第131話 勇者
(本気で飛ぶのは初めてかも)
地球では何が起こるわからない為、さすがに自由に飛ぶことは難しい。その為、武藤は地球に居た頃は本気で空を飛んだことはなかった。まあ飛ぶ必要もなかったともいうが。
ちなみに武藤は7つ集めると願いが叶うあの作品のキャラのように、自身そのままが飛んでいるわけではない。最初にいた周りの空間丸ごとをカプセルのようにして飛んでいるとイメージした方が近い。何故かといえば一度そのまま飛んだ時に速度が上がった途端、息ができなかったのである。そして空気抵抗がすごすぎてまともに視界も確保できなかったのだ。そこで考えたのが地上にいる時の状態を変えなければいいのでは? というわけである。
周りの空間を丸ごとカプセル化して自身を包み、その空間には空気等の干渉をさせないようにすることで抵抗もなくした。空気も丸ごと運んでいるので息もできるし視界も開ける。そして空気抵抗がなくなる為、超高速でとんでもソニックブームが発生しない。飛んでいる音すら発生しないその姿はまるで梟のようだった。ちなみにこれは新幹線が騒音問題に対し、梟の羽を参考にヴォルテックスジェネレータという機構を採用したという話を偶々テレビで見た武藤が、それを参考にそもそも気流を発生させないというイメージで作成した上位互換魔法なのである。
(やばいな)
エベレストをはるかに超える山を山頂に向けて飛ぶ武藤だが、山中に普通に竜が闊歩している姿を見て、念のため姿を消してかつ魔力を抑えておいてよかったと安堵した。
音速を超える速度で飛行している武藤は、あっという間に山を飛び越した。
「また森か」
山を越えた先も大森林であった。しかも現在拠点のある森よりもはるかに広い範囲である。武藤はとりあえず拠点のある山の反対方向へしばらく飛び続けると、漸く平原が見えた。
「漸くか。森広すぎだろ。都市が丸々はいるどころじゃねえぞ」
まるで話に聞いたアマゾンのジャングルである。さすがに面積550万キロ平方メートルなんて普通は想像できないので、あくまで武藤の大きな森と聞いて真っ先に浮かぶイメージがアマゾンというだけで、実際みたことがあるわけではない。
「ん?」
草原に出てからさらに南下を続けると遠くに草原以外の何かが見えた。
「あれは……人か」
緑の一面に黒いなにかが動いているのが見えた為、はるか上空から姿を消して少し下りてみると、かなりの大人数が移動している姿だった。
「軍事行動? 演習にしては相手もいないし、行軍の練習かはたまた実際の行軍か」
近くまで降りてみると明らかに装備を整えた軍隊であった。
「ってなんだあれ」
しばらく軍隊を見ていると、何やら軍があわただしくなり始めた。敵が来たのかと武藤はあたりを見渡すも何もいない。軍を見れば空を指さしてるものが多い。ひょっとして気づかれたのかとも思ったが、こちらを指さしていない。武藤は指をさす方向を見つめると西の空に黒い点がいくつか見えることに気が付いた。
「どっかで見たことがある気が……」
それもそのはず。かつて武藤が魔王と戦う為に西の大陸に移動した際、死ぬほど倒してきた飛竜と翼竜であった。ちなみにこの世界では竜とは名がついているが、翼竜は竜に似た存在とされる亜竜に分類されている。飛竜の方は間違いなく竜に分類されているが、手というか前足が翼になっている。四肢と翼がある竜種とは根本的に違う種とされていた。
「大丈夫かなあ」
以前、武藤は騎士団と一緒に魔王の住む大陸に行ったが、その時は飛竜相手に軍はほぼ壊滅状態になっていた。同じ世界かどうかもわからないし、人の強さがわからない。そして敵が同じ種とはかぎらないのでどうなるかが予測が付かない。
「あー」
しばらく様子を見ていると、飛竜の風のブレスと炎のブレスで軍は一瞬で総崩れになり、そこに空から翼竜が襲い掛かることで、一気に壊滅状態になった。
「んーどうみてもあいつら魔物なんだよなあ」
以前、武藤が呼ばれた世界では、竜種は魔物ではなくれっきとした生物であった。だが今襲い掛かっている奴らは間違いなく魔物である。何故かといわれれば生命活動をしていれば感じるオーラを全く感じないからだ。つまり魔力から生まれた生物、魔物である。
魔物は魔力だまりから産まれる為、周囲の生物やら魔物やらの特徴をマネて生まれる為、大体色々な生物が合わさったよくわからない生物になることが多い。だが見る限りこの飛竜は武藤が見てきた飛竜の特徴と完全に一致している。混じった部分がないのだ。
ちなみに以前、騎士団が壊滅した飛竜は魔物ではなく、普通に森に生息していた生物だ。単純に縄張りに入ったため襲われただけである。
「ん? あいつは……」
武藤が助けるかどうか迷っていると、下で大声で指揮を執っている男が見えた。
「ひるむなあああ、魔法部隊を守れえええ!!」
騎士らしき鎧を来た青年である。必死に魔法部隊とやらを盾で翼竜から守っているが、魔法とやらがなかなか発動しない為、今にも陣形は崩れそうである。
「魔法準備完了!! 撃てえええ!!」
各小隊ごとに決められた魔法が上空へと放たれた。魔法が命中して落ちた翼竜もいたが、その殆どは無事で、凡そ20匹程いた翼竜のうちおちたのは3匹程であった。
「くそっ!! もう1度だ!!」
「無理です!! もう魔石がありません!!」
たった1度の魔法で魔法部隊が持ってきた魔石はほぼ使い果たしていた。
「くそっ!! まさか威力偵察でこんな敵と当たることになるとは!!」
そもそも今回の軍事行動は規模は大きいが威力偵察の意味合いが大きかった。その為、そこまで予算が下りず武器や糧食もかなり貧相なものだった。
「三千を超える兵が居ても空を飛ぶ敵には魔法部隊以外どうにもできん。撤退だ!!」
ちなみにこの部隊には弓兵も勿論いるが、最低でも敵は大きさが巨大なプテラノドンクラスである。そんなものが弓で落とせるのかといえば、落ちるわけがないのである。亜がつくとはいえ竜種である。戦車の砲撃並みの威力か魔法を込めた武器でなければまずその防御を突破することなんぞできないのだ。
じゃあ何故連れてきたのかといえば、そもそも想定していた敵が狼やら巨人やらの地上の魔物だったからである。それが来てみれば空を飛ぶ竜種しかいない。後出しじゃんけんにも程があるのである。
(とはいえ何人生き残れるか……)
空を自由に飛ぶ敵から地上兵が逃げる。バラバラで森林にでも逃げ込まない限り土台無理な話である。そしてここは見晴らしの良い平原だ。どうなるかは火を見るより明らかである。
「せめて1体だけでも――!?」
男がそう思った次の瞬間、空中の翼竜がバラバラになった。
「なにが……」
気が付けばすべての翼竜が空中でバラバラになっており、そして空中には見慣れぬ人影が1つ浮いていた。そしてその人影は、はるか上空でこちらを見下ろす飛竜2匹に向けて指をさすと、それをそのまま横へと動かした。
「!?」
次の瞬間、上空で大爆発が起こった。その衝撃は地上にも降り注ぎ、地上に居る兵士たちは地面へとたたきつけられるような重圧を受け地面に倒れ伏した。
衝撃から回復した兵士たちが恐る恐る空を見上げれば、そこに敵の姿はどこにも見当たらなかった。
「あれは……魔光爆裂!!」
「隊長、知っているんですか?」
「かつて勇者様が使っていた天覇雲雷流の奥義だ。とはいっても勇者様が作った勇者様しか使えない技らしいが」
「と、いうことは……あれは勇者様!?」
「俺は勇者じゃねえよ」
騎士達の話中に武藤は空中から降りてきて、会話に突っ込みをいれる。ちなみに武藤は高速で空を飛ぶときは基本的にマスクもメガネも外している。その為、現在も素顔のままである。
「その返し……勇者様!!」
「だから勇者じゃ――お前の顔どこかで見た気が……」
「私です!! エドです!!」
「エド?」
武藤は記憶を辿る。
「俺の知ってるエドって名は、15かそこらのスラム育ちの悪ガキしかいないが」
「それです!! そのエドです!!」
嬉しそうにそう叫ぶ騎士を武藤は上から下までじっくりと見る。
「顔は確かに面影があるな。でもこんな大きくなかったぞ」
「そりゃ5年も経てば変わりますよ」
「5年!?」
「ええ。勇者様がいなくなって5年になります」
思いのほか時間が経っており武藤は驚きを隠せなかった。
「それより勇者様。そのお姿は? 若くなってませんか?」
「元の世界に戻された時に召喚時の状態に戻されたんだ。だから今の俺は肉体的には15歳だ」
「なるほど。それで……しかしどうやってこちらに?」
「前回と同じでいきなり連れてこられたんだよ。しかも今度は城じゃなくて森にな」
「召喚の儀式があったとは聞いておりませんが……そもそもあれは魔王がいるときにしか行えず、儀式に必要な魔力も百年単位で補充が必要だと聞いております」
「……マジか」
「懐かしい……その言葉使い。姿は違えど間違いなく勇者様です。よくぞお戻りになられました。きっと陛下もお喜びになられることでしょう」
「陛下? あの糞爺まだ生きてるのか?」
武藤は元々追い出されたりいきなり呼びつけられたりと王族相手にいい思い出がない。特にその辺りを決定した王に対しては恨みすらある。誘拐した挙句に何の保証もせずに追い出したのだ。日本なら誘拐に殺人未遂といっても過言ではない。
「いえ、先代陛下はご崩御なされました」
「ってことはあの馬鹿王子か」
「いえ、勇者様がいなくなった後、後継者争いが起こりまして……」
「なに? リイズはどうした?」
「その辺りのお話は長くなりますので、直接陛下にお尋ねください」
武藤としてはもう王族はこりごりである。出来れば会いたくはない。しかし、こちらの世界に呼び出された原因がわかるかもしれない以上、前回召喚をした場所の調査は必須であった。
「すぐに行くのか?」
「部隊を再編しつつ何日かここに滞在して、敵の残存を確認した後に戻ることになります」
「わかった。直接城に行くことにする」
「了解しました。城にてお待ちしております」
そういって敬礼するエドを見て武藤は笑顔を浮かべた。
「なんか騎士みたいだぞ」
「騎士ですよ。これでも部隊長なんですから」
「そうか。夢が叶ったか」
「はい。勇者様のおかげです」
スラム上がりで腕っぷしのみで礼儀も何もなかったエドを、徹底的にたたき折って鍛え上げ、騎士になりたいならととある知り合いの貴族へ預けたのは武藤である。ちなみに武藤はエドが騎士になれるとは微塵も思っていなかった。そもそも敬語なんて全く使えなかった男なのだ。それが今では一端の騎士のように見える。立派になったものだ。武藤は感心しつつその場から飛び去って行った。
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