第119話 独立宣言

「あれ? 越智君達じゃん」


 拠点に戻ると玉木、越智の陽キャグループ男子二人は2組女子生徒達に何故か白い目で見られていた。

 

「聞いたよ? 皇さん達置き去りにして逃げたんだってね?」


「!? だ、だれから――武藤か!!」


 その話を広めた人間を思いついた越智は武藤をにらみつける。だが武藤は全く関心がないとばかりに隣の吉田達と話をしていた。

 

「おいっ!! どういうつもりだ!!」


 越智が叫ぶも武藤は全く振り向きもせずに吉田達と会話を続けている。

 

「!? ふざっごはっ!?」


 武藤につかみかかろうとした瞬間、越智は背中に衝撃を感じた。肺の中から息が吐きだされ呼吸が戻った時、漸く自分が地面に倒れていることに気が付いた。

 

(何が起こった? なんで俺倒れているんだ?)


 越智は自分があおむけに倒され、腹の上に誰かの足が乗せられていることだけがわかった。

 

「武藤やめろ!! 時守は陽咲が絡まない限りは手は出さなかったぞ」


「……そうですか」


 武藤は中林の言葉に素直に従い、越智の腹の上にのせていた足をひっこめた。

 

「義雄!! 大丈夫か!?」


 玉木が倒れた越智に駆け寄る。

   

「いっつつ……淳、何があったんだ? なんで俺は倒れてるんだ?」


「わからん。お前が武藤につかみかかろうとした瞬間にもうお前は倒れてた」


 実際は武藤が高速で越智の足を払い、回転しながら宙に浮いた越智の腹をかかと落としのように地面にたたきつけたのだ。もちろんかなり手加減をしている。


「武藤君て強いのね」


「そりゃあの犬たちが来ても全然ひるまなかったくらいだし」


 クラスの女子達の武藤を見る目が少しづつ変わりだしていた。こちらに来てから少しづつ学校では抑えていた武藤の自重が外れてきたのだ。相変わらずメガネにマスクで顔はわからないが。

 


「先生!! あっちに洞窟みたいなところがありました!!」


「なんだと!? 近づいたら駄目だ!! 熊の巣かもしれん!!」


 薪拾いに行っていた女子生徒が岩山の側面に洞窟があることを発見したらしい。これには武藤も気が付いていなかったが、隠しの入口のちょうど反対の側面にあったようである。この岩山はかなり大きい為、さすがに反対の側面までは見ていなかったのだ。

 

 中林は女子生徒の話を聞いてすぐに確認行くと、どうやら獣が住んでいた様子はないとのこと。それなりに広い空間があるので、女子生徒達なら中で寝られるということになり、そこを拠点とすることに決定した。とはいっても本当にただ穴があるだけで、とても快適とは言えない空間である。利点は雨や日差しに当たらないというくらいだろう。だが屋根があるというのは現代の人間にとっては重要である。安心感が違うからだ。

 

「とはいえさすがに40人近くも入るのは厳しいか」


 いくら広いとはいえ40人近くも入る広さはない。いや、入れはするが寝られるスペースがないだろう。

 

「他にもないか探してみよう」


 そういってさらに岩山の側面にそって探すといくつか洞窟が存在しているのがわかった。大きさはまちまちであるが、獣が住んでいた様子はない。

 

「距離もそう離れていないし、男女別れてグループ毎に住む場所を決めよう」


 そうして見つかった5つの穴のうち大きな洞窟2つを女子全員を分けて、残り3つの穴に男子生徒を分けて入れるということで決定した。男子生徒の方の洞窟は結構狭く、ガタイのいい男子生徒が集まって寝ると、かなりキチキチに詰まる状態であるが、背に腹は代えられない為、文句はでなかがらも全員了承した。

 

 

「よし、明日以降の為に竈を作るぞ。あまった薪は小さい穴にいれておけ」


 人は入れないが、薪は入れられるくらいの穴がいくつかあったので、そこに薪を保存するように中林は指示を出す。そして男子生徒達は女子生徒達が集めた石を組んで竈を作っていった。

 

「どうする?」


「俺一人なら探索に出るっていえば問題なかったんだろうがなあ」


 武藤がよく考えずに行き当たりばったりで吉田達を連れてきてしまった為に面倒なことになっていた。そもそも吉田達は他に姿を見られていないので、隠れて居れば問題なかったのである。

 

(百合達も目撃者のイケメン達が戻ってきた以上、隠し通すのも無理があるよなあ)


「作戦変更だ。一旦全員連れてくる」


「わかった」


 小声で武藤は作戦変更を吉田に伝えると、見つからないように百合達の元へと向かった。

 



「作戦変更だ。一旦全員顔を出してもらう」


「どうするの?」


「皇に頼ることにする」


「私に?」


 そうして武藤達は辻褄合わせの会議をし、先に武藤だけ姿を消して戻り、その後女性陣全員で中林のいる拠点へと戻った。

 

 

「先生」


「おおっ皇!! 松井達も無事だったか!!」 

 

 ほどなく皇達3人と5女神、そして陰キャ女子2人が拠点へと顔を出した。武藤は先に戻り、竈づくりを手伝っていた。

 

「す、皇!! 無事だったのか!!」


 真っ先に皇に駆け寄ったのは越智だった。ちなみに真っ先に逃げ出したのもこいつである。

 

「……」


「す、皇?」


「知美、この森は不思議なところですわね」


 越智を全く無視して皇は隣の松井に声をかける。

 

「ゴミが人の言葉をしゃべるのですから」


「!?」


 取り付く島があるどころか一刀両断である。皇は本当にゴミを見るかのような蔑んだ瞳で越智を一瞥すると、すぐに興味をなくしたかのように視線を合わせることすらしなくなった。

 

「やっべ、皇さん女王様すぎんか?」

 

「あの蔑んだ目が溜まらんな。俺達の業界じゃご褒美でしかないぞ」

 

「Vtuber業界ってそんなやべえとこなの!?」


 吉田と光瀬の会話に溜まらず武藤も加わった。何せ恋人の一人がVtuberなので他人事ではないのだ。

 

「おだまりなさい」


「「「イエスマム!!」」」


 視線を向けられた陰キャグループは反射のように敬礼していた。何故か武藤まで釣られていたが。

 

 

「先生、私達はここにいる男子生徒達を全く信用しておりませんの。寧ろ危険だと判断しておりますわ」


「そ、そんな――」


「おだまりなさい」


 皇は越智を一言で黙らせた。


「ですので、私達は私達だけで行動させていただきます」 


 言い訳をしようとしていた越智を止めた後、皇は堂々と独立行動宣言をした。


「!? それは無茶だろう? 君達だけで生活できるのか?」


「問題ありませんわ。いい場所も見つけましたし、何より武藤君たちがおりますから」


「武藤?」


「私たちを熊から守ってくれたのは彼ですわ」


「!?」


 皇のその言葉に越智と玉木だけでなく、百合達のクラスのイケメン男子グループも驚きの視線を武藤へと向けた。

 

「そんな馬鹿な!! なんでそんな陰キャが!!」


 越智はそう否定するが、玉木の方は武藤の強さを冷静に垣間見ている為、それもあり得るかと納得していた。

 

「おだまりなさいこのクズが!!」


「ひぃ!?」


 皇の一言で越智はひるんで口を閉ざした。

 

「陰キャ等と貴方は蔑んでいますが、武藤君だけじゃなく、吉田君と光瀬君も岩重さん達を狼から身を挺して守りましてよ? 貴方はどうでしたかしら?」


「ぐっ――」


 皇の的を射ている指摘に越智は唇を噛みしめた。皇が見捨てられた当事者だけに反論できる余地がないのである。

 

「故に私達が一緒にいて信用できる男子生徒はこの3人だけです。だからそれ以外の方とは少し距離を置きたいのですわ」


「お前達だけで大丈夫なのか?」


「もちろんです。ですが先生たちに協力しないわけではありませんわ。協力が必要なときはしますが、それ以外については相互不干渉ということにしましょう」


「信用がないのでは仕方がない。ここが学校でない以上それを無理強いするわけにはいかないからな」


「中林先生!? いいんですか!?」


 1組の教師が驚いたような声を上げる。まさか皇の意見が認められるとは思っていなかったのだろう。

 

「正直ここの拠点はこれ以上人数を増やすのは難しかったところだ。それに武藤がいるのなら大丈夫だろう」


 中林は武藤が理外の怪物であるあの武藤であると勿論知っている。そもそも中央高校のバスケ部顧問なのだ。何度か武藤を部活に誘ってもいる。勿論断られているが、でなくてもいいから席だけでも置いてくれと言われ、他でもない両親の恩師である中林の頼みに嫌とは言えず、武藤は席だけはバスケ部においていたりする。1度も部活に参加したことはないが。

 

「な、なんでこんな陰キャ野郎が……」


「貴方が武藤君の何を知っておりますの!! 彼はこの私がは、伴侶にしてもよいと思える程の男ですわよ!!」

 

 顔を真っ赤にして皇が叫ぶ。

 

「あっ!? ずるいよ綺羅里ちゃん!! どさくさにまぎれて何告白してるの!?」


「こ、告白なんかしていませんわ!!」


「いや、してたでしょ。あれが告白じゃなかったら何が告白なのってレベルで」 


「ち、ちがいますわ!! 私はただ――」


 松井と加賀美の的確な指摘に皇は支離滅裂な反論をした結果、3人は言い合いをはじめ、場は騒然となった。

 

「あの皇がなんで……」


 そもそも皇は武藤を陰キャと馬鹿にしていた訳ではない。武藤側と同じくただ全く興味がなかっただけである。

 

 

「うっうん。失礼いたしましたわ。と、いうわけで私達は私達で生きていきます。それでは皆さまごきげんよう」


 そういって皇達は颯爽と去って行――。

 

「何をしておりますの? 行きますわよ!!」


「「イエスマム!!」」


 武藤達を睨みつけて叫ぶ皇に吉田と光瀬は反射的に敬礼をした。武藤はといえばため息をつきながら渋々と吉田達の後をついていく形であった。

 

「ま、待て」


「あら? なんですの?」


「や、山本達も行くのか?」


 そういってきたのはイケメングループ――ではなく、1組の教師の男だった。まだ30代にいくかどうかの若い男である。

 

「ええ、皇さん達と一緒に行きます」


「な、何故だ!?」


「私達もそちらの男子生徒達を信用していませんから」


 そう言って百合が見たのは逃げたイケメングループだった。視線を向けられた5人は気まずそうに視線をさまよわせている。

 

「それじゃあ、失礼します」


 そういって百合達も武藤達と一緒にその場を去っていった。

 

 その後、武藤達一行は隠し通路の上りの場所ではなく、滑り台の場所に移動した。全員下に居る為、あちらに移動しても意味がないからだ。

 

「それじゃ一人づつ行くぞ」


 そういって武藤がまず百合を手に乗せた。百合が立った状態で足の裏が武藤の掌の上に乗る形である。武藤はそのまま百合を上へと放り投げた。

 

「きゃあああ!!」


 絶妙な力加減で、ちょうど滑り台を上り切った位置で力がゼロになるよう調整されたそれは、まるでエレベーターが上がり切った時のように頂点付近でちょうど勢いが0になり、足を延ばせば地面に足が付いてそのまま自然と歩き出すことができた。 

 

 それを全員に繰り返した後、武藤は一人ジャンプして上に上った。

 

「もうお前なんでもありだな」


「そりゃ熊だって倒せるわ。オリンピックにでもでたら?」


 武藤のあまりのパフォーマンスに吉田と光瀬はため息をつく。


 人を軽々と30m投げられる腕力に30mをひとっ飛びにあがるジャンプ力。オリンピックでも世界陸上でもどんな記録だって打ち立てられるだろう。

 

「金メダル取っても500万だからなあ。しかも出るのに選考会とかしがらみがいっぱいだし、そんな端金の為に労力使いたくないな」


「500万を端金かよ」


「いくら無課税とはいえアスリートはたった500万の為に人生かけてるわけじゃないだろ。アスリートにとったら金の問題じゃないんじゃないかな。オリンピックは。まあ実際は各種スポーツの協会が色々とお金出すんだろうけど」


 日本はそもそもリオまでは金メダルをとっても報奨金は300万円だった。それが現在500万円まで上がったのである。これはアメリカよりも多い金額であり、そこまで少ないとは言えない額である。ちなみに報奨金1位のシンガポールは8000万円貰える。反対にイギリスやノルウェーなどは0である。

 

「500万の為に人生かけて努力してるアスリートの夢を潰すのか? これが数億とかならわかるけど」


「ああ、そう考えると確かにたった500万だなあ」


「500万のために人生潰されたらさすがに気の毒だわな」


 弱肉強食。それもまた世の常であるが、そんなことをしなくても簡単に億を稼げる武藤としては、そこまでしてそんな端金を得る意味はないのである。

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