第118話 予想外

 隠し通路は本命の上りの方が見つからないようにフェイクとして滑り台は見つかってもいいような作りにしてある。岩山の裏手から細い隙間を通ると通路のようなところがあり、そこを進むと滑り台のある場所にでる。だが本命は入り口すぐ横にあるもう1つの隙間が実は直ぐ行き止まりに見えて突き当りが直角に曲がっており、そこから上り通路への道が続いていた。やや太目でガタイのいい吉田がギリギリ通れる隙間である。行き止まりに見えるそんなところに入って挟まったら目も当てられない為、そうそう試す度胸のある奴はいないように考えられていた。

 

「とりあえず男だけで下のみんなのところに顔だけだしておくか」


「そうだな。後なんの道具も物資もないだろうからそのあたりを渡しておこう」


「道具?」


「ナイフとか鍋とかライターとか」


「さすがないどこにもってたんだよって突っ込まれるとおもうんだが……」


 そんな会話をしながら滑り台をテストしつつ武藤達陰キャ男子3人は崖下の生徒達が集まっているところへと向かった。

 



「おおっ武藤!! それに吉田と光瀬か!! その鍋はなんだ?」


 行くなりすぐ教師である中林に発見された。

 

「拾いました」


「拾った?」


「俺達がいたあの山のどこかにあったんじゃないですか? それが一緒に来たのかと」


「そうか……そういうこともあるのか……」


 中林は真剣に考えている。武藤としては申し訳ない気持ちだったが、一応道具は色々とあった方がいいだろうと、大きな鍋を4つとナイフを2本。着火用ライター2本に何本かのロープ。そして新聞紙をいくらかという必要最低限のものだけを持ってきていた。

 

「おおっ!! これはいい!! あの近くに被災時用の物置でもあったのかもしれんな」


「後、段ボール箱がいくつかあったけど中身は水や非常食みたいでしたから確保しておいた方がいいですね」


「何!? それは貴重だぞ!? どこにあった!?」


 サバイバルで飲める水というのは非常に貴重である。だが中林が一番気にしているのはその入れ物である。こんな場所で生活するのならペットボトルというのは非常に優秀な入れ物なのだ。壊れにくく水漏れしないし、水を入れなければ非常に軽くて持ち運びもしやすい。サバイバルにおいてこれほど安価で便利なものはないだろう。しかも段ボールに入っているのである。段ボールも新聞も防寒具として非常に優秀である。現状ホームレスなここの生徒達にはまさに神の御恵みといわんばかりの品であった。

 

 ちなみに武藤がディスカウントショップで大量に水やカンパンを買ったのは、その時に災害用グッズが大量に在庫処分として安く売っていたからだ。賞味期限ぎりぎりとはいえ、武藤にとってそれは無いに等しい為、2リットルボトル6本入りとカンパン6缶入りがそれぞれ1箱300円という安さに思わず売っていたのを全部買い占めてしまったのである。その数20箱。即ち120である。そのうちの14箱づつを既に岩山の裏手に設置済みだ。

 

 

「おおっこんなに!? これで漸く一息つけるぞ!!」 


 どうみてもこんなところにあるのはおかしいし、こんなピッタリな数が置いてあるなんて不自然にも程があるのだが、切羽詰まった人間にはそんなこと関係なく、物資が確保できればその辺りはどうでもいいのである。そもそも家にある物資が来るなら建物そのものだって来ていておかしくないはずなのに、そんなことにすら気が付いていない程、彼等は精神が疲労していた。

 

「おおっ!! 水だ!!」


 手分けして箱を移動すると生徒達がこぞって群がる。1人1本と1缶行き渡る数があると説明すると日本人らしく、順番に生徒達は並びだした。規律にうるさい学生という身分も関係するのかもしれないが、命がけの状況でここまで秩序があるのは日本人特有とはよく言われる。

 

(まあこれからサバイバル生活することになるなんて思ってもいないのだろうが)

 

 すぐに帰れるならそれでいい。だが下手したら帰れない可能性もある。というかその可能性が高い。何せ誰が何故呼んだのかもわからないのである。異世界経験者である武藤ですら解決する方法が思い浮かばないのだ。

 

「銃は? 罠はなかったのか?」


「さすがに見当たりませんでしたね」


「そうか……」


 中林が残念そうに答える。

 

「だが、ナイフがあったのは僥倖だ。先生はこれでも猟師のじいちゃんに教わって鹿でも猪でもさばけるからな」


「おお!!」

 

「まあ罠がなきゃ捕まえることがそもそもできないんだがな」


「いりませんよ?」


「え?」


「あいつら普通に触れましたし。奈良の鹿と一緒で人間が敵じゃないみたいなんですよ」


「そうなのか? 心情的にはかわいそうだが、それなら食料には困らないかもしれないな」


 だが生徒80人弱の食料である。一体どれくらい必要なのかは武藤にも正確にはわからなかった。

 

「後は水場があればいいんだが……」


「あっちに湧水が沸いてるところがありましたよ」


「なに!? 本当か!?」


「あっちに段差になってるところがあって、その隙間から出てたんで恐らく地下水ですね」


「煮沸はした方がいいだろうが、それなら最悪そのまま飲めるな。できれば捌くのは川の方がよかったんだが……」


「地形的に川底の地下水みたいな感じの水なんで、近くに川があるかもしれませんよ?」


「そうだな。手分けして探すか。遭難が怖いところではあるが……」


 そういって中林は生徒達の所に戻る。一番必要だった水分が補給出来てとりあえず一安心したようで、生徒達は来た時に比べ幾分か落ち着きを取り戻しているようだ。

 

「おーい、聞いてくれ。この中で誰か川を見たものはいるか?」


 全員静かに中林を見ているが、手をあげるものはいなかった。


「と、なるとやはり移動していない方向を探すしかないか」 

 

 太陽(仮)の位置から移動してきた方を南と東と仮定すると、北と西を探すということである。

 

「暗くなる前に切り上げたい。いくつか班を分けよう」


 そういって中林は川捜索班、薪と大きめの石収集班の3つに生徒達を振り分けた。基本的に川捜索は体力のある男子生徒で薪収集は女子生徒である。

 

「各自距離を空けすぎないように。自分の左右の人を覚えて置け。どちらかが見えなくなったらすぐに声をあげるんだ」


 中林の指示で左右に均等に広がりながら男子生徒達は森の東へ向けて川の捜索を始めた。ちなみにその場にいた為、武藤や吉田達も当然のように巻き込まれた。

 

「何故こんなことに……」


「そりゃあ、あんなに目立つように顔出せばそうなるだろ」


 物資を引き渡しなんぞすれば目立ちもする。当然のことだったが武藤はそんなこと考えもしていなかった。吉田達は当然気が付いていた。

 

「しまったなあ、どうやって戻ろう。さすがにいきなり消えたらまずいよな?」


「あの先生なら間違いなく捜索に出ると思うぞ」


 たとえ一人でも捜索に出る姿が武藤にもありありと想像できた。 

 

「この人数でこの拠点とも呼べないところだと人が多すぎるから、俺達は俺達で生活するって出ていくのはどう?」


「真似する奴が出てくるぞ?」


「生活できないのに?」


 ナイフ2本は2人の教師の手に渡っている。ナイフ無しでサバイバル。実際やった武藤からしても狂気の沙汰である。

 

(あの時は黒曜石っぽい石があったからナイフ代わりに使えたけど……)


 見る限り周りの山が火山である可能性は低いと武藤は考えている。

 

(高すぎるんだよなあ) 

 

 火山にしては高すぎるのである。エベレストどころではない高さの山々で火山となれば、噴火したら一体どんなことになるのか、地球人である武藤では想像できない。

 

 黒曜石は火山岩の一種である。周りに火山がなければ当然とれない。

 

(磨製石器を作るにしても適した石があればいいんだけど、あったからといってすぐに先生の元を去る理由もない気がするんだが)


 中林はズラと馬鹿にしている者もいるが、実際は非常に生徒思いで頼りになる教師だ。武藤が尊敬しているという時点である程度の人間性が保証されている。その中林の傍に居れば少なくとも何もできずに死ぬということはないだろう。



「おおお!! 川だ!!」


 しばらく進むと水の流れる音が聞こえてきた。南端にいる武藤達の位置からは川は見えなかったが、音は聞こえてくる。伝言ゲームのように中央に集まる指示を受け、武藤達は川の場所へと移動した。

 

「浅そうだけど確かに川だな」


 見た感じ魚の姿は見えないが、3メートルはありそうな幅の川であった。

 

「拠点からあまり離れてなくてよかった。これならここでしめてから運ぶのも問題なさそうだ」


 中林の言葉に武藤以外は頭にはてなマークが浮かんでいた。武藤は恐らく獲物の血抜きのことを言っているのだと予想が付いた。自分も以前したことがあるからである。その時は首を切った魔獣を川に入れて血抜きしていたら、血の匂いに肉食の魚どころかワニのような魔獣まで集まって、大混戦の修羅場となった。結果何も食べられなかったという武藤の苦い思い出である。

 

 武藤はその経験から辺り一帯を魔力で探査するが、以前見たような魔獣も魚も見当たらなくて安堵した。

 

(さすがに水が浅すぎて住めないか)


 川底が上からはっきり見える深さだ。さすがに人より大きな魚やワニには住みずらいだろう。透明度もかなり高い。オオサンショウウオでも住めそうなレベルである。

 

「あれ? 先生?」


「ん? 玉木か!? それに越智も……お前達無事だったのか!?」


 一旦戻ろうとしたところ、川の向こうからぞろぞろと男子生徒達が現れた。熊から逃げたイケメン達である。

 

「お前らどこにいたんだ?」


「いや、熊に襲われて……」


「それは武藤から聞いた。皇達はどうした?」


「ということはそちらにも行ってないんですね。俺達は逃げた後会ってません」


「そうか……」


 玉木の言葉に武藤は皇達が喰われたという諦めと後悔の念を感じ取った。

 

「ま、まだわからんぞ。逃げたのかもしれないだろ?」 


 越智がそう言って玉木を励ましているが、こっちは後悔も何も感じさせない態度であった。自分が助かるのなら後はどうでもいいという奴なのだろうと武藤は判断する。

 

「野犬ならまだしも熊はさすがにまずいな……熊避けを作る必要があるか……」


 中林の中ではまだここは日本なのである。故に狼なんていないし、熊もいるとしてもツキノワグマだと思っている。そもそも自然教室の場所がツキノワグマの目撃情報が日本でも有数の場所だからだ。

 

「熊も一緒ですよ先生」


「なに?」


「こちらから手を出すか背中を見せて逃げない限り襲ってきません」


「何故わかる?」


「もう会いましたから」


「!? そういえばお前から聞いた話だった。しかし危ない真似はするな。お前に何かあったら時守と陽咲に申し訳がたたん」


 時守と陽咲とは武藤の父と母の名である。


「だが貴重な情報だ。みんなに周知しておこう」


「嘘だ!!」


「越智? どうした?」


「あいつは走って逃げる俺達を追ってこなかった!!」


「最初からお前らなんて眼中になかったってことだよ」


「!?」


「さすがに目に入ってもいないゴミまで追いかけたりしないってことさ」


「なんだと!?」


「よかったじゃないか。そのおかげで逃げられたんだから。皇達を見捨ててまで逃げた甲斐があったな」


「な、なんでそれを……」


「見てたからな。アリーナ席で」


 熊と接触するほどのVIP席である。


「!? あ、あいつらはどうなった?」


「無事だよ」


「!? そ、そうか」


 武藤のその言葉に玉木は安堵の息を漏らした。一応は心配していたらしい。それが皇達の為を思ってか、それとも単に自分の罪悪感の為なのかは武藤にはわからないが。


「や、山本さん達もか!?」


「全員無事だよ」


「そ、そうか……」


 百合達のクラスのイケメン達もなにやら安堵していた。真っ先に逃げた癖に一応罪悪感というものは存在したようだ。

 

「よし、それじゃ一旦戻るぞ」


 そういって一向は拠点へと戻った。

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