第156話 2つ名
「あれ? 誰かお風呂はいっ――武藤くん!?」
武藤が露天風呂にのんびりと浸かっていると川の方に女子生徒達が歩いていくのが見えた。この風呂は3方向を岩の壁で囲まれているが、川の方角にはなにもない。その為、川側からは除き放題なのである。
ちなみに声が届く距離ではあるが、少し離れておりしかも武藤は湯に浸かっているため、女子生徒からは武藤の裸はよく見えない。
「朝風呂いいなあ、私も入りたい」
「入ればいいんじゃない? シャワーは使えんけど」
「いいの!?」
「ちょっと京子、先に水入れでしょ!!」
「わかってる!! 急いで終わらせてお風呂いこっ!!」
武藤が給水用にキッチンに置いてあった樽を転がして、数人の女子生徒達が川で水を汲み、転がして帰っていった。このまま待っていたら混浴になるのだろうか。武藤はそんな期待をしつつもこれ以上地球での恋人を増やすことに恐怖を感じ、急いで風呂をあとにしたのだった。
その後、朝食の時間になるも武藤の恋人たちは起きてこない為、それ以外のメンバーでの食事となる。
「お味噌汁!?」
武藤が食材を大量に渡している為、今朝はそれを浸かった味噌汁が朝食であった。出汁もしっかりととってあり、少量であるがわかめも入っているシンプルな味噌汁だ。それに干し肉というおかしい組み合わせの朝食であったが、食うにも困っていた先日からすれば豪華すぎるほどに豪華なメニューである。
「……おかあさん」
一人の生徒がポツリと呟いた。味噌汁でホームシックにかかったのだろう。
「大丈夫だ」
「? 武藤くん?」
「少し時間はかかるかもしれないが俺が絶対に家に帰してやるから。今はキャンプとでも思って楽しんどけ」
武藤としては特に意識もせず自然に言った言葉だったが、それを聞いていた女子生徒達はぼーっと武藤を眺めて放心していたかと思うと、急に顔を赤らめて焦りだした。
「……かっこよすぎない?」
「あれはクリスさん達が惚れるわけだわ」
「……武藤くん素敵」
「例えクリスさん相手でもダメ元で参戦してみようかなあ」
「ちょっと長谷川さん達に話を聞いてみよう」
「??」
なぜか騒然としだした女子生徒達に武藤は首を傾げながら食事を終え、すぐに森へと調査に向かった。
「足跡がないし、中からも大きな気配を感じない」
森にある迷宮の入口で武藤は調査をするも特におかしい点が見つからなかった。他の迷宮も同じで近くにある全ての迷宮を調査しても何一つおかしいところが見つからなかった。
「一応報告しておくか」
武藤はリイズに調査結果を報告する為に城へと移動する。
「そう。と、なれば……」
「魔大陸ですね」
報告を受けるリイズとディケはそろって同じ意見のようであった。つまり魔王のいた隣の大陸が怪しいということである。
「体調はどうだ2人とも?」
「さすがにまだ変化はないわね」
「自覚症状もありませんね。本当にこの中に子供がいるのか、信じられません」
そういってディケは自身のお腹に手を当てる。
「無理はしないように」
「わかってるわ。それよりお兄様、近隣の貴族たちが既に集まってきてるわ」
「……なんで?」
「パーティーするって言ったでしょ。それよ」
「……早くても1ヶ月後とかいってなかったっけ?」
「そうなんだけど、ものすごく急いできたみたい」
それは勇者である武藤のせいではなく、リイズのせいである。この大陸を牛耳るグランバルド王国の女王自らの招集である。少しでも遅れようものならどんな目に合わされるのかわからないのだ。例え国王だとしても何よりも優先して行動せざるを得ないのである。しかも内容が謎とされていた勇者のお披露目ということであれば各国で最優先事項となるのも当然であった。
「それでまだ遠い国は時間がかかるだろうし、一足先にお披露目パーティーを始めちゃおうと思うの」
「……なんの?」
「もちろん勇者様のよ」
「……お披露目?」
「ええ、私の夫として」
「……服とか」
「もちろんもう出来てるわ」
武藤が来た翌日に採寸済みである。あれから約3週間。王家御用達の洋服店は人員交代制で連日連夜作業し通しで作成しており、先日ようやく完成したと報告がリイズの元に届けられた。
「お姉様達は他の貴族に狙われる可能性が高いからまずはお兄様だけね。準備は既にできてるから、パーティーはいつでも始められるわよ」
武藤が城にきてすぐに諸国には連絡が飛んでいた。そしてすぐに準備を初めていた為、パーティーの準備は既に万端であった。
「最低でも2週間は続くから」
「2週間!? ずっとパーティしてんの!?」
「夜はそうね。パーティーって基本的には外交の場なのよ。めったに集まらない近隣諸国の首脳陣が一斉に集まるのよ? そりゃあ話すことは多いでしょ。下手したら1ヶ月以上続くかも」
「いっ!? お、俺も参加しないといけないのか?」
「お兄様は最初だけでいいわ。初日にこれなかった人達にはあとで会って貰えればいいから」
「いいの?」
「魔王の残党みたいなやつらがきてるからそれを調べてもらってるっていえば、誰も何もいえないわ」
迷宮というのは、その恩恵も大きいが魔王復活時における危険性もはらんだ両刃の剣だ。ここに来ている国はほぼすべて自国に迷宮のある国である。迷宮とは魔王の魔力を吸い取ることで、魔王の力を削ぐ装置でもある。魔王が復活するとその力が迷宮に流れる量が膨大すぎて迷宮が暴走してしまう。そうなると魔物が地上に溢れて結果、国が滅びることになるのだ。
迷宮がある国というのは即ち武藤が魔王を倒さなければ滅んでいた国というでもあった。それは武藤に国を救ってもらったといっても過言ではない。故に勇者に対しては各国は強く出られないのである。
「とはいっても危ないことには変わりないんだけどね」
「危ない?」
「今、うちの国って結構やばいのよね」
「??」
なにせ王国を支える近隣諸国最強とも言われていたグランバルド騎士団が、魔王討伐の際に壊滅しているのである。諸外国にはまだ正確な情報が渡っていないため、現在まで侵攻されるようなことはなかったが、今回直接それを確認するという目的も諸外国にあることは明白である。
「後方支援していた部隊以外全滅だからね。今ようやく立て直してきたけど、それでも当初と比べてかなり弱いらしいわ」
リイズはそもそも元の騎士団の強さを知らない。関わることがそもそもなかったし、戦っているところを見たことがないので当然である。故に戦力の話をされても知識としてしかわかっていない。あとは新たに騎士団を束ねる騎士団長任せなのだ。とはいえ武力を束ねる団長に反逆の意思があるのかといえばそういうことはなく、元は平民出身でうだつの上がらない左遷組だった団長を武藤が見つけ、それをリイズに推薦したことによる大抜擢なのである。故に団長は武藤とリイズに大恩を感じており、2人に絶対の忠誠を誓っている。
「うちも他の国みたいに有名な2つ名持ちを作りたいところなのよね」
「なにそれ?」
「例えば帝国なら10剣、獣王国なら7爪、魔導国なら6杖なんてあるわね」
「……」
厨二病満載の名前に何が悪いわけでもないのに武藤はなぜか胸が痛んだ。
「まあとはいえ、お兄様の勇者って名前が一番有名なんだけどね」
「ぐっ」
そう言われると武藤はなぜかとても胸が痛くなった。自分から一言も勇者だと言った記憶がなかったのに、帰ってきたらなぜか勇者ムトウの名が独り歩きしているのである。武藤はなぜか途端にいたたまれない気持ちになった。
「お兄様、適当に何人か見繕って鍛えて貰えない?」
「……失敗したら死んでもいいなら」
「殺しちゃだめでしょ!! 鍛えるの!!」
そうは言われても武藤は師匠から死ぬほどの訓練しか受けたことがない。比喩でも何でもなく本当に死ぬほどの訓練である。実際は師匠がその場にいるときならば死の直前くらいで助けては貰えただろうが、一人で課題を持って修行中は両手の指で足りないほどには死にかけているのだ。
「じゃあまず手始めにエドを鍛えてよ。知り合いなら殺さないよね?」
「知り合いじゃなきゃ殺すような言い方やめようよ」
「でも死んじゃうんでしょ?」
「……」
そう言われると武藤は何も言えなかった。殺すわけではなく、あくまで相手が自分で死んでしまうだけといっても見殺しは殺すのと同義と取られるであろうことがわかっているからである。
「強くすればいいんだな?」
「そう。2つ名が付くくらいに」
これで言質は取れた。強くすればいいのである。何をとかどうやってとかは言われていない。ただ強くなればいいのである。
「わかった。しばらくエド借りるよ」
「パーティーがいつ始まるかもわからないから、毎日朝と夜は顔を出してね」
「了解」
そういって武藤はエドを探すべく城を探索し始めた。
「勇者様!?」
エドはすぐに見つかった。というよりか必ず訓練所にいるので探す必要もないのである。
「リイズ直々にお前を鍛えろとの勅命だ。すぐに7日分の食料を準備しろ。明日の朝出発する」
「!? 随分と急ですね。どこに行くんです?」
「今回は1から鍛え直す」
昔手ほどきした時は基礎の基礎だけであった。故にランニングや自重トレーニング、オーラの基礎等しか教えられなかったのである。
「勇者様自ら!? が、がんばります!! すぐに準備します!!」
そういってエドは走り去っていった。
「生き延びれるかなあ」
ボソッと呟いた武藤の言葉を聞いていたその場にいる団員達が思わずぎょっとした視線を武藤へと向けるも、武藤はそれに気づきもせずその場を去っていった。
「隊長大丈夫かな」
第1騎士団の隊員たちはただ不安そうな声を漏らすことしかできないのだった。
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