第111話 拠点
「はあ、はあ」
「綺羅里ちゃん大丈夫?」
熊に襲われてから1時間。武藤達一向は
「だ、大丈夫ですわ。それより貴方達こそ、よく平気ですわね」
「私はこれでも体力あるから」
「体が小さくて軽い分足の負担が少ないんだよ。言わせんなよ」
陽キャグループのギャル、加賀美は体が小さい。真由並に小さな体で真由のように胸が大きくない。体型だけでみれば完全なロリである。
「このままじゃついた時には倒れてるな。仕方ない」
武藤は2組の陽キャ3人を担ぐことにした。松井を肩車し、加賀美を左肩に乗せて皇を右肩に乗せた。
「しっかり捕まってろよ」
「こ、この私が何という屈辱……」
お嬢様として育てられまさか高校生にもなって肩に乗せらえるとは思ってもいなかった。
「仕方ないよ綺羅里ちゃん」
「遅い私達が悪い」
「それじゃいくぞ」
「「「きゃあっ!?」」」
武藤は3人を担いでいるとは思えないくらいの速度で歩き出した。だがそれは女性たちが走るのよりも早かった。
それから約30分。漸く武藤達は木々が途切れた場所へとたどり着いた。
「山が」
目の前には岩山が立ちはだかっていた。だが、香苗達を唖然とさせたのはそれではなかった。
「アルプスどころではないな」
木々がないところから見ると、遥か彼方に天にまで届きそうな山々が連なっていた。
「一か所を除いてこの森はあれくらいの高さの山に囲まれてる」
「その一か所から抜けられればいいのだがねえ」
「多分だけどあの途切れた先は海だな」
「海!?」
「魔力を桁違いに感じるからな」
「……食料と塩の関係上海の近くの方がよくないかい?」
「魔獣が存在する以上、海の近くはやめた方がいいな」
「何故だい?」
「魔力が強い程、強い魔獣がいる。海にいるやつは大抵やばい。陸の奴を狩りに来る奴も平気でいるからな。より一層危険なんだ」
以前異世界にいた時、武藤は海に近づいた時に地平線の彼方まで消し飛ぶビームを放つクジラのような相手と戦ったことがあった。武藤は知らなかったが、それは竜でも狩るのに苦労するという
「……やめた方がいいねえ」
「で、こんな岩山でどうしようっていうんですの?」
「そこの高台になってる部分に穴があったから、そこに拠点を作ろうと思ってる」
この岩山は武藤以外はとても素手で登れる山ではない。そしてある程度広い高台が30m程の高さにある。そこにいけることができれば、少なくとも地上の生物から襲われることは避けられるだろう。
「じゃあちょっと待ってて」
そういって武藤は高台に乗り、横穴になっているところを調査した。
(岩山で水分がないから虫もなければ蝙蝠もいない。居た形跡もない)
洞窟とも呼べないような横穴は人が住むとすれば快適な環境であった。
(少し狭いな)
武藤は切った岩をどんどん収納していくことで、中の穴をどんどん広げて横穴を広げていく。そして個別の部屋と下に落ちる深い穴を作った。ある程度形を作ると、外に出て女性陣を高台の上へと運んだ。
「すごーい!!」
「秘密基地みたい!!」
「こ、こんな所に住むというのですか……」
「贅沢いっちゃ駄目だよ綺羅里ちゃん」
「そうそう、それとも熊におびえながら木の上に寝る生活がいいの?」
「そ、そんなことはいってませんわ!! よ、よく見たら快適そうじゃ、あ、ありませんか」
明らかに無理をしているお嬢様育ちの皇であった。
「すごーい、中ひろーい!!」
「狭かったんで広げといたよ」
洞窟の中は20畳程の空間と通路を通って12畳程の部屋が2つある。そしてそこに行く途中の通路から1畳の部屋へとつながっていた。
「どうやってですの!?」
「まあまあ、綺羅里ちゃん落ち着いて」
「見てるだけで武藤のことは深く考えちゃいけないってわかるでしょ」
興奮する皇は親友二人に諫められてなんとか落ち着いた。この二人は深く考えても無駄だと、武藤のことは完全に理解を諦めている。
「この通路の先の狭い部屋は何?」
「トイレだよ」
「!?」
女性陣は驚愕した。まさかトイレまで考えてくれていたとは思っていなかったのだ。
「ぼっとんだけどな」
「ぼっとん?」
「所謂汲み取り式トイレってやつ。まあ水で流さないトイレだな」
「!? ど、どうやってしますの!?」
「そのまんまだよ。深い穴に落ちるから流さなくていいってだけ。本当は便槽ってところにつなげてそこに溜めるんだけど、ここじゃ無理だからかなり深い穴にした。物を落とすなよ? 2度と取れないから」
武藤のその言葉に皇はカルチャーショックで気を失いそうになった。生まれてこの方水洗以外のトイレなんぞ使ったことがないのだ。それは他の女子達も同じである。ちなみに武藤は田舎の祖父母の家で体験済みである。
「それでこの部屋でどうやって寝ますの? まさかこの床に直に寝るというのですか!?」
「そうだな」
「!? む、無理ですわ。私には無理……です……わ」
「綺羅里ちゃん!? しっかりして!!」
ついに皇は倒れた。
「とりあえず全員のスマホは預かっておこうか」
どうせ電話もできなければ、電池がなくなったらただの箱である。だが武藤は収納に入れておけば電池の消耗無しに保持しておくことができるのだ。気絶した皇の分も合わせて女性陣のスマホは全て武藤の収納へといれることとなった。
その後、武藤は倒れた巨木を魔法で四方から削り、滑らかな肌触りの立方体を作った。一番大きい長方形のは机に、少し小さい長方形のを長椅子に2本、洞窟を入った最初の20畳の部屋へと置いた。
「わあ!! リビングみたい!!」
「ダイニングも兼ねている感じだねえ」
「ダイニング以前に食料と水はどうするの?」
「水は近くに湧水が出てるのを見つけたよ」
「さすが武!!」
「……それ大丈夫なのかい?」
「勿論煮沸は必要だよ?」
「いや、それもだが………」
「ああ、ここなら大丈夫だ」
武藤と香苗の会話に他の女性陣は頭を傾げた。
「水場というのは動物が寄ってくるんだよ。勿論危険な肉食のやつもね」
「!?」
その言葉に女性陣の脳裏には先ほどの熊の姿がよぎった。
「そもそも魔獣は餌が必要ないから水も食料もとりにこないんだ。そしてこの森には魔獣以外の肉食の獣がいないみたいだ」
この森の奥深くにかなり濃度の高い魔力を放出する場所がる為である。そこを縄張りにしている熊や狼が普通の獣を駆逐してしまった為、肉食獣はいなくなってしまったのだ。そして草食のウサギなどに近しい生物はそこから離れた森の外側にいる為、魔獣化していない。普通なら大繁殖していそうな環境であるが、ここではとある理由からそうはならないのである。
「なんでそれがわかるの?」
「さっきの移動中に森全部を探知したからな」
最初は百合達を探すために森を探知魔法でサーチした。かなり近くだったのでそこで一旦探知をやめたのだが、先ほどの移動中にそれを森の全範囲へと広げたのだ。
そしてその結果、危険と思われる生物は全て魔獣だったことがわかった。縄張りはわからない為、こちらまでくるかどうかはわからないが、少なくともわざわざ水を飲みに来ることはないと判断していた。
「じゃあこの森の出口もわかる?」
「空でも飛ばない限り無理だなあ」
何しろエベレストどころではない山々に囲まれているのである。まさに陸の孤島というのに相応しい場所である。
(でもあの山どこかで見たことがあるような……)
武藤の記憶にうっすらと残る山の形。岩山の向こうに連なる山々の形はどことなくそれに似ていた。
(でもなんか違うんだよなあ。まあいっか。覚えてないってことは大したことじゃないってことだろ)
武藤はそこで考えるのをやめた。
「しまった!?」
「どうしたの武?」
「吉田達のことすっかり忘れてた」
自分が来たのなら吉田達も来ている可能性が高い。最初にサーチした時にはいなかったが、香苗の話では時間差で現れている可能性が高いのだ。ならば現在来ていてもおかしくない。
「……居た。ちょっと行ってくる」
武藤はそういうなり、拠点を飛び出していった。
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