第132話 美顔

「ええっ!! エドくん!?」


 転移ポイントを作らずに飛んで拠点へと戻った武藤は、起きたことを百合に報告した。エドは百合とも顔見知りである。というよりも裏組織が百合に手を出そうとしたことが切っ掛けで知り合った為、なんなら百合の方が先に知り合ったともいえる。手を出すとは言っても襲うという意味ではなく、病人を聖女に治して欲しいということだった為、武藤の怒りに触れて殺されることはなかったが、そうでなければとっくに殺されていただろう。

 

「騎士って……そうか、夢をかなえたんだね」


 身寄りのない子供達を束ねて面倒を見ていたエドが、立派な騎士となったと聞いて、百合としては感慨深いものがあるのか、とてもうれしそうだ。

 

「でもこっちでは5年も経ってるのね。リイズは大丈夫かしら……」


 百合は王女が10歳にも満たない頃からの知り合いである。王女からは頼れるお姉さんとして、実際お姉さまと呼ばれて懐かれていた。そして継承権なぞ無いにも等しい状況から武藤のおかげで、3大派閥の1つと呼ばれるまでに影響力を拡大させていった。百合と武藤としても、別れる間もなく地球に返されたことから王女のことは心残りであったことは確かである。

 

「誰かに召喚された可能性もあるから、その原因を調べるのにも1度は城にいく必要がある。何があるかわからないからまずは俺だけで行ってみるよ」


「そうね。今の私には何の力もないから足手まといでしかならないもんね」


「軍が城に戻るのには時間がかかりそうなんで、一足先に街や城を調べてみるよ」

 






「やっぱりここは異世界だったか」


 その後、夕食の時に得られた情報を武藤が話す。

 

「ドラゴンとか見てみたいなあ」


「死ぬぞ」


「……やっぱりかあ」


 武藤が会ってきた竜種は大体非常に好戦的であった。出会った瞬間、こんにちは死ねがデフォルトである。そんなものを見に行こうものなら出会った瞬間消し炭待ったなしである。

 

「武藤君。異世界ってことはエルフとかドワーフとか獣人とかもいるの?」


「少なくとも俺は見たことないな」


「なーんだ、残念」


 期待していた岩重と佐藤は武藤の言葉に心底残念そうな顔をした。それは吉田と光瀬も同じであったが。

 

「しかし、何もわからない状況から少しは進展いたしましたわね。後は武藤君次第というところですわ」


 現在の場所がわかっただけでも進展である。目的地の地図があっても現在位置がわからなければ何の意味もないのだ。ここがどこかわかり、しかも知っている世界であることがわかったのは、生徒達にはかなり安心材料となっていた。何せここにはそこから帰った2人がいるのだから。

 

「ということで、明日から少し出かけてくる。食料は冷蔵庫に入れてあるし、薪も1週間以上持つくらいはあるから、日中いなくても大丈夫だよな?」


「ああ、任せたまえ」


「なんで香苗が自信満々に言うのよ」


「米を使わないのならエスニック料理の出番もあるかもしれないだろう?」 

 

 香苗は現在エスニック料理の修行中である。和が百合、洋が真由、中が洋子、美紀がそれぞれを全般的にと得意料理を決めて頑張っている中で、みんなとは違う料理ということでエスニックを担当することになったのだ。

 

「エスニックとは民族料理のことでしょう? どこの国の料理かでまた変わってくるのではなくて?」


「え? エスニックってそうなの? てっきりタイ、ベトナム料理のことだと思ってた。綺羅里ちゃん詳しいね」


「当然のことですわ」


 そういって高笑いでもしそうなほど皇はドヤ顔を披露する。

 

「確かにその通りだ。だから今日のナンも殆ど私が作った。ちなみに米が主なのはインドでも南の方でナンは北の方の料理なんだが、家庭ではナンは殆ど食べられないらしいぞ」


「えっ? そうなの!?」


「ナンを焼くには専用のタンドールという窯が必要だからな。レストランなんかで食べるのが一般的らしい。家庭だと基本的には堅焼きのチャパティの方が食べられてるようだぞ。こっちはフライパンで簡単に作れるからな。要は薄くてパリパリの固いナンみたいなものだな」


「へえ」


「今日のはバターナンにしたから味が付いてただろう?」


「すげえ旨かった!!」


「カレー無くてもナンだけでこんなに美味しいんだね」


「しかもすごくお腹いっぱいになったよ」


「寸胴の内側にペタペタ張って作るなんてね。あんなの初めて見たよ」


 香苗はタンドールの代わりに寸胴の内側にナンを張り竈で焼いたのである。何度か焦がしながら、何とか形になったようだ。

 

「全粒粉があればチャパティの方が簡単だが、カレーがないとねえ」


「全粒粉はないけどカレー粉はあるぞ。野菜とか具は何もないけど」


「なら今度は具無しのカレーでも作ろうかねえ。ナンのバターを少なめにして」


 その後はこれからの献立について色々と話が始まり、いつの間にか会議のようになっていた。

 

 ちなみに武藤は毎日夜には帰ってくる予定でいる。転移で普通に一瞬で戻れるのだから当然である。今日も軍から少し離れた位置から転移で戻っている。向こうに転移ポイントを作らないのは何もない平原に作るのは危険があるからだ。人や物が絶対ない場所ならいいが、平原なんぞ何がいるのかわからないのである。そもそも武藤の転移は転移ポイントと自分の位置にいる空間を丸ごと入れ替えるものである。つまり転移ポイントに何かがいると、それが代わりにこちらにきてしまうのだ。その為、武藤は人が来ないとわかっている場所にしか転移をしていない。そうでない場合は対象の場所に何もないことを確認するチェック用の魔法を使ってから転移する為、転移に非常に時間がかかる為だ。




「それより松井さんも岩重さんもすごくなってない?」


「すごい?」


「ぼんっきゅっぼんっていうかスタイルすごくよくなってない?」


 薬を渡したばかりだというのに松井と岩重の二人は明らかに一回り以上お腹の肉が減っていた。胸はそのままに。つまり……非常にエロい体になっているのである。

 

「あの薬すごいです!! もっとください!!」


「私も!!」


 気が付けば武藤は2人に詰め寄られていた。たった1時間の運動でウェストが信じられない程にしまったのだ。依存したとしても仕方がないことである。

 

「あの」


「何? 佐藤さん」


 必死に薬を懇願する薬中のような2人を尻目に佐藤が恐る恐る武藤へと声をかける。

 

「顔のできものや黒子を消す薬はないかな?」


 佐藤は顔に目立つ黒子や粉瘤のようなできものがある。かなり目立つのだが、改善には手術が必要になる為、費用的にもシングルマザーである母に相談できず、諦めていたのである。それが武藤が持つ謎の薬の存在により、ひょっとしてという思いが浮かんだのであった。

 

「薬は……試したことないからわからんけど、そんなことしなくても普通に消せるぞ」


「!? お願い武藤君!! 消して!! 私にできることならなんでもするから!!」


「女の子が簡単になんでもなんていっちゃ駄目だろ」 

 

「簡単じゃない!!」


 顔は女の命ともいうくらいだから、余程のコンプレックスなのだろう。叫ぶ佐藤に隣にいた光瀬はその強い葛藤を想像し、言葉を失った。 

 

「佐藤さん……武藤俺からもお願いする。治してやってくれないか」


「光瀬君……」


「そんなものがあったところで佐藤さんの魅力が変わることなんてないけど、そんなに思いつめる程なんだ。代金は俺がなんとかするから、お願いできないか」


「まあ確かにコンプレックスは本人にしかわからんからな。いいぞ」


「あっ右目の下の黒子は残しておいて欲しいかな。超エロいから」


「光瀬君!!」


 知らないうちに光瀬と佐藤は何やらただならぬ関係となっていたようであった。肉体関係まではないであろうことは朝の会話からわかっているが、それなりに信頼関係が生まれていたのだろう。

 

「うーん、一応とっておくか」


「ん? 何を?」


 武藤の言葉に光瀬が疑問を浮かべるが、武藤はそれに答えることなく、佐藤だけでなく、部屋の全員にさらっと手を向けてその場をくるっと一周した。


「これでいいか。さて、それじゃ治すぞ」


 目を瞑った佐藤の顔に手をかざし、武藤はすっとそれを移動させていく。ゆっくりと動かし、凡そ5分で作業を終えると、手鏡を取り出して佐藤へと渡す。ちなみに鏡は大き目の姿見が百合達の寝室となっている部屋に1つ置かれている。

 

「これが……私……なくなってる……」


 そういって鼻の横を佐藤が触る。そこは小指の爪くらいの大きさの粉瘤があった場所だ。

 

「ここも」


 頬にあった大きな黒いシミのような黒子も顎にあった黒子もそばかすさえも全てなくなっていた。ただ一つ右目下にある小さな涙黒子だけは残っていた。武藤が光瀬の要望に応えたのである。

 

「ああ……なくなった……わたっ……うああああああん!!」


 佐藤は鏡を見ながらついにこらえられなくなり、言葉にならない言葉を呟きながら大声で泣きだした。


「よかったね、奈美ちゃん」


「惠ちゃん!!」


 そういって佐藤は岩重と抱き合って泣き叫んだ。


(え? どうしよう。俺のせいなのか?)


 その場にいた武藤は混乱していた。武藤にとって顔なんて特に気にすることではないからだ。殆どの場合、人は顔を見て相手を判断するが、本当の魅力はそんなものはなんの影響もないことを武藤は理解している為である。しかし、コンプレックスというものは他人には理解できないものだ。武藤からしたら佐藤が何故ここまで号泣しているのかがわからなかったのである。

 

「どうした光瀬?」


 佐藤を見て固まってしまい動かなくなった光瀬を見て、武藤が声をかける。

 

「え? あっいや、な、なんでもない」


「大方、あんまりにも佐藤が可愛くなったから、混乱してるんだろ」


「吉田!!」


 吉田の指摘に光瀬は顔を真っ赤にして焦る。

 

「そうかあ? 元々可愛かったと思うけど」


「確かに可愛かったけど、よりいっそう可愛いというか、輝いているというか」


「わかったから、落ち着け光瀬」


 必死にどれだけ佐藤が可愛くなったかを説明しようとする光瀬を吉田が諫めるが、光瀬は見た目云々ではなく、コンプレックスがなくなり自信が出てきたのが、何より魅力がアップした原因だろうと必死に語っている。よく見ているなあと武藤もその説明に感心していた。

 

「武藤君ありがとう。光瀬君も」


「ああ」


「お、俺は何もしてないよ。武藤がやったことだし」


「でも光瀬君も一緒に頼んでくれたでしょ? ありがとう」

 

 そういって光瀬の手を握る佐藤の顔は、今までに見たことがないくらい輝いていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る