第121話 信用

「お前も大変だな」


 そういって武藤は吉田に労うように肩を叩かれた。

 

「なんであのお嬢様に気に入られたのか全くわからんのだが……」


「ピンチの所を助けたんだろ? そりゃ吊り橋効果ってやつだよ」


「やっぱりそうか。早く冷静になるといいのだが……」


 吊り橋効果の影響もあるが、実際は武藤の底知れぬスペックと人間性に皇は本当に惹かれている。ハイスペックな人間を代々選んできた皇の血が本能で武藤を求めているのだ。ではなぜ教室で会ったときは気にしなかったといえば、武藤の擬態が完璧だった為である。そして陰キャという先入観からまともに武藤を見ていなかったというのが主な原因だ。

 


 高台付近の入口にくると武藤は拾ってきたものと道具を取りだす。探索に行った時に吉田達と選んで色々と集めてきたのである。

 

「それじゃ大まかに俺が切っておくぞ」


 そういって武藤は切り株を綺麗な円柱に切り取ると薄く1枚切り取った。そして残りの円柱部分の中心に穴をあける。

 

「おおっ!! イメージ通りだ!! さすが武藤」


 探索中にトイレの形等をどうするかを決めながら歩いていたので、この辺りは事前の打ち合わせ通りである。

 

「後はこの薄いやつを便座として上にセットすればいいな。光瀬、こいつをU字型に切り抜いといてくれ」


「OK」


「武藤、防水シーツとかあるか?」


「あるけど、丸太の内側に張るんだろ?」


「おう、よくわかったな」


「ならこっちのがよくね?」


 そういって武藤が出したのはプラスチックの薄い板、通称プラ板である。

 

「なんでプラ板なんてもちあるいてんだよ……」


「防水具として意外と便利なんだぞ?」


 確かに便利だが、それを普段から持ち運びできるのはかさばらないで持ち運びできる武藤ならではである。

 

 愚痴をこぼしながらも吉田は丸太と同じ高さに切ったプラ板を丸太の内側に張った。

 

「これで聖水が木に染み込むことはないだろ」

 

「聖水とかいうな。まあ確かにいいたいことはわかるけど」


「美少女ばっかりだからな。聖水が染み込んだ木とか高く売れると思わん?」


「いや、売れねえだろ。何があったらあんな美少女達が丸太に聖水かけることになるんだよ」


 吉田のアホな提案に対する光瀬の回答に武藤もなるほどと納得する。美少女達の聖水が染み込んだ丸太とか、こっちにきてるやつなら信じるだろうが、そもそもこっちでお金を持ってるやつがいない。地球で売るにはまずこの丸太をあの美少女達がトイレ代わりに使ったということを信じさせることが必要になるのだ。どんな詐欺師でも難しいだろう。

 

「そういえば武藤はマスクとメガネとらないのか?」


 プラ板を釘で打ち込みながら吉田が武藤に尋ねる。

 

「ここでならとってもいいけど後だな」


「そもそもなんでマスクもメガネもとらないんだ? 別に視力悪くないんだろ?」


「あのな……俺が両方取ったら百合達以外誰も俺を俺だと認識できない・・・・・・・・・・・だろ」


 武藤は学校では基本的にずっとメガネにマスクである。それが急に素顔でうろついた場合どうなるか? 1組の生徒は2組の生徒と思い、2組の生徒は1組の生徒と思う。これが武藤の予想である。自分達のクラスにいない生徒となれば必然的に隣のクラスの生徒・・・・・・・・なのだ。何せここには1組と2組しかいないのだから。

 

「一々自己紹介して歩くのもあほらしいからこのままにしてんだよ」


「なるほどな。よく考えたら俺達もお前の素顔知らねえや」 


 実際はマスク姿のままでもすぐに武藤と分かる者は少ない。2組ですらだ。何故かといえば武藤はいつも気配を薄めているからである。武藤を意識してみようとしない限り、存在感が薄くなるのだ。意識して武藤を見ようとした為、以前陽キャの越智と皇には発見されたのである。

 

「でも俺は声を聴けばわかるぞ。顔を見ても誰かわからんが声だけで知ってるやつは全生徒判別できる。声を作られたらわからんけど、素の声ならほぼわかるぞ。Vtuberオタクの前は声優オタクだったからな」


「マジか。なんだその特技」


 意外な光瀬の特技が発覚した。


「今まで役に立ったことは1度もないけどな」


「そもそもそれが役に立つ場面が思い浮かばねえよ」


 そんな会話をする2人に便器作りは任せて、武藤は激論を繰り広げていた女子達の元へと戻るが、その足取りは重かった。

 

 

 

「あっ武藤君!! 酷いんですのよこの方たち。私の体では貴方への報償にならないというのです。なんとかいってやってくださいまし!!」


 リビングに戻るなりいきなり武藤は皇に絡まれた。

 

「綺羅里ちゃんがいったところで厄介事にしかならないでしょ!!」


「皇の姫と呼ばれたこの私が厄介事!?」


「姫は姫でも綺羅里ちゃんの異名は皇の暴走姫でしょ!!」 


 武藤は松井のその言葉だけで皇の世間的な評価がよくわかってしまった。うん、その異名は正しい。と、よく皇のことをしらないのに現在の皇を見て妙に納得してしまう。

 

「そもそも君は武くんのことを良く知らないようだからいっておくがこの男、身内と認めた相手以外には驚くほど興味がない。どれくらいといえば、例え目の前で死んだとしても何も感じない程には興味がない」


「まあ!?」


「綺羅里ちゃんも一緒でしょ?」


「……」


 自分をよく知る松井にそう言い切られ皇は黙った。

 

「つまり基本的に下の有象無象を助ける気はないということだ」


「ですが!!」


「まあ、待ちたまえ。基本的にはといっただろう? 生徒思いの中林先生が悲しむかもしれないというだけで、ある程度手を貸すことはするだろう。というかもうしてきたな。それに武君は幼い頃からの教育なのか、信じられない程女性に甘い。なんだかんだといって厳しく見捨てるところを私は見たことがないねえ」 

 

「なら!!」


「だからといってこちらの忠告を聞かなかったり、そもそも馬鹿にしてくるような相手を無差別に助けるというわけではない」

 

 香苗のその言葉に興奮していた皇も少し落ち着いたようだ。

 

「そもそも武君はずっと陽キャな存在だったが、心の本質的には陰キャの方が近い。何故なら基本スタンスが俺はお前にかかわらないからお前も俺に関わるな。だからねえ」


「武藤君が陽キャ?」


「少なくとも中学まではずっと陽キャと呼ばれる存在に近かったと思うねえ。常に人の中心にいたし、なによりその心根とやさしさで人を無意識に引き付けてたから、近くにいると居心地がよくて気づけば人が集まっているんだよねえ」


「それがなぜこんな感じになりましたの?」


「それは私達のせいだねえ。そのままだと間違いなく目立ってモテてしまうから、それを隠してもらいたくて目立たないようにお願いしていたのだよ」


「そうでしたの……」


「武は周りから人の方が寄ってくるからそれらの人とは関わってきたけど、自分から関わりにいくことは滅多にないんだよ」


 百合の言葉に香苗も黙って頷く。美紀も真由も基本的に武藤の恋人達は女性からのアクションが先である。小鳥遊もまずは自殺未遂というアクションがあったからだ。あれで飛び降りずに何も言わずに立ち去っていれば何も関わることはなかったのである。

 

「武君におんぶにだっこの私達がいうのもなんだが、今彼等を助けたとしても働かない働きアリみたいに単に寄生するだけの生き物になりかねないねえ」 


「そもそも女子を助けたとして、できることがあるの?」


 ここには電子機器がそもそもないのである。ミシンもなければ洗濯機もない。コンロもなければ掃除機もない。じゃあ助けて何ができるのかといえば、女子生徒の場合娼婦のように体を売るくらいである。それだと彼女達を支配しようとしている男と何も変わらないのだ。なにより武藤は女に困っていな――いや、ある意味困っている? 恋人が多すぎるという面で。


「確かにそうですわね。運よく助けてもらっただけの私が言うことではありませんでしたわ。ごめんなさい武藤君」


「いや、わかってくれれば「だからこそ」え?」


「私にできることといえば、どんな宝石よりも価値があると自負するこの体を差し上げることくらいですわ!!」


「……また始まった」


 皇の再びの暴走に松井がうなだれる。実は先ほど同じやり取りをしたばかりだ。

 

「武藤君は先ほどえっちな目で私を見ていたじゃありませんか!!」


「エロい目で見るのと実際に手を出すのは天と地程の差があると思うぞ?」


「では実際手を出している山本さん達と私と何が違うのです!!」


「信用かな」


「しんっ!?」


「少なくとも見た目だけで陰キャ扱いして、見下してくることはなか――朝陽はしてきたか」


「ぐっ……だ、だってあの時は武藤のことよく知らなかったし、他にもいろいろ理由があったんだもん!!」


 思わぬところから流れ弾を食らい朝陽がひるんだ。こうかはばつぐんだ!!

 

「お姉ちゃんを許してあげてください。あの時は長年の夢だったお嬢様の護衛になる為に呼ばれたはずが、全然違う人の護衛につけって言われたことでかなり精神的に不安定だったんです」 


「まあ、過ぎたことだしいいよ。そもそも2人はクリスの巻き添えみたいな感じで俺に襲われちゃったんだけど、良かったのか?」


「私達も興味あったし、その……あんたのこともいいなって思ってたから……」


「このチャンスを逃しちゃだめだって思って、どさくさに紛れちゃいました!!」


 寧ろ裏でクリス達がそうなるように誘導していたのは月夜だったりする。その辺りの知識をそれとなく朝陽やクリスに共有して、興味を持たせていたのだ。ちなみにこの3人ももちろん撮影ずみである・・・・・・・


「どさくさ……私達も!!」


「聞こえたら意味ないよ綺羅里ちゃん」


 武藤達の会話に思うことがあったのか、皇が叫ぶが秒で松井に諫められた。

 


「まあ、なんだかんだと朝陽達も今では信用しているから。そういうわけで皇達に手を出すことはないかな」


「じゃあ信用を勝ち取れば問題ないってことね」


 そう答えたのは皇ではなく、予想外にも大人しく傍観していた加賀美だった。

 

「真凛ちゃん?」


「綺羅里のいう通り、私達って結局武藤に助けられるばっかりで何にもしてあげられないでしょ? 今は借りってことにしてもらってるけど、返せるあてもないし。寧ろ命を助けられてそれに見合う借りなんてどうやって返せばいいのかわかんない。でも武藤は私達のことを可愛いって言ってくれた。ってことは、多少は女性としての魅力があるってことでしょ? だったらそれで返すしかないんじゃないかなあって……」


「君達が焦る気持ちもわからんでもないが、そんな貸しや借りや恩なんぞで体を差し出されても武くんが困るだけだよ。彼は独占欲が非常に強いからねえ。1度でも手をだすということは、その者が裏切らない限り一生面倒を見るのと同義だと思っているくらいだ。だから彼に抱かれるということは、一生を彼に捧げると同じことだと覚悟をしてからにして欲しいねえ」


 香苗の言葉を聞き、加賀美は周りを見渡すと、女神と呼ばれる女性陣は一様に頷いていた。

 

「まあ、加賀美さんが焦る気持ちもわかるよ。今、武藤に捨てられたら下のあの環境に戻るってことだからね」


 それはつまり、トイレも寝床もなく、食料もない状態で男子生徒達から身を守り続ける必要がある環境に身を置くということである。限られた期間ならまだ希望が持てる為、なんとか頑張れるかもしれないが、この状況がいつまで続くかわからないのだ。その状態で現代人が電気のない生活をどれだけ続けることができるのか。武藤の恋人である5人以外はいつその状況に置かれてもおかしくないのだ。不安に思うのも無理はない。

 

「確かに君達がここに来たのはただの成り行きだが、それでも武君は簡単に見捨てたりしないさ。そもそもあれで武君は人を見る目は確かだからねえ。見捨てるような相手なら最初から連れてこないよ」


 香苗のその言葉を聞き、皇達と陰キャ組2人は多少は安心したのか、安堵の息を漏らした。 

 

「だからといってただ飯ぐらいをおいておく理由はないからねえ。何か君達にできることを……とはいってもこんなサバイバル環境下で現代人ができることなんて殆どないからねえ……私達も朝陽と月夜くらいしか役に立てないだろうし」


「今の百合と香苗なら十分役に立つと思うわよ?」


「寧ろ私達より強いかと」


 香苗の言葉に朝陽と月夜が答える。先ほども自分達が汗だくで息を切らしていた隣で2人は息一つ乱さずにいたのを見ている。魔力の総量と熟練度が斎藤姉妹と段違いなのだ。

 

「とはいっても魔力も無限ではないからねえ」


 そういって香苗は武藤に流し目を送る。それに伴って百合や斎藤姉妹、そして只管黙っていたクリスも便乗するように武藤に視線を送っていた。

 

(何だ、この肉食獣の檻に入れられた感覚は……) 


 明らかに視線が向けられていることを感じながらも、武藤は彼女達と視線を合わせないようにしていた。

 

(目を合わせたらやられる)


 本能的に危機感を覚えていた。ちなみにこの時の「やる」の字はもちろん「犯る」である。

 

「そうだ、吉田達の作業が終わったら1度みんなリビングに集まって色々と今後の話をしよう。俺は暗くなる前にちょっと森を見てまわってくる」


 そういって武藤は一人姿を消し、森へと消えていった。


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 お待たせしました。サラリーマンの方や学生の方にはあまり縁がないとは思いますがこの季節とある怪物があらわれるんですよ。それでちょっと忙しくて更新できませんでした。ええ、確定申告っていう怪物なんですけどね。

 最近は非常に便利になったおかげでスマホとマイナンバーカードがあれば自宅で簡単にぱぱっと終わらせられるようになって、かなり楽になったんですがね……今年から即死魔法インボイスというのを覚えたんですよこの怪物。弱小作家を軒並み即死させる恐ろしい魔法なんですよ。私? かろうじて根性でHP1残ってました。

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