第143話 主義

「武藤、ちょっとおかしなことになってるかもしれん」


 武藤の爛れた生活が始まり2週間。メリッサに目を付けた貴族が、接触してくるようなこともなく、王城は平和で淫靡な生活が続いていたが、ある朝拠点に戻ると吉田がからそんな台詞が聞こえてきた。

 

「ちょっとお前の想定とは違うんだが……」


 そういって吉田の言葉を聞けばどうやら拠点の下にいる面々に色々と動きがあったらしい。

 

「……マジか」


「マジだ」


 思わず武藤がそう聞いてしまう程、拠点以外のメンバーの動きは武藤の想定とは異なっていた。

 

「まさか長谷川さんが……」


 そういって百合が困惑した表情を見せた。

  

 長谷川瑠美。1組で百合達トップカーストの次、所謂カースト2番手のリーダー的存在。そして百合達ともよく一緒に遊びに行っていた女子生徒の1人である。その長谷川が女王のようになっているとの話であった。

 

「食料を持ってくる男子生徒を篭絡して、貢がせているらしい」


「篭絡って……まさか」


「どこまでかはわからんけど、体を使ってるんだろうな」


「まあ、娼婦は人類最古の職業って言われてるくらいだしなあ」


「羊飼いじゃなかったか?」


「それは聖書かなにかの話じゃね?」


「そんなこと今はどうでもいいだろ」


 武藤と吉田が話していると光瀬がつっこんだ。この3人の話はよく脱線する為、誰か1人が突っ込み役にまわることが多い。

 

「いや、俺としてはだからどうしたって話なんだが……」


 武藤からすればそれは只の商売である。強要されている訳でもなく、自分で自分の価値を見出し、それを他人に供与することで利益を得る。日本なら風営法どころか青少年育成保護条例に引っかかるが、ここなら何の問題もないのである。

  

「そこだけなら俺もまあ、そういうこともあるかって終わる話だったんだが」


「違うのか?」


「どうやらそれで対立が起きてるらしい」


「え?」


「要は狩ってきたきた獲物は狩ってきた者達だけで食べるというグループと、みんなに分け与えて協力しようっていうグループだな」


「……まんま資本と共産じゃねえか」


「実際には1組のイケメングループと男子生徒が中心なのが長谷川のいる資本主義グループで、非力な女子生徒中心の東海林のグループが共産、いや社会主義だな」


東海林しょうじ?」


「……クラスメートの名前くらいおぼえとけよ」


「興味ないし。それより俺としては資本主義が普通だと思うんだけど」


「ここは武藤による王政というか独裁国家というか、歪な社会主義みたいなものだけどな」


 何せここはほぼ全てのものを武藤が提供している武藤とその身内のための場所なのである。陰キャグループが加われたのは偶々運がよかったからなのだ。


「共産主義ってのはある意味理想論ではある。それは本当にすべての人が平等な生活をしているという前提の上でのことだが」


「まあありえないねえ。絶対に一部特権階級が利益をむさぼるだろうからねえ」


 武藤の言葉に香苗が答える。結局のところ現代では社会主義と独裁政治は非常に近しい存在だからだ。共産主義ともなればもはや夢物語である。


「それが成立するのは今ここで武藤がしているように全てのものを1個人が提供している場合だろうな」

 

「未発達な文明でもなければ武力的な背景がない限り成立しないと思うぞ」

 

 吉田と光瀬がそういうと、周りのメンバーも頷いていた。社会主義や共産主義は基本的に言うことを聞かないやつがいたら終わるのである。なら言うことを聞かせる力が必要になるのだ。それは本来共産主義の定義にはあってはならないものだ。管理するものがいたらそれは社会主義であって純粋な共産主義という定義からはずれてしまうと武藤は考えている。故に理想論と武藤は言っているのである。

 

「金が意味をなさない現状だと物々交換でしか経済が成り立たない。現状食料くらいしか渡せるものなんてないだろう。しかも捕れるのはごく一部の者のみだ。そんなやつらからすれば苦労して取ってきた獲物を他人に渡すことに何の利点もない。助け合いじゃなくて浮浪者に一方的にたかられてるのと変わらんからな」


 武藤がそういうと吉田と光瀬も頷いてそれに続く。


「食料を捕ってきてない俺達が言えた事じゃないが、確かにそれは捕ってきてる者からすれば割に合わないだろうな」


「利益を考える時点で社会主義は成り立たないからな。そりゃ働かなくても食っていけるならだれも働かねえよ」


 生活保護支給日にパチンコ屋に行列ができるわけである。武藤の意見に吉田も光瀬も賛同した。

 

「というわけでそんなことで対立してるらしいんだけど、基本的に男子生徒は資本よりで一部を除いた女子が社会主義らしい」


「まあ自力で獲物が捕れない女子生徒からすればそうなるだろうことはわかるし、男子生徒がそう考えるのも納得ではある」


「でも捌けるのが中林先生だけだから、なんとか男子生徒の暴発は抑えられていたみたいなんだが……」


「捌ける生徒が出てきたと」


「まあそりゃ何度も見てれば覚えられるだろうな」


 それで捌ける人員ができたことで、中林先生に頼る必要もないってことで、狩りに出てる男子生徒達が長谷川のいう所謂資本主義に賛同しはじめたって訳らしい。

 

「人手が欲しいから中林先生も懇切丁寧に教えていたんだろうけど……」


「その結果が裏切りの引き金とはなあ。ままならんものだな」


「それで武藤はどうするんだ?」


「……そうだな。中林先生とそれに賛同する女子生徒達に獲物を捕ってきてやる。捌くのは自分達でやってもらって、その作った食料で自立生活をしてもらおう」


「一番大変な部分をお前がやる意味はあるのか?」


「現代の女子高生にこんなサバイバル生活を急にしろっていっても無理だろ。だから多少手助けはしてもいい。俺にとっては獲物を捕るくらいは普通の散歩と変わらんし。まあ男は知らん」


「お前男には辛辣だよな」


「関わり合いのない男助けて何の徳があるんだ?」


「女だって別に徳はないだろ?」


「女は守るものだろ?」


「「……」」


 武藤が本気で言っていることに気が付いて吉田と光瀬は言葉を詰まらせた。まさか武藤が父親から洗脳のように女性優遇の教育を受けているとは思ってもいなかったのだ。関係ない者には男女関係なく辛辣だが、助けを求める女性には基本的に助けようと動く。無意識で行っている為、武藤としては助けようとしていることに自身は気が付いていない。当たり前の行動なので助けているとも思っていないのだ。

 

「武君はごく自然にこうフェミニスト然とした行動をとるんだが、それがまた女性にとってはかなり……くるんだよねえ」


 香苗の言葉に周りの女性陣が全員共感するように「うんうん」とうなづいていた。


「全く下心なく恩に着せようとも思っていないからね」


「女性はそういうのがわかるからよけいにくるんだよね」


「しかも絶対に恋人を優先するところは変わらないから、一度恋人になれば安心できるんだよね」


 気が付けばワイワイと武藤の恋人達が武藤の良いところをネタに話が弾んでいた。陰キャグループはそれに加わることができずにただそれを眺めることしかできなかった。

 

「はいはい、そこまで」


 ある程度話が弾んだところで、パンパンと手を叩き香苗が騒がしい武藤の恋人達を諫めた。

 

「それで武君は獲物を捕ってきて提供するということでいいかい?」


「ああ」


「その中に男子生徒達は含まれていない?」


「いない。男なら自分で捕ってこい」


「うっ!?」


「ぐっ!? 流れ弾が……」


 武藤の言葉に吉田と光瀬が胸を抑えてうずくまる。2人も自分で捕ってきていないので強くは言えないのである。


「なら完全に派閥で別れてからの方がいいねえ。その辺りはどうなんだい?」


「元々男子と女子で拠点の穴が離れてるから、食事とかで共同の場所にいるってだけで一緒に生活してる感じではなかったらしいよ」


「男女で住んでる寮は違うけど食堂は共通みたいな感じか?」


「そうそう、そんな感じだと思う。それで食料が別々になったから食堂が使われることがなくなったって感じ」


「つまり既に完全に別の生活に分かれているわけか。中林先生は?」


「先生は捕れた食料を女子生徒達に分配してるから、基本寝る時以外女子生徒達と行動してるみたい」


「そうか。なら獲物を渡すから捌くのと調理を女子生徒達がやれば問題ないな。先生が教えるってことで」


「まあ武藤がそれでいいんなら俺らは何もいわんけど」


「水も薪も何もかも全部自分達で用意する必要があるし、結構大変だと思うけどな」


 中林先生の手前最低限は手助けするが、それ以降は生徒達が理不尽にどうこうされでもしない限り武藤は女子生徒達がどうなろうとも干渉しないだろう。例え女性でも身内でない者には最低限助けるだけで、無理なお願いなど受ける気はないのだ。まあ無理の判断基準がそもそも一般と武藤とでは違うが。

 

「大変といっても自分達のことだからな。そこは自己責任だろ。寧ろ一番の懸念事項の食事が担保されてて文句をいうならどうしようもない。見捨てても仕方がないと思う」


「武藤におんぶにだっこの俺達が言うことでもないけどな」


「でもお前らはこの拠点にいなかったとしても、やらずに文句だけいうなんてことはないだろ?」


「そりゃ生きる為なんだから自分達で食料の確保くらいはするさ」


「だな」


「なら気にする必要はない。お前らはやれるけど今はやる必要がないってだけだから」


「そういってくれるのはありがたいが、やはり他の生徒達に後ろめたい気持ちがないわけじゃない」 


「ならお前らも捌き方教えてもらって捌くの手伝ってやったら?」


「え?」


「お前らにとって何の利益もないけど」


「情けは人のためならず」


「は?」


「今、武藤がやってることもそれだろ。なら俺達もそれに倣って人助けできるならするよ」


「まあ俺達もお前と同じでクラスの女子とか、しゃべったことないけどな」


 そう言って苦笑する吉田と光瀬の2人。

 

「大ちゃんがいくなら私も!!」


「浩一がいくなら私もいく!!」


「百合達が城に行く前にお前らがちゃんとここに戻ってくるならいいんじゃないかな」


 恋人達は日中は拠点で過ごしているので、上からロープを垂らすことができる人員は多いのだ。

 

「それじゃ下りて先生達に説明しといて。俺は適当に獲物捕ってくる」


「わかった」


 そういって陰キャグループ4人は拠点から下におり、武藤は獲物を捕りに森へと飛び出していくのだった。

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