第126話 勝負

 拠点の隠し地点にたどり着いた後、武藤が上にあがりロープを下ろし、一人一人自力で登らせる。

 

「ぐ……ぐぐっ」


「惠ちゃんがんばって!!」


 岩重は若干体重があり、腕力もそこまでない為、自重を腕で支え切れないのか、崖の中間地点で止まり、プルプルと腕が震えている。

 

「もう……無理ぃ」


「惠ちゃん!?」


「よっと」


 結局落下してしまった岩重を武藤が下で受け止める。

 

「いや、命かかってんだからもうちょっとがんばろうぜ」


「ご、ごめんなさい」


「岩重はまず鍛えるところからだな」


 結局岩重以外は全員なんとか上れたので、岩重だけ当分拠点でお留守番ということが決定した。

 

「訓練施設を作るか。クリスも上れるか怪しいところだし」


 この拠点にいる女性陣で一番貧弱なのはクリスである。そもそもつい最近まで生死の境をさまよっていたのだから当然といえば当然である。

 

「訓練施設って?」


「ちょっと低い感じの段差をロープを使って上るようなやつ」


「なんかおもしろそうだな」


「お前らは仕事が多いんだからやる暇なんてないぞ」


「わかってるよ」


 そもそも吉田達はわかっていなかった。洗濯板を手作りするというのがどんなに大変なのかということを。

 


「おはよう武。ごめんね寝坊しちゃった」


「おはよう。みんな起きたな。それじゃ昼食をとったら残ってた5人は外で薪拾いに出よう。朝いった組は女子は電力補充で、男子は各種作業ね」


 武藤の指示に全員のはーいという声が重なった。完全に武藤がリーダーである。実際この拠点は武藤一人で持っているといっても過言ではないから当然の結果だった。武藤も自然と昔の感覚に戻っていた。みんなを引っ張っていた中学時代へと。


「昼食だけど面倒だからピザにする」


「ピザ!?」


 武藤は各種ピザ店のピザを何枚かづつ保持している。これもいつでも食べられるようにといういつもの武藤の癖である収集癖の賜物だ。

 

「おおおおっ!!」


 机に出されたピザは大き目でやたらとチーズがのっているやつである。

 

「おいしいけど、沢山食べるとさすがに胃にもたれそうね」


「あっそういえばこれもついてきてたわ」


 そういって武藤が取り出したのはからあげとポテト、そしてサラダであった。

 

「サラダ!! 食べたい!!」


「からあげ!?」


「馬鹿野郎!! 唐揚げは俺んだ!!」 

 

 出しただけで戦争の予感であった。

 

「ピザのLを頼んだら無料で2品ついてくるってあったんで、頼んだの忘れてたわ」


 武藤は買うまでは覚えているがその後はよく忘れてしまうのだ。武藤は収納しているものを見ることができ、尚且つ出し入れしたものを魔法でメモしている為、管理できているのである。普段は買ったことも忘れていることが多い。

 

「サラダ食べたい人!!」


 ばっと手があがった。斎藤姉妹と香苗、加賀美以外の女子全員の手があがっていた。

 

「6人か。このサラダは……3つしかない」


「!?」


 場に緊張感が走る。

 

「それじゃ欲しい人は向こうを向いて。俺とじゃんけんして勝った人が食べられるってことで。じゃんけんの手は頭の上に出してね。それじゃじゃんけんぽん。こっち向いて」


 ちなみに後ろを向かせたのは後出し等をさせない為である。見えないようにして一定時間頭上に提示することで、手を変えさせないようにしているのだ。

 

「!? やったー!!」


「勝った!!」


 武藤はグーを出しパーを出していたのはクリスと佐藤の2人だけ。チョキで負けたのは松井と岩重であいこが皇と百合であった。

 

「じゃあ後は直接じゃんけんして決めて」


「むむむ」


「絶対勝つわ」


 皇と百合がにらみ合う。

 

「この常勝皇に勝てると思いまして?」


「勿論よ」


「へえ、さすがは女神の1人。大した度胸ですわ。そうね……私はグーを出します」


「!?」


 既に何やら駆け引きが始まっているようだ。

 

「そうね。なら私はパーを出すわ」


「!?」



「……なんかすげえ面白いこと始まったんだが」


「サラダでなんでこんなことになってんだろ。面白くていいけど」


 吉田と光瀬は完全なギャラリーである。

 

「「じゃんっけんっ!!」」


「「ポン!!」」


「「!?」」


「おおー」


 ギャラリー達がどよめいた。お互いグーだったのだ。

 

「あーら、パーを出すんじゃありませんでしたこと?」


「ふふふっ間違えちゃったわ」


 お互いの駆け引きにギャラリーもにぎわう。

 

「解説の光瀬さんこれはどうみますか?」


「恐らく皇は何も考えずにグーを出したんだと思います。信じられない度胸ですね。対する山本さんの方は深く考え抜いた挙句にグーを出したのかと」


「ほう、それは?」


「そのままだとグーとパーで山本さんが勝ちます。だから絶対皇は手を変えざるを得ない訳です。そうなると山本さんに勝つ為の手はチョキ。最低でもチョキかあいこのパーに変えるはずなんです。そのままだと負けますから。その為、山本さんはこちらのグー読みのパーを出さずに相手がチョキを出すと踏んでグーに変えた。これが真相なのではないかと」


「さすがですね光瀬さん。素晴らしい解説です」  


「何をやってんだお前らは」


 リング実況さながらに解説しだす吉田達に武藤は呆れた声を出した。

 

「私はまたグーを出しますわ」


「!?」


「なら私もパーを出すわ」


「あら? 先ほどはそういってグーを出していませんでしたかしら?」 

  

「緊張して手がすくんじゃったのよ」  

  


「再びあつい駆け引きが始まっていますね光瀬さん」


「ええ、勝負は振出しですね」


「でもこれで再び皇がグーを出す可能性は?」


「あり得ますね。何も考えていませんから。ここは寧ろ山本さんが皇を信じ切れるかどうかの駆け引きだと思います」


「有言実行でグーを再び出すかどうかということですか?」


「そうです」


「さあ、山本さんは皇の言動を信じ切ることができるのか!! 果たして!!」


「「あいっこでっ!!」」


「「しょっ!!」」


「「!?」」


「ああーーっとついに決着!! 皇はなんとチョキ!! 対する山本さんはそのままパー!! 皇です!! 皇勝利!!」


「おーーーっほっほっほ!! 悪いわね山本さん。この常勝、皇に敗北はありませんですことよ!! この程度昼飯前ですわ!!」


「くやっしいいいいいい!!」


 百合は机をバンバンと叩いて悔しがっていた。ここまで悔しがる姿を見るのは武藤も初めてである。

 

「百合が武君以外にこんなに感情をむき出しにする姿を見るのは初めてだねえ」


「あー勝利の後のサラダは最高ですわっ」


「ぐぐぐ……」


「まあ、まあ百合ちゃんも食べるますデス?」


「クリスちゃん!? 大好き!!」


 そういって百合はクリスから差し出されたフォークにかぶりつきつつクリスに抱き着いた。クリスは既に日本語で日常会話できるくらい日本語が上達していた。

 


「いやあ、素晴らしい勝負でしたね。皇の勝因はなんでしょう?」


「あえて1手目に何も考えていないと思わせたのが勝因でしょうね。実際は山本さんが変えることを想定してのグーでした」


「と、いいますと?」


「山本さんが手を変えることを前提とした場合、皇は変えなければ負けはないんです。つまりそこを読み切るかどうかの勝負でしたね。そこを布石にして自分が手を変えないことを信じさせた。山本さんは最後まで完全に皇の掌の上でしたね」 


「いやあ、白熱した試合でしたね。それではまた明日。実況は吉田、解説は光瀬でお送りしました」


「お送りしましたじゃねえよ。っつか明日もやんのかよ」


「ぶふっ」 


 武藤達陰キャ男子グループのやり取りに当事者である皇と百合以外の女性陣が吹き出した。

 

「吉田君たちってこんなにおもしろかったの?」


「越智達よりよっぽどおもしろいんだけど」


 松井と加賀美にも陰キャグループは評判がよさそうだ。


「吉田君も光瀬君も武藤君も話題も知識も豊富でいつも話が面白い」


「聞こえてくるのを聞いてるけど、大体いつもこんな感じだね。いつもはもっと専門的な知識が入るけど」


 吉田よりになるとゲームのコアな話になり、光瀬よりになるとVtuberからそのVtuberが話題にした一般の雑学等の話になる。武藤自身は知らないことでなければ大抵ついていけるし、結構コアな話でもついていくことができる。


「聞いてたの?」


「聞こえてくるんだよ」


 吉田の問いに岩重が答える。何故かとてもいい雰囲気に見える。

 

「吉田君も光瀬君も結構通る声してるからね。耳をそっちに傾ければ結構聞こえてくるんだよ」


「……それはすまんかった」


 佐藤の言葉に光瀬が謝罪する。そこまで声が大きかったとは思っていなかったのだ。

 

「そこまで大きい声じゃないよ。でもなんか不思議と聞こえてくるんだよね」 


 声マニアを自称しているだけあってか、光瀬自身の声も何故か聞き取りやすかった。

 

「ふふーん」


 そういって香苗が武藤以外の陰キャグループを見て意味深にドヤ顔をする。

 

「へえ」


「そっか」


 それと同時に松井、加賀美の2人も微笑みながら吉田達を見つめる。 

 

「「なんだよ」」


「べーっつにー」


 意味深に笑う松井達に吉田達は首を傾げるばかりだった。

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