第134話 クマーーーーーーー

 昼前に戻るとみんなはいつも通りそれぞれの仕事中だった。殆どが発電だが女性陣は昼食の仕込みのようだ。

 

「あっ武おかえり」


「リイズにあったぞ」


「え? リイズちゃん!! どうだった? 元気だった?」


 百合としては年の離れた妹のような存在だったのだ。非常に気になる。


「ああ、元気だった。っていうか王女様から女王様にクラスチェンジしてた」


「ええっ!? ってことは……」


「親兄弟をどうしたのかまでは聞いてない」


 恐ろしくて聞けなかったわけではなく、武藤が単に忘れていただけである。


「ちょっと怖いわね。でもそれって武のせいじゃない?」


「なんで俺!?」


「火種は残すくらいなら処分した方がいいとか、配下には恩を売って縛れとか、ろくなこと教えなかったじゃない」


「……記憶にございません」


「嘘いわないの!! 金や恐怖で縛るとこっち以上のやつが来たら裏切るから、できれば身近な者や重要なポストにつく者は恩で縛る方がいいってなことをまだ10歳にも満たないような少女に嬉々として教えてたでしょう!! 私隣にいたんだからね!!」


「……今は反省している」


 当時、みそっかす扱いだったリイズに武藤なりの帝王学を教えていたのだ。その甲斐あって、今では女王である。

 

「あの可愛かったリイズちゃんが、武のせいであくどい女王様に……」


 まだ会ってもいないのに百合の中で完全にリイズは悪の女王になっていた。


「それって何か問題があるのかい? 武君の言い分は特に間違っていないように聞こえるんだがねえ」


「1桁の少女にそんなこと普通教える?」 


「その少女は王族なんだろう? だったらそのくらいは当然だと思うのだがねえ」


「え?」


「権謀術数が張り巡らされた魑魅魍魎が蔓延る王侯貴族達の中で生き残るのなら、当然必要な知識だろう? 知らなかったということが即、死につながる世界だからねえ」

 

 王位継承問題は大体どろどろのぐちゃぐちゃになるのが定番である。特に兄弟親族が多い場合は。


「だからって親兄弟を……」


「殺さなきゃ殺されるのなら殺すだろうねえ」


「まあ王族なら普通ですわね」


「皇さんまで!?」


 皇は別に王族という訳ではないが、近い教育は受けてきている。基本は利権や利益、それを理解したうえでの派閥間でのバランス調整等、所謂貴族が必要な帝王学のようなものである。その中で、一族の害になるようなら身内でも容赦するなという教えがあった。それとはまた違うが、遺恨が残るような可能性は躊躇いなく排除する必要性があるという教えは根本的に同じであった。


「山本さん。王になったら民のことを第一に考えるのは当然のことです。ですがまだ王になっていないのであれば、王位継承権のあるものが第一に考えるのは王になること。なれなければ死ぬとなれば、他人の命など構っていられる余裕はありませんわ」


「でも……」


「百合。王族というのは何より血を重要視するんだよ。戦争で相手の王族を皆殺しにするのは、血を残さないようにする為なのさ。女だけは使われるかもしれないが、基本子供も皆殺しするのは、火種を残さないようにするというのが重要なんだ。それが戦争じゃなく継承争いともなれば、熾烈を極めるだろうねえ。まあ王女なら政略結婚の道具として使えるから、生き延びることは出来るかもしれないが、まあろくな人生にはならないだろうねえ」

 

 香苗と皇の言葉に百合は絶句した。いつ寝首をかかれるともわからない相手は消すしかないという理屈に反論できなかったのだ。百合としても理屈としてはわかっていても感情として幼い子供が親兄弟を殺すということに倫理観から納得できないだけなのである。

 

「どうする? リイズは会いたいって言ってたけど会いに行くか?」


「……行く」


「じゃあ昼食べたら行くか。恐らく離してくれないだろうから今日は泊りになると思った方がいい」


「お、俺達は?」


「さすがに面識もない奴をぞろぞろと城に連れてはいけないだろ」


 何が起こるかわからないのだ。武藤=勇者にたいしての人質に取られる可能性すらありえる。そう考えると武藤としてもさすがに連れていくことはできない。

 

「ファンタジー世界のお城見てみたかったなあ」


「間違いなくここより危険だぞ」


「なんでだよ!!」


「一番怖いのは人間なんだよ」


「……こっわ」


 一つの冗談もない真剣な武藤の表情にさすがの吉田も恐怖を感じた。一体過去に城で何があったというのか。その場にいた者は聞きたいが怖くて聞けなかった。

 

 どこの世界にも頭のおかしい奴はいるのである。例え早く魔王を倒さなければ人類が滅亡するとわかっていても利権の関係で勇者の足を引っ張ったり、変わりの勇者候補と見繕って推したりと武藤も碌なめにあっていなかった。そんなやつらが絶滅しているとは限らないのである。そうなれば武藤を見つけた途端に何をしてくるかわからない。武藤に何かできなくてもその仲間にはできるのだ。まあ今の武藤のでたらめさ加減ならそんなことがあろうとも何の問題もないのだが、武藤としては無駄にリスクを負う必要はないのである。

 

 


 昼食後。夕食は2人の分はいらないと言って武藤と百合は城へと向かった。

 

「お姉さま!!」


「リイズちゃん!!」


 会うなり二人は駆け寄って抱きしめ合った。頭が百合の胸の谷間に挟まるくらいだったリイズも今ではほぼ完全に同じ高さに顔がある。 

 

「お姉さま、お姉さま」


「おっきくなったねえ、リイズちゃん」


 泣きながら百合の育ち切っていない胸に顔を埋めて、リイズは感極まったかのように泣きじゃくっていた。それまで頼り切っていた者が生死不明で5年も行方知らずだったのだ。心配するのも無理はない。

 

「あまえんぼな所は変わってないね」


 そういってリイズの頭をなでる百合は、姿かたちは変われど5年前にみた光景と全く同じに見える程、見慣れた懐かしい光景だった。

 

 

 その後。落ち着いたリイズと百合は昔話に花が咲いたようで、随分と楽しそうに話をしていた。公務はどうしたんだ女王様と突っ込みたかったが、真面目なエウノミアが何も言っていないのなら問題ないのだろうと武藤は何も言わなかった。ちなみにエウノミアは無口なメイドでディケの妹であり、武藤が今朝ここに来た時からずっとリイズの傍らにいる。手を出すこともなく一言もしゃべることなく部屋の中にいたが、武藤と視線があった時に微笑んでいたので、間違いなく武藤については認識していたはずである。

 

 

 

 

「なんで……」


 その後、豪勢な夕食まで出されてのんびりと休憩していると、武藤は百合とともにリイズの部屋へと呼び出された。そして出迎えられたのは……やたらと薄着のリイズ、ディケ、エウノミア、そして……百合だった。

 

「勇者様。実は今姫様は困っていることがあります」


「なんか朝、そんなこと言ってたな。だが今絶賛リアルタイムに一番困っているのは俺なんだけど」 


「勇者様からさずかった通信機の権限のおかげで、姫様の価値はそれはもうすごいことになっています」


「スルー!? ああ、まあそれはよかったな」


「ですが……あまりにも大きすぎるのです」


「は?」


「それはもういろんな国家から縁談が連日舞い込んできます。それこそ王太子まで名が上がるほどです」


「……それその国大丈夫なのか?」


 その国の後継者を婿に出す。さすがにまずいだろうことは政治に疎い武藤でもわかる。

 

「しかし、どこの国の者と結婚しても問題になります」 


「……強すぎるからか」


「ええ。姫様の持つ権限が強すぎるのです。そうなると国家間のバランスが崩れます。下手したら世界大戦になりかねません」


「そこまで!?」


「そこまでです。しかし、バランスを考えると国内の貴族というわけにもいきません」


「……」


 なんだか怪しい空気になってきたことを武藤は察知する。

 

「そ・こ・で!! 勇者様です!!」


「やっぱりかあああああ!!」


「世界で1番有名であり、世界を救った英雄である勇者様が王配ともなれば、どの国も文句はつけようがありません」


「このままじゃ私ずっと独身になっちゃう」


 そういってリイズが武藤の胸に飛び込み、涙目の上目づかいで見つめてくる。

 

「リイズちゃんなら全然OKよ!!」


 そういって百合は親指の指紋を見せつけるかのように武藤へと付きだす。 

 

「今なら私達姉妹も付いてきますよ?」


「お買い得」


 ディケとエウノミアが追い打ちをかける。


「ふっそんな誘惑にこの俺がやられ―――――――――」

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