第122話 仕事
(危なかった。もう少しで犯られるところだった)
クラスメイトの目があろうが問答無用で襲われていたかもしれない。あれはそんな目をしていたと武藤は一人体を震わせた。
「崖か」
一人森へと出た武藤が最初に向かったのは海である。そこは砂浜……などではなく、切り立った断崖絶壁だった。
「海にも行けないが、海からも来られないのなら寧ろ安全か。さすがにこれで海から襲い掛かってくる奴はいないだろう……多分」
言い切れないのが異世界である。何せクジラがビームを撃ってくる世界もあったのだ。何が起こるか全く想像がつかない。
「魚は沢山いそうだから、とってもいいけどどれに毒があるかわからんのが困りものだな」
たいして美味しくもないフグを命を懸けて食べるようにした日本人は、一体どれだけ食にこだわっているのかと武藤は同じ日本人として内心呆れていた。それを食べなければ死ぬというのならわかる。だが他にいっぱい食べられる魚いるだろう……と。命を懸けて毒持ち生物をなんとか食べようとする日本人の食に対する根性は一生理解できないと武藤は心底思った。
「まあ川にも魚がいたし、ガッチン使えばとれるだろう」
ガッチン漁、またはガチンコ漁とも呼ばれる石打漁。大きな石どうしをぶつけてその衝撃で周囲の魚を気絶させる法律で禁止された漁である。何故禁止されているかといえば、稚魚にまで影響を与える為、周囲の魚を根絶させる危険性があるのだ。
だがサバイバルでそんなことは言っていられない。生きる為なら人はなんだってやるのだ。何より優先されるのは自分の命である。
その後、森の中を見てまわり、
(熊は……結構離れてるな。岩山と反対方向に巣があるのか)
武藤は万が一にも逆襲にくることを懸念していたが、どうやら熊は大人しくこちらに近づかない選択をとったようだった。命の危険を感じた本能のなせる業だろう。
「一応写真を撮っておくか」
武藤は空に飛びあがり、上空から森をスマホで写真に撮った。そして色々な植物や動物の写真も撮っていく。
「これくらいでいいか」
いつの間にか写真家のように熱が入ってしまった武藤は、一心不乱に写真を撮り続け、気が付けば辺りが薄暗くなっていた。武藤は転移を使い一瞬で拠点まで戻った。
「武藤腹減った」
武藤が帰って顔を合わせた吉田の第一声である。
「育ち盛りの子供か!!」
「育ち盛りの子供だ!!」
そういえば地球では未成年だったなと武藤は思い出した。異世界では15は既に成人である。1人で生活しているものも少なくなかった。
「今日は下のみんなと同じもの食べとけ」
そういって武藤はカンパンとコップ、そしてプラスチックの皿とステンレスフォーク、スプーンを人数分机の上にだした。そしてリビングの隅にデカい壺を置く。買った時は自分でも一体何に使うんだと思ったが、まさかの水瓶である。これに先ほどトイレづくりに余った木の板で蓋をし、柄杓を上に置くことで、ウォーターサーバー替わりの水瓶完成である。
「うまっ!? カンパンてこんな旨いの!?」
武藤が振り向くと、昼から何も食べていない一行はカンパンを一心不乱に食べていた。
「もっとパサついてると思ってたのだがねえ」
「しっとりしててほんのり甘くて、思いのほかおいしいよね」
香苗と百合にも好評のようである。
「美味ですわ!! シェフをお呼びなさい!!」
「カンパン工場の人ってこと?」
「社長かもねえ」
皇達一行は相変わらずだったが、概ね好評のようだった。やはり空腹に勝るスパイスはないのだろうと武藤は一人、異世界でのサバイバル生活を思い出していた。
「みんな集まってることなんで話をしとくと、まず共通の認識の為にスマホを全員返しておく」
そういって武藤は預かっていたスマホを返す。
「まずスマホの時間を見てくれ」
そういって全員に現在時刻を確認させると思った通り時間がずれていた。百合達が一番早く、武藤が一番遅い。凡そ1時間程の差があったのだ。日の感覚から全員百合のスマホの時間に合わせることにした。全員が共通の時間という判断材料を持つことで、待ち合わせやスケジュール等が格段にやりやすくなる為である。ただし、電話で一番の利点であるはずの直接連絡ができない為、現在のスマホは電話機能のない電話という謎に豪華な時計兼カメラである。
「でもバッテリーはどうするんだ?」
「いいものがある」
吉田の言葉に武藤はそういって何かを取り出した。
「……ペダル? まさか!?」
「そう。人力発電機だ。これなら誰でも仕事ができるだろ?」
武藤が取り出したのは自転車のペダル部分だけのように見える。これは武藤が日曜の昼にTVを見ていた時に紹介されていたもので、一目で気に入った武藤はそれなりの値段がするそれを3台ほど即座に購入していた。
「これはなんですの?」
「吉田、お手本を見せてやれ」
「俺かよ……」
武藤の言葉に渋々と吉田は従い、リビングの椅子に腰かけたままペダルをこぎ始めた。
「こうして漕ぐことで電気を溜めることができるんだ」
「まあ!! すばらしいですわ!!」
「だけどそのまま使うとこれは非常に効率が悪いから一旦これに充電した方がいい」
そういって武藤が取り出したのは所謂ポータブル電源と呼ばれるものだった。
「これに一旦充電して、それから使った方がいい」
「なんで?」
「インバータつなげて充電しながらだと死ぬほどペダルが重くなるし、かなり電気が無駄になる」
武藤は既に実践済みだった。なんでもやってみる男なのだ。平日の夜に家で一人ペダルを漕ぐ姿はまさに陰キャボッチであった。
「こっちを充電すればいつでも使えるし、コンセントだって使えるから冷蔵庫とか電子レンジだって使えるぞ」
「マジか!?」
「電子レンジなんて1分動かすのに30分以上漕がないといけないけどな」
「マジか……」
電子レンジの消費電力はかなり高いのである。定格100Vの1300wを40w出力の発電機で動かそうなんて思うのが土台無茶なのだ。でも人力で電子レンジを動かすことができるという時点で武藤からしたら感動ものだった。
「30分死ぬ気で漕げばスマホ1台はフル充電できるぞ」
「「すげえ!!」」
武藤の言葉に吉田と光瀬が驚きの声を上げた。
「発電機もバッテリーも3つづつあるからそれぞれでがんばって溜めてくれ」
「まかせとけ!!」
「俺にかかればバッテリーの1台や2台、簡単に満タンにしてみせるぜ!!」
吉田も光瀬も気合が入っている。男の力の見せどころだからだろう。
「これなら私もお役にたてますわ!!」
「よかったね綺羅里ちゃん」
「たしかにこれなら私達でもやれるね」
無邪気に喜ぶ皇一派。これがあれば少なくとも無駄飯ぐらいとは言われないから、喜びも
「これなら私達でもやれそうだね惠ちゃん」
「うん。ダイエットにもなりそうだねなっちゃん」
陰キャ女子2人も仕事ができて安堵していた。
実はこのバッテリーはソーラーパネルで充電できるタイプで、そのパネルも結構な数持っていることを武藤は黙っていた。なんならフル充電のバッテリーがいくつも収納に入っていたりするが、漸くみんなにも可能な仕事ができたのだ。この空気を壊す必要はない。武藤は相変わらず空気が読める男だった。
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