第129話 勝負
「ふむ、とはいっても何で勝負するか……」
「あれだけ満を持して任せろっていっておいて考えてなかったの?」
「いや、公平にクイズにでもしようと思っていたのだが、途中で不正の仕方を思いついてしまってね」
「……始まる前から不正を考えるあたりが香苗らしいわ。ちなみにどんなクイズだったの?」
「お互い相手に対して問題を出す。相手が答えられなく、かつ自分以外に3人答えをしっていなければならないっていうルールにしようとおもったのだが……」
「……何か問題が?」
「まず、2人にしなかったのは松井が皇に関する問題を出すと皇と加賀美が答えるから勝負が成立しないからだ」
「ああ、確かに」
「松井は明らかに皇一派の1人。対する岩重は佐藤と2人組。人数差があるから勝負として難しいと判断した」
「不正というのはそれ?」
「いや、問題は知っていても知らないということができてしまうことだ」
「ああ、岩重さんの問題を知っていても皇さん達が答えない可能性があるってことね」
「私はそんなこと致しませんわ!!」
「それを証明する術がないってことさ」
「むう」
「例えば浴室の隣の部屋に吉田と光瀬を置いて、絶対覗くなといって風呂に入ることができるかい?」
「!? む、難しいと言わざるを得ませんわね」
吉田と光瀬にある程度信用ができたとしても、皇にとっては裸体を見せてもいいと思える存在ではない。相手が武藤ならば喜んで服を脱ぐだろう。むしろ逆に襲いかねない。だが吉田達の隣で肌を晒すというのはさすがに難しい。例え見られないとわかっていたとしてもだ。信用はしていても無条件で絶対に信じることができるか? と言われれば否と答えざるを得ないということである。
「まだ交流をもって数日だからねえ。お互いそこまで信用があるかと言われれば、そこは否定せざるを得ないねえ」
これが武藤の恋人になっていたのなら、皇達の信用も遥かにあがっていただろう。だが現状は武藤からすれば只のクラスメイトである。武藤が助けている時点で善性の人間ということは間違いないのだが、こういうゲームで卑怯な手段をとるかどうかの判断ができるかといわれれば、まだそこまでお互いのことを知らないのだ。まあルールで決めれば恐らく皇はそれを守るだろうことは、香苗は今までの生活で理解はしている。
「ふむ、いいことを思いついた。うどん作り勝負にしよう」
「「うどん?」」
「お互い手作りでうどんを作ってもらい、男性陣3名に判定してもらおう」
「おおっおもしろそう!!」
「麺から作るの!?」
「さすがに麺からなんて作ったことないよー」
「百合はできる?」
「作ったことはあるけど……材料あるの?」
百合がそういって武藤へと視線を向ける。
「中力粉も薄力粉もある。だが……秤がない」
「!? 目分量で手打ちかあ……さすがに自信ないなあ」
料理で一番大事なのは分量を正確に測ることである。料理が下手な人に多いのが、調味料や水の量を正確に測らない、いらないアレンジをする。大体この2点だ。アレンジや隠し味はまともに作れるようになってからすることである。基本もできないのに応用をするべきではないのだ。
「では2人とも百合に教えて貰いながら作るといい」
香苗の一言で何故かうどん作り勝負が始まった。
「えっとまずは水に塩を混ぜます。濃度3%から10%くらいになるように。この辺は好みだから」
百合の教えに従い松井と岩重はうどん作りを始める。とはいえ秤も何もないので、百合ですら手探りである。
「10%ってことは10分の1だから……これくらい?」
「んげっ!?」
「??」
岩重の行動を見て、武藤は思わずうめき声をあげた。塩水の濃度である。塩水の濃度といえば普通なら塩の重さ/(塩の重さ+水の重さ)×100である。だが岩重は明らかに見た目の体積からかなり多めの塩を入れたのだ。まるで一つまみを一つかみと勘違いしているかのような、土俵入りの相撲取りのような入れ方にさすがの武藤も驚愕した。
(これを食わされるのか……)
「いわし「武君アドバイスは駄目だよ」」
そういって香苗はにやりと笑う。
(この女!? 自分が食わないのをいいことに……)
「審判を変えよう」
「え?」
「一人は女性を入れた方がいいだろう。俺よりこの勝負の提案者である香苗を審判に入れるべきだな」
「!?」
「確かにそうですわね。男子生徒は3人とも岩重さんと同じグループ。公平とは言えませんわ」
「1度決めたことなので武君はそのままにしよう。そして私を入れるなら偶数になってしまうから後1人入れるべきだねえ。それなら先生役である百合も判断に加えるのが正しい判断だと思うねえ」
「!? 香苗え!!」
己が助からないと見れば親友を巻き込む。香苗は恐ろしい女だった。百合は完全な巻き添えである。もちろん、百合は岩重がこんもりと塩を入れるのを見ていた為、非常に焦った。
「それはいい案ですわ」
皇の言葉に逃げれらないことを悟った百合は香苗を恨みがましく睨んだ。当の香苗本人としてはしてやったりという顔である。元々こういういたずらをせずにはいられない性格なのだ。
「先生、これからどうすればいいですか?」
「小麦粉にさっきの水を半分だけ混ぜてこねてください。全体的にしっとりとするまで繰り返します」
ちなみにボールなんぞないので、混ぜているのは最初の日に食べたカンパンの空き缶である。下の生徒も含め、全員マイバッグならぬマイ缶を持っているのである。こちらでは自分の食器代わりにもなる為、非常に便利な存在なのだ。
その後、武藤の持ってきた密封袋に入れて足で踏んでは休むというのを繰り返した。
「それじゃこの竹を使って伸ばしていきます」
武藤が持って帰った細身の竹を使って、麺を伸ばしていく。なんども方向を変えて伸ばした後、折りたたんで包丁で切り、それを1束づつ捩じって完成である。
「さて、実食といこうか」
完成したうどんを審査員に配る。
「ん? 吉田も光瀬もどうしたんだ?」
うどんを前に吉田と光瀬が固まっていた。
「女子の手料理を食べる日が来るなんて……」
「こんなに嬉しいことはない」
「最終回のニュータイプみたいなこといいだしたぞ」
武藤は呆れていたが、本来こんな美少女の手料理食べるなんてことはそうそうありえないのである。調理実習のあまったお菓子ですら確率は低いのだ。それを手打ちのうどんである。希少価値は非常に高い。女子生徒とは無縁の吉田達が感動するのも無理はなかった。
「まずは松井さんのか……うまい!!」
「コシが弱いけどこれくらいなら全然許容範囲だ」
松井のつくったうどんは市販レベルとまではいかないが、一般的なうどんといっていいレベルにはまとまっていた。
「ちなみにスープは武の持ってきたうどんスープだから全員平等よ」
水に溶かすだけの定番のスープである。ある意味こちらでは非常に価値が高いものである。
「それじゃ岩重さんのを……ふぐっ!?」
「!?」
一口食べて者たちが全員動きを止めた。
(これは……なんだ?)
(固い……そしてなにより……)
(想像を絶する程にしょっぱい!!)
全員なんとか吐き出さずにすんだが、想像を絶する味に今にも倒れそうだった。
「はあ、はあ、これは判定を下すまでもない気がするのだがねえ。一応聞くとしよう。松井さんの勝利という人は手を挙げてくれたまえ」
「!?」
審判5人全員の手があがった。
「というわけで松井さんの勝利だねえ。とりあえず岩重さんには自分のうどんを食べてみて欲しいねえ」
「わかった……ふぐっ!?」
悲し気な表情をした岩重が自分のうどんを1本すすると、その場で固まった。
「……私の負けです」
そして自分も認めた。まずいということを。
「まあ、最初の1手目でわかっていたことだけどねえ。いくらなんでも塩入れすぎだよ」
「……ごめんなさい。貴重な食料を無駄にしちゃいました。残りは私が責任を持って食べます」
「え? くれないの?」
「え?」
「どんな味だろうと岩重さんが一生懸命作ってくれたんだ。誰も食べないなら俺が全部食べる」
「吉田君……」
「それじゃ百合が作ったやつと松井さんの残りは全員の夕食にしようかねえ。甘い雰囲気の2人を見てるとしょっぱいのが甘く感じるかもしれないけどねえ」
「「え?」」
見つめ合う二人をからかうように香苗がそういうと、いい雰囲気の吉田と岩重は顔を真っ赤にして固まってしまった。
「吉田……お前裏切るのか……」
慟哭にも見える表情で光瀬が吉田を見て呟く。
「うらっ!? いや、その……」
ちなみにここでいう裏切るというのは、女性と付き合ったことがない同盟といういつものグループのことである。実は武藤は知らないうちに入れられていたが、知られる前に脱退させられていた。
付き合っている訳でもないのに勝手に裏切り者扱いされ吉田は焦る。確かに付き合ってはいない。だが付き合っているのかという意味の裏切りという言葉に対し、きっぱり否定してしまうのも忍びない。吉田の方も悪い気はしていないのだ。いや、むしろ天にも昇る勢いで浮ついている。岩重を見れば顔を赤らめてはいるが、決して嫌そうではない。むしろ傍から見れば喜んでいるようにも見える。全く女性に対して免疫のない吉田と光瀬では全く気付くことはできないが。
「そんなこといっちゃ駄目だよ光瀬君」
「佐藤さん」
そんな光瀬を嗜めたのは岩重の友人佐藤である。みればこちらも何かいい雰囲気だ。
「へえ、光瀬。何か佐藤さんといい感じな気がするのは気のせいか?」
「そ、そんなことは……」
吉田に逆襲され光瀬は言いよどむ。こちらも吉田と同じで付き合っているわけではないが、女子生徒といい雰囲気なのを壊したくないという思いは同じだった。
「具も何もないおうどんだけれども、知美が作ってくれたというだけで、今まで食べたおうどんの中でも一番美味しく感じますわ」
「ありがとう綺羅里ちゃん」
そんな陰キャグループの甘々な空気を全く気にもせず、皇は親友のつくったうどんを美味しそうに食べていた。
「山本さんのも美味しいわ。今度私も作ってみようかな」
「せめて秤があると良かったんだけどね」
百合が作ったうどんはまさに市販品と呼べるくらいにうどんだった。とても目分量とは思えない程完璧な分量配分だったようである。
「それじゃこれが勝者の商品ね」
「わあ!! ありがとう武藤君!!」
「運動の直前に飲むといいよ」
「わかった。明日発電前に飲んでみるね」
「じゃあこれは2位の商品ね」
「え?」
そういって武藤が岩重の渡したのは松井に渡したのと全く同じ薬だった。
「1本しかないって……」
「うん。あの薬は1本しかない。同じ効果の薬は他にもある」
「屁理屈にも程があるだろが!!」
「何の為の勝負だったんだよ!!」
「いや、おもしろそうだったから」
平然とそういってのける武藤に女神以外の武藤をよく知らないメンバーは唖然とした。
「まあ、そんなことだろうと思ったよ。武君が1本だけ持っているなんてありえないからね」
「香苗はわかってて言わないで勝負させたんでしょ?」
「だって……その方がおもしろいだろう?」
香苗も武藤と同じことを平然と言ってのけた。
「全く……香苗は武藤とその辺りはよく似てるわ」
「ちょっとうらやましいです」
そんな武藤と香苗に朝陽と月夜も呆れた表情を隠せなかった。
「でも見てるだけでも楽しかったデス。私も作ってみたいデス」
「じゃあ今度は一緒につくろっか」
「はいデス!!」
そういって無邪気に笑いあう百合とクリスに周りも自然と笑みが零れるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます