第161話 思惑
誰も動けなくなった闘技場で、武藤はそのまま世紀末覇者のように天に向けて拳を突き上げた。
その一撃は曇天を突き抜け、曇っていた空が闘技場の上だけ不自然に円形に晴天となり日がさした。
ちなみになぜ武藤がそうしたかといえば、戦うために右手に魔力をためていたからである。振るう前に決着してしまった為、それを開放するよう上へと放ったのだ。
だがそれをしっかりと見ていたものは少なく、リイズ達と獣王、そして魔導国の面々以外は倒れていたため、勇者の力の一端を知ることはなかった。
(あれが勇者。魔王を倒すわけだ)
プルプルと震えて恐怖と戦いながら、獣王は内心自分が戦うと言わないで良かったと安堵していた。勝ち負けではなく、獣王という存在が、人前でだらしなく地にひれ伏すなぞ決して認められないからだ。
(内密になら是非とも戦いたいものだ)
強さが何よりも求められる獣王国。武藤の強さは獣王をして怪物としか呼べないものであった。
獣王国は種族による差別は存在しない。個人の強さに全てが委ねられる国なのだ。故に人族であろうとも強ければ敬われるのである。だが基本的に獣人は武器を使用しない。故にいくら強くても武器を使用する人族から血を入れるようなことはこれまでなかった。しかし武藤は違う。武器を使っていないのだ。
(欲しいな。アレの子供が強いかどうかはわからんが、血は是非とも一族に入れておきたい)
獣人は基本的に人族と子供を作ることは可能である。獣人の男は獣に近い見た目をしているが、女性は耳と尻尾があるくらいで人に近い見た目である。生まれる子供は基本的にはどちらかの種族になるが、稀にハーフのようにそれぞれの特性を持った子供が生まれることもある。だがハーフは獣王国の歴史を見ても歴史上数人といったレベルである為、見たことがある者のほうが稀である。
天を貫く一撃を見た獣王はなんとしても武藤の血を取り込もうと思案を巡らせるのだった。
「うう、大変な目におうたわ」
倒れる程のめまいから漸く開放された女帝ヒルデは、なんとか倒れ込んだ体勢を持ち直した。
「お主ら無事か?」
「これが無事に見えるなら陛下も相当なものですよ」
「うぷっまだ吐きそう」
「もう吐くものすら残ってないけどな」
「無事なようじゃの」
軽口を叩く10剣達にヒルデは軽口で返す。
「で、あれをどうみる?」
ヒルデの質問に10剣は全員同時に同じ言葉を返した。化け物です……と。
「魔力を使わないで剣を振るジークを投げ飛ばすとか、意味がわかんねえです」
「聖剣開放したジークを魔力だけで圧倒するとか……なんなんすかあの人」
「いくら連携が取れないだろうからってジークと7爪同時に相手にして、かすることすらできないってめちゃくちゃすぎでしょ」
「陛下には悪いですけど、あれと戦えって言われても俺っち逃げさせてもらうっす」
10剣のメンバーはそれぞれに感想を述べるが、総じて感じていたのは戦いたくないであった。
「じゃろうなあ。余ですら欲しいと思う前に震えたくらいじゃからのう。生まれて初めて恐怖というものを感じたのかもしれん」
今まで全てが自分の思い通りになってきた女帝ヒルデ。当然魔物と戦ったことも数え切れないほどある。その初めての戦闘ですら恐怖というものを感じたことがなかった女帝をして、今回の武藤は生まれて初めての恐怖という感情を与えた。
ヒルデはなまじ自身が強いのと、あまり遠出ができない身分も相まり、そこまで圧倒的に強い敵に遭遇したことがなかった。要は圧倒的な強者による命の危険にさらされたことがないのである。そんな経験は殆どのものがしたことがないのが普通なのだが、今回のそれをここにいる全員が体験してしまったのだ。ちなみに武藤は今回殺気を混ぜていないため、失禁している者はいなかったが、殺気を混ぜたらもっと大変なことになっていただろう。
「眉唾かと思っておったら魔王を倒した勇者とやらは本物じゃったか。しかしあれは制御できんじゃろ」
「同感です」
「人質とか取らないと駄目じゃないっすかね」
「いやいや、あれを敵に回すような行為はだめでしょ」
やいのやいのと10剣達は武藤に対する対策を話し合う。周りに聞こえるのもお構いなしだ。
「……リイズ」
「……何よ」
「お主、あれをどうやって制御しとるんじゃ?」
「制御も何もお兄様は私の夫よ? お兄様は家族には優しいのよ」
「どうせ形式だけの夫婦じゃろうが」
「違うわよ!! ちゃんと愛し合ってるんだから!!」
「平民と王族がそんなわけないじゃろ!!」
「そんなわけあるもん!!」
そういってリイズは自分のお腹に手を当てる。
「!? お、お主まさか……」
「ふふんっそういうことよ」
勝ち誇ったようにドヤ顔を披露するリイズにヒルデは固まってしまう。
「お、王族が婚姻前に!? なんというふしだらな!!」
「別にいいのよ。この国のルールは私なんだから。それより王族は血を残すのが優先なの。だから私は優秀な王族ってわけ。それで貴方はいい人はいるの?」
「うぐっそ、それは……」
この世界において王族で10歳を過ぎても婚約者すらいないのは非常に珍しい。生まれる前から決まっていることすらあり得るのが王族なのである。しかし、ヒルデには相手が居ない。本人が選り好みしているというのもあるが、立場的に釣り合う相手がいないというのも理由の一つである。なぜなら国内の有力な貴族は全て粛清済みで生きてすらいないのである。
これでヒルデが男であれば、他国から嫁がせるという手もあっただろうが、女性である以上それもできない。だが他国から王配を迎え入れるというのはあまり歓迎されることではない為、現状どうしようもない状態であった。
そこに降って湧いた勇者の降臨である。情報を得たヒルデはこれ幸いと勤しんで呼ばれてもいないのにグランバルド王国へと足を運んだのが今である。
(まさかこのちんちくりんが既に勇者殿のお手つきとは……まさか勇者殿は幼女愛好家か?)
リイズは決して育ちがいいわけではない。もちろん肉体的な意味だ。にも関わらず既にはらんでいるということは、勇者がリイズに対して欲情しているということでもある。それはつまりそういう体型の者に欲情するということにほかならない。
ヒルデはそう分析し、自分の胸に手を当てる。
(こんなものあっても邪魔なんじゃが……)
大きいのである。それはもうたわわに実っているのである。手に収まりきらないそれを見て、これでは勇者はなびかないであろうとヒルデは溜息をついた。
ヒルデの溜息を見て、内心汗をかきまくっているのがリイズである。
(牽制は出来たわね。これで引いてくれればいいのだけど)
リイズは知っている。武藤が大きな胸に弱いことを。それはもう執拗にディケとエウノミアの胸を攻めることから武藤の恋人達の間では周知の事実であった。だからといって胸が小さい子をないがしろにすることはない。同じように愛するが、胸に対して攻める時間が圧倒的に少ない。ただそれだけである。
(この戦闘狂は見た目だけはいいのよね。お兄様にかかわらせないようにしなくては)
パーティーの時、ヒルデの視線の一瞬の隙をついて、武藤の視線がヒルデの胸にいっていたことをリイズは知っている。メイド隊にヒルデがいたら間違いなくいの一番に襲われていただろう。ヒルデはそれほどの美貌とスタイルを兼ね備えているのだ。
(さすがにゲロ吐かされたあげくに既に他の女王を孕ませてる男。しかも幼女愛好家と勘違いしている相手に手を出すようなマネはしないでしょ)
勇者の力を見せつけつつ、自分との仲をアピールするというリイズの作戦は今のところ概ね成功といえた。
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