第123話 拠点環境

「とりあえずフル充電のバッテリーが1つあるから、それで充電しておくといい」


 そういって武藤はリビングの端っこに大き目の机を置き、その上にバッテリーと分配コンセント、それからUSB充電できるコンセントとケーブルを置いた。

 

「ちなみにこのバッテリーはフル充電なら、さっきいった電子レンジで2時間は動かせるくらい溜められる」


「2時間!? たしか1分動かすのに30分漕がないといけないんだろ? ってことは……30分×120で3600分!? フル充電までに60時間!?」


「確か1台や2台満タンにできるんだったっけ?」


「……申し訳ありませんでした!! 調子に乗りました!!」


 武藤の問いに光瀬は土下座した。1台フル充電するのに休まず3日近く同じペースで漕ぎ続ける必要があるのだ。2台ともなれば1週間休まず動き続けることになる。後で色々といわれる前に、問答無用で土下座することでそれをなくすという光瀬の起死回生の一手だった。

 

「つまり1台フル充電にするのに全員がかりで3日近くかかるというわけですのね?」


「夜やらなければもっとかかるな。でもさ、1度に溜めるのは1台である必要はないし、フル充電しないと使えないわけじゃないから問題ないと思うぞ」


「ああ、確かにそうですわね。ローテーションして3台を同時に溜めつつ、使うのは1台とかにしておけば良いということですわね」


「そもそも今のとこスマホしか使い道ないしな」


 ちなみに武藤は冷蔵庫や電子レンジも持っていたりする。何故かといえば新しいのに買い替えた時の型落ちの自分の家にあったやつを捨てるのが面倒で持っているだけだった。

 

(冷蔵庫も出すべきか……)


 さすがに冷蔵庫はどうだろうかと武藤は悩む。ちなみにフル充電のバッテリーなら冷蔵庫は普通に3日以上稼働する為、電力不足にはならないと思っている。何が問題かといえば――。

 

(さすがに快適すぎないか?)


 さすがに家電製品まで出してしまえば、もはやサバイバルのサの字もない環境である。無理にサバイバル感を出す必要なんてないのだが、周りが必死にサバイバルしている中、冷たい飲み物を片手にベッドで恋人達とイチャイチャはさすがにどうかと思ったのだ。「お前には人の心がないのか」と問われて「うん」と即答する武藤ですらこれは気が引けるレベルであった。

 

(まあ必要になったら出すんだけどね)


 武藤は冷たい飲み物が大好きである。故に他人にどう思われようが、最終的には絶対に冷蔵庫が出てくることは必然であった。

 



「武、キッチンが欲しいわ」


「とはいってもなあ……」


 キッチンを作るのは別にいい。だが問題があった。

 

「ここの岩山高すぎて、まず煙突というか煙を外に出すのが難しいんだ」


 現在の位置は岩山のかなり下の方である。真上に穴を開けると相当な高さを掘る必要があるのだ。

 

「なら入り口のすぐ近くにキッチンを作ったらどうだい?」


「ここまで運ぶの手間じゃない?」


「そんなに距離があるわけじゃないし、なんならキッチンの隣にダイニングを作ったっていいんじゃないかねえ」


「それじゃ、机と椅子用にまた木を持ってこないとなあ」


 確かに香苗の言う通り入り口すぐ近くなら通気口を空けるのも楽だし、水を捨てるのも楽だ。下に捨てた場合、下がどんなことになるのかなんて武藤は考えていない。

 

 武藤は香苗の提案通り入り口すぐ近くにキッチン用の空間を作り、その隣にダイニングとなる大き目な空間を作った。どちらも通路から直接行けるようになっている。

 

 キッチンには大き目な岩が残されており、武藤はそれを立方体に切り裂き、さらに中を空洞にしつつ天上部に穴をあける。そして上に鍋やらフライパンやらを乗せれば簡易的な竈の完成である。要は火で下から温めることができればいいのだ。コンロがなくても問題はないという武藤の判断である。というかさすがにコンロまでは武藤は持っていなかったのである。

 

 後は料理用の水瓶と流し場を作り、調理できる空間を作る。元は岩だが完全に平らに切っている為、まるでホーローのような使い心地である。

 

「なんかもうここまでくると、サバイバルってより単なる合宿って感じだな」


 吉田のその言葉に光瀬だけではなく、他のみんなも賛同して頷いていた。

 

「竈だと薪が必要になるな。明日俺達で拾ってこよう」


「それなら私達もいくわ」


 吉田の言葉に朝陽が加わる。

 

「ならこれをもっていけ」


 武藤はそういってサバイバルナイフを朝陽と月夜に渡す。

 

「襲ってくる奴がいたら躊躇いなく殺せ。それが知ってるやつであっても」


「わかってるわ」


「その辺りは問題ないです」


「……お前ら覚悟決まりすぎてて怖いんだが……」


 武藤と斎藤姉妹の会話に光瀬がドン引きしていた。斎藤姉妹は元々そういう訓練をしてきたのである。まだ実際に殺しはしたことはないが。

 

「薪を持つのは吉田と光瀬で朝陽と月夜はその護衛ってことで。離れたら連絡がとれないから、時間を決めて行動しよう」


 武藤のその意見に全員が頷いた。スマホは基本的にネット回線がなければ通信できない。Bluetoothなら専用のアプリを入れればトランシーバー代わりに使えないこともないが、Bluetoothの範囲がそもそも20mくらいである。高台の高さが30mあるここでは届かない可能性が高い。よって現在は連絡手段がないのである。

 

(本当は朝陽達にも降りてほしくないんだが……)


 竈な以上、どうしても薪が必要になってくる。武藤が供給すればいいが、さすがにそこまでおんぶにだっこでは、彼女達が気にするだろう。

 

「薪拾いなら私達でもできますわ!!」


「こういうのは人手が多い方がいいよね」


「むしろ上に残すのは数人にして、残り全員で行った方が安全じゃない?」


 皇達の言葉に確かにと賛同の声も聞こえる。

 

「襲ってくる奴らの生活基盤が安定するまではそうかもしれないな」  

 

 人は生活基盤が安定すると次の行動に移る。逆に言えば安定しなければ移る余裕がないのだ。

 

「余裕ができたらこれだけの人数が居ても襲ってきますの?」

 

「襲う奴はどれだけ人数差があろうが襲ってくる。餌が極上だからな」


 5女神に皇達美少女グループである。欲におぼれた奴が襲ってこないわけがない。

 

「あっそうか。そもそもかち合わなければいいんだ」


「場所を変えるってこと?」


「岩山の北にも森はあるんだよ」


 段差があって遠いが、岩山の北側にも森は広がっている。生徒達はまず身近な場所から探索するはずだ。ならば違うところで薪を集めればいい。武藤の意見に全員賛同した。

 

「時間帯も早朝にした方がいいな。そんな時間から薪集めなんてするやつはいないだろうし」


 その後も色々と各自の作業についての話が続き、そして……夜の帳が下りた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る