第147話 決別

「!? せ、先生!?」


「ん?」


 急に声が聞こえて中林が振り向くと、そこには何人もの男子生徒たちが集まっていた。

 

「その肉どうしたんですか?」


「捕れたのならわけてくださいよ!!」


「あー? お前らが言ったんじゃなかったか? 肉は獲ったやつのものだって」


「!?」


 男子生徒達はそういって女子生徒達から別れていったのである。

 

「それにこれは武藤が獲ったやつだからな。俺には分ける権利がない」


「武藤?」


「誰?」


 男子生徒たちは武藤という名に心当たりがない。2組の男もいたが、まさか自分のクラスにいる記憶にも残らない男のことだと思ってもいないのだ。

 

「というわけだ。頼むのなら武藤に頼んでくれ」


 そういって中林は食事に戻った。

 

 男子生徒たちは集まって相談を始める。

 

「武藤って誰だ?」


「そもそも女子生徒に武藤っていたか?」


「2組に武藤って男子生徒はいたけど顔も覚えてないな」


 ちなみに現在武藤はこの場にいない。しかも残った肉は回収済みである。つまり男子生徒たちはどうにもできない状態なのだ。

 

 しばらく相談した後、男子生徒たちは立ち去っていった。

 

「中林先生」


「高橋先生」

 

 食事が終わった頃、1組の担任である高橋が現れた。

 

「肉が捕れたのならわけていただけませんか?」


「捕れたのならわけたかったんだがな。儂らも分けてもらった立場なんだよ」


「分けてもらった? 誰にです?」


「生徒の1人だ。今は出かけてていないがね」


「……一人でこれだけの量の肉を? 先生、冗談が過ぎますよ」


「嘘でも冗談でもなく事実なんだよ。儂がそういうことを言わないと知ってるんじゃないか?」


「……」


 確かに高橋も中林の謹厳実直っぷりはよく知っている。例え仲違いしている相手だろうと、こういう場合に食料を独占するような男ではないのだ。特に生徒を見捨てるようなことは絶対にしない。ならば言っていることは本当だろう。高橋はそう判断した。

 

「誰です?」


「儂のクラスの武藤だ」


「武藤?」


 高橋には全く武藤の顔が思い浮かばなかった。むしろそんな生徒がいたことすら記憶にない。

 

「そもそも獲物を獲ったやつが食料の配分を決めるといって、出ていったのは君等のほうじゃなかったかな? 儂らはそれで3日程何も食べてなかったんだが、そんなところによくもまあ厚かましく顔を出せたな。呆れるを通り越してむしろ感心してしまったわ」


 食料がほしければ傘下に入れと言ってきたのは少し前のことだ。勿論傘下に入るというのは女子生徒を差し出せということである。直接は言わないがそれ以外の意味なんぞあるわけがない。最初のうちは溜め込んだ肉と芋でなんとかしのいでいたが、ここ3日程殆ど何も捕れない日が続き、女子生徒たちも限界が近づいていた。そこに丁度武藤の助けがあったのはまさに奇跡的なタイミングだった。後1日遅ければ、男子生徒の元に行っていた女子生徒たちがいたかもしれない。

 

 中林としては男子も女子も可愛い教え子なのだが、現在の環境において男子生徒を女子生徒と一緒にしておくのは危険と判断していた。そして本来なら男子を諌めるべき教師である高橋が、一番女子生徒に対する危険性をはらんでいることを中林は直感で理解している。

 

 故に現在も警戒しているのだ。高橋がもう日本に帰れないと決断を下し、最終手段に出ることを。

 

(このじじいがっ!?)


 高橋としては今回のことは完全に計算外のことであった。食事はなくとも人は一週間は生きられるというが、現代の女子高生がそれに耐えられるのかといえば、怪しいところである。そもそも中林がここ何日か獲物を捕れなかったのは高橋が指示を出して男子生徒達に妨害させていた為だ。全ては合法的に女子生徒を性的に食べる為である。

 

(いっそのことここで……!?)


 高橋がジャージのズボンに挟み服で隠してあるナイフに手を伸ばそうとした瞬間、中林の両隣にいた男達がすっと腰をあげたことに気が付いた。

 

「な、何だお前ら?」


「それはこっちの台詞だぜ」


「今。何しようとしたんだ?」


 吉田と光瀬は事前に話が出ていた高橋について非常に警戒していた。特に中林が害されることを武藤が予想していたので二人は念の為に警戒していたのだ。そして無駄にハイスペックな能力で高橋の不自然な動きを捉えた。ちなみに吉田も光瀬もナイフを持っているがしまっており、現在手には先が尖った木を持っている。人を殺害するには十分な獲物である。

 

(糞がっ!! なんでじじいの側に男子生徒がいるんだ。こいつら誰だ!?)


 陰キャである二人はあまり教師からも印象に残っていない。特に女子高生大好き教師である高橋の視線にはそもそも入っていないかった。

 

(くっ仕方ない。まだ時間はあるさ。焦る必要はない。もうこいつらは詰んでるんだから)


「まっそういうわけで武藤もおらんし、食料は分けてやれんのだ。すまないな高橋先生」


「ええ、そういうことでしたら仕方ありませんね。あっ長谷川、ちょっといいか?」


 高橋に呼ばれて長谷川はびくっと震えた。

 

「……なんですか?」


「ちょっと話があるんだ。こっちに来てくれるか?」


「嫌です」


「え?」


「もうそちらには行きません」


「どういうことだ?」


「もうそちらに行く理由がなくなりましたから」


「……後悔するぞ?」


「……」


 高橋に睨まれ、長谷川は一瞬体を震わせる。

 

「させませんよ」


 そういって長谷川の前に立ったのは東海林だった。 

 

「……東海林か」


 高橋がずっと狙っていた5女神はこちらにきた当初からずっとその姿が見当たらなかった為、現在高橋の最優先ターゲットは長谷川だった。女神に並ぶほどの美貌とテニス部のホープと言われるだけの引き締まった体。だが痩せているわけではなく出るところは出ている抜群のスタイル。そして勝ち気な性格と高橋が屈服させたい女として真っ先にターゲットにした女子生徒である。

 対して東海林の方も高橋の脳内ではターゲットとして長谷川と1、2を争っていた。2組の学級委員長として少々お硬いが、文武両道を絵に書いたような優秀な生徒であり、将来生徒会に入ることも示唆されているまさに優等生である。

 

 そんな二人を屈服させておもちゃにしたい。そしてあと少しでそれが実現しそうだったのだ。すぐに手をだすよりじっくりと楽しもうとしたのが失敗であった。特に警戒心が強いこの二人はじっくりと慎重にいこうとしたのである。

 

「女性を性の道具くらいにしか思っていない人のところに長谷川さんはいかせません」


「東海林さん……」


 つい朝まで敵対していた東海林が自分を必死にかばってくれる。そのことに長谷川の瞳が揺れた。

 

「道具だなんて酷いな。俺は本当にしんぱ「酒井先輩」!?」


 唐突に長谷川が会話に割り込んだ。


「話は聞いてますよ」


「……ただの噂だろ?」


「へえ、私はただ話を聞いてるっていっただけなのに、どこから噂なんて話になったのです?」


「……」


「私はそもそも噂なんて知りませんけど、どんな噂なんですか? 高橋先生?」


 もちろん知らないというのは嘘である。噂は女子生徒達の間では有名で、高橋が体育倉庫で女子生徒と密会をしているというものである。だが相手の生徒がわからないし、具体的な証言や証拠もない為、単なる噂として語られていた。そこに具体的に酒井先輩という言葉が出てきたのである。周りの視線どころか全神経は一気に二人に向けられていた。

 

「先輩はね。体育倉庫に行くときは必ず2人以上、できたら3人以上でいけっていうのを徹底していたわ」


「……」


「最初はなんのことだろうって思ってたけど、高橋先生にあってその理由がよくわかったわ。先輩は貴方を警戒していたのね」


「何を言っているんだい? 全く意味がわからないけど」


「先輩はね。ものすごく優しいんです。そりゃ厳しいことはいうけどあくまでプレイや態度のことであって、それ以外はすごく面倒見がいいんです。叱ることはあっても怒ることは絶対にない。憧れの先輩なんです。それが練習が遅くなった時に一人で体育倉庫に行こうとした時にものすごい剣幕で怒ったんです。まるで一人でいったら悪魔にでも襲われるんじゃないかってくらいに」


「……それで?」


「ある日、私落とし物をしちゃったんです。それで部活が終わった後、一人で体育倉庫に行ったんです」


「!?」


「見ちゃったんですよ。女子生徒を連れて貴方が体育準備室に入っていくところを」


「……」


「別に付き合ってるっていうんだったら、問題はあるかもしれませんがそこまで大げさな話じゃないと思ってます。でも違いますよね?」


「……何故そう思うんだい?」


「体育倉庫って通気口があるの知ってますか?」


「!?」


「ある程度声、聞こえるんですよ」


 長谷川のその声に高橋は明らかに焦ったような表情を浮かべる。

 

「お前は一生俺のおもちゃだから。飽きるまでは遊ばせてもらうよ。でしたっけ?」


「!? 高橋!! お前!!」


 長谷川の言葉に中林が激怒する。


「し、証拠がないだろ!! お前の証言だけじゃないか!! こいつが嘘を言ってるんだ!!」 


「たしかに証拠はありませんね。スマホに録音はしましたけど、はっきりとは聞こえませんし貴方の名前もでてきませんでしたから」


「ほら「でも」」


「貴方が昨日、私の胸を揉みしだいた事実は消えませんよ?」


「なんだと!? お前生徒に手をだしたのか!?」


「ち、違う!! そ、そいつが誘ってきたんだ!!」


「自分から行くわけないでしょ。貴方が男子生徒を使って食料を牛耳って、意のままに女子高生を合意の上という建前で襲いたかったんでしょ? 事実昨日私は襲われたわ」


「お、襲ってない!!」


「焦らすようにしてなんとか胸だけで済ませられたから良かったけど、他の子ならあっという間に最後の一線を超えられていたでしょうね。このままだとすぐにでも女子生徒全員が犠牲になりそうだったから、頭数を増やしてなんとかみんな最後の一線だけは超えないようにって考えてたんだけど……少なくとも私だけは今日にでも貴方に襲われてたでしょうね」


「!?」


 図星をさされて高橋は焦った。完全に自分の考えを言い当てられたからだ。

 

「私が貴方の所に行ったのは、自分のためじゃないわ。誰かが行かなきゃこのままだと女子生徒全員がおもちゃにされると思ったからよ」


「高橋、お前……」


「し、知らん!! 知らんぞ!! そんなこと俺は知らん!!」 


「おいっ待て高橋!!」


 既に先生という敬称すらつけず、若林は早足で逃げていく高橋を呼ぶが、高橋は振り返ることもせずにその場を離れていった。

 

「長谷川さん。ありがとう。高橋先生の噂は知ってたけどまさかそこまでだったなんて思ってなかったわ。今、みんなが無事なのは貴方のお陰ね。みんなを代表してお礼を言うわ」


「ううん、いいのよ。それに私のおかげっていうより食料を持ってきてくれた武藤くんのおかげでしょ?」


「勿論武藤君にも感謝しているわ。でも貴方が自分を犠牲にしてまで私達を守ってくれたことは事実でしょ。だからありがとう」


「!?」


 東海林のその言葉に長谷川はこらえきれずに涙を流した。それは自身が助かったという思いと同時に自分の行動が無駄ではなかったという思いからだった。

 

「今度からはちゃんと私達にも相談してね。きっと一人よりもできることは増えるはずだから」


「……うん」


 そういって二人の美少女が抱き合う姿は非常に美しかった。

 

「ええ話や……」


「きれいな涙をお前の汚い涙で汚すなや」


「ああっ?」


「あん?」


「大ちゃん」


「浩一」


「「あっはい、すいません」」


 恋人二人に睨まれ陰キャ二人はすぐに沈黙した。

 


「先生」


「なんだ?」


「明日朝はやくにここを出ます」


「どこへいくんだ?」


「女子全員で男子がこない新しい拠点に移動します」


「!? いつの間にそんなものを?」


「武藤が一晩でやってくれました」


「ジェバンニやめろ。一晩ていうか数時間だろ。一晩はまだ経ってねえ」


「……武藤ならあり得るか。確かにこのままここにいるのは危険だな。持てるものは全部持って明日の朝移動しよう。場所はわかっているのか?」


「方角は聞いています。まあ間違えたら武藤がくるでしょ」


 そうして女子一行は男子生徒たちとの決別を選択した。

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