第162話 盟約


「……」


 その後、闘技場から戻った武藤を迎えたのはリイズ達以外からの沈黙であった。見れば震えている者が多く、共通しているのは全員が決して武藤と目を合わせようとしていないことである。

 

「勇者様のお力、誠に素晴らしきものでありました」


 そんな中、リイズ達以外で唯一武藤を見て直接相対してきたものがいた。魔導国の面々である。

 

「お気に召していただけたのでしたら幸いです。手加減はしたのですが力加減がわからず……」


 照れくさそうにそう告げる武藤に対し、魔導国の王アフトクラーティラは顔をひきつらせる。

 

(あれで手加減!? ぜ、全力だと一体どうなってしまうの!?)


 先ほど、自身が気絶しなかったのが奇跡とも言えるほどの圧倒的な魔力を浴びているのだ。それが実は手加減されていたものだと知らせれれば、魔導が何より優先される魔導国を率いる者として思うところもあるだろう。魔導の力とは即ち魔力の多さに比例するものであるからだ。

 

 魔導とは魔導国における魔法である。魔力を用いた技術である為、魔導国では魔法ではなく魔導と呼んでいる。そして魔力は基本的に女性の方が高い。なぜかといえば、オーラ以外に肉体に直接溜め込むことができるからだ。その為か、操作も男性より遥かに簡単に行うことが可能である。故に魔導国の軍事面におけるトップ層は基本すべて女性なのだ。

 

 その為、魔導国での婚姻は婿入りが基本である。魔力、オーラが高く、知的レベルの高い男性を婿にいれる、もしくはその種をもらって後継者として育てるというのが、上層部での一般的な婚姻であった。すなわち……武藤は魔導国のトップ層において極上のターゲットなのである。ちなみにそのことを諸外国の者は知らない。なぜなら魔導国はかなり閉鎖的な為、そういう情報が外に漏れないのである。

 

 

「是非、勇者様と魔導についてお話したいですわ」


「魔導?」


「こちらでは魔法と呼ばれているものです。私達の国では魔導と呼ばれております」


「ああ、そういうことか。でも魔法についてって言われてもなあ」


 武藤の魔法を説明しようとすると、どうしても現代科学や地球におけるオタク文化についても説明する必要がでてきてしまうのだ。さすがの武藤もまずいかもと躊躇した。

 

「おや? あまり興味がないと?」


「いや、あまりよくわかってない部分も――」


「まあ、まあ!! 私、魔導についてならとても詳しいのです。私で良ければお教えしますよ? できれば静かな場所で、じっくり、ねっとり、手とり足取り腰とり……」


「こらあ!! んっんっ失礼。アフトクラーティラ殿。私の夫を誘惑するのはやめていただけないでしょうか?」


「これはこれはリイズレット陛下。この度の集まりは勇者様のお披露目であり、婚約でも結婚でもなかったはずですが?」


「いえいえ、既に内々に婚約しておりますれば、現在式の発表を準備中ですわ」 


「ふむ……魔王を討伐できる勇者の血を1国で独占とは、さすがに盟約違反かと思われますが?」

 

「ぐっ」


 リイズはいたいところを突かれて思わず怯む。通常、勇者は魔王を倒すと元の世界に帰るが、稀に帰らない場合も存在する。その場合、大体その国の王族と結婚するが、その血を独占してはならないという盟約がこの大陸には存在する。なぜなら勇者の子はかなり高い確率で非常に能力が高くなるのである。これは単純に異世界人の血がこの世界では非常に優秀であり、いわゆる上振れの状態で能力が平均値よりかなり高くなるのだ。勇者のスキルは継承されることはないが、非常に高いステータスはそのまま肉体に宿るため、その子供は自然と能力の平均値が高くなるというのが過去からの実績として存在している。

 

 勇者の子供は優秀であるという話は過去からずっと伝わっており、その血を巡って戦争が起きることもしばしばあった為、各国で盟約を代々かわしてきたという歴史があるのだ。たとえ国が滅んだとしても、魔王と勇者いう存在がいる限りその言い伝えが途絶えることはなく、今もなお語り継がれている。

 

 魔王が現れた場合、大抵どこの国も優秀な人材が多数亡くなるのが普通である。下手したら滅びることもあることから、魔王討伐後はどうしても各国で優秀な血を取り入れる必要がでてくる。魔王討伐で一番活躍したものは誰か? 必然的に勇者の血が求められることになるのだ。

 

 ではなぜ先代勇者である吉田が煙たがられていたのか? それはあくまで勇者として血が求められるのは魔王を倒したもの・・・・・・・・である為だ。まだ何も為していない吉田の場合、ある意味ただの先物取引に過ぎないのである。


 対して武藤は実際に魔王を倒している。軍隊的な全滅といえど騎士団で生き残っていた者はいた為、武藤が魔王を倒すところ、即ち天を貫く光の柱を直接見ていたものは多数いるのだ。その為、武藤は真の勇者としてグランバルド王国に伝わっていた。

  

 

 現在、魔王討伐から既に5年も経っている。しかも勇者が帰ってきたのはイレギュラーである為、盟約はかなり曖昧なところではあった。リイズからすれば内密に結婚しても良かったのだが、大国グランバルドの女王の王配である。さすがに内密に進めるわけにもいかない。だがどこの馬の骨ともわからない結婚なんぞ諸外国が認めるはずもない。何せ王太子すら差し出そうとしている国すらあるのだ。

 

 そんなところがそこらの平民と結婚しましたなんて言っても納得するはずがない。押し通すこともできる力はあるが、さすがにそこまで面子を潰されると戦争待ったなしになる可能性が高い。そして現在グランバルドはかなり戦力が乏しいのである。それがバレるといくらグランバルドといえど周りから攻められる可能性が高い為、勇者のお披露目をしたのである。

 

 ちなみに結婚、婚約を発表しなかったのは盟約の為だ。盟約では勇者本人に正妻を選ばせると明記されている。それを勝手に婚約、結婚をしたら間違いなくリイズが正妻となる為、それを口実に攻められても文句はいえないのだ。

 

 リイズの誤算は要注意の帝国にだけ対策をしておけばいいと思っていたことである。魔導国がまさか魔力の高さで外から婿を取り入れているなんて情報はリイズにはわたっておらず、ノーマークだった獣王すら武藤のあまりの強さに己の娘に武藤をあてがおうとしているなんて想像もしていなかったのだ。

 

(この女狐、間違いなくお兄様を狙っている!!)


 もちろん魔法に長けている者に魔導国の面々が興味を示すということくらいはリイズも知っている。だが以前いた時、武藤はほとんど魔法を使っていなかったのだ。実際は体内に作用する魔法を重点的に使用していた為、城では誰も気が付かなかっただけであり、実際の魔王との戦闘時は凄まじい魔法を使用している。

 

 リイズとしては戦闘に魔法を使わない武藤なら魔導国の面々が興味を示すことはないだろうし、獣王国についても王が男であり、武藤が人族である以上興味を示すことはないだろうとタカを括っていたのである。その結果、気がつけば周囲の国々が本気で武藤に狙いを定める羽目になってしまったのだった。

 

 

(まずいわ。お兄様に言っておかないと)


 見れば魔導国の女王アフトクラーティラは非常にスタイルがいい。事実、武藤がチラチラを視線を送っていることにリイズもアフトクラーティラ本人も気が付いている。これがヒルデにバレると大変なことになる。内心リイズは非常に焦っていた。

 

(なんとか打開策を……)


「ふむ。勇者殿。一つ聞いてよいか?」


「なんでしょう?」


「アフトクラーティラ殿は勇者殿からみて魅力的か?」


 ヒルデに問われ武藤はじっくりとアフトクラーティラを見る。

 

「大変魅力的だと思います」


「お兄様!?」


「ほう。では余はどうじゃ?」


「……素晴らしいの一言です」


「!? そうか……リイズ、貴様余を謀ったな?」


「ぐっ!?」


 あっけなくバレてしまいリイズは焦る。

 

(アフトクラーティラさえ居なければこんなことには!!)

 

 武藤に盟約について話をして、口裏を合わせておかなかった時点で完全な作戦ミスであったのだが、実際アフトクラーティラが居なければ作戦はうまくいっていた為、あながちその逃避は完全に間違いとは言い切れないのだった。

 

「まさかとは思うがリイズ。お主盟約について話しておらんな?」


「ぐっ、わ、忘れていたのよ」


 勇者ではないといえば、自分に有象無象が寄ってくる、勇者であるといえば盟約で迫られる。リスクとリターンを考えて勇者と発表することにしたリイズだが、盟約については他国が覚えていない可能性も考えて、あえていわなかったのである。今のタガが外れた武藤なら美貌で知られる各国の王族に会えば手を出しかねない為だ。自分達が捨てられることはないであろうが、それでも不安は残ってしまうのが人という生き物なのである。

 

「盟約?」


「勇者殿。魔王倒した勇者は嫁を何人でも娶ってよいのだ。たとえ相手が王族であろうとな」


「!?」


「無論、無理矢理は駄目じゃが、断る女はおらんじゃろう。何人でも孕ませていいんじゃ。無論子供は国で面倒を見るからなんの問題もない」


「!?」


 あまりに夢のような提案に武藤は思わず一瞬、気を失いそうになる。今のところ出会った王族の女は美少女しか居ない。これを全て孕ませていいなんてどこの詐欺だと言わんばかりに美味しすぎる話である。そんな男のロマン溢れたことが王族公認で行えるのだ。これが地球なら武藤も躊躇ったであろうが、異世界であるため、武藤の倫理観は既に吹っ飛んでいた。

 

 たとえ異世界でもこれがリイズ達が妊娠前だったのなら武藤もリイズ達を優先したであろう。だが既に懐妊しており、城での行為も禁止されているのである。そこで見目麗しい王族達からのお誘いである。武藤の心が揺れるには十分であった。

 

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