第160話 魔力濃度
「くっくっく、これで勇者殿の力を測れるのう。で、どうじゃったジーク?」
現在まだパーティーの最中だが、ヒルデはベランダで優雅に酒を飲みながら控える男に声をかける。
「強さは全く感じ取れませんでした。剣士の動きではありませんね」
「そうか。余も全くわからなんだわ。ただガルガンドのやつは強いといっておったのう。明日が楽しみじゃ。どちらが正しいか、あやつと賭けでもしてあやつも我のものにならんかのう」
自らの敬愛する女帝の企みにジークは内心溜息を付く。ものすごく優秀であり、自身を見出してくれた恩人ではあるが、才能のある人材を前にすると、どうにもおかしくなってしまうというこの悪癖さえなければこの方は完璧なのに……と。
「明日は頼むぞ、ジーク」
「おまかせを」
そんな思いをおくびにも出さず、ジークは優雅に礼をした。
「で、勇者を見てどう思った?」
同じ頃、パーティー会場の片隅で肉を喰いながら獣王ガルガンドは側近2人に声を掛ける。
「強そうな雰囲気ではありましたね。詳細は私にはわかりませんでしたが」
そう答えるのは重王国7爪の1人、楯無のカルカリムである。熊の獣人である彼は獣王よりも体格が大きい割に性格は穏やかであり、獣王国きっての良心とも呼ばれている。
「いやいや、なにいってんの? 化け物だろあれ」
「ほう。バルはそう感じたか」
バル。重王国7爪の1人、爆砕のバンバラルのことである。カルカリムと同じ熊の獣人であるが、カルカリムとは違い非常に好戦的であり、戦場で孤立したあげく逆に相手を全滅して平然と帰って来るくらいには戦闘能力が高い。
「表面的には全く強さを感じなかったけど、逆にそれが不気味すぎる。殺気をぶつけてみたけど全くの無反応。普通は少しくらいは何かしらの反応を見せるんだが全く気にもとめてなかった。だったら女王の方にって思った瞬間、あいつ……こっちを見てたんだ。怒るでもなくただ淡々と。あっ死ぬって思ってそこで思いとどまった」
「貴方一国の王になんてことしようとしてるんですか!?」
「まだやってねえんだからいいだろ」
言い合う側近2人を見ながら獣王ガルガンドは考える。
(バルは脳筋だが馬鹿ではない。そのバルをして化け物と言わしめるか……)
獣王のバルへと戦闘での信頼は厚い。それこそ側近の7爪の中でも随一である。そのバルが怖いと言ったのが帝国10剣のうちの何人かと魔導国6杖の1人であり、化け物と称された者は今までに1人も居ない。
「……カリム、バル」
「何でしょう?」
「あん?」
「明日戦ってみるか?」
「……なんでこんなことに」
翌日の昼。武藤の姿は城下町にある闘技場にあった。もちろん夜には拠点に戻って恋人たちを抱き潰してきている。
「お兄様、思う存分やってしまって」
そういって鼻息を荒くするリイズに武藤は言葉がでなかった。
「この戦いは勇者様の、ひいてはこの国の未来がかかっておりますので、どうかそのお力を見せつけてください」
「おおげさだなあ」
「決して大げさなことではありません。ここで勇者がそこまで脅威ではないとわかれば、この国が狙われることでしょう」
「……わかった」
そうなればもちろん自分の子供が危うくなる。武藤はディケの言葉の続きを想像して了承の言葉を返した。
「勇者最強。見せつける」
そうって武藤を見つめるエウノミアを見て、武藤はそれなりの本気モードの準備に入るのだった。
武藤が闘技場の舞台へと出ると、同時に反対側の入口から男が3人入ってきた。
「はじめまして勇者殿」
「どうも」
金髪の偉丈夫と武藤は気安く手を上げて挨拶をする。
「……貴殿が本当に勇者なの……か?」
「違うよ」
「え?」
「俺は偽者だ。本物じゃない」
「なんだと……じゃあなぜここに出てきたのだ?」
「リイズに頼まれたから……かな」
「……複雑な事情があるようだな。なるべく怪我はさせないように倒してやろう」
「おっと待ってくれ」
「ん?」
「俺達も混ぜてくれないか? 聖剣」
「……どういうことだ?」
「俺達も噂の勇者殿と戦いたいから順番を決めようって話しさ」
「あーだったら同時でいいぞ」
「は?」
「え?」
「今なんと?」
何を言われたかわからず、3人は三者三様に武藤の言葉に返す。
「だから3人同時でいいって。君等それなりに強んだろ?」
「!?」
「ほう」
「へえ」
武藤の煽りにもやはり反応は三者三様であった。
「俺に勝てると?」
「でも問題があってさ」
「ああん?」
「俺さ……弱いものいじめって好きじゃないんだ」
「!?」
ちなみにこれは武藤いつもの天然ではなく、わざとの煽りである。
「上等だあ!!」
「ちょっっ!! バル待っ――」
獣王の側近の1人であるカルカリムも静止も聞かず、バルこと爆砕バンバラルは武藤へと飛びかかっていた。
「!?」
しかし、バルは気がつけば宙を舞っていた。
「くっ!?」
回転し、なんとか足から着地する。およそ熊の巨体とは思えない身のこなしであった。
「何だ? 何が起こった?」
武藤は合気道のように相手の力を受け流して投げ飛ばしたのだ。ちなみに天覇雲雷流にそんな技はない。武藤が盗賊相手に腕試しをしていた中で自力で編み出した技である。
「他の2人もお好きにどうぞ?」
そういって武藤は構えつつ右手を差し出し、手のひらを上に向けかかってこいと手をクイクイと動かした。
「!? アルトムンド帝国10剣が1人、聖剣ジーク参る!!」
そういって金髪の男、ジークは剣を構えて武藤に飛びかかる。
「がっ!?」
しかし、武藤は最小限の動きでそれ躱して、カウンターでジークを殴り飛ばした。そして地面に倒れ伏すジークに告げる。
「あー言い忘れてた。俺は勇者じゃないけど魔王を倒したのは本当だ」
「なに?」
「改めて名乗ろう。天覇雲雷流正統、ムトウ。俺に本気を出してほしかったらせいぜい力をみせろ」
国に名だたる強者たちに対し、武藤は圧倒的に上から目線で見下した。
「ならばこちらも名乗りましょう。獣王7爪が1爪、楯無、カルカリム。いざ参る!!」
そういってもう1人の熊の獣人が武藤へと襲いかかる。武藤はその巨体から繰り出される爪を受け流しつつ腹に一撃を加える。
「お?」
「かかりましたね!! ふんっ!!」
手加減したとはいえ武藤の一撃に全く怯むことなく、カルカリムは受け流された反対の手で再び襲いかかった。
「ほいっ」
「!?」
今度はそのまま力を流されてカルカリムはバルと同じく宙を舞っていた。
「ぐっ!?」
「ん?」
叩きつけられたカルカリムが声を上げたことにより、武藤は違和感を覚えた。
(俺のパンチは今の衝撃よりも上だったはず。それを平然としていたのに今の投げでダメージ受けた)
武藤は一瞬の内に今の戦闘のことを考える。
(仮説はいくつかできた。あとはどれが正解か……だな)
わずか1秒にも満たない時間で武藤はカルカリムのことをほぼ見切った。
「カル!! くそっ!!」
カルカリムが倒されたことで再びバンバラルが武藤へと襲いかかる。しかし最初の繰り返しのように受け流され、投げ飛ばされてしまう。
「くそっ!! どうなってやがる!!」
この世界には素手で相手と組みあってどうこうなどという戦闘は存在しない。基本的に人は武器を持つ為、素手でどうこうとせず、武器を持たない獣人はその爪等があるため、いちいち組み合ったりはしないのだ。武藤達の師匠のような武術家はオーラと魔力を用いる為、結局獣人と同じように打ち込むことが基本である為、やはり組み合ったりはしない。つまりこの世界において武藤の使う人の力を利用するという技術は未知の武術であった。
「ふっ!!」
間髪いれずにジークが襲いかかる。武藤はその剣すらも素手で受け流し、剣を振るジークすら宙に舞い上がらせた。
「ぐっ!!」
生まれてはじめて背中から落とされたジークは思わず苦悶の表情を浮かべた。
(馬鹿な!! 一体何をされた!?)
あまりの出来事にジークは一瞬何が起こったのかわからず混乱する。
(投げられた? 剣を振っている私を!?)
現在の状況から自分に起こったことを冷静に分析する。どうみても先程獣人達がされたことを同じである。ならば信じられないことではあるが、自分は投げられたのだ。
(なんという技量。これが天覇雲雷流)
皆伝に至るまでにほとんどの弟子が死亡するという伝説の武術。故に師範クラスを超えた者たちはすべからく人を超えているという。
(しかもこの男は正統といっていた。なるほど、化け物だ)
帝国10剣最強の男、聖剣ジークは相手の技量を正確に理解した。剣と拳の違いはあれど、間違いなく自分を大きく上回っていると。
「失礼しました。どうやら貴方を侮っていたようです。勝てないまでもせめて本気を出していただかねば陛下に申し訳が立ちません。全力で胸を借りさせていただきます」
起き上がりながらジークは武藤にそう告げつつ、剣に魔力を通していく。
(ふむ。剣が魔力を増幅するか。聖剣というか魔剣だな)
武藤はジークの持つ剣を分析する。魔力に反応して輝いているが、性質的には魔剣と呼ばれるものだと正確に見抜いた。
(魔力を吸って切れ味に変えるタイプか。魔力での防御は無意味だな。吸っている魔力は……あの鎧にはめ込まれた魔石か)
女は体に直接魔力を蓄えることができるが、男はオーラに混ぜ込まないと蓄えることができない。そしてそれはオーラの量に比例するため、通常はそれ以上の魔力を溜め込むことはできないのだ。だがジークはそれを超える魔力を剣に流し込んでいる。と、なれば魔力を貯蓄している物があるはずだ。
通常この世界の男は魔力を扱うために魔石を持ち歩いている。予備タンクのように使う為だ。武藤が地球で魔力を結晶化させて持ち歩いているのもそのためである。
ジークは白銀の鎧をしているが、その胸に大きな赤い宝石のようなものが散りばめられている。武藤はそれが魔石だとすぐに見抜き、それが魔剣に流れ込んでいることに気が付いた。
(戦いの中で装備品の魔力を動的に操るか。並の技量ではないな)
通常魔力は体内にある魔力を操作することで使用する。それは男も女も一緒である。魔石は戦闘後、魔力を補充する時に使用するものだ。しかしジークはそれを戦闘中に動的に使用している。それはつまり魔石を保持していれば、それだけで自身の魔力として戦闘中使用できるということである。それは戦闘という面において圧倒的に有利なことであった。なにせ自身のオーラ量に全く関係なく上限を無視して魔力を使用できるのだ。はっきりいって反則とも呼べる技術であった。
(まあ俺もできるんだけどね)
もちろん武藤も可能である。が、武藤はその技術を普段は使用していない。なぜかといえば地球に帰ってから習得した技術であるため、使用する場所がなかったのである。だが、武藤はそれより以前にそれとは他の技術を習得している。
「じゃあ俺もちょっとだけ本気を見せよう」
そういって武藤は隠していた魔力を開放した。
「「「!?」」」
それだけで闘技場に居た武藤の相手の3人は膝が崩れ落ちるのを必死に堪えるだけの状況になった。
「な、なんなんだ……それは」
「――!?」
「は、ははは」
やはりここでも三者三様の反応であった。
武藤の発した魔力。それは武藤が地球でためている魔力玉と呼ばれるもの3つ分の魔力であった。
武藤が魔王を倒すために開発した技術。それは魔力圧縮。即ち魔力濃度の調整である。通常、魔力とオーラは1対1で混ぜ合わせる。だが武藤はこれを魔力3に対してオーラ1という比率にしているのだ。普通の人間なら魔力濃度が濃すぎると魔力酔いと呼ばれる状態になり、立つことすらおぼつかなるのだが、武藤は過酷な修行により、平気で10倍以上の濃度でも生活できるようになっていた。ちなみに現在の3倍という濃度は魔王を倒した時の比率である。
「魔王を倒した時はこんなものだったな。さて、やるかい?」
武藤の言葉に3人はついに倒れ込み、立ち上がることで出来なかった。
圧倒的な魔力は闘技場の舞台だけでなく闘技場全体を覆い尽くしてもまだ足りないほどに広がっていた。それは観客席も同樣であり、そこは阿鼻叫喚となっていた。何せ通常は自分のオーラ量の1.2倍以上の濃度で酔うとされているのである。それが武藤のオーラ量の3倍濃度なのだ。意識を失わない者などいるはずがなく、ほとんどの人間が倒れ込んでいた。
「さすが勇者様。容赦ない」
VIP席で妊婦であるリイズやディケ達を結界で守るエウノミアがつぶやく。
「えっとどうなってるの?」
「勇者様が魔力を開放した。結果は周りを見ればわかる」
そうして周りを見れば女帝ヒルデどころか護衛の10剣ですらうずくまってえづいていた。
反対側の隣りにいる獣王はさすがであり、腕を組んで座っていた。が、額に滝のような汗をかいており、膝がプルプルと震えていることからかなり無理をしていることが分かる。ちなみに隣にいた7爪達は10剣と同じようにうずくまってえづいていた。
唯一リイズ達以外に無事……と呼べるかどうかはわからないが、顔色は悪くともえづいていない者たちがあった。魔導国の面々である。彼女たちは普段から濃度の高い魔力に慣れているため、かろうじてえづくのは耐えていたのである。倒れているが。
各国VIPの面々の阿鼻叫喚の地獄を見て、さしものリイズも焦った表情をする。
「……これ大丈夫かな?」
「姫様がやっちゃえっていったんですよ?」
「まさかこんなことになるなんておもわないじゃない!!」
「最初のうちは見事な戦いだったのですけどねえ」
「お姉ちゃんを孕ませるわけだね」
ディケ達もまさか自分達を大幅に超える魔力を内包していたとは思っても見なかったのだ。
今回の戦いは勇者の力を知らしめるには十分であった。いや、十分過ぎる結果となったのであった。
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