服の上から胸を見たくらいで何を怒っておるんじゃ。そもそも勇者殿はお主のものではあるまい」


「私の夫ですぅ」


「まだ違うじゃろ。どうじゃ勇者殿。こんな嫉妬深いちんちくりんより余のほうが魅力的ではないかの?」


「誰がちんちくりんだこの垂れ乳が!!」


「た、垂れてなぞおらぬわ!! どちらが表か裏かわからぬお主にはわからんじゃろうがな!!」


「言ったな!!」


「言うたわ!!」


「「がるるるるるるぅ」」


 仲良さそうに言い争う2人を見て武藤も思わず溜息がもれる。どうしたものかと。

 

「あらあら、お二人はおいそがしそうですし、勇者様は是非とも私達とご休憩を「「待ちなさい!!」」」


「何ちゃっかりとお兄様を連れ出そうとしているの!!」


「余のものをかすめ取ろうとは笑止千万じゃ!!」 

 

 結局、魔導国も加わりその場はただひたすらに各国女王達による喧騒で騒がしくなるのだった。

 






一方その頃、森にる男子生徒達は一向に女子生徒達が見つからず苛立っていた。


「クソっどこいきやがったんだ!!」


「こんなことなら女子と離れて独立なんてしなきゃよかったぜ」


「もう少しで長谷川のあの胸を好きにできたってのによ」


「俺は委員長のほうが好みだな。あの清楚な感じをめちゃくちゃにしてやりたいぜえ」


 1組と2組の陽キャグループの男達は互いの妄想を語り合いながら未だにいなくなった女子生徒達の手がかりを探していた。


「合法的にやれるとかいわれて高橋の口車に乗ったのが間違いだったぜ」


 そもそも男子生徒達を女子から離したのは教師である高橋の思惑である。


「まあ仕方がないさ。彼奴等とは一緒にいなかった山本さん達はまだ近くにいるかもしれない。そっちを探そう」


「いいねえ。山本さん行けると思ったんだけどなあ。急に彼氏がどうとか言いだして、今じゃまともに話すこともできやしねえ」


 1組の陽キャグループの男達、小林と佐久間は魅了が解かれた百合からは遠ざけられていた。もちろん一緒にいる女神グループも同樣であり、それはまさに1組では男子禁制の触れられざる禁忌となっていた。故にそのグループとよく一緒にいながら女神ではないとされており、男子生徒達とも交流のある長谷川がいの一番に狙われたのである。


「こっちだって変わらねえよ。いくら逃げたからってあの態度はねえよ。熊なんか相手できるかってんだ」


 2組の陽キャ男、越智義雄は一人愚痴っていた。彼らは2組ではトップカーストであり、皇達3人ともよく話をしていたのだ。それが熊から逃げた後はまさにゴミを見るような目で見られており、完全に見限られたことが越智達にもこれ以上ないくらい理解できていた。


「あー松井のあのでっかいおっぱい揉みたかったなあ」


 そういって越智は手をわきわきとさせながら妄想する。既に武藤がこれ以上にないくらいに揉みまくっている事も知らずに。


「あんなでかいのどこがいいんだよ。それより加賀美のほうがいいだろ」


「あんなぺったんこのどこがいいんだよ」


「馬鹿。小さいほうが感度がいいんだよ。それにすげえ顔がいいだろ?」


「まあ確かに顔はいいな。気は強いけど」


「そこがいいんだろうが。気の強い女がベッドの上だとおとなしいとか最高じゃないか!!」


 そういって越智の友人であり、2組陽キャグループの1人、玉木淳は熱くに加賀美について語った。現実では武藤が同じことをベッドの上で堪能しまくっている事も知らずに。


 

「クソっ絶対見つけてやる!!」


 高橋は1人森を歩いていた。もちろん逃した女子生徒という獲物を捕まえる為である。


「くそっ邪魔な木だ」


 森の中を歩いているツタが足に絡まっていた。


「くそっ歩きにくいったらありゃしねえ」


 手に持ったナイフでツタを切りつつ、歩を進めるがいつもと違うことに気がつく。切っても切ってもツタが絡みついてくるのだ。


「なんだこれは? !?」


 気が付いたときにはもう遅く、高橋は両手両足をツタに絡まれ宙吊りにされていた。


「な、なんだこれは!!」


 必死に叫ぶも当たりには誰もいない。ただ高橋一人木に宙吊りにされているのだ。


「ぐっ!? 何だ?」


 気がつけば両手に木が刺さっていた。


「なんなんだこれは!! 誰かっ助けてくれ!!」


 必死に抵抗するも高橋は全く動くことも出来ず、木によってどんどん体から何かを吸われ続けていた。


 これが香苗がこの森に来て怯えていた理由である。魔力の高い地域に生えている木は長い年月をかけて稀に魔樹と呼ばれる木になる。普通は魔力を帯びただけの木であるが、特定の場合にその性質が変化するのだ。それは生態系の変化である。


 この森は肉食獣がいない。にも関わらず草食の動物が多い。するとどうなるか? 動物が食べられない草以外がなくなる程に草食動物が繁殖してしまうのだ。なにせ天敵がいないのだから、餌がなくなるまで無限に増え続ける。でもこの森はそうなっていない。その答えが魔樹である。


 魔樹は一定数まで草食動物が増えるとそれを自らが狩り、己の栄養分とする。今回の場合は魔力を持っていない動物が一気に増えた為、草食動物の繁殖のしすぎと捉えられたのである。

 

 これまで学校の生徒達は運良く魔樹の近くに足を踏み入れていなかった為、魔樹に気づかれることはなかったのだが、今回焦った高橋がその場所に足を踏み入れてしまったのだ。


 この森の魔樹はその種類によってターゲットが変わる。種類によりターゲットがウサギであったり鹿であったりとその対象が変化するのだが、幸いにも拠点近くの魔樹は鹿等の大型草食獣がターゲットの魔樹しかいない。その為、子供である生徒はターゲットから外れ、大人である高橋が優先的にターゲットとなった。


 魔樹には心はない。捕まえた対象から生命力を吸い取り続ける。時間をかけて殺さないようにじっくりと限界まで生命力を吸い取り、それと同時に魔樹自身の樹液を体内に流し込む。完全に人としての生命活動が停止した後、その生物だったものは意識を持たないがまるで幽鬼のように一人で歩き、どこかで停止した後、新たな木となるのである。


「!?」


 ツタが口から入ることにより喉が塞がれ、高橋は声すら出せなくなった。そのまま高橋は人知れず魔樹の一部となった。新たなる木として生まれ変わる為に。

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