第158話 不人気迷宮
翌日。早朝から武藤は城へと出向いていた。もちろん夜は恋人全員をダウンさせているのは当然である。
「じゃあいくぞ」
「え?」
訓練場で朝から訓練をしていたエドを荷物とともに連れ出し、武藤は高速で空を飛んでいく。
「……ここは?」
「恐らくいちばん人気がない迷宮だ」
連れてきたのは西の森の中にひっそりと佇む迷宮であった。
「まさか未発見の迷宮ですか!?」
「いや? 普通に見つかってるぞ。ただ人気がないから誰もいないんだ」
「人気がない?」
「言ってみれば分かる」
そういって武藤はズカズカと迷宮に足を踏み入れる。そして部屋のようになっている場所へと入る。
「……なんですかあれ? ゴーレム?」
一緒に入ってきたエドの眼の前には木で出来た人のようなものが立っていた。
「おれはここを人形迷宮と呼んでいる。正式名称は知らん。あの人形のゴーレムみたいなやつしかでてこないんだ。あれはここで一番弱い木人くんだ」
「なら随分と楽なのでは?」
「じゃあ戦ってみたら?
そう言われてエドは剣を構えて木のゴーレムに斬りかかる。
「!?」
カキンというまるで金属にぶつかったような音がして剣が弾き返された。
「ここの敵ってさ。硬すぎて基本的に斬撃が効かないんだよ。よっぽどすごい剣なら切れるのかもしれんけど」
武藤がなぜ知っているのかと言われれば、師匠に連れてこられたからである。
「ど、どうやって倒せばいいんですか!?」
「殴れ」
「え?」
「素手だと怪我するからオーラを纏って殴れ」
「くっ!?」
エドは言われるままに剣を捨て、オーラを拳に纏わせて木人を殴った。木人はぐらつくが倒れなかった。
「練りが弱い。もっと濃度をあげて強化しろ」
「自分騎士なんですが!?」
文句をいいつつもエドは必死に木人の攻撃を避け、反撃する。
「はあ、はあ」
およそ5分の戦闘を終えてエドはなんとか勝利した。
「お前はまず基礎が出来てない。戦場で剣がなくなりました。だから戦えませんなんて通じるわけないだろ。だからまず己の身1つから鍛え上げるのが筋ってものだ」
「剣がなくなったら普通は逃げますが」
「後ろにリイズが居てもか?」
「!?」
「騎士ってのは守る者だろ。守る者ってのはな、勝たなくてもいいんだ。その代わりどんな状況でも絶対負けたら駄目なんだよ」
「!!」
武藤の言葉にエドは頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
「勇者様の仰るとおりです。俺は騎士としての覚悟がありませんでした!!」
「わかればいい。以前初歩は教えたけどお前は全然オーラの収束が出来てない。みてろ」
そういって武藤はエドと歩いていき、次の部屋へと進むと今度は木人が2人立っていた。
「奥に行くにつれてだんだん数が増えていくから」
そういいつつ武藤は無造作に部屋の中央へと歩いていく。もちろん武藤に気が付いた木人が武藤に襲いかかる。
「え?」
エドはその瞬間が見えなかった。武藤が木人2人の間をすれ違ったと思ったら2人の木人の胸に穴が開いていたのだ。
「こいつらは頭か胸のどちらかに魔石があるんで、それを砕けば動かなくなる。どっちにあるかはオーラを見ればわかる」
「……動きが全く見えなかったんですが?」
「……お前騎士だろ。あれくらい見えないのか?」
「勇者様を基準にしないでくださいよ!! 勇者様は騎士団が壊滅する森を散歩気分で歩くじゃないですか!!」
武藤のあまりの強さに思わずエドは叫んだ。
「オーラは色々と応用が効く。お前に教えたように体に纏うだけじゃなく、手や足にだけ纏うこともできる」
そういって武藤は足にオーラを纏う。
「全身に纏うよりもオーラが少なくてすむし、蹴るときだけに使えばそこだけ威力が跳ね上がる。さっきのは足に収束させて移動した後、手に収束させて胸を貫いた」
「オーラを一部だけ強くする……そんなことできるんですか?」
「やってるだろ?」
「……」
実際見せられてエドは黙った。
「殴り方とかは教えてもあんま関係ないんよ。結局その人の最善の方法を見つけるのが一番いいからそれは自分で見つけてくれ。ちなみにオーラの部分強化はうちの流派じゃ基礎だから。じゃあとりあえず5階層まで素手で攻略ね」
「……それって可能なんですか?」
「余裕余裕。でてくるやつは素材が変わるだけで基本は木人くんと同じだから。部屋の外にでれば追いかけてこないから危なくなったら部屋からでろ。ちなみに鉄人くんは27号までしかでてこないから。著作権の関係かなあ」
そんなことを呟きながら武藤はエドに無限に水が出る革袋を渡し、迷宮にそのまま置いて城へと戻った。
ちなみになぜ不人気の迷宮なのかといえば、倒しても宝箱がでず、その人形の素材しか落とさないからである。つまり木人であれば……木である。故に費用対効果が全く見込めず、武闘家の修行としてくらいにしか使われない迷宮になったのであった。
しかもこの迷宮は魔王の魔力を得ても暴走することがなく、人形は外に溢れ出てこないのだ。今ではこの迷宮の存在そのものを覚えている者もほとんど居ないため、当分はエドの貸し切りとなるのだった。
「お兄様、今晩パーティーが開かれます」
「はええよ!?」
城に戻るなりリイズからそう聞かされ思わず武藤も叫ぶ。
「しかたないじゃない。嫌な女が来ちゃったんだから」
「嫌な女?」
「いけ好かない嫌な女よ」
ディケを見ると苦笑している。どうやらリイズと合わない女のようだ。
「立場が姫様に似ているのです。アルトムンド帝国初代女帝、ヒルデ様は」
ヒルデはリイズと同じく末端の王族であった。しかも能力も平凡でいずれ嫁がされるだけの駒だと見られていた。それが皇帝崩御後に一変した。既に自身で構築していた各貴族とのつながりと自身で発掘してきた人材により凄まじい力を隠し持っていたのだ。後継者争いをあっというまに兄弟皆殺しで終わらせ、女帝として君臨したのである。なぜ初代かといえばもともとはアルタナ帝国だったのが、あっというまに隣国の大国であるトルトムンド王国を滅ぼし、アルトムンド帝国となった為である。
「形は違えど姫様も同じことをなさったと、ヒルデ様は姫様に大変興味があったようで」
それでリイズの即位式に来たことがあるそうだ。帝を名乗るものが直接他国に来るのは前代未聞だったらしい。
「あの性悪女が……」
リイズはそれを思い出したようで、今まででは考えられない表情で歯を食いしばっていた。
「そこでヒルデ様は姫様を鼻で笑ったのです。勇者様の力を運良く借りられただけで、お前の力ではないと」
「確かにその通りだけどさ!!」
ドラゴンにしろアーティファクトにしろエリクサーにしろ全て武藤のおかげである。商人との人脈も武藤からの伝手であるので、ほぼ全てが武藤からのものといって過言ではない。だがヒルデは違う。平凡と見せかけ影で凄まじい努力をしていた。偽名で仕事斡旋所組合にも登録しており、探索者や傭兵として働いたこともある。その時わずか10歳である。
そこで人材を集め自らの手駒を水面下で増やしていき、12の時に父親が崩御。その後、葬儀が終わるなり城に集まった兄弟を皆殺しである。帝国では後継者争いのたびに兄弟での争いがよく起きているが、過去これほど早く終わったことはないくらいには最短で決着した。元々帝国は優秀な者が引き継いでいた為、ヒルデの優秀さがそこで知れ渡ることで特に問題なく帝位を継ぐことができた。他の兄弟を支持していたものの殆どが既に粛清されていただけともいうが。
「そもそもあいつに連絡なんてしていないのに!! どうやってお兄様のことを知ったの!?」
武藤が再会して以来、ここまで感情的になっているリイズを見るのは初めてであった。
「お二人とも立場が似ているせいか、お互い気を許せるような悪友といった感じでして」
ディケの説明に武藤はなるほどと納得した。リイズは歳の近い友人がいなかった為、おなじような立場のヒルデと気があったのだろう。お互い一国の王である。お互いにしかわからない苦労もあるだろうし、共感できる部分もあったのかもしれない……と。
「そもそも帝国は隣接していませんしね。間にはうちと同盟を結んでいる獣王国がありますから戦争の可能性も低いですし、、気安く話せるのでしょう」
リイズも才能がないわけではない。むしろかなり優秀である。ただヒルデの才能が傑出しているだけなのだ。だがそれでもヒルデの話についてこられるのはリイズくらいであり、ヒルデとしても気の合う相手としてリイズを認めていた。故に軽口をたたきあうことくらいは平常なのである。
「絶対ろくなことしないはあいつ。お兄様も警戒してね。絶対なにか企んでるわ」
「はいはい」
大人びていたリイズの思わぬ子供っぽさを見て武藤は思わず笑みがこぼれた。
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