第110話 陽キャの女達

(誰だっけこいつ?)


 武藤は先日会ったばかりなのに、宣言通り翌日には綺麗に皇のことは忘れていた。

 

「む、武藤君?」


 松井は武藤のことをよく覚えていた。あの皇綺羅里を相手に一歩も引かなかった珍しい男だからだ。

 

(こっちも誰だ?)


 武藤の頭は混乱していた。百合達を助けにきたはずなのに振り向いたら全く知らない女子達だったからだ。

 

「武!!」


「ん? あっ百合」


 その時、少し離れた位置にいた百合の声で、漸く目当ての恋人達が無事なことを確認でき、武藤は安堵の息を漏らした。

 

「そっちだったか」


「遅いよ武君」


「そうはいっても実質3分もかかってないぞ?」


「!? この森についてからってことかい?」


「ああ。きた瞬間に探知して、すっ飛んできたからな」


「……なるほど。つまりこちらに来た時間がずれている可能性が高いね。私達は1時間以上前にこちらに来ている」


「何!? 範囲での転移障害? ……とりあえずみんなが無事でよかった」


 そういって武藤は5人に怪我などがないことを確認する。

 

「香苗?」


 珍しく百合よりも先に香苗が抱き着いてきた。心なしか体が震えている。

 

「怖かった……」


「もう大丈夫だ」


 そういって武藤は香苗の頭を優しく撫でる。

 

「あっずるい!! 私も!!」


 そういって百合とクリスも左右から武藤に抱き着く。

 

「朝陽と月夜がみんなを守ってくれたんだろ? ありがとう」


「「!?」」


 そういって武藤は朝陽達を労うと朝陽達は顔を真っ赤にして照れた。モテると自覚していないが、こういう細かいところに気が付きしっかりとフォローするところが武藤の武藤たる所以である。

 

「あ、あの」


「ん?」


「武藤君……よね?」


 恐る恐る声をかけてくる松井だったが、武藤の頭には未だに誰だっけ? という疑問符が浮かんでいた。

 

「松井。松井知美よ。同じクラスの」


「ああ、同じクラスだったのか。吉田達以外興味ないから覚えてないや」


「!?」


 それは武藤が先日、皇に言った言葉そのままだった。

 

(この人は本当に興味がないんだ)


 皇に対する強がりでもなんでもなく、松井は武藤が本当にクラスメイトに興味がないということを実感した。

 

「あの、助けてくれてありがとう」


「ああ、結果的に助けた形になったか。百合達のつもりだったから気にしないでいいよ」


 どっちにしろ武藤は助けていただろうが、わざわざ助けに来たと思われても嫌なので、あえて武藤は突き放す言い方をした。

 

「それでも助けてくれたことに違いないよ。ありがとう武藤君」


 そんな武藤の言い方も気にせず、松井は真摯に武藤に頭を下げた。 

 

「どういたしまして」


 真摯に対応されたら真摯に返す。武藤は己の流儀通りに丁寧に返答した。

  

「お、御礼は言っておきますわ。でも私を忘れるなんて不届きですわよ!!」


「……誰?」


「!? あ、あなた「待って綺羅里ちゃん!! 落ち着いて!!」」


 武藤に詰め寄ろうとする皇を松井が必死にしがみついて止める。

 

「多分だけど武藤君本当に忘れてるのよ」


「え? つい先日お話したばかりじゃない。というかクラスメイトですわよ!?」


「前も言ってたでしょ。吉田君と光瀬君以外覚える気がないって。多分あれ本当なんだよ」


「……信じられませんわ」


 社交界のような場所にも出ており、人の顔と名前を覚えることが仕事のような皇にとっては信じられないことであった。


「それじゃ早くこの場所を離れよう。あいつ死んでないから戻ってくる可能性もあるし」


「!? あれで死んでないのかい!?」

 

「あれ魔獣だからな。心臓潰そうが頭切り離そうが生きてるぞ」 


「……それ生き物なのかい?」


「魔力がなくなったら死ぬけど、あいつ相当魔力ため込んでたみたいだから、ちょっとやそっとのことじゃ死なないだろうね。まあ、熊の魔獣だからなわばりから出れば俺の魔力を感知したら近寄ってこないだろうけど」


 熊は従来臆病である。大きな音を立てていれば近寄ってこないくらいには。百合達に寄ってきたのは知らない弱い魔力が急になわばりに現れたからである。


「っていうか武藤。あんた何者なの?」


「……誰?」


「加賀美真凛。一応あんたのクラスメイトなんだけど?」


「へえ、そうだったんだ。何者かって言われても俺は俺。それ以上の情報はお前らに必要ないだろ。もう関わらないんだし」


「……こんなところに女を見捨てていくわけ? あいつらみたいに」


 アイツらとは先ほどまでここにいたイケメン達である。彼等はとっくの昔に女子を置き去りにして逃げ出していた。

 

「この5人はちゃんと連れて行くよ? お前らがどうなろうが俺の知ったことじゃない」


「!? な、なんでその5人だけなのよ!! 女神だからとでもいうの!?」


「俺の女だから」


「……はあ?」


「ばらしてしまっていいのかい?」


「こいつらが生きて帰れると思うか?」 

 

「……無理だろうねえ」


「!?」


 武藤と香苗の会話に2組陽キャグループの女子達は驚く。この2人は間違いなく自分達が死ぬと思っている。それは先ほどの熊を見れば納得のいく話である。どう考えてもここは単なる女子高生が生きていける場所ではないのだ。


「む、武藤君!!」


「何?」


「取引しない?」


「しない」


「……まだ何もいってないよ?」


「どうせ守ってくれっていうんだろ? 自分の体と引き換えに」


「「「!?」」」


 陽キャグループの3人は全員驚いた。松井は何故それがわかるのか? 他の2人は松井が何を考えているのか? という驚きである。

 

「知美!! 貴方何を考えているの!?」


「そうだよ!! 5人も自分の女とか言ってるやつにそんなこといったらきっと酷い目にあわされるよ!!」


「でも少なくともさっきの熊みたいな脅威からは守ってもらえるわ。私では綺羅里ちゃん達を守れないから……」


「知美……」


「だからアンタは気を使いすぎだって言ってんの!! 私達はそんなこと頼んでないでしょ!!」


「でもこのままじゃ全員死ぬわ」


「……き、きっと……助けが――」


 皇の言葉は尻窄みに消えていった。自分でもそんなものがこないことはわかっているのだ。いや、来るとしても生きているうちに間に合わないということを。

 

「わかった。武藤、私が知美の代わりになる」


「真凛!?」


「私を好きにしていいわ。知美程おっきくないし、こんな見た目だけど処女だし、あんたの好きに染めてくれていい。好き放題中にだしてもいいし、なんでもしてあげる。だから2人を守って欲しい」


「な、何を言ってますの真凛!?」


「そもそも取引なんてしないって言ってたのに何故陽キャはこうも人の話を聞かないのか……」


「まあ、いいじゃないか武君。ただし1人では駄目だね。3人全員が武君の物になるというのなら考えようじゃないか」


「「「!?」」」


「……私だけじゃ駄目なのか?」


「君1人に私達以上の価値があるとでも?」


「……」


 仮にも女神と呼ばれている5人である。武藤のおかげで最近の武藤の恋人達は一人を除き、とんでもなく生命力にあふれ、それこそ本当に物理的に輝かんばかりにお肌もツヤツヤで、まさに女神の名にふさわしいほどの容姿となっている。

 

 加賀美は5人を見て顔をしかめた。確かに勝ち目がない……と。

 

「なんてね、冗談だよ。そもそも私達は武君を本当に愛している者しかこのハーレムには加えない。だから誰かの為なんて理由で彼に取り入って欲しくはないねえ」


「でも……私達には他に何も……」


 加賀美が悔しそうにつぶやく。


「まあ、貸しということにしておこうじゃないか」


「え?」


「いつか返してもらう貸しということで、先払いで守ってあげようじゃないか」


「……俺の意見は?」


「どうせ助けるくせに」


「……」


 香苗の言葉に武藤は黙った。見捨てるといっておいてなんだが、実際は拠点にできそうな場所が見つかったらそこに誘導するつもりだったのだ。

 

「積もる話もあるだろうが、まずは先にこの場所を離れよう。行先は武君に任せるよ」


「あっちに岩山があったからまずはそこに行こう」


 武藤はここに来るまでの間に空を飛んでいた。その際にこの森が高い山に囲まれており、その少し手前に小さな岩山があったのを見たのである。


 武藤達一行は男1人に女8人というハーレム状態でその場所へ向けて移動を開始した。

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