第146話 ハンドパワー
「そうなると男子生徒達の暴走が怖いな」
長谷川のおかげで一旦収まった欲望が、これで再燃しかねない。
「街よりもよっぽどこっちのが安全なんだけど、今この森で一番危険なのが男子生徒達なんだよなあ」
勿論女子生徒を襲うという意味で、である。
「じゃあみんなの意見を聞いてみよう。全員下を向いて目を瞑って」
女子生徒達は全員武藤の指示通り下を向いた。
「今後の食料は俺が提供するってことを踏まえた上で聞きたい。このまま男子生徒達と一緒の生活圏で生活したいって人手をあげて」
「……」
女子生徒達は全員目を瞑って下を向いているから誰が手を上げているかわからない。だから周りに遠慮なく本心がでるかと武藤は予想していたのだが……誰も手をあげていなかった。これが本心からなのかが武藤は判断がつかなかった。
「顔をあげていいぞ」
その言葉で女子生徒たちは顔をあげて、近くの者と目を合わせる。
「全員一緒なら隠す必要もないからいうけど、手は誰一人あがらなかった」
仲のいい男子生徒とは居たいが、それ以上に危険のほうが大きいという懸念が先にきているのかもしれないと武藤は想像している。現状一番たいへんな食料確保さえできるのなら特に男子生徒は必要ではないのだ。
「ならこれからは中林先生と吉田、光瀬以外の男手は無しで、他の拠点に移動して生活するってことでいいか?」
「問題ないわ。みんなもいい?」
東海林がそう答えると長谷川も含めて全員が頷いた。周りからの長谷川に対する誹謗中傷等は起こらず、むしろ謝罪が多いようである。まあ実際は守ってもらっていたのだから無理もないだろう。
「そんな拠点あるのか?」
「目星は付いてるからこれから作る。明日の朝にでも移動すればいい」
「そんな時間で作れるのがおかしいんだけど、お前ならなんでもありだな」
「ああ、一応獲物は既に獲ってきてあるけど先生いないから帰ってきてから出すよ」
「もう獲ってたっていってたの本当だったのか!?」
「もう全部お前一人でいいんじゃないか?」
武藤の言葉に吉田と光瀬は呆れる他無かった。
その後、吉田達は武藤に言われ、女子たちに便器と洗濯板の作り方を教えていた。新しい拠点に設置する為である。もちろんできたら武藤に運んでもらうつもりだ。
「吉田君達って……なんかいいよね」
「威張り散らす男子よりずっといいよね」
「教え方も丁寧だし、怒らないし」
「ねー。心配もしてくれるし、彼氏にしたらすっごい大事にしてくれそう」
気がつけば二人はかなり女子評価が高くなっていた。この二人、別に顔は悪くないのである。ただ現代の地球では己の趣味にステータスを全振りしているせいで、そのスペックが日常生活に結びつかなかっただけなのだ。
それはつまり、ネットもないゲームもないここだと、その無駄に高いステータスが全て生活能力に注ぎ込まれるのである。
「あーそこは少し大きめに切っといたほうがいいな。余るのは後でいくらでも削れるけど足りないのは直すのが面倒だから」
「ヤスリは荒いのから順番にね。怪我に注意して。手を削ると大惨事だよ」
「……」
テキパキと指示をしている吉田達をハンターのような目で見つめる瞳がいくつか見える。岩重達がすごい目でそれらを威嚇しているのに吉田たちは気が付いていないだろう。ちなみに吉田達も結局先程牛丼を食べている。あまりに必死の懇願に武藤が根負けした感じだ。
「じゃあ後は任せる」
「おけー」
「いってら」
武藤はここを吉田達に任せ、一瞬で姿を消した。
「!?」
「……武藤君消えたんだけど?」
「どうなってるの? なんで消えるの? なんで牛丼持ってるの? っていうかどこからだしたの!?」
今頃になって漸く女子たちに武藤のおかしさが浸透しだした。
「お前らにこういう時に使ういい言葉を教えてやる」
「え?」
「武藤だから」
「??」
「大体何事も武藤だから。その一言で片付くようになる」
「……彼はそんな存在なのね」
吉田の説明に長谷川は一人、呆れた表情で納得した。
その武藤はといえば森の周りを囲う山の一つに来ていた。
「拠点から結構離れていて、尚且つ森まで少し距離があって川が近くにある。山に生物もいないし、完璧だな」
そこは拠点とするには完璧な場所であった。問題は何もしなければただの山の斜面であるということだけである。
「こっちにつくるか」
武藤は絶壁になっている部分に穴を大きな開けるとそれを斜め上にどんどん伸ばし螺旋状に上へと穴を掘っていった。
途中に大きめの空間をいくつか作り、そこには壁にいくつか穴をあけて光が入るようにする。蟻の巣上に適当に穴をどんどん作っていったが、十個目の部屋を作る時に、何十人も入れる部屋を十個も作っても使い切れないことに漸く気が付いた。
だが作ってしまったものは仕方がないとそれぞれの部屋に2つづつトイレまで作った。
「ダイニングも作るか」
拘る男武藤は、1階の横に大きな竈を作り、更に奥にはダイニングとなる大きな岩を置き、それを真横に切断し、あまった部分を収納した。石の机は床に直に座った時にちょうどいい高さであり、その断面は鏡のようにつるつるである。
竈の側には貯水タンクを起き、その向こう側にもう1つ入口を作るそこには坂道が外から続いており、樽を転がして貯水タンクの上まで運べるようになっている。こうすることで樽を持ち上げなくても貯水タンクに給水が可能となるのだ。
「あれ?」
夕方近くなって武藤は漸く意識が戻った。時間を忘れて無我夢中に拠点づくりをしていたのである。そこで漸く気が付いた。俺はなんでこんなに一生懸命クラフトしているのだと。匠のように使いやすさを重点的に素晴らしい仕事をしていた。それ自身はまあいい。だが全くかかわらない赤の他人の為に自分の拠点より大規模な工事をしていたことに頭を抱えていた。
「やりすぎた」
単に凝り性だっただけのことである。武藤は調子に乗るとどこまでも突き進んでしまうのだ。現在の拠点の時はある程度で香苗や百合達が止めに来ていたので現在の規模なのだ。そうでなければ巨大な城や砦が完成していたことだろう。
「……帰ろう」
武藤は現実を見ないようにして拠点へと戻った。
「おおっ武藤!!」
拠点へと戻ると中林が武藤を迎え入れた。
「先生獲物は?」
「ああ、残念ながらウサギ1匹しか捕れなかった」
既に森にいる動物達は人間を警戒している為、もはやウサギすらとるのが困難になってきているようだ。
「じゃあこれをどうぞ」
「!?」
武藤が収納から取り出したのは巨大なイノシシ……のような生物だった。
「寄生虫やノミ・ダニは除去済みで血も抜いてあるから後は捌くだけにしてある」
「おおおっ!? ってお前こんなでかいやつどこから出したんだ!?」
「あー確か親父が言ってた……なんだっけ……ハンドパワー?」
「おおっハンドパワーか。それならたしかに……ってそんなわけあるか!?」
珍しい中林のノリツッコミに周りの女子生徒達も思わず笑ってしまう。
「先生があんな活き活きしてるの始めてみた」
「武藤君と仲いいんだね先生」
「まさか……中✕ムトなの?」
「いやいやどうみてもムト✕中でしょ」
「あっ?」
「ああん?」
一部で険悪な空気が流れ出したが、比較的に穏やかな雰囲気である。
「それよりさばき方を吉田達と女子生徒たちに教えてやってください」
「おっおお、わかった」
「普段はどうやって調理してるんです?」
「各班毎に作った小さい竈でわけて肉を焼いてる感じだな」
「そうか。ならテーブルも作るか」
「え?」
武藤は唖然とする中林を尻目に腰の高さはありそうな石柱を机の足代わりに並べると、その上に先ほど新拠点でつくったテーブルのあまりの石版を置いた。その上にテニスボール大の石の正方形ブロックを徐ろに起いていく。ちなみに全て同じ大きさのブロックである。それを等間隔でならべておき、最後にその上に先ほどつくったテーブル用に切り出した岩の残りを薄く切った石版をその上に乗せた。かなり薄くきった岩は長さが20Mはある為、そこにおいたそれはまるで田舎の大家族用の巨大テーブルのであった。
そしてその下に薪を置いてもらい、武藤は固形燃料を一定間隔で薪の中にいれ、それと同時に新聞紙を紛れ込ませた。
「!?」
そして武藤がパチンと指を鳴らすとその新聞紙に一斉に火がついた。たった状態で丁度いい高さの焼き肉テーブルが完成である。
その光景を見ていた全員が言葉がでない状態であった。
「だからいったろ。武藤だから。これで大体思考が終わるようになるって」
「こういうことなのね。改めて理解したわ」
吉田の言葉に長谷川は漸く彼の言っていたことが理解できた。
ちなみに武藤はテーブルを作ったと思ったら既にその姿は見当たらなかった。
「猪は仰向けにして、喉元から股の所まで一気に切り裂く」
中林が生徒たちに見せるように猪を解体していく。
「胸は肋骨があるから気をつけて。特に腹は腹膜を傷つけないように慎重に」
そういって鮮やかな手並みで中林は猪を解体していき、気がつけば頭、肉、内蔵と綺麗に分解されていた。
「うっ」
何人かの女子生徒がその場を離れていった。えずいていたので恐らく吐いているのだろう。
「まあ慣れてないとそうなるのも無理はない。慣れていけばいい」
いきなり魚や鶏を通り越して最初から動物の解体である。初心者からすれば難易度が高いにもほどがある状態なのだ。こうなるのも無理はないと中林も理解していた。
「じゃあどんどん焼いていけ」
熱した薄い岩の板はまるで巨大な鉄板のようであり、肉を乗せる頃にはいい感じに熱せられていた。
「こっちに1組、反対に2組、出席番号順で座れ」
百合達と皇達がいないので、全員座っても十分余裕がある。
「!? まさかそれは!?」
ある女子生徒が取り出したのは昼に武藤が渡した七味であった。牛丼を食べた殆どの女子生徒は七味と生姜を残しており、勿論器も割り箸も貴重なので洗って保持してあり、現在それを使用していた。
「美味しいっ!!」
今までのただ肉を焼いただけから調味料が加わったことで、初めて調理されたものという感じの食事になったのだ。勿論牛丼を除けばだが。
「この生肉にも慣れてきたね」
ちなみに食事には必ず生肉も少量ずつ渡されている。これは血に塩分が含まれているため、塩分接種のために必要だと中林が決めたことである。その為、生徒たちはとれたて肉を刺し身で食すことにも慣れていた。
「下処理が完璧すぎて全く匂いがない。さすが武藤だな」
中林はしきりに武藤を褒めていた。肉の処理で一番面倒なのが血の処理なのだ。武藤は魔法を使って一瞬で血を消した為、全く匂いが残っていないのである。
「高級なジビエ料理でもここまで美味いのは食ったことがない」
中林は終始ごきげんであった。
「意外にいけるな」
「ちょっと味が足りない気もするけど」
陰キャグループである吉田達も今日は女子生徒たちと一緒に食事を摂っていた。むしろこちらに来てから初めてのサバイバル料理である。何せいつも武藤が持ってきたものを食べているのだ。
「恵ちゃん、私達舌が肥えちゃってたね」
「そうだね」
岩重と佐藤もどれだけ自分達が恵まれた環境にいたのか身にしみて理解した。
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