第133話 女王

 翌日。朝も早くから武藤は出かけていた。

 

(懐かしいな)


そこはかつて偽勇者時代に訪れた城の姿そのままであった。


(部屋割りとか覚えてな――っていうか最初から知らなかったわ)

 

 元々武藤は、城の外れのリイズの部屋と客室しか個人で訪れることはなかったのである。しかも移動はメイドの案内ありきだった為、道や部屋構成なの全く覚えていない。

 

(2階……いや、3階か?)


 姿を消した武藤は、城の外から部屋の中をのぞく。寝室なら窓はあるが、忍び込めないように高い位置に部屋があると予想したのだ。


(ん?)


 そんな中、城の一番高い位置にバルコニーのような場所があることに気が付いた。そっとそこに降り、音を消して窓を開ける。その姿は完全にどろぼうのそれである。

 

「!?」


 足を踏み入れたその瞬間、ベッドから武藤に何かが飛んできた。武藤は咄嗟に魔力で壁を張り、それを難なく受け止める。 

「くっさすがにこんなところまで忍び込める腕があるやつには通用しないか」


 そういってベッドから降りてきたのは金色の長い髪をたなびかせた超絶美少女であった。

 

「倍払うわ。私に付きなさい」


 腕を組んでどうどうとそういってのけるその姿に武藤はなんとなく見覚えがあった。

 

「……リイズ?」


「!? 私をその名で呼ぶのは……まさか……勇者様?」


「俺は勇者じゃねえ」


「!! その返し方……勇者様!!」


 美少女はそういって武藤へと抱き着いてきた。ちなみに武藤は飛行する時は邪魔なのでマスクとメガネを外しているので、現在は素顔を晒している。

 

「やっぱりリイズか。大きくなったなあ」


「ああ、勇者様、勇者様。会いたかった……」


 そういってリイズは武藤に抱き着いたまま涙を流していた。武藤はされるがままにしつつ、リイズの頭を優しくなでる。

 

「ああ、その撫で方……全く変わってない……本物の勇者様だ」


「だから俺は――」


「「勇者じゃない」」 

 

「ふふふっあの頃もいつもいってたわ。懐かしい」


 武藤にとってはつい最近だが、リイズにとっては5年も前の話なのだ。懐かしいと思うのも無理はない。

 

「でも勇者様どうやってこっちの世界に来たの? それにその姿は……」


「ああ、そこから説明するか」


「あっそれなら一緒に朝食をとりましょう!! だれかある!!」


「失礼します」


 リイズが声を上げるとすぐにメイドが部屋に入ってきた。

 

「!? 曲者!!」


「黙りなさい」


「!? はっ失礼しました。陛下そちらの方は?」


「勇者様よ」


「!? あの? 魔王を倒した伝説の?」


「そうよ。私の――わ・た・し・の勇者様よ」


「!? し、失礼しました!! 勇者様とはつゆ知らず、ご無礼をお許しください」


 そういってメイドはその場で土下座した。

 

「うおおおい、なんだこの対応。確かに魔王は倒したけど、勇者は偽とか仮とかそういうので本当の勇者じゃないからな」


「なにいってるのよ。勇者様は勇者様一人だけでしょ。天覇雲雷流正統、魔王を倒した勇者ムトウといえばこの国どころかこの大陸で知らないやつはいないわ」

  

「……なんでそんなことに」


「私が広めたから!!」


「お前が原因か!!」


 実際に武藤はこの大陸にかかった暗雲を祓った男である。しかも魔王を倒した瞬間に帰還してしまった為、この世界はムトウの功績を殆どの者が知らなかったのである。それを憂慮したリイズがその事実を傘下の商会や組織を通じて物語やお芝居として広めたのである。今やムトウの名はこの世界で一番有名であった。

 

「それより勇者様の分の朝食も用意して」


「畏まりました。お着替えはいかがいたしましょう?」


「勇者様ならいいわ」


「畏まりました」


 そういってメイドが手を叩くと何人かメイドが部屋へと入ってきた。そのうちの1人はメイドに耳打ちされるとすぐにその場を立ち去った。残りのメイドはリイズの服を脱がせにかかった。

 

「俺まだいるんだが……」


「勇者様ならいいわ」


「いや、よくないだろ」


 そういって武藤は後ろを向いた。今部屋から出ると外から見られてしまうかもしれないからだ。

 

「別にみてもいいのに」


「昔ならまだしも、今はもう立派なレディだろ」 

 

「!?」


 後ろを見ていたため武藤は気が付かなかったが、レディといわれリイズはそれはもう天にも昇る気持ちで喜んでいた。そんなリイズの表情を見たことがなかったメイド達は心底驚いていた。普段のリイズは全く感情を表に表すことはないのだ。

 

「さあ、行きましょう」


 着替えを済ませたリイズが武藤を連れて食堂へと向かう。城にある食堂は基本的に王族が普段使いする会食用の大きな食堂と、城に勤める職員が使うものとがある。王族が使う食堂は2階の端にあり、調理場もそのすぐ隣にある。一般的な食堂は1階にあり、調理場も1階である。なのに王族用の食堂が2階にあるのは、一般の者との接点を防ぐ為と王族を食事の為だけに下まで下ろさないようにする為である。だが調理場が1階で食堂が2階だと色々と問題が出てくる。作ってから運ぶまでに時間がかかるし、なにより階段を使って料理を運ぶのは非常に危険だ。その為、調理場も専用のものを2階に作ってあるのである。

 

「さあ、食べましょう」


 出てきた料理は白いパンとスープである。王族としては非常に質素なものであった。

 

「まさか……」


「違うわよ。朝からそんなに食べられないから私が頼んでるのよ」


 以前、武藤がこの城にいたころ、王族にも関わらずリイズは非常に質素な食事をしていた。箸にも棒にもかからない末の娘である。かなりぞんざいな扱いをされていたのだ。今もそんな扱いなのかと武藤が心配しているのをリイズは察したのだ。

 

「で、今はリイズが王様なのか?」


 食事も終わり、王族専用のサロンでくつろいでいる時に武藤はリイズに問いかける。


「そうよ。私女王様なの。敬ってくれてもいいわよ?」


 そういっていたずらっこのようにほほ笑む姿は、武藤が見た昔の面影そのままだった。


「それよりおに――勇者様のことを聞きたいわ」


 リイズは以前、武藤をお兄様と呼んでいた為、その癖が思わず出てしまったようだが、なんとか誤魔化す。

  

「魔王を倒したら百合が光に包まれてな。それに抱き着いてなんとか一緒に戻ることができたんだ。戻ったのはこっちから召喚された直後だった。だから俺の肉体的な年齢は15歳ってことになる」


「私より年下なの!?」

 

 リイズは現在16である。以前は10歳近く離れていた年齢が1歳差まで縮まっていた。

 

「それより召喚について教えて欲しいんだが」


「召喚?」


「最近勇者召喚は行われてないか?」


「そんな連絡はないし、今はそもそもできないわよ? 魔力が足りないし、なにより召喚の儀式は膨大な魔力が発生するからやったらすぐわかるもん」 

 

 つまり少なくともこの城で召喚は行われていないということである。

 

「他の国とか、この城以外で召喚は可能か?」


「無理じゃないかな。専門的なことはわからないけど、今までの歴史上この城以外で召喚が行われたことはないはずよ」 


 つまり、すくなくともこの城の召喚の儀式で呼ばれた訳ではない。むしろ儀式で呼ばれたのかも怪しいところである。

 

(どこかで召喚の儀式が行われたが、何かしらの召喚時のエラーでみんなが巻き込まれたという可能性もありえる)


 武藤の結界により何度か召喚を防いでいたのだ。何かに呼ばれたのは間違いない。一番の問題は誰がどのように召喚しようとしたかである。

 

「あっ」


「ん? 何か心当たりが?」


「召喚と関係あるのかはわからないけど、最近魔物に襲われる事件が多いの」


「魔物?」


「ええ。以前、魔王がいた時みたいに」


「復活したのか?」


「それなら前みたいに空が黒い雲で覆われててもおかしくないわ。それに襲われるといっても森から出てくるってだけで、前のような迷宮が大規模な暴走状態になってるわけじゃないの」


 魔王が復活すると迷宮から魔物が大量にあふれ出てくるのである。そもそも魔王は迷宮から出ることができない。魔王が復活すると、魔王を封印している迷宮が魔王からどんどん魔力を奪っていく。そしてそれを他の迷宮に流して分散することで魔王を弱体化させるシステムなのだ。故に魔王は動けないが他の迷宮の魔物がどんどん増えていくのである。

 

 迷宮を封鎖しても時間が経てばたつほど魔物が強くなっていく為、最終的には破られてどうしようもなくなってしまうのだ。前回は魔王を倒すのに5年以上時間がかかっている。その結果、武藤は知らないが2つほど国が滅んでいたりする。だが長い歴史で見ると2つで済んだのはかなり少ない方である。何故かといえば、武藤が修行中に最難関迷宮を只管繰り返しボス攻略したことで、大量の魔力を消費させた為だ。実は勇者に任命される前からこの世界を救っていたのである。

 

「そういえばエドにあったぞ」


「え? エドは今第1騎士団の部隊長なのよ? 遠征中のはずだけどどこであったの?」 

 

「西の平原だな。飛竜や翼竜と戦ってボコられてたぞ」


「!? 空を飛ぶ魔物は迷宮からはめったに出てこないのに……やっぱりこれは迷宮の暴走じゃない? 魔王じゃないってこと?」


 そうしてリイズは考え込んでしまった。

 

「ふむ。つまり西になにかあるってことだな。西といえば魔王の迷宮があった場所がある。1度調べてみるか」


「いいの? 勇者様?」


「帰る方法がわかるかもしれないからな。そうだ、百合も来てるんだ。連れてこようか?」


「お姉さまも!?」


 リイズは魔王討伐前はずっと百合をお姉さまと慕っていた。別れを告げることもできずに戻ってしまった為、気にしていたのだろう。

 

「どこか普段誰も入らない部屋あるか?」


「人が入らない部屋? いくつか王族だけが知ってる隠し部屋があるわ」


「ちょっとそこ借りていいか?」


「別にいいけど……」


 武藤はそうして隠し部屋の一つを教えてもらい、そこに転移ポイントを作成した。

 

「あっそうだ勇者様。今度晩餐会を開くから、是非お姉さまと一緒に来てね」


「晩餐会とかやだよ。そもそも服が無いし」


「以前作った服……はさすがに今は着れなさそうね。わかった。大至急貴族たちを集めるから、1か月程待って」


「なげえよ!! さすがにそれは待ちすぎじゃない?」


「これでもかなり早い方だよ? 他国にも連絡が必要だし、勇者様がくれた通信機を使ってもかなりギリギリかな」 

  

 通信機とは決められた者だけが扱うことができる距離無制限のTV電話である。失われたアーティファクトとして迷宮からのみ算出するオーパーツだ。希少度が高く、超高難易度迷宮の宝箱からしか入手できない為、今のところ武藤しか手に入れられていない。

 

 武藤は超高難易度迷宮のボス巡回という頭のおかしいことをしていた為、かなりの数を手に入れていた。それを国とは別に独立した巨大組織である仕事斡旋所組合と懇意にしている商会に売りつけたのだ。仕事斡旋所組合とは異世界物語などでよくあるいわゆる冒険者協会と呼ばれる組織である。

 

 この通信機はとある装置から発行されたカードを登録者自身が使用しなければ使えない。そして発行者はいつでもその権限を取り消すことが可能である。例えそのカードがその場になくてもだ。そして武藤はその権限発行装置をリイズに渡した。それは組織として独立しているはずの冒険者協会とその商会の根幹をリイズが握っているということになる。それはまさに国を握る力である。これが権限を持っているのがただの一般人だったのなら、恐らく国が動いてどんな手段を用いてもその力を奪おうとしただろう。だが持っているのは王族である。しかも勇者と懇意にしていた者だ。そう簡単に奪えるものではない。そうこうしているうちにリイズはもう手を出せない程に地盤を固めてしまった。気が付けば勇者が居なくなった後でも既に国ですら手を出せる状態ではなくなっていた。

 

 まともな通信手段が馬での移動による伝令や手紙しかないこの世界で、遠距離通信はとんでもないほどのオーパーツである。今までなら片道1か月かかる他国への連絡が一瞬で済むのだ。今回の場合、1か月かけて連絡して相手が準備をしてこちらに移動してくるのに1か月以上。それが最低でも連絡する為の1か月が短縮されるのである。しかも応答も即座に返ってくるのだ。それが生み出す利便性はこの世界では一線を画す程のものであった。

 

 そしてリイズは各国の王族にその通信機とカードを配っている。1度でもそれを使用してしまえばもう無かった時には戻れない。その根幹を握っているリイズの権力はもはや揺るぐことがないものとなっていた。

 

「帰る方法が見つかるかどうかはわからんけど、万が一すぐに見つかったらすぐに帰るぞ?」


「んーその時は仕方ないね。でも1つだけお願いがあるの」


「姫の仰せのままに」


 昔、同じようにリイズにお願いされた時、武藤は同じように礼をしつつお願いを聞いたことがある。これはリイズ付きのメイドに教わった方法で、是非ともやってくれと頼まれたのでやったのだ。懐かしいリイズのお願いという言葉に武藤は咄嗟に同じ礼を行った。

 

「!? も、もう姫じゃないのに……でも……ありがと」


 顔を真っ赤にしてリイズは視線をそらしつつ御礼を言う。

 

「あらあら、まあまあ、覚えていらしたのですね」


「ディケ!!」

 

 いつの間にかリイズの傍にメイドが立っていた。武藤にも見覚えのある顔である。

 

「久しいなディケ」


「勇者様もお元気そうで」


 当時武藤に姫への作法等を教えたり、色々と武藤と王女を近づけた人物である。リイズにとっては幼い頃からずっと一緒にいる側近中の側近である。

 

「それよりどうだったの?」


「ずぶずぶですね」


「そう……じゃあ予定通りお願い」


「畏まりました」


 そういってディケは頭を下げて姿を消した。メイドというより忍者である。まさに神出鬼没という言葉がふさわしい存在だ。

 

「ディケには別件で色々調べてもらっていたの」


「あいつも忙しそうだな」


「この世界で心から信頼できるのはディケとエウノミアくらいだからね。どうしても重要案件は2人に頼っちゃうの」


 この世界のという言葉をつけるくらいなので、異世界人の武藤と百合は別枠で信頼しているということだろうと武藤は勝手に想像する。


「それじゃ百合連れてまた来る」


「わかった」


 そういって武藤は転移して拠点へと戻った。

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