第145話 真相
「何故武藤くんは私達を助けてくれるの?」
「あいつは基本的に女に甘いんだよ」
「その分、男には厳しいけどな」
フェミニストほど無条件に意味不明に女性優遇したりはしないが、基本的に武藤は幼い頃からの父親の洗脳に近い教えにより、女は守るものと認識している。ちなみにその父親は幼馴染であった妻に小さい頃から武藤と同じように洗脳のまがいの教育を刷り込まれてそうなった。つまり元凶は武藤の母親だったりする。もちろん武藤の母も最初からそんなつもりで夫になる男を教育していたわけではなく、自分だけに優しい男にしようとしていたのだが、無駄に素直になれないツンデレのツンの部分が発動してしまい、女性全般に優しくしろと教育してしまった結果が現在の武藤につながっている。
「あいつは恩に着せるつもりはないけど、感謝だけはしとけよ?」
「やって当たり前とか思った時点で見捨てられるぞ。そういうとこは甘くないから」
「わかっているわ。いくらなんでもそんな恩知らずな真似はできないわよ」
東海林の言葉に周りの女子生徒達もうなづく。
「おーい」
「ん? 武藤? 早すぎないか?」
「ああ、獲物はとったけどちょっと今日は先に実験に付き合ってもらおうかなって」
「?? ってお前それは!?」
そういって武藤が手にしているものを見て吉田と光瀬は思わず叫んだ。
「「牛丼!!」」
そう。武藤が手にしていたのはお持ち帰り用容器に入った牛丼である。
「ぎ、牛丼一筋300年のあの!?」
「それはアニメ版だけだ。原作だとちゃんとCM通り80年になってる。そもそも明治に入ってからだからできて300年も経ってねえ」
「??」
コアすぎる話に女子生徒たちはついていけてなかった。
「ところでなんで牛丼?」
「お前ら女子高生が牛丼食べにいってるの見たことあるか?」
「あるわけねえだろ」
「そう。つまりそういうことだ」
「……全くわからんのだが?」
「つまり、腹が減った状態でこれまで食ったことがない牛丼を食べたら好きになるのか? っていう実験だ。これが成功した暁には牛丼屋に女子高生が入る光景が見られることになる」
「!? 武藤、お前天才か……」
「色々突っ込みどころが多いすぎてどこから突っ込んでいいのかわからねえ」
武藤の言葉に感動する吉田とあまりの出来事にツッコミが追いつかない光瀬。二人を尻目に女子生徒たちも何が起こっているのか全く理解できなかった。
「えーとまず、そもそも牛丼屋にいく女子高生を見たいってのがわからんし、帰れることが前提じゃないかそれ?」
「こまけえことはいいんだよ!!」
「いや、別にお前がいいんならいいけどさあ」
武藤の勢いに思わず光瀬も納得してしまう。
「じゃあ一人づつ受取に来て」
そういって武藤は女子生徒一人ひとりに牛丼と箸、そして生姜と七味を渡していく。
「て、卵はあるのか?」
「あるけどお前らの分の牛丼がそもそもないぞ?」
「「なんでだよ!!」」
血の涙でも流れそうなほど必死に吉田と光瀬は本気で叫んだ。
「好きなのがわかってるやつにやるのは実験にならんだろ」
「「……」」
「あ、あー俺牛丼そんなに好きじゃないんだよなあ」
「お、俺も嫌いだったわ!!」
「嫌いなものは無理にあげれないなあ」
「「!? お前は鬼か!!」」
武藤の容赦ない言葉に二人は思わず叫ぶ。
「先生……牛丼が食べたいです……」
「諦めたら?」
「せんせー!?」
外道な安西先生だった。
「お、お米だ……」
「おいしいよお」
武藤達のコントを他所に女子生徒たちは久しぶりに食べた米の味に涙をこぼしていた。ロクに食べられなくなって空腹の時間が増えてきた中、久方ぶりの日本の食事である。肉が得意ではない女子生徒も必死に牛丼を貪るように食べていた。
「食べたこと無かったけど、牛丼ってこんなに美味しかったのね」
「卵をかけるともっと美味しいぞ。飲み物になるけど」
「?? 飲み物がよくわからないけど今度牛丼屋さんに行ってみようかな」
「いいねえ、みんなで一緒に行ってみようよ」
そんな会話で女子生徒たちは盛り上がっていた。ただ誰もがいついけるかということだけは口にせずに。
ちなみに卵もあったが好みが分かれるため、今回は武藤は出すことはなかった。
「私こんなに食べたの初めてかも」
東海林の言葉に他の女子生徒達もうなづいく。少食の子も肉が嫌いな子もまんべんなく全員が完食である。並盛とはいえ少食の女子にはきつい量である。しかも昼に近いとはいえまだ朝と言える時間にも関わらず誰も米粒一つ残さなかったのだ。
「お腹一杯食べられるのって幸せなことなんだね」
「そうだね」
東海林の言葉は周りの女子生徒たちの気持ちを一言で表していた。
「そういえば中林先生は?」
「食料を探しに行くって」
本来なら女子生徒達は薪拾いらしいが、丁度その前に吉田たちが現れたということのようだ。
「男子の方に行ってる女子にも食料はわけられるって伝えられるか?」
「長谷川さんに?」
武藤の言葉に女子生徒達は嫌そうな顔をする。
「例え体を使ったとしても自分のできることで何かをしようとするのは凄いことだ。周りに強制しなければ俺としては問題ない行動だと思ってる」
「!?」
武藤の言葉に東海林は動揺した。
「私達も体を売れっていうの?」
「俺がいなきゃ多分そうなっていただろ? でもそれは間違いじゃない。じゃなきゃ娼婦なんて仕事は生まれないからな。だから長谷川って子はそういう決断が早い子なんだと思う。先を見通して自分の身体を犠牲にするっていう決断を出せるっていうのは凄いことだ。偶々今回は俺がいたから君たちは助かったってだけで、その子の判断は別に間違いはないってこと。だからその子が求めるなら俺は構わず助けるよ」
武藤からしたら即座に未来を見通して自分の体を売った長谷川の行動は称賛されるものである。武藤という存在を知らないのだからその決断は迅速でとても優秀だと思えた。故に運が悪かったということなのだろう。ここにいる子達は決断が遅かった為に偶々助かったというだけなのである。その為、武藤からしたら長谷川の方を先に助けるべきだと思っていた。
「わかったわ。私達も武藤くんに助けられた存在だしね。呼んでくるわ」
そういって東海林はその場を後にした。そしてしばらくすると長谷川が現れた。
「何よ話って。貴方達も加わるってことでいいの?」
「ちがうわ。ここにいる武藤くんが食料を提供してくれるから、男子に媚びを売らなくていいって話しよ」
「はあ? こんな眼鏡の陰キャがどうやって食料を提供するのよ?」
「普通に獲ってこれるぞ? 君は先を見通して男に媚びを売りに行ったんだろうけど、それは不可抗力だ。自分達で調理するのなら俺が獲物を提供するから、男子生徒達に媚びを売る必要はない。君が好きでそれをしているのなら止める気はないけど、どうする?」
武藤の言葉に長谷川は停止し、高速に思考を巡らす。
「……それで貴方の女になれと?」
「お断りします!!」
「え?」
武藤はここぞとばかりにあの有名なアスキーアートのポーズ、ヒゲダンスの手に片足をあげるあのポーズを決めた。
「君がそうなったのは不可抗力だ。なら助けられる力がある俺がある程度助けるのは問題ないだろう?」
「……どういう理屈? だから貴方に媚びへつらえって?」
「媚びを売る必要はない。自分のことは自分でしろ。俺はそれに少しばかり力を貸してやるだけだ」
長谷川武藤の言っていることが理解できなかった。
(こんなことをしてこの男になんの得があるの? ……!? そうか、食料提供になれさせた後、断れないように後から体を求めるのね)
「ちなみに体を求めるとかはあり得ないから。むしろ絶対やめて欲しい。そもそも他人の中古に興味ないし」
「!? ち、中古じゃないわ!! まだ新ぴっ!?」
武藤の言葉に思わず長谷川はとんでもないことを叫んでしまった。
「え? 体売ってたんじゃないの?」
「売ってないわよ!! 避妊もできないのにこんなとこでできるわけないでしょ!!」
それもそうである。スマホ以外の貴重品はそもそも持ってきていないのだ。そんな状況でコンドームだけ持ち歩くとか紛うことなき変態の所業である。
「え? じゃあ男にどうやって媚び売ってたん?」
「えっとその……む、胸を触らせただけよ。ちっ直接じゃないわよ!? ふ、服の上からだけ」
長谷川はそういって顔を赤らめた。
「あるえ? なんか話が思ってたのと違うんだが?」
「わ、私をどんなビッチだと思ってるのよ!!」
「でも遠からずそうなることはわかってるでしょ?」
「……でもしょうがないじゃない!! なるべく時間を稼がないと、いつ男子が襲ってくるかもわからないんだから」
長谷川の懸念も最もである。現在のここは完全に男性上位の社会なのだ。しかも下手したら無理を通せる程には男性が上級国民扱いになろうとしている。それを警戒する長谷川はやはり優秀なのだろうと武藤は長谷川のことを認めていた。
「なるほど。君は男子生徒の暴走を防ぐために、ある程度のルール作りと同時に息抜きをさせようとしたんだな? 危険が伴うから周りを巻き込まないために自身が体を張ったのか」
「!?」
「まさか……長谷川さん?」
武藤の言葉に長谷川は図星をさされたかのように驚愕の表情で固まった。それを見ていた東海林は武藤の指摘が本当なのだと確信した。
「ごめんなさい長谷川さん。私とんでもない誤解を……」
周りの女子生徒達が長谷川に謝罪をする。
「いいのよ。私も言わなかったし、時間を稼ぐ為に頭数を増やそうとしたのも事実だし」
「取り敢えず最悪の事態は避けられたようで良かった。それで君がそこまで懸念していたのは何かきっかけがあったはずだ」
「!? ……武藤くんだっけ? 貴方すごいのね。ええ、確かにあったわ」
聞くと女子生徒の中に作業中男子生徒にセクハラをされる生徒が増えてきたという。そこでついには一線を超えかねないことをされ、その相談を受けた長谷川がそれの対処に出たというのがことのあらましだった。
「なるほどね。そこは先生に相談するべきだったんじゃ?」
「今でも頼り切りなのにこれ以上迷惑をかけるのはどうかと思ったのよ。それに中林先生はかなり疲れているみたいで寝るのも早いし……」
もう一人の教師は男子生徒側の為、相談なんぞに行こうものなら逆に襲われる可能性が高いだろう。つまり長谷川にとっても苦渋の決断だったというわけだ。
「百合達が友達っていうだけあっていいやつだな君は」
「!? や、山本さんがそんなことを?」
「君が体を売ってるみたいな噂を聞いても間違いなくあれは信じてなかったよ」
「……そう」
そういって長谷川は嬉しそうに顔をほころばせた。
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