第120話 皇の暴走姫
「どうでした武藤君? 私のお芝居は!!」
「完璧だったぞ」
「!? そうでしょう、そうでしょう。何せこの私ですからね!!」
武藤に褒められて皇は有頂天である。そもそもお芝居も何もあそこで言ったことは純度100%の事実である。お芝居もへったくれもない。
「綺羅里ったら調子にのっちゃって」
「ふふっいいじゃないの。綺羅里ちゃんが楽しそうで」
のけぞって高笑いをする皇を見て加賀美は苦言を呈し、松井は楽しそうにそれを見守っていた。なんだかんだと仲のいい3人組なのである。
「ふむ、予定外ではあったが、逆に良い結果になったねえ。これで不自然にいなくなったと思われることもないし、捜索されることもない。そして姿を見られたとしてもさほど問題にもならない。後は吉田君たちが気を付けるだけかねえ」
「俺達?」
「気を付けるって何を?」
「女性陣は余程のことがなければここから降りることはないが、君達だけは普段から降りることがあるからねえ。そうなると他の男達どころか女子生徒達も接触してくる可能性がある」
「……なんで?」
「私達がどんな生活をしているかわからないからさ」
「??」
香苗の言葉に吉田も光瀬も首を傾げる。
「貴方達……少しは頭を使いなさいな」
「え? 綺羅里ちゃんわかるの!?」
「私もわかんないんだけど?」
皇の友人達2人も話がわかっていないようであった。
「貴方達ねえ……以前、マスコミの話をしていたでしょう? 隣の芝は青いのですわ」
「そういうことだねえ」
「??」
「……はあ、彼等は教師の力を借りて漸くサバイバルをしているのに私達は女性10人に男がたった3人。それで私のような高貴な令嬢が文句も言わずに生活しているとなれば、一体どんな暮らしをしているのか気になりませんこと?」
「ああ、確かになるね」
「そうなればこちらが気になって接触してくるってことさ。男の方はもっと俗物的な考えだろうけどねえ」
「襲ってくるってこと?」
「武君は陰キャとして生活していたからねえ。その強さを知らないのなら自分達で簡単にどうこうできると考えるのが自然だろう。例え熊を倒したといわれても信じないよ。人は自分に都合のいいことしか信じない生き物だからねえ」
「なるほど。要は連れて行ってくれと頼まれたり後をつけられたりするってことか」
「それで済めばいいけど、男どもは下手したら人目のないところでいきなり襲ってくる可能性もあるねえ」
「どこの世紀末だよ」
「そこまで馬鹿かなあ?」
香苗の懸念を吉田達が訝しむ。
「普通の男は君達とは違うのだよ。女に対する欲望が恐ろしく高いのさ。特に私達は見目麗しいからねえ」
そういって妖艶にほほ笑む香苗の視線に吉田と光瀬はしどろもどろになる。陰キャだけあって生身の女性に対して耐性がないのだ。
「特に今はまだ収まっているが、そのうち爆発するかもしれないねえ」
「なんで?」
香苗の言葉に加賀美が問いかける。
「今はまだ、彼等の心は日本にいるのさ。だからここも彼等にとっては日本なんだ」
「そういうことか。つまり助けが来ないとわかれば、それまであった秩序がなくなるってこと?」
「そうなる可能性が高いねえ。何せ暴力で支配できる場所で、それを咎める存在である警察機構がない。そして、周りには言うことを従わせることが可能な若い女達がより取り見取り。好き放題やるやつらが出てきてもおかしくはないねえ」
「あー確かにラノベとかだとその辺りは定番だね」
「異世界転移系だとよくあるパターンですな」
香苗の言葉に岩重と佐藤がうんうんと頷く。
「私はラノベとやらを嗜まないのでよくわからないのだが、その異世界転移系とやらでは、その後どうなるんだい?」
「えっと大体いくつかパターンがあって、多いのが内部分裂していくつかの派閥が出来るパターンかな」
「それで主人公が既に追放されてて復讐するか、仲間と一緒に追放されたりして、後になって残ったヒロインが主要派閥から抜けて主人公と合流したりとか」
「ふむ。追放云々はおいておいて、内部分裂して派閥ができるというのは私の想定と同じだねえ」
「人は2人いれば対立が起き、3人いれば派閥ができるといいますわ」
「そう考えると大平元首相の言うことも案外正しかったのかもねえ」
「香苗、どういう派閥に割れると思う?」
「まず解体ができてサバイバル能力も高い中林先生、若くて女子生徒人気のある高橋先生で派閥は別れるだろうねえ」
朝陽の言葉に香苗はそう答える。
「教師で別れるの?」
「まずナイフを持っているのが教師だけだからねえ。高橋先生が解体なんかできるのか知らないが、武器を持っていてガタイのいい成年男性というだけで、一定以上の権力は持つだろう」
ちなみに高橋は体育教師である。
「それに立ち去るときに百合に声をかけてきただろう? 下心しか見えな――!? た、武君ちょっと抑えてくれないかねえ」
百合が狙われたという香苗の言葉に武藤は無意識に殺気が体から漏れ出ていた。常人にはわからない程度であるが、魔力感知に堪能な香苗は直ぐにそれに影響されて、汗がにじみ出ている。
「ま、まあ私達で欲望を満たす為なのか、それとも賞品にでもするつもりかはわからないがねえ」
「賞品?」
「自分に従えば私達を抱かせてやるといえば従うアホウもいるだろうねえ」
「……最低ですわ」
「まあ、まだ実際そうなった訳じゃないし、香苗の想像だから」
そうフォローする百合だが、こういう時の香苗の想像はほぼ外れないのは良く知っている。
「武藤君どうするの?」
「どうって?」
「女の子たちを助けないのかってこと」
「無理やり襲われそうで助けてほしいっていうのなら助けるけど、こっちからは何もしないよ」
「えっ!?」
武藤の言葉に松井が驚く。
「まあ当然ですわね」
「え? 綺羅里ちゃん?」
「当たり前でしょう。お前らは襲われるから俺のところにこい、なんてこの陰キャまっしぐらの恰好の男が言って誰が付いてくるのです? しかもまだ何も起こっていないのですよ?」
「ぐっそれは確かに……」
「正直な話、ここにいるメンバー以外の顔も覚えてないレベルだから、中林先生だけ無事なら後はどうでもいいかな」
武藤としては既に必要最低限の手助けはした。なので後は好きにしてくれというのが正直な思いである。ここにいるメンバー以外は中林さえ無事なら後はどうでもいいのだ。万が一自分にまきこまれたという可能性があった為、少し手助けしただけなのである。
「誰か助けてほしいっていう生徒はいるの?」
その言葉に全員考えるが誰も思い浮かばなかったらしい。
「偶にクラスのみんなと一緒に遊びに行くことはあるけど、そもそも私達はいつもこの5人で固まってるしね」
「私達もこの3人ですわね」
「わ、私達も2人だけ」
5女神、陽キャ、陰キャとそれぞれ固まっているのはここにるメンバーだけのようだ。まあ陽キャのグループには男子が混じっていたようだが。
「そこまで親しいってわけじゃないけど、でも悲惨な目にあって欲しいわけでもないから、できたらでいいから男子に襲われるようならその前に助けてほしいとは思う……かな。何にもできない私がいえた義理じゃないけど」
「ノブレスオブリージュ。武藤君なら助けてくれますわ」
「いや、俺貴族でも王族でもないし、社会的地位が高いわけでもないのに、無償で助ける義務はなくない?」
「義務はありませんが、貴方にはそれを成せる力があるではありませんか」
「それはおかしいねえ。それだと武君がその力を得るためにした努力は全く無視していることになるからねえ。それは武君が死ぬ思いで得た力を何の対価もなくただ利用するのと何が違うのかな? まあ私達が言えた義理ではないのだけどねえ」
「それは……確かにそうですわね。彼等から何も得ているわけではありませんものね。しかし武藤君が誇り高き勇者なのは違いありません。武藤君ならきっとなんだかんだと理由をつけて助けてしまうでしょう」
武藤はそれに対し何もいわない。実はしばらくこの場所から離れるつもりだったので、その時何かあってもどうしようもないので結果見捨てる形になる可能性が高いとはあえて言わなかった。
「ですがそれでは対価がありません。勇者に捧げるのは姫と相場が決まっています。ですので皇家の姫と呼ばれたこの綺羅里が貴方へ嫁ぎましょう!!」
「??」
武藤は皇が何を言っているのか全く理解できなかった。ちなみに武藤だけでなくここにいる皇以外の全員同じ気持ちである。
「綺羅里ちゃん? 何言ってるの?」
松井が不思議そうな顔で皇に尋ねる。
「私が嫁ぐ代わりに助けてほしいと願う女子生徒達を助けて欲しいということですわ」
「助ける部分と綺羅里が嫁ぐがどうしてもつながらないんだけど?」
加賀美の意見に周りもうんうんと頷いている。
「全く、これがわからないとは、真凛にも困ったものですわね」
「困ってるのは綺羅里以外の全員だよ!!」
結局、その後は女性陣全員で話し合いが続くようだったので、武藤は吉田達を連れてそそくさと明るい高台の場所へと向かった。
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