第113話 風呂

「こら武藤!! 俺達も上にあげろよ!!」


 拠点につくと武藤は女子達のみ抱えて上にあがった。そして上から尖った岩の先にロープを縛り、反対側を崖下へと垂らして吉田達にはそれを登ってこいと伝えて、自分達は拠点の中へと入っていった。ちなみにロープはキャンプ用品として買ってきたワイヤー入りのやつなのでそうそう切れる心配はない。

 

「あら? 確か……岩重さんに佐藤さん?」


「皇さん」


 女子陽キャ代表と陰キャ代表の思いもよらない邂逅であった。

 

「まさか貴方達も武藤君に?」


「えっと、吉田君たちに助けられた後に、武藤君に拠点に来ないかって誘われて……」


「吉田達も居たのね。しかし助けられたって……吉田達がねえ」


「狼に襲われた時に助けてくれたんです」


「私達を庇って前に出て、噛まれたのに全くひるまないで立ち向かって……かっこよかった」


「へえ、あいつらがねえ。やるじゃん」


「ひょっとして武藤君のグループってそういう人達ばかりなのでは?」


「ああ、そういえば武藤君のグループでしたわね。そうなると彼の人を見る目は確かですわねえ」


「私等と一緒にいた男は女を置いてまっさきに逃げていったしね」


 陽キャグループの男達は全員まっさきに逃げていた。それに比べれば命を懸けて女子生徒達を守った吉田達の評価はかなり高い。

 

「それで、貴方達は吉田達と付き合ってるの?」


「「!?」」


「その様子だとまだのようね。今回の件で惚れたってところかな」


「でもそれでしたら彼等は付き合ってもいない女子生徒の為に戦ったことになりません?」


「……かっこいいじゃん。ちょっと陰キャってやつの評価を改めないといけないかな」


「確かにかっこいいわ。む、武藤君もかっこよかったけど……」


「!? 知美、貴方まさか……」


「ち、違うの!! 只、かっこよかったなあって……綺羅里ちゃんだってそう思うでしょ!?」


「わ、私!? ま、まあ確かにピンチ助けに来るなんてヒーローみたいでかっこよかったですけど……」

 

「でもあいつ5股してるんだよ!?」


「それは優れた男性なら普通では? 私のお父様もおじいさまも同じように妾が5人はいらっしゃいますし」

 

「「!?」」


 上流階級で育った皇綺羅里の価値観は庶民とは全く異なっていた。一人の男が複数の女性を侍らせるのが普通だと思っていたのである。だから武藤のことも普通のことだと思っていた。

 

「あれ? 私がおかしいの??」


「真凛ちゃんは普通だと思うよ」


 親友である皇綺羅里の価値観に悩む陽キャグループの二人だった。

 

 

 

 

 

 


「よしできた」


 武藤は拠点に戻るなり、最初につくった部屋とは反対側にやや小さめの6畳くらいの部屋を2つとトイレを作っていた。吉田達と岩重達女性陣の部屋である。それぞれの部屋にキャンプ用品として大量に買ったソーラー充電の電灯を置いて部屋は完成として、武藤が外に出るとちょうど吉田達が上がってきたところであった。

 

「はあ、はあ、おい武藤酷いじゃないか!!」


「なんで男を抱えて上がらないといけないんだ」


「……確かにその気持ちはわからんでもない」


「おい光瀬!!」


「吉田。お前ならやれるか?」


「無理だ」


「秒で断ることをやらせようとすんなよ!!」


 この3人は異世界に来ても相変わらずであった。 

 



「すげえ!?」


「なんだこれすげえ!? 元からこんな洞窟があったのか?」


「ああ。中はある程度削って作ったけど」 

 

 拠点の中を案内すると吉田と光瀬は感動していた。見た目は電灯がところどころに置かれた薄暗い洞窟なのだが、やはり男にだけわかるロマンがあるのだと武藤は思った。

 

「そっちの部屋はお前達のだ。2部屋あるから岩重さん達と相談して部屋を決めといて」


「わかった」


「扉ないからって襲うなよ?」


「そんなことするわけないだろ」


「まっお前らがそんなことするわけないな。ただあっち側にはいくなよ?」


「あっち側はなんだ?」


「俺と嫁達の部屋。来たら殺す」


「……肝に銘じておこう」


 武藤が本気で殺気を放っていたため、吉田達は素直に頷いた。

 

 

 

(なんかアリの巣みたいになってきたなあ。まあ一枚岩みたいな感じで全く崩れてこないから、強度的に問題はなさそうだけど)


 武藤の心情としては、沢山いる女王に対して1人だけいる働きアリである。


(いろいろバレちゃったけど、恐らく隠したままだと全員で生きて帰れないだろうからなあ)


 力を隠していたら間違いなく皇達は死んでいたし、吉田達も死んでいた。


(あいつらならまあ言いふらすようなことはしないだろうし、そもそも帰れるかわからんのよなあ)


 なにしろ召喚者がいないのである。その為、召喚された理由もわからない。前回は百合が女神と交信できたおかげでなんとか帰ることができたが、今回は女神は出てこなかったと聞かされ武藤としてもお手上げ状態である。


(前回と同じ世界とは限らないしなあ。そもそもあそこは魔王を倒したからもう勇者も聖女も呼ぶ必要ないしな)


 この男、本来勇者しか倒せないはずの魔王を力づくで倒した・・・・・・・のである。その事実に一番驚いていたのは女神だったのだが、武藤はそれを知る由もなかった。


(そうだ。肝心なものを作り忘れてた)


 武藤は色々と考えることを放棄した。現実逃避としてリビングから寝室への通路途中にさらに通路を作り部屋をいくつか作った。そのうちの1つに魔石を埋め込む。これで明確にイメージしなくてもここに簡単に転移できるようになるのである。所謂転移ポイントであった。これはネットでいうグローバルIPのような固有位置情報に近いもので、本人のみが理解できる情報である。単にあそことイメージするだけで、その場に移動できるのだ。これは武藤が開発した魔法であり、現代の創作に詳しいことと、そういうイメージを明確に知っている為に可能となる魔法であった。どんなに魔法が優れていても、魔力操作が上手くても、異世界人ではどこでもドア・・・・・・はイメージできないのである。

 


 もう一つの部屋は下り坂の先に作った。緩やかな斜面が終わると部屋があり、その部屋の奥にさらに大きな部屋がある。その部屋の中には大きな四角いくぼみがあった。武藤はそのくぼみの隅に小さな穴を斜め下に向けて外まで貫通させた。貫通とはいってもここは高台の入口のすぐ近くであるが、高台が既に途切れているほぼ垂直の岩山のすぐ内側である。距離的には殆どない。その後、くぼみの中に緩やかな傾斜を作っていく。栓を抜いたら水が自然にそこから出るようにである。

 

「よし」

 

 そして武藤は貫通させた穴に栓をした後、やや上部に横一線の穴を開けた。それにより明かりが入り部屋が少し明るくなった。しかし、夜はさすがに暗いだろうから、部屋の上に魔石をいくつか埋め込んでそれらを光らせて常に明るい空間へと変えていった。

 

 下準備が終わると武藤は20畳程のくぼみを無限に水が出る袋の水で満たしていく。

 

「うん、漏れてはなさそうだな」


 岩で出来た浴槽から水が漏れないことを確認した後、水そのものの温度を魔法で上げる。

 

「温度を保てるように熱源をどこかに設置した方がいいか……後、浄化の魔石も入れておいた方が……それは後でいいか」


 武藤は百合達を呼びに行く。

 

「これはまさか!?」


「お風呂!?」


 女性陣驚愕である。突如岩山の中にでかい風呂ができていたのだから。

 

「なんでお風呂が!?」


「これ武藤君が作ったの?」


 陽キャ組も驚きである。


「さすが武藤。もはや意味がわからん」


「いや、逆に武藤だからこそじゃないか?」


 陰キャ組はもはや武藤に関して達観していた。

 

「武、入ってもいい?」


「いいぞ。タオルもあるから使ってくれ」


 武藤は収納からバスタオルを10枚ほど出す。

 

「一応脱衣所は作ったんだけどまだ何もないんだよなあ」


 現状は風呂の手前に一部屋空間があるだけである。

 

「そんなの全然いいよ!!」


「そうだねえ。普通初日に作る施設じゃないよねえ」


 もっと色々と必要なものがあるだろうと突っ込みどころ満載だが、風呂は日本人にとって必須の施設だと武藤は思っているので優先させたのだ。

 

 その後、女性陣は風呂を堪能した。

 

「疲れた体にお湯が染み渡るねえ」


「なんでそんなに親父臭いのよ」


 香苗の発言に百合が突っ込む


「でも香苗にしては珍しくアイツに甘えてたね」


「……あの木」


「木?」


「百合は気が付いたかい?」


「……何に?」


「一部の木がおかしかったんだ」


「おかしい?」


「ああ、すごく強い魔力を持ってたんだ。どう見てもただの木だったのに私はそれを感じた時に無性に怖くなってね。移動中は抑えていたんだけど、武君が来てくれたと思ったら急に安心してしまってねえ」


「……全然気が付かなかった」


「なるほど、そんなことがあったのね。普段冷静な香苗が妙に焦っていたようだったから気になってはいたのよ」


「見知らぬ森だからいつも以上に警戒してるのかと思ってました」


 朝陽と月夜は香苗が妙に警戒していることに気が付いていた。


「寧ろ熊よりも怖かったんだよねえ」


「それ大丈夫なの?」


「武に聞いてみた?」


「まだ聞いてないんだよ。忙しそうでそんな暇がなかったからねえ」


「じゃあ上がったら聞いてみましょう。さすがに気になりま――」


 月夜は視線が自分を見つめていることに気が付きそちらを見ると、2組陽キャグループの皇がこちらを見ていることに気が付いた。


「まさか貴方達と一緒にお風呂に浸かる日が来るとは思いませんでしたわ」


「私達とはよく入ってるけどね」


「綺羅里ちゃんの家のお風呂おっきいしね。さすがにここ程じゃないけど」


 1組の女神グループに2組の陽キャグループが合わさり、風呂場は男の理想郷のような場所になっていた。

 

「け、惠ちゃん」


「ま、眩しすぎて入れない……」


 残された陰キャグループの2人は、陽キャな空気に入れず風呂の隅っこで己を空気と化していた。


「それで貴方達は武藤君とお付き合いをしているということでよろしいのかしら?」


「そうだねえ。全員将来を共にする関係といったところかねえ」


「ちなみに後4人いるから」


「4人て……全部で9人!? ってまさか……」


「まあ、全員何故か女神と呼ばれているねえ」


「9女神を全員恋人ですって!? な、なんなのですかあの男は!?」


「皇さんも見たじゃないか」


「え?」


「あれが世界一いい男ってやつだよ」 

 

「!? 世界一とは大きく出ましたわね。もっといい男はいるのじゃありませんこと?」


「いないわ」


「いないねえ」


「イナイデス」


 全員断言である。

 

「まあ、貴方の言うこともわかるわ」


「斎藤さん……でしたかしら?」


「斎藤だと月夜もいるから朝陽でいいわ。で、男の価値って色々とあると思うのよ。それこそ女の数だけ価値基準が違うものじゃない?」 

 

「確かにそうですわ」


「顔だけでみれば、武藤よりいい男なんてそれこそ星の数ほどいるわ。お金にしたって同じ歳で自分だけの稼ぎという点でみたら世界一かもしれないけど、ただ持っているというだけなら上には上がいると思う。それらを求める人にとっては確かに武藤は世界一じゃないでしょうね。でも私達にとっては少なくとも世界一なのよ」


「……何故かしら?」


「彼はね。ちゃんと内側を見てくれるの。その人本人を。私と月夜はね、親でも区別がつかないのよ。でも彼は間違えたことはないわ。それにちゃんと私達の違いを理解してくれてるの。そんな人私にとって初めてだったから……だから私にとっては彼は世界一なのよ」


「私じゃなくて私達でしょお姉ちゃん」


 珍しく熱く語る朝陽にこれまた珍しく月夜が噛みつく。

 

「じゃあもし他に区別がつく人がいたらどうしますの?」


「別にどうもしないわ」


「それが武藤君と会う前なら意識したかもしれませんが、もう私達には武藤君がいますからね」


「その男が武藤君より顔がよくても?」


「顔なんて関係ないわ」


「男はやっぱり――」


「「中身でしょ!!」」


 双子故の息の合った台詞が浴室に木霊した。

 

「中身って性格が多少良いくらいでしょう?」


「……君は赤の他人の為に命を懸けることができるかい?」


「え?」


「先ほど聞いた吉田君だったか。武君の友達もそっちの子達を守るために命を懸けたそうじゃないか。男っていうのはやっぱりいざという時の行動でその価値が決まるんだと私は思うねえ」


 香苗のその言葉に浴槽の隅にいた岩重と佐藤はうんうんと必死に首を縦に振りそれに同意した。

 

「武君が間に合わなければ、結局吉田君たちはただ殺される順番が違っただけかもしれない。例えそうだったとしても自分の為に命を懸けてくれる存在と、ただ逃げ出す存在を比べて、顔がいいからと逃げ出す存在を君は選ぶのかい?」


「!?」


 それはまさに自分達の体験したことであった。一緒に居たはずのイケメン達は真っ先に逃げ出した。片や吉田達はたいして親しくもない女の子を命がけで守ろうとした。まさに比べるまでもないことである。

 

「それが男の価値……ですか」

 

 皇の中の価値観が崩れていく。男は顔が良ければいい。お金も持っていれば尚いい。人を引き付けるカリスマがあればさらにいい。社会的地位に至っては最優先事項である。幼い頃からずっとそう教えられ、そして同じように考えてきた皇はそれ故にクラスの中で顔がいい、家が金持ち、明るく人気がある者を選んで自分のグループに入れていた。しかし今回の件で皇の中のその価値観が一気に揺らいだ。


 そもそも皇は都心にあるお嬢様学校に入学する予定だったのだが、親友達と離れたくない故に田舎の公立高を選んだのである。その辺りは皇家はかなり自由度があり、両親も理解があるので好きにさせて貰えていた。跡取りである皇の兄が優秀なのが主な要因であるが。


「君はお嬢様だからそれでもいいだろう。お互いを装飾品としてしかみない男女関係なら。でも私達は自分をちゃんと見てくれて、いざというときは守ってくれる男がいいんだ」


「……それで貴方も彼に守られたと?」


「いや? 私は単純に一目ぼれだねえ」


「今までの話はなんだったんですの!?」

 

「綺羅里ちゃん落ち着いて!!」


 興奮する皇を松井が必死に止める。

 

 百合、クリス、美紀、真由、弥生は武藤に助けられているが、残りは直接助けられたわけではない。むしろ、恩がないのに武藤に惚れている香苗こそ、本当に武藤そのものに惚れているといえるだろう。香苗自身も最初はただの興味であったのに気が付けば一番武藤に依存しているといえる状態であった。

 

「彼のいいところは理屈じゃないんだ。一緒に居ればその良さがわかる。だがそうなってしまうと……」


「しまうと? どうなりますの?」


「もう離れられなくなる。私達のようにね」


 香苗のその言葉に皇は恐ろしさを感じた。一緒になければわからないが、一緒に居たらもう離れられなくなる。それは確認しては駄目なのでは? と皇は危機感を抱いた。そしてそれが本当のことだと皇は本能で理解してもいた。

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