第142話 貴族
「メリッサ?」
「……」
そんな武藤の爛れた日々が続いたある日。リイズの侍従であるメリッサはとある男と廊下ですれ違った。普段1花の者は男性とほぼ接触することはないのだが、リイズに謁見する為にこの男が城に来ていた所、偶々遭遇したのだ。
「久しいなメリッサ」
「お久しぶりですキンディノス様」
「つれないな。前みたいにハミリと呼んでくれてもいいのだが」
「もう関係は絶たれましたので」
この男、以前メリッサの婚約者であった。メリッサが勇者に襲われて傷物になった途端に婚約を破棄し、現在2花にいるメリッサと同じ子爵令嬢と婚約したのである。
「確かに婚約関係はなくなったが、一緒に過ごした日々がなくなったわけではないだろう?」
「なくなりましたよ」
「は?」
「あっさりと貴方にも家にも捨てられた時点で、過去のことはもう捨てました」
「……そうか。積もる話もあるだろう。どうだ? そこの部屋で話でも」
「職務中ですので」
「そうつれないことをいうなよ。元婚約者だろう?」
「そうですね。
「……相変わらずだね君は。そんなんじゃいい男を捕まえる事はできないよ? まあ傷物を貰うなんて余程の物好きぐらいだろうが」
「ご心配なく。既に嫁ぎ先は決まっておりますので」
「は? お前のような傷物を? どこの物好きだ? いや、さてはそのことについて黙って話を進めているのか?」
「いえ、勿論ご存じですよ。無理矢理襲われたのは、魔物に噛まれたのと同じだから気にする必要はないと。貴方と違いとても器の大きい方ですから」
「……お前のような傷物を貰うなんてそいつも可哀想に。そうだ、俺が相手をしてやろうか?」
「はあ?」
「そいつに振られればお前はもう行き場がないだろう? ならそいつを満足させられるように俺が練習相手をしてやるといっているのだ」
「……結構です」
「いいのか? お前はその男を満足させられるのか?」
「とても満足していただいています」
「は?」
「毎日、朝から晩までそれはもう可愛がっていただいております。それこそ体が持たないくらいに」
「なんだと……」
貴族の婚姻とは基本的に女性は結婚するまで貞操が求められる。それ故に1花の面々は傷物として貴族男性から敬遠されているのだ。だからメリッサも貴族子女である以上、傷物とはいえ結婚まではこれ以上他の男に体を許さず守っていると、元婚約者であるハミリ・キンディノスは思っていたのである。
メリッサに久々に会ったハミルは、メリッサのその類まれな美貌と男をそそる抜群なスタイルを見て、非常に捨てがたいと思ってしまったのだ。どうせ貰い手はいないのだから、自分の妾にでもしてやろう。ハミリの欲望に塗れた思惑は大幅に外れてしまう。
「以前の糞勇者の時はただ怖いだけでしたが、ご主人様の場合は全く怖くありま――いえ、気持ちよすぎて怖いですね。しかも気絶するまで求めてくれますし。でもとても気遣って貰えているのがわかりますし、そこには確かな愛を感じます。これが女の幸せなのだと、生まれて初めて女で良かったと女神に感謝さえしました。そして私は強く思ったのです。どうしてもこの人の子供を孕みたいと」
そういって堂々と惚気るメリッサの表情はまさに初恋の乙女のように輝いていた。その姿はそれまでの貶められ、鬱屈とした状態とは真逆で、幸せに満ちていた。
その為かそれとも武藤との情事のせいか、メリッサの肌艶はまるで赤子のようにツヤツヤで、尚且つ満たされた女の余裕まで出てきたため、傾国の美女もかくやと言わんばかりに魅力的になっている。
傷物とはいえ元婚約者が自分以外の男の物になっていた。しかもとんでもなく美しくなっている。ハミルの心にはもっと早く手を出しておけばよかったという後悔の念が押し寄せていた。
「……結婚前に男に股を開いているのか。まるで娼婦だな。傷物のお前にはふさわしい。全く、汚らわしい女だ」
貴族にとって娼婦とは最低の職業である。メリッサをそう貶めることで、ハミルは自分の心を保とうとした。相手が娼婦なら誰と寝ても商売なのだから悔しくはない。たとえ美しくともその程度の女だったとあきらめることで、貴族男性としては心に折り合いがつくのである。
「そうですね。その汚らわしい女に手を出そうと、必死に口説く方がいてこちらも困っています。汚らわしい女等、放っておいて金輪際関わらないで頂きたいのですが」
「!? 貴様!!」
「あら? どうしました? 何かお心当たりでも?」
「ぐっ!? いや……なんでもない」
「そうですか。では失礼します」
「え? あっちょっ――」
メリッサは止める間もなくその場を立ち去っていった。
「くそっ!! 傷物の癖に生意気な!!」
ハミリは自身の想像を遥かに超える程、美しくなっていた元婚約者を見て冷静さを欠いていた。ハミリは忘れていたのだ。元々メリッサが非常に美しかったことを。そもそも侍女達が勇者に襲われたのも元はといえば侍女達が
「ん?」
落ち着いた後、一言文句を言ってやろうとメリッサを追いかけたハミリだが、すぐに身を隠した。
「ん、ん」
(なんだ? 何をして――!?)
ハミリが遭遇したのは、先ほどまでの毅然とした態度はどこへ行ったのやら、メリッサが誰かと濃厚な口づけをしている場面だった。幸か不幸か相手の顔は柱の陰になって見えていない。だがメリッサの背中側であるハミリからは、相手の手がメリッサの尻を揉みしだいているのがよくわかる。
(誰だ!? 俺の女に!?)
その手はメリッサの尻を全体的に触っていた、気が付けばその手はスカートの中へとのびていた。
「ん!? んんっ!!」
口を塞がれているからか、メリッサは声は漏れずともその息が荒くなっていた。そしてその手がスカートから出てくると、さりげなくメリッサの腰に手を回し、そのまま曲がり角を曲がって消えていった。ハミリはすぐさま追いかけた。
そして廊下角を曲がるととある部屋の扉が閉まるところだった。ハミリはすぐさま扉の前で耳を澄ませたいところであったが、正面奥からちょうど侍女達が歩いてきた為、仕方なくそのまま部屋を通り過ぎて歩いていくことになった。
(ん?)
通り過ぎた後振り向くと、すれ違った侍女達が同じ部屋へと入っていったことに気が付いた。
「……」
ハミリはあたりを見回し、誰もいないことを確認すると、すぐさま件の部屋の前へと移動し、扉へ耳をつける。どう見ても怪しい男なのだが、ここは王城内のラブホとでもいうべき休憩室が並ぶ廊下である。基本的に人通りが殆どない為、幸いにも見つかることはなかった。
(……まさか)
殆ど聞こえてこないのだが、時折聞こえてくる艶やかな声で、ハミリは中で行われていることが容易に想像できた。
(5人を同時にだと!?)
メリッサの後に4人侍女達が入っていったのを確認している。つまり……6Pである。
(馬鹿な……)
この世界の貴族は男1人にたいして女性複数の同時プレイ等、伝説の絶倫王以外ではほぼ皆無である。何故なら正室と側室、妾の仲がいいこと等、殆どありえないからだ。お互いの立場をかけて相手を少しでも貶めてやろうと女性陣が裏でやりあうのが普通である。なのでそれらを体だけで支配して、複数プレイを納得させた絶倫王が伝説になっているのだ。
「……」
ハミリは扉の隙間から聞こえる嬌声と獣のようにあえぐ声に本当に複数の女性達が同時にしていることを認識する。
(一体どうやって……)
ハミリは貴族の常識からして、一体どうやって一人で複数の女性と同時にするのか全く想像ができなかった。ちなみに武藤は両手と口を使って最大4人まで同時に襲うことができる。魔法を使えばもっとできるが、直接触れることが出来ない為それは使用していない。
「――!?」
折り重なって絶頂する声が聞こえてくる為、間違いなく同時にしている。だがどうやっているのかが想像できない。何故ならそういった技術を貴族の男性は基本的に教わることがないからだ。手や舌で熱心に前戯したりすることなどなく、ただ己が気持ち良ければいい。主体は女性側であり、男性貴族は気持ちよくして
故に情熱的に襲ってくる上に女性を気持ちよくさせることを主にしている武藤は、この世界の貴族女性からすればイレギュラーな存在である。貴族女性達の常識外の存在である故に……嵌るのである。
想像を絶する快楽を与えられ、尚且つ情熱的に愛をささやきながら只管求めてくる武藤にドはまりする女性達は、まさにホストに嵌る女性、いやヒモに捕まる女性達に非常に酷似していた。
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