第116話 守るべきもの

「ん?」


「どうした武藤?」


 武藤が急に別方向に視線を向けて吉田が反応する。


「外に気配を感じる。先生達がついたのかも」


「先生? 先生も来てたのか?」


「一度情報のすり合わせをしよう」


 そういって武藤はリビングに全員集めた。

 

「現在わかっていることを説明しよう。まずここは間違いなくとはいえないが、地球ではない。ただ誰も知らないだけで地球にこんな秘境があるのかもしれないが、現代の科学で地球上の見つからない場所なんて深海くらいと考えれば、恐らく地球じゃないだろう」


「あんな山々が見つからないわけがないしな」


 武藤の言葉に吉田が答える。

 

「細かなことは色々と後で教えるとして、現在この森には1組と2組の生徒と2人の教師が来ている」


「3組はいなかったの?」


「どうやらこっちに呼ばれる範囲外だったようだ」


「ならば全部で82人ということになりますわね」


 1クラス40人×2+教師2である……が、実際は武藤達を除いても少し少ない。

 

「言っておくが俺はここの拠点には今いるメンバー以外を入れるつもりはない」


「まあ、当然だろうねえ」


「作った本人が決めることですから、それは外部がとやかくいうものではありませんわ」


 とりあえず全員武藤の意見には賛成のようである。

 

「でもそれだと文句がでないか?」


「問題ない。道端のアリが何か文句を言っていたとして気にするか?」


「……さすが武藤。俺達に言えないことを平然と言ってのける」


「「そこにしびれるあこがれるうううう!!」」


 何故か陰キャ組の岩重と佐藤が声を重ねて叫んでいた。2人は生粋のオタクだった。

 

「あ、貴方達なんなんですの?」


「す、すみませんつい……」


 いきなり叫んだ2人に皇が苦言を呈す。

 

「今のはしょうがないだろ。寧ろ言わない方が駄目だ」


「そうなんですの!?」


 武藤のダメ出しにより皇の方が驚いた。武藤は一部の漫画界隈オタクの礼儀にも詳しいのだ。

 

「話を戻すと、中林先生だけは拠点に入れてもいいと思ってるけど、先生は絶対に来ないと思ってる」


 生徒思いの教師なので、1人でも入れない生徒がいればそちらにつくと武藤は確信している。

 

「貴方が教師にそんなことをいうとは思いませんでしたわ」


「あの人は俺の両親の小学校時代の担任だったんだよ」


「ええっ!? 武の!?」


「……それは知らなかったねえ」


「最初に名前聞いた時にどっかで聞いたことがあった気がしたんだよ。先生の話を聞いて思い出した。両親が年賀状書いて毎年送ってたんだよ」


「ああ、その時に宛名を見たのか。世間は広いようで案外狭いものだねえ」


 現在ではお互いに送られてはいないが、昔届いた年賀状は今でも武藤の父親の書斎に残っている。ちなみにそれだけで武藤は信頼を置いている訳でなく、しっかりと内面を見て信頼できると直感したうえでの判断である。

 

 中林は非常に生徒思いである。生徒達がこの森にいるとわかれば心配して探しに行くのは自明であり、そうなると絶対に安全とは言い切れなくなる。まだ見ぬ脅威がいる可能性もあるし、地形的に危険な場所もあるかもしれないからだ。

 

 さらにいえば百合達も他の生徒をただ見捨てるのは心情的に忍びないだろう。ひとまず救うではないが、集めておくくらいはしておけば、後はどうなろうが彼らの責任といいきることはできる。

 

 とはいっても武藤は百合達が心情的につらくならないくらいに物資くらいは与えるつもりである。生徒達に興味はないが、ひょっとしたら自分の召喚に巻き込まれた可能性もあるからだ。それは前回の自分と同じ境遇である。違いは飛ばされた場所に人がいる場所かどうかだが、最初から追い出された武藤もたいして境遇はかわらない。

 一番の違いは救ってくれる人・・・・・・・がいるかどうかだ。これが本当に武藤の巻き込まれだった場合、このままだと彼らは師匠に助けられなかった武藤ということになる。そうなったとき、武藤は生き残れた自信はない。自分も誰かに助けられたのだから関係のあるものなら、少しくらいは助けてもいい。武藤の心情としてはそんな感じだった。

 

「で、問題は下の人達に顔を見せるかどうかってことなんだが」


「ここでの生活を教えないのなら別に顔を出すくらいならいいんじゃないか?」


「そうだな。知られないことが絶対条件だ。知られたら絶対大変なことになる」


 吉田の意見に光瀬が賛同する。

 

「まさか寝具があってお風呂があってトイレがあるなんて夢にも思わないだろうね」


 百合の言葉に武藤以外の全員が苦笑する。

  

「私は顔は見せない方がいいと思うねえ」


「どうしてですの?」


「人は秘密を知りたがる。そしてその秘密がわからないとなれば、妄想してその妄想の中でことなのに勝手に嫉妬する生き物なのさ」


「つまり上での生活を勝手に妄想して、勝手に嫉妬するということですの?」


「マスコミがよくやるだろう?」


「ああ、こうに違いないとかいって好き放題いうのか。それは確かに困るな」


 香苗の言葉に加賀美が賛同する。

 

「でもみんな、私達のことを心配しませんか?」 

 

「いなければすぐに忘れるさ。これから始まる生活はそんなに楽ではないだろうからねえ」


 拠点の確保に食料と水の確保。男女の関係もあれば問題は山積みである。

 

「私達だって水は武くんが用意できるからいいが、食料の方は……まさかあるのかい?」


「あるよ?」


「!? ど、どれくらい?」


「ここにいるメンバーが2,3年は暮らせるくらいに」


 実際は10年でも暮らせそうなくらいには持っている。それは乾パンやら非常食扱いのものが主であるが、中にはそれ以外のものもある。ファストフード店やコンビニの物などは、いつ食べたくなってもいいようにほぼ全種類必ず同じものは3つ以上確保してある。季節限定メニューですらだ。

 

「……もうどこからつっこんでいいのかわからないね。さすがは私達の旦那様だ」


「ただ米がなあ」


「お米もありますの!?」


「いろんなブランドの米を買ってはいるけど、毎日何年もという分はないんだ」


 とはいっても重さでいえば1tくらいは持っている。武藤1人なら10年は持つ計算だった。だが人数が10倍になれば消費量も10倍に近くなるのである。

 

「だから米はある程度制限した方がいいかなあって思う」


「その辺りは持ち主である武くんの裁量に任せるよ。私達には文句をいう資格はないからねえ」


「確かにそうですわね」


「お米以外は何があるの?」


「調味料各種に小麦粉やら各種粉は沢山あるよ」


「ならキッチンが欲しいかな。パンを作るにしても料理を作るにしても」


「ああ、後でリビングの奥に作ろう。どういうのが欲しいかは後で決めるとして、後は欲しいものはある?」


「テレビとプレステ」


「吉田君貴方ねえ……」


「あるよ」


「あるの!?」


「ありますの!?」


 冗談でいった吉田も吉田に苦言を呈した皇も驚いた。


「電気がないから動かないけど」


「ああ、確かに……」


「発電機もあるけど」


「お前なんでもありだな!?」


「結局それも燃料が切れたら終わるからあんま意味ないけど」


「そっか。まあ冗談で言っただけだから気にするな」


 そうって吉田は笑って武藤の肩を叩いた。

 

「その……」


「何、岩重さん」


「と、トイレットペーパーがその……欲しくて」


「ああ、まだおいてなかったか。沢山あるから持って行って」


 そういって武藤は18ロールが束になったトイレットペーパーを2つほど取り出した。

 

「!?」


 岩重はそれをむんずと掴むと一目散に走り去っていった。

 

「我慢してたのね。まあ私達もですけど」


 そういって他の女性陣もトイレへと走っていった。



「失礼いたしましたわ」


 女性陣が全員戻ってきて漸く会議は再開された。

 

「ウォシュレットが欲しいですわ」


「……おい」


「シャワートイレでもよろしくてよ?」


「メーカーが違うだけじゃねえか!!」


 お嬢様の無茶ぶりにさすがの武藤も苦言を呈した。

 

「その……武? ウォシュレットは無理にしても洋式の便器は欲しいかなあって」


 恐る恐る百合がそう武藤に告げる。現代では和式で出来ない子が増えてきたというが、まさにその通りのようであった。

 

「吉田、光瀬」


「「なんだ?」」


「これからのお前達の仕事だ。便器を作れ」


「俺達かよ!!」


「暇だろうが」


「……まあ確かに暇だが」


「今日はもう日が暮れるだろうから、明日にでも森で材料を集めてこい。この森は比較的安全だから大冒険しても大丈夫だ」


「そうか。じゃあ今から設計を考えておくか」


「そうだな。形と材料を考えよう」


「と、いうことで出来るまでは今のままで我慢して欲しい」


「わかりましたわ。吉田君、光瀬君。へんなものをつくりましたら……わかってますわね?」


「イエスマム!!」


「アイアイマム!!」


 皇の言葉に二人は敬礼で答えた。

 

「私達は何かすることある?」


「そうだなあ。料理とかはして欲しいけど、こちらの食材となると鹿とかウサギみたいなのを解体したりとか必要なんだけど……」


「……無理ね」


「無理だねえ」


「私達はできるよ?」


「鹿も猪も解体したことあるしね」


「どんな環境にいたんだよ。まあ俺も多分できるけど」


 普通に解体できるという朝陽と月夜に武藤も驚いた。武藤のように生きるのに必要で色々試した結果覚えたということではなく、修行の一環としてやってきたのだと簡単に予想がついた。

 

「でも女性だけで出歩かせたくはないんだよなあ。特にここにいる子はかわいい子ばかりだから、男どもに狙われる可能性が高いから」

 

 現在この森で一番危険な生物は人間である。特に年頃の男子高生の前にこんな可愛い子達を出すなんて、馬の前に人参をぶら下げるどころではない。

 

「しかし、何の対価もなしにこんな施しを受けては皇の名折れですわ」


「それは貸しということにしたじゃないかねえ。まあやれることはおいおい考えていこう」


 香苗の言葉に皇は渋々と従った。そして姿を表すかどうかの話に戻る。

 

「上から姿は見せないとしても私達がこちらに来ていることを知っている人はいますわ。だから普段上にいるのは見られないようにして、隠し通路みたいなのを作ってそこからここに出入りできるようにして、普段は下にいるように見せるというのはどうでしょう?」


「その出入りを見られたらどうするの?」


「……」


 皇はそこまで考えていなかったようだ。

 

「確かに現状俺がいないと移動もできないから、裏側に垂直に近い滑り台を作っておこう。それに上からワイヤーロープを下ろせるようにしておけば、上に人がいる時は上ることも可能になる。毎回ロープは回収して元の場所に戻すことにすれば、誰かが気づいておきっぱにすることもないだろう」


「少し危険な気もするが……私としては武君無しに移動できなくても何の問題もないのだがねえ」


「下と交流するつもりがなければそうですわね」


「そもそも下と交流して得るものがあるのかい?」


「……ないですけど」

 

 上の生活は武藤一人の存在で完結しているのである。

 

「まあ、私達としても狭い洞窟に引きこもるよりは、気晴らしにその辺りを散策してみたいとは思うことは間違いなくあるだろう。だがそうだとしても私はリスクの方が高すぎると思っている」


「どんなリスクですの?」


「武君がいるときはいい。だがいないときに上に来られた場合、占拠される恐れがある。ここは殆どが女性だからね」


「どうやって上に来ますの?」


「人質を取られたらいうことを聞かされる者もいるんじゃないかい?」


 香苗のその言葉にほぼ全員が顔を青ざめさせていた。下に降りた時に襲われたらそうなる可能性があるのだ。

 

「私達は女だからね。力づくでは男にはかなわないから無理やり言うことを聞かされる可能性が高いのだよ。だがそれは下に降りることができなければそもそも発生しない問題だ」


 そもそも降りれないし登れないのであれば、襲われるリスクはないのである。

 

「一応吉田君たちがいますが?」


「彼等は武君の信用があるからねえ」


 そういう危険を持つ者は、そもそも武藤は傍に置かないのである。

 

「……わかりましたわ。下に降りるのは無しにしましょう」


「じゃあ俺達二人だけなら降りてもいいか?」


 そういって手を挙げる吉田。

 

「トイレの為ならしかたありませんわね」


「お前らなら大丈夫だろ」


「おお、何故か武藤の信頼があつい」


「だってお前らなら片方が人質に取られても平気で見捨てるだろ」


「「……」」


 吉田も光瀬も黙った。現実にその場面になった時に「お前のことは忘れないぞ!!」と叫んで立ち去る自分の姿が明確にイメージできたからだ。

 

「いや、冷徹だとかそういう意味じゃないぞ。人質を取るやつってのはテロリストと同じだ。なんらかの要求があって初めて人質ってのは必要になるんだ。1度でも従えば永遠に従うことになる。利用できるやつを解放する意味がないからな。要求には絶対にしたがっちゃ駄目なんだよ。だから見捨てるって行為はこの場合は正しい行動だ」

 

「なんか褒められてるのか貶されてるのかわからないんだが」


「お前らならさ、相手が言葉の通じない怪物で片方が命の危険があるなら助けに行くだろ?」

 

「「行く」」


「だろ? お前らの中には明確な行動指針があるんだよ。例え人質がいたとしても相手の要求が自分だけなら見捨てない可能性もある。ただし仲間に危害が及ぶのならそちらを優先する。ただそれだけのことだ」


 武藤は吉田と光瀬の行動原理を正確に理解している。自分も似たようなものだったからだ。

 

「人質なんてのはとられた時点で生存は諦める。助かったらラッキーくらいに思った方がいい。大体ろくな結末にならないから」




 武藤は異世界での修行中の頃、とある村を盗賊が襲っていた所に遭遇したことがある。自警団の男達が盗賊を撃退していたが、首領が村娘を人質にとった。そこで自警団は動けなくなり、みすみす首領を逃すこととなった。

 

「なんで首領を逃がしたんだ?」


 武藤は自警団のリーダーに興味本位で聞いてみた。


「人質がいただろうが!!」


「どあほう。結局その人質は連れ去られただろうが。きっと散々慰み者になった挙句に殺される。そしてアイツは仲間をさらに引き連れてここにくる。村は終わりだ」


「!?」 

 

 結局、村娘は帰らぬ人となり、盗賊は後日仲間をさらに集めて村を襲い、村は壊滅した。武藤の忠告通りに。ちなみに武藤は泊まっていた宿の人間だけを守った形になったが、実際は降りかかる火の粉を払っただけであり、守るつもりは毛頭なかった。その後、盗賊の首領に喧嘩を売られたので結局武藤は盗賊達を皆殺しにした。

 

 そんなに強いのに何故戦ってくれなかったのかと宿の主人に言われたが、赤の他人の為に命を懸けてただ働きさせるのか? という武藤の問いにすぐに黙ることとなった。雇ったわけでもないのにそんなことをさせるのは、さすがに無理があると主人もわかってはいたのだ。むしろ無償で守ってもらえてお礼をいうべきであることも。しかし、感情がそれを許さなかったのだ。結局生き残った村人は10人にも満たず、村は廃村となった。

 

 ちなみにこの事件は武藤の記憶には記録として残っても心に思うことは何もなかった。武藤にとっては当たり前の結果だったからである。武藤ならば例え人質が恋人だったとしても首領を殺しに行っただろう。逃したら散々慰み者にされて殺されるだけなのだから。その覚悟がないやつはそういう組織に所属してはならないし、ましてやリーダーなんてなってはならないと武藤は思っている。

 

 だが現在の武藤なら人質を取られてもすぐに取り返せるし、問答無用で相手を殺せるので武藤に関してはその考えそのものから武藤が例外となってしまっているのは皮肉なことである。

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