第114話 その他大勢

 まだ武藤の体感時間的にはお昼過ぎにも関わらず、女性陣が楽しく入浴をしている頃、武藤は1人森を探索していた。

 

(意外に人の反応がある。やはりあの山にいた生徒が巻き込まれたか? いや、最初から対象だった?)


 最初に明らかに自分達が狙われた。その後、範囲で引き寄せられた。


(恐らくリトライは2回までとかなんだろうな)


 最初に武藤と百合。そして香苗とクリス。最後に朝陽と月夜。3回光った後に範囲召喚である。呼べないならその辺り一帯呼んでしまえという無差別攻撃のようなものだと武藤は推測している。

 

(だが召喚者が見当たらない。前回は巻き込まれた俺も城に飛ばされたというのに)


 今回の件が完全にイレギュラーなのか、それとも計算通りなのかすらわからない。呼んだものの意図も不明で、呼んだものも不明となれば武藤としてもお手上げである。

 

(魔獣がいたから地球じゃないのは確定だろう。百合と俺が呼ばれたあの世界かどうかは不明。わからんことだらけだな)


 武藤としては別に生徒達を全員助ける気もない。助けたところで何の特になるわけでもなく、逆になんでもっと早く助けなかったとか、もっと食事をよこせ等文句しか言われないだろうと予測できるからだ。

 

(こちらの指示に従うなら女子生徒だけは助けるか)


 幼い頃からの父親の洗脳まがいの教育により、武藤は女性を助けることを当たり前だと思っている。それはただ女性の奴隷になるというものではなく、弱い存在だから助けるべきという教育を受けただけであり、無条件に助けるわけではない。松井や加賀美が居なければ武藤は問答無用で皇は見捨てていただろう。

 

(こうなるとタカが居なかったのは不幸中の幸いだったな)


 武藤のいる中央高校は1クラス40人の6クラスである。しかし、今回の自然教室はホテル側の改修工事が予定と重なった為、同時に参加することができなくなった。故に週の前半3クラス、後半3クラスとして別れて実施されることとなったのだ。百合達は1組、武藤は2組、そしてタカこと貝沼は6組である為、同じ日程にはならなかったのである。


(召喚されたのがあの付近一帯とすると、後ろにいた何人かが外れていてもよさそうなんだが……)


 百合達はほぼ先頭を歩いていた為、そこを中心に召喚されたとしたら先頭付近の生徒だけが呼ばれたこととなる。だがやや離れていた、ほぼ最下位の吉田達ですら呼ばれていた。つまり百合達を中心としながらも、かなり広範囲に呼ばれていた可能性が高いと武藤は予想する。


(しかし、魔力もないのに吉田達はなんで襲われたんだ? ……あっ逃げたのか・・・・・)


 魔獣は基本的に手を出されなければ魔力を持った相手しか襲わない。だが獣の本能というものが残っている。岩重達は狼を見て背中を見せて走って逃げてしまったのだ。その為、狩猟本能が刺激され追いかけてしまったところを吉田達が遭遇したというのが顛末である。ちなみに熊の場合は最初からターゲットが百合達だった為、逃げたイケメン達は視界にすら入っておらず見逃された形である。

 

(しかし、警戒心ゼロの草食の動物ばかりだな。肉食の獣がいない以上、大繁殖していてもおかしくなさそうなんだが……)


 武藤の目の前には鹿に似た生物やウサギに似た生物がのんびりと草を食べている光景が映っていた。近寄っても全く逃げない。全く人を警戒していない証拠である。それはつまり天敵が長い間いなかったということでもあった。

 

 天敵のいない食料豊富な森なんて、繁殖し放題である。しかし、そうはなっていない。何か秘密があると武藤は睨んでいた。

 

(食料は大量にあるけど、クラス全員となればさすがにきつい。まあ、恵んでやるつもりもないから、自力でサバイバルしてもらうしかないか)


 何しろ肉はそこらへんにいくらでもいるのである。木を見れば食べられそうな果物も豊富なようだ。後は自然薯のようなものでも見つかれば十分暮らしていけるだろう。

 

(最初に放り込まれたところは襲ってくる魔物しかいなかったからなあ)


 武藤は修行時代を思い出し遠い目をする。今更ながらよく生き延びたものだとあの辛い日々を思い返した。ちなみに魔獣と魔物は全く異なる存在である。魔獣は元々生物が変化したものであり、魔物は魔力そのものから生まれた存在だ。周りの生物の情報を得てそこから作られる為、色々な生物の情報を持ったよくわからない形になることが多い。そして基本的に周りが全て敵である。問答無用で襲い掛かり殺戮するので、共存がどうとか言ってられない存在なのだ。

 

(あれに比べれば天国だなここは)


 何せ魔物と違い魔獣は魔力がなければ襲ってこないのである。むしろ人にとっては街よりも安全な場所といえるだろう。問題は何故こんなところに呼んだか? である。

 

(まあ、考えたところでわかるものはしょうがない。とりあえず近くから見て――)


 とりあえず近くから見てまわろうと思っていた武藤だが、戦闘の気配を感じ取り先にその場所へと足を向けた。

 

 

 




「先生」


「ん? 武藤か!! 無事だったか!!」


 森の少し開けた場所で数人の生徒達と一緒に狼の群れと対峙していたのは武藤の担任である中林であった。

 

「武藤? ああ、あの陰キャの」


 近くにいた生徒達は一応武藤のことを知っていることから同じクラスのものだと武藤は判断した。顔も名前も知らないが。

 

「それよりなんで襲われてるんですか? こいつら自分からは襲ってこないんですけど?」


 見ればそれは先ほどみたのと同じような狼の群れであった。かなり数が少なく、ボスが見当たらないので、分隊のようなものなのだろう。


「何!? 本当か!?」


「笹本が!! 木を持っておっぱらってやるって」


 1人の女子生徒が叫ぶ。見れば男子生徒が一人、噛まれたのか腕を抑えて倒れている。傍には木の棒が落ちていることからこれで叩きに行ったのだろう。未知の相手を警戒するのは正しい判断なのだが、自衛とはいえ襲ってこない相手に先に手を出してしまうのはさすがに頂けない。よく見ればこちらを襲ってこないことに気が付いただろうに。とはいえ何も知らない高校生にそんなことを言ったところでどうしようもない。

 

「仕方ないな」


 武藤はそういうと狼たちの前に歩き出した。狼たちは武藤の底知れぬ魔力に怯えて少しづつ下がりだす。

 

「え? なんで?」


「もう行け」


 武藤がそういって強めにオーラを高めて魔力を纏うと、狼たちは一目散に逃げだした。

 

「さすがだな武藤。そういうところは父親そっくりだな」


 そういって中林は狼が居なくなったことで安堵の息を漏らした。

 

「武藤の父親?」


「ああ、武藤の父親は性格が大人しいのにとんでもなく強かったんだよ」


「へえ」


 倒れた生徒とは別に木の棒を持って狼と対峙していた生徒が感嘆の声を漏らした。何故中林がこんなことを知っているのかといえば、中林は武藤の両親の小学生時代の担任だったからである。武藤はそれを聞かされており、幼い頃の両親の話もよく教えてもらっていた。故に武藤はこの学校の教師の中で唯一中林のみ信頼している。

 

「大丈夫か笹本!!」


 見れば倒れて怪我をしている生徒は腕から血を流しているが、命に別状はなさそうである。狂犬病なら危ないだろうが、武藤にとってはしったことではない。 

 

「とりあえず、狼も熊も背中を見せて逃げたり、こっちから襲い掛かったりしなければ襲ってくることはないはずだから、森の中はどっちかっていうと人間の街よりは安全です。それじゃ」


「何処に行くんだ武藤?」


「他の生徒達にも同じことを教えておこうかなと」


「他にもいるのか!?」


「多分だけど少なくとも1組と2組はみんな来てると思います。オリエンテーリングの先頭にいた1組の人達と2組の最後方の吉田達もいたので。3組の人はそもそも顔も知らないからわかりません」


「そうか……みんな無事なのか?」


「全員に会ってないからわからないです。皇グループの女性陣と吉田達のグループは無事です」


「女性陣? 男子生徒は?」


「熊に会ったときに女子を置いて逃げました」


「!?」


 武藤のその言葉に中林を含めた生徒達が顔をしかめた。

 

「皇さんのグループってことは越智君と玉木君よね?」


「幻滅だわー。女の子置いて逃げるなんて」


 生徒達からは非難轟々であるが、武藤からすれば無茶いうな。である。熊と対峙して赤の他人を守れる奴が一体どれほどいるのかと。こうしてみると狼から女子を守った吉田達が如何におかしいのかがよくわかる。彼等は武藤のように力があるわけでもないのに、平気で赤の他人を命を賭してでも守ろうとしたのだ。普通に考えても正気の沙汰ではない。だがそれを武藤は友人として誇らしく感じていた。故に例え無茶であろうと、逃げたイケメン達を庇うこともなく、武藤は女子達の非難にたいして静観していた。

 

「それで皇達はどこにいる?」


「あっちの方角に歩くと岩山があってそこにいますよ」


「じゃあそっちに向かおう。集まっていた方が何かと便利だからな」


 中林の言葉に生徒達は賛同し頷いた。

 

「笹本はどうするんです?」


「ここに居たところで怪我が治るわけでもない。怪我したのも腕だし、歩けないこともないだろう。まあ痛みで歩けないから安静にする必要があるというのなら先生がついているから、お前達は先に移動して皇達と合流するといい」 

 

「ぐっ行きます」


 笹本は腕を抑えながら起き上がる。

 

「大丈夫か笹本?」


「ああ、腕が痛むが歩けないこともない。先生がいう通りこんなところにいても仕方がない。移動しよう」 


 そういって、男女5人づつのグループと教師である長林は移動を始めた。

 



「何してるんだこんなとこで?」


「!? む、武藤……くん?」


 中林達を後に武藤は別の反応のあった場所へと足を運ぶと、木に持たれるように5人の女子生徒達が固まってうずくまっているのを見つけた。

 

「や、野犬が!!」


 聞くと野犬の群れが近くに来たが、自分達を無視して去っていったそうだ。逃げるでもなく固まって動かなかったことが功を奏したのだろう。

 そもそも彼女達はここが日本と疑っていない。だからあれが狼なんて夢にも思っていないのだ。野犬なら日本でも結構いるからそれだと判断したのである。

 

「この森の肉食獣は背中を見せて逃げたり、こっちから攻撃しない限り襲ってこない。だから安心して」


「……なんでそんなことがわかるの?」


「実際そうだったからだ。別に信じなくてもいいよ」


 そういって武藤は踵を返そうとする。

 

「ま、まって!! ほ、他の人達は?」

 

「あっちの方角に岩山がある。そこにみんな向かってる」


 武藤の言葉を聞き、みんながいるということで歩きまわって疲れ切っていた女子生徒達の瞳に活力がよみがえった。その後、他の場所にグループにも声をかけて、とりあえず2組の生徒達は全員無事に武藤の作った拠点へと足を向けたのだった。

 

 ちなみに武藤は場所を示しただけで、拠点に入れるなどとは夢にも思っていない。例えそれが女子生徒であったとしてもだ。あそこは武藤が身内の為だけに作った場所である。赤の他人を入れるつもりはない。香苗が言わなければ皇グループだって入れるつもりはなかったのである。

 

(既に40人以上か。あそこ別に只の岩山で寝るとこもないんだけどどうするんだろ)


 武藤は完全に他人事であった。

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